売りオペレーション(売りオペ)とは、中央銀行が行う金融政策の1つである。反対語は買いオペレーション(買いオペ)。
本記事では日本銀行が行う売りオペレーションを中心に記述する。
2021年現在の日本銀行が行う金融政策は公開市場操作(オペレーション、オペ)が中心となっている。すなわち、日本銀行が短期金融市場や長期金融市場に参入して、売る・買う・貸す・借りるといった取引を行い、市場参加者の持つ資金を増やしたり減らしたりする行動である。
中央銀行が短期金融市場や長期金融市場に参加する業者たちの資金を減らしたいと思ったら、資金吸収オペレーションをする。
資金吸収オペレーションの中の1つが売りオペレーション(売りオペ)である。売りオペレーションは資金吸収オペレーションの中で最も理解しやすいので、各種の解説書籍で説明されることが多い。
短期金融市場の国庫短期証券市場で国庫短期証券を売ったり、長期金融市場の中期国債・長期国債・超長期国債市場で中期国債・長期国債・超長期国債を売ったりして、日銀に口座を持つ市場参加者[1]の日銀当座預金を削減したり、日銀に口座を持たない市場参加者[2]が利用する銀行の日銀当座預金を削減しつつ日銀に口座を持たない市場参加者の銀行預金を減らしたりして、マネタリーベースを減らすことが主な売りオペの方法である。
もちろん日本銀行は、短期金融市場のCD市場でCD(譲渡性預金)を売ったり、短期金融市場のCP市場でCP(短期社債)を売ったり、長期金融市場の社債市場で社債を売ったり、長期金融市場の株式市場で株式やETF(指数連動型上場投資信託受益権)を売ったりすることができる。また日銀は金塊(金地金 きんじがね)、銀塊(銀地金 ぎんじがね)、土地、建物を売ることもできる。
しかし、日銀の売りオペといえば基本的には国債を売り出すものと認識しておいてよい。国債は、政府が通貨支払いを約束することを示す債券で、市場参加者からの信用が極めて高く、売りオペしやすい。
CD、CP、社債は債務不履行のリスクがあり、市場参加者からの信用が極めて高いわけではなく、売りオペが決まりにくい。
株式やETFや金塊や銀塊や土地や建物は、それらを欲しがる人が出現したときのみ売りオペが成功するのであり、売りオペが決まりにくい。
そして日本銀行は「中央銀行は長期金利の操作をすべきではない」という思想を持っているので、売りオペレーションをするときは国庫短期証券を優先して売り、中期国債・長期国債・超長期国債をあまり売ろうとしない傾向がある。
日銀は、短期金融市場の手形市場で日銀手形
を売り出すこともできる。日銀手形の期日は3ヶ月以内である。つまり日銀手形は、日銀が「3ヶ月以内後に○円を支払います」と約束して売り出すものである。
3ヶ月物の日銀手形は「日銀がおすすめする3ヶ月の定期預金」といったようなものである。日銀以外の市場参加者が3ヶ月物の日銀手形を買うことで日銀に3ヶ月間だけお金を預けることになる。また、日銀が3ヶ月物の日銀手形を売ることで日銀が3ヶ月間だけお金を受け入れて、3ヶ月間だけお金を消滅させることになる。
言い方を変えると、日銀以外の市場参加者が3ヶ月物の日銀手形を買うことで日銀に3ヶ月間だけお金を貸し付けることになる。また、日銀が3ヶ月物の日銀手形を売ることで日銀が3ヶ月間だけお金を借り入れることになる。もっとも、日銀が通貨を発行しているので「日銀に通貨を貸し付ける」「日銀が通貨を借り入れる」というのはやや不自然な言い方である。
日銀は政府機関ではない。このため、政府の行動を規定する日本国憲法に束縛されない。日本国憲法第85条
で、政府や政府機関が債務を発行するには国会の議決が必要と規定してあるが、日銀は政府機関ではないので簡単気軽に手形という債務証明書を発行して細やかに通貨調節することができる。
日銀が発行する日本銀行券は、金塊との交換を無期限に延期している不換銀行券である。日銀が買いオペの時に発行するのは日銀当座預金であるが、それも金塊との交換を無期限に延期しているものであり、「不換銀行預金」とでも言うべきものである。それゆえ、日銀は無制限に円を発行できる。
