KALEX(カレックス)とは、MotoGPに参戦するドイツ・バイエルン州のシャーシ製造企業である。
moto2クラスに2010年から参戦し続け、2013年からシャーシ製造者部門で5連覇を達成した。
創始者
2008年にKALEXを設立した技術者。KALEXの「K」はKlausの「K」が由来。
アレックスに比べて裏方での作業を好み、顧客の要請に応じてピットに足を運ぶ頻度が多い。
2008年にKALEXを設立した技術者。KALEXの「ALEX」はこの人の名前が由来。
アレックスの方がメディア対応に熱心で、インタビュー記事も多い。記事1、記事2
インタビュー動画もある。動画1
KALEXの会社沿革
四輪技術者が二輪に転向、KALEXを設立する
ドイツの南部にバイエルン州という経済的な実力が大きい州がある。
州都ミュンヘンにはBMWの本社があり、インゴルシュタットにはアウディの本社がある。
この影響でバイエルン州には自動車産業関連企業が多い。
このバイエルン州の一角のアウグスブルグにGünther HolzerとRonald Holzerの兄弟がいて、
彼らはガソリンスタンドを経営しつつマシン改造に明け暮れており、ラリーのレースにも参加していた。
その趣味が高じて1986年にHolzer Motorsport(ホルツァー・モータースポーツ)という企業を設立、
1995年からはSTW(Super-Tourenwagen-Cup スーパーツーリングカー・カップ)に参戦した。
2000年からはSTWの後を引き継いだDTM(ドイツツーリングカー選手権。大百科記事あり)に参戦。
2005年シーズンをもってDTMから撤退したが、現在も他のレースに参加している。
このHolzer Motorsportに務めていたのがクラウス・ハーセコーンとアレックス・バウムガーテルだった。
彼らは職場で四輪レース車両の整備を行いつつ、趣味で二輪の改造を行っていた。
この趣味が高じてクラウスとアレックスはアウグスブルグ近郊のボービンゲンにてKALEXを創業し、
MotoGPのmoto2クラスに参戦していった。
KALEXとHolzer Motorsportの関係は良好で、KALEXがHolzerの工場を借りたこともあったし、
KALEXがHolzerに部品を作ってもらったこともある。
moto2に初年度から参戦、ライバルと熾烈な戦いを演じる
2010年がmoto2元年で、KALEXはこの年から参戦している。
KALEX使用者の最高ランキングはセルヒオ・ガデアのランキング17位。
表彰台獲得もイタリアGPの1回だけだった。
話題になるのはトニ・エリアスを擁したモリワキ、アンドレア・イアンノーネを擁したSPEED-UP、
最大勢力のSuterばかりで、KALEXは泡沫メーカーという印象だった。
ちなみに初年度からKALEXを使用し続けているのが名門チームのポンス・レーシングである。
ところが2011年シーズンにKALEXは大躍進を遂げる。
ステファン・ブラドルが4勝・2位5回でチャンピオンを獲得した。
ステファンはドイツ・バイエルン州アウグスブルグ出身で、2010年までスイスのSuter使用者だったが、
同郷のKALEXへの変更をチームに熱望してチームも了承した。これが見事に大当たりとなった。
彼以外のKALEX使用者ではアレイシ・エスパルガロが3位を1回獲ったっきりであったが、
翌年のKALEX使用者が激増することになった。
2012年シーズンにはポル・エスパルガロがランキング2位、スコット・レディングがランキング5位、
ミカ・カリオがランキング6位、ティト・ラバトがランキング7位となった。
KALEXを使用するポンス・レーシングとMarcVDSのライダー合計4人が揃って上位に食い込み、
「誰でも速く走れるKALEX」をアピールすることになった。
2013年からmoto2で5連覇達成
2013年はKALEX使用者がランキング1~4位を独占。
2014年はKALEX使用者がランキング1~3位を独占。
2015年からのmoto2クラスはKALEXのワンメイクに思えるような状況になった。
2015年は上位14人中13人がKALEX使用者。
2016年は上位16人中15人がKALEX使用者。
2017年は上位7人中6人がKALEX使用者。
KALEXのバイクが売れに売れ、KALEXの技術者は大忙しになった。
チームが一休みするシーズンオフは開発や製造でさらに忙しくなり、週7日・14時間労働が続く。