このため日銀が売りオペする能力は無限大といえる。日銀は日銀手形を好きなだけ発行でき、「3ヶ月後に○円を支払います」という約束を無限に行うことができる。
日銀が発行する日本銀行券が金塊との交換を約束する兌換銀行券で、日銀が発行する預金が「金塊との交換を約束する兌換銀行券との交換を約束する預金」で「兌換銀行預金」と言うべき性質のものなら、日銀が無制限に円を発行することができない。日銀手形を迂闊に発行することができず、日銀の売りオペ能力に制限が掛かる。
売りオペレーションなどの資金吸収オペレーションは、日銀に口座を持つ市場参加者(銀行など)の日銀当座預金を吸収したり、日銀に口座を持たない市場参加者(保険企業など)の利用銀行の日銀当座預金を吸収したりすることで、マネタリーベースを減少させて、短期金利(無担保コール翌日物の金利)を引き上げることが第一の目標である。
このように短期金利の引き上げを目指す資金吸収オペレーションを伝統的金融政策という。金利の変化を狙うことは昔ながらの伝統的な手法だからである。
短期金利の利上げは、理論上、上限が存在しない。中央銀行は好きなだけ利上げすることができる。1992年にスウェーデンの中央銀行であるリクスバンクは、自国通貨のクローナの価値を維持するため利上げをして、同年9月には短期金利を500%にまで引き上げた[3]。資本を国際的に自由に移動させる海外投機筋からクローナ売りの攻撃を受けており、クローナ買いのキャリートレードの勢いを増やすため、記録的な利上げをした。
日銀は日銀法第4条
に基づいて政府の経済政策の基本方針に整合的な金融政策を行っている。政府が「国債の債務不履行を絶対に避ける」ということを経済政策の基本方針に組み入れていることはおそらく間違いのないことである。このため市場参加者たちは、「国債の返済は日銀の支援を受けて確実に行われる」と確信している。
また日銀手形は、日銀が通貨の返済を保証するものである。日銀は通貨発行権を持っており、日銀が発行する通貨は不換銀行券であることから、市場参加者たちは、「日銀手形の返済は確実に行われる」と確信している。
日銀が国債や日銀手形を売りに出すと、日銀に口座を開設して余分な日銀当座預金を持っている金融機関が先を争って買っていく。また、日銀に口座を開設せず市中銀行に銀行預金を持っている金融機関も先を争って買っていく。このため日銀の国債売りオペや日銀手形売りオペはいつも順調に行われる。
日銀は、日銀当座預金という負債を発行し、金融機関が日銀に開設する口座に入れる。この日銀当座預金には2008年11月まで一切利子が付かなかった。2008年11月から補完当座預金制度が始まり、日銀当座預金の中の超過準備には+0.1%の金利がつくようになった。2016年2月からは日銀当座預金の超過準備の大部分には+0.1%の金利がつき、一部分には-0.1%の金利が付くようになった。
日銀が、日銀に口座を開いて日銀当座預金を直接保有する市場参加者から日銀当座預金を吸い上げたいと思ったら、日銀当座預金の付利よりも必ず大きい利回りにして国債や日銀手形を売りオペする。
日銀が、日銀に口座を開かず日銀当座預金を間接的に保有する市場参加者Aから日銀当座預金を吸い上げたいと思ったら、市場参加者Aが市中銀行に預けることで得ている銀行預金への付利よりも必ず大きい利回りにして国債や日銀手形を売りオペする。
国債や日銀手形は「確実に返済が行われる」と市場参加者たちに確信されており、それが普段得ている利回りよりも多めの利回りで売り出される。このため国債や日銀手形は確実に売れる。
日銀に口座を開設して余分な日銀当座預金を持っている金融機関は、余った日銀当座預金で株式(会社の所有権の一部)や土地を買うという選択肢もある。
日銀に口座を開設せず市中銀行に銀行預金を持っている金融機関も同様で、余った銀行預金で株式や土地を買うという選択肢もある。
しかし、株式や土地には値下がりのリスクがあるし、いざとなったときの換金性(日銀当座預金や銀行預金に戻す可能性)が国債に比べて低い。金融機関にとっては、余った日銀当座預金や銀行預金を国債・日銀手形に変えるのが理想的である。
ここら辺の事情は、西田昌司参議院議員が2019年6月3日の決算委員会で論じていることである(動画
、議事録五ページ
)。
ちなみに西田昌司議員は「日銀当座預金には基本的に金利が付かない。ところが国債は基本的に金利が付く」と論じている。これは2008年10月以前の日銀当座預金に利子が一切付かなかった時代の感覚に基づく表現である。日銀当座預金に利子が付く時代の感覚に基づく表現に修正するのなら「国債は基本的に日銀当座預金よりも高い利回りが付く」となるだろう。
日銀に口座を開設して余分な日銀当座預金を持っている金融機関が余った日銀当座預金で株式や土地を買ったり、日銀に口座を開設せず市中銀行に余分な銀行預金を持っている金融機関が余った銀行預金で株式や土地を買ったりすると、金融庁がすっ飛んでくる。「どうして財務の健全性を維持しようとしないのですか」と徹底的に叱られてしまう。また日銀もついでにやってきて「財務の健全性を維持していただかないと困ります」と説教されてしまう。
金融庁は、銀行法第25条などに基づき、金融機関に対して日常的に検査をしていて、金融機関にとっては鬼よりも恐ろしい存在である。
日銀は、日銀法第44条に基づき、銀行・証券会社・短資会社といった日銀に口座を開設している金融機関と考査契約を結んでおり、その契約に従って日常的に考査を行っている。考査とは経営に対する指導のことである。法令ではなく契約に基づく指導なので恐ろしさは少ないような気がするが、過度に日銀に反抗すると「日銀当座預金を使えないようにします」という報復をされる可能性があるので、やはり日銀に対して逆らうことができない。
国債や日銀手形は日銀の売りオペを実現するための優秀な道具である。
「国債や日銀手形は、余分な日銀当座預金を吸収するスポンジであり、余分な日銀当座預金を回収する掃除機である」といった比喩表現をしてもよいだろう。
国債の売りオペと日銀手形の売りオペは、日銀以外の市場参加者の日銀当座預金を消滅させるという点で共通しているが、いくつか異なる点がある。
日銀が市場参加者に対して国債を売ったとする。その市場参加者が日銀に口座を開いているのなら日銀当座預金を直接的に削減するし、その市場参加者が日銀に口座を開いていないのならその市場参加者が利用する市中銀行Aの日銀当座預金を直接的に削減しつつ市中銀行Aに対して「市場参加者の銀行預金を削減していただきたい」と要請する。
| 国債売りオペ前の日銀 | 国債売りオペ後の日銀 | |||
| 資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
| 国債 | 日銀当座預金 | |||
資産の部と負債の部が同じぐらいに減少しており、貸借対照表(バランスシート)が縮小している。
| 国債売りオペ前の日銀 | 国債売りオペ後の日銀 | |||
| 資産の部 | 負債の部 | 資産の部 | 負債の部 | |
| 国債 | 日銀当座預金 | 国債 | 日銀手形 | |
負債の部の日銀当座預金が日銀手形に変形しただけであり、貸借対照表(バランスシート)は縮小せず、規模を維持したままとなる。
中期国債・長期国債・超長期国債を売りオペすると、さまざまな長期金利が上昇する。残存期間5年の国債を売りオペすると、新規発行5年物国債の利回りが上昇する。残存期間2年の国債を売りオペすると、新規発行2年物国債の利回りが上昇する。
一方で、国庫短期証券を売り出すときや日銀手形を売り出すときは長期金利が維持される。
「短期金利を引き上げたいが長期金利を上昇させたくない。つまりイールドカーブを寝かせてフラット化させたい。銀行の収益力を弱めることになるが企業・家計の借り入れコストを維持することを優先したい。景気を減速させたくない」と日銀が思った場合は、大量の中期国債・長期国債・超長期国債を保持していたとしてもあえて中期国債・長期国債・超長期国債を売らず、国庫短期証券や日銀手形ばかりを売り出すという手法をとる。
インフレーションが進んで最適なインフレ率とされる年率3%を超えていったらインフレを抑える必要がある。
インフレを抑えるためには徴税をするのが効果的である。2014年4月1日の消費税増税や、2019年10月1日の消費税増税の後では、一気に消費が冷え込んでインフレ率を押し下げた。徴税にはインフレを押さえ込む極めて強い作用がある。
ところが、徴税という手段はなかなか手間がかかる。ちょっと税率を変更するだけでも法律の改正が必要で(憲法第84条
)、法律は国会の議決を必要とする(憲法第41条
、憲法第59条
)。しかも国会は年がら年中開いているわけではなく、1年のうち7ヶ月ぐらいしか開催されていない。このため徴税一本槍でインフレを抑えるのはちょっと難しい。
日銀による売りオペは、実施するにあたって法律など必要ないので日銀が臨機応変に実行することができる。売りオペは徴税ほどの強烈な効果は見込めないが機敏さという点で優れている。ゆえに徴税の補助手段として日銀が売りオペしてインフレを押さえ込む。
徴税というのは、通貨を保有する人の財産権の一部を否定し、通貨を保有する人から通貨を取り上げる行為である。納税者は、貸借対照表(バランスシート)の資産の部の数字が減少する。
一方で売りオペは、通貨を保有する人の財産権を否定するわけではない。通貨を保有する人から通貨を取り上げつつ国債や日銀手形を与える行為である。売りオペに応じた者は、貸借対照表(バランスシート)の資産の部の数字が維持される。
売りオペに応じた者は、財務体質が悪化する。日銀に口座を開設する者が売りオペに応じると、●円の日銀当座預金が●円の国債・日銀手形に変化するので、資産の流動性が低下し、「いつでも支払いに使用できる通貨」から「すぐには支払いに使用できない資産」になり、買い物を我慢する状態になり、財務体質が悪化する。
日銀に口座を開設せず市中銀行に口座を開設する者が売りオペに応じても同様で、●円の銀行預金が●円の国債・日銀手形に変化するので、買い物を我慢する状態になり、財務体質が悪化する。
ただし、銀行が国債を保有している場合、その国債を担保に差し入れることでいつでも日銀から融資を受けられるようになる。このため、銀行は国債を保有することで直ちに財務体質が悪化するわけではない。
徴税と売りオペの違いを表にすると次のようになる。
| 徴税 | 売りオペ | |
| 実行者 | 政府(憲法に縛られる) | 日銀(政府機関ではなく憲法に縛られない) |
| 法律の必要性 | 国会の議決に基づく法律が必要 | 国会の議決に基づく法律が必要ない |
| 機動性 | 国会は年がら年中開いているわけではないので、機動性に乏しい | いつでも即座に実行できて機動性が高い |
| 財産権 | 相手の財産権を一部だけ否定し、相手の資産を取り上げる | 相手の財産権を否定するわけではなく、相手の資産を変化させるだけである |
| 貸借対照表(バランスシート)の資産の部 | 相手の貸借対照表の資産の部の数値が減少する | 相手の貸借対照表の資産の部の数値が維持される。流動性が高い日銀当座預金・銀行預金から流動性の低い国債・日銀手形に変化するので、財務体質が悪化する。ただし銀行にとっては国債を担保に日銀から融資を受けられるようになるので、国債保有が直ちに財務体質悪化となるわけではない。 |
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最終更新:2025/12/16(火) 08:00
最終更新:2025/12/16(火) 08:00
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