シーズンオフのテストが行われるのはスペインの温暖なバレンシアサーキット、ヘレスサーキット、
アルメリアサーキットである。KALEXの本社のあるバイエルン州ボービンゲンからは非常に遠い。
ヘレスサーキットとボービンゲンは直線距離で1900km離れているのである。
これは北海道・札幌市と九州・奄美大島の距離と同じ。
これだけの長距離をトラックで往復移動するので、ヘトヘトになる。
しかし、KALEXの技術者達は大幅に良くなった給料のため、喜び勇んで仕事に励むのであった。
KALEXのマシンの特徴
いろんなライディングスタイルに合わせられる万人受けするシャーシ
誰でも速く走れるという傾向を持ち、万人受けするシャーシになっている。
このことは2012年シーズンの頃からハッキリしていた。
MarcVDSのミカ・カリオとポンス・レーシングのティト・ラバトはライディングが正反対だったが、
ほとんど同じような成績を残している。
KALEXの創始者アレックス・バウムガーテルは、インタビューでこのように答えている。
「KALEXのバイクはセッティングの幅が広く、様々なライディングスタイルに合わせることができる」
一方で、KALEXのライバルであるSuterのエスキル・スッターはこんなコメントを残している。
「KALEXのセッティングの幅はそれほど広くない。しかし、1つのセッティングがどこでも通用する。
2015年のトーマス・ルティとドミニク・エガータは同じようなセッティングで走り続けて好成績だった」
2人のコメントが食い違っているのだが、「KALEXはいろんなライダー・サーキットに合う」
という点では見解が一致している。
突出した長所はないが、どんな場所でもしっかり速い
「ここが凄い」という突出した長所は見当たらないが、その反面、どういう走行シーンでも速い。
ブレーキング、コーナリング、立ち上がりの加速、最高速付近の伸び、全てにおいて実力がある。
ライバルのSPEED-UPは立ち上がりが素晴らしい、ライバルのKTMはコーナリングが素晴らしい、
そういった突出した長所があるが、KALEXは全体の完成度で勝負するスタイルと言える。
えこひいきをしない
2011年シーズンにSuterを使うマルク・マルケスが快進撃を続けていた。
マルクに対してSuterは最新のパーツを優先的に投入し、他のSuter使用者を憤怒させた。
MarcVDSはSuterと「最新パーツを受け取る」という契約を結んでいたにもかかわらず、
マルク・マルケスのチームのみに最新パーツが届けられたことを知り、2012年からKALEXに乗り換えた。
Suterはやや技術面に偏重してしまい、いろんな種類の新規パーツを少量ずつ作ってしまった。
これにより、「あのチームには新規パーツが届いて、ウチのチームには新規パーツが来ない」
という、えこひいきに近いことをしてしまう羽目になった。
KALEXはこの手のえこひいきをしない。
新規パーツの種類をできるだけ絞り、できるだけ多く製造して、できるだけ多くの使用者に同時供給する。
そういう方針が多くのチームに賞賛された。
カウルが丸みを帯びている
カウルが丸みを帯びているという外見上の特色がある。新幹線0系のような感じ。
一方でライバルのSPEED-UPは尖ったシャープなカウルであり、新幹線700系という感じ。
カウルのサイズもやや大きめで、大柄なライダーにも使用できる万人受けするカウルである。
アルミ・ツインスパーフレーム
アルミニウムのツインスパーフレームである。
アルミは鋼の35%の軽さであり、鋼に匹敵する硬さを持つ。軽くて強い素材である。
そして何より切削加工しやすく、超特急でフレームを作ることができる。
KALEXのシャーシを作る動画が公開されているので紹介したい。
バイク量産メーカーは機密保持に厳しくシャーシ製造現場など決して公開しないのだが、
KALEXは小さな会社なので機密保持に関してもわりとルーズというか柔軟な姿勢である。
この動画はKALEXが公開した。
途中でGROBの工作機械が映っている。GROBはドイツ・バイエルン州ミンデルハイムのメーカー。
途中でREIDENの工作機械が映っている。REIDENはスイス・ルツェルン州ライデンのメーカー。
こうした工作機械でアルミをせっせと削っている。
KALEXの組み立て動画・整備動画
KALEXのマシンを組み立てたり整備したりする動画がいくつか公開されているので紹介したい。
MarcVDSのフランコ・モルビデリの車体組み立て
MarcVDSのアレックス・マルケスの車体組み立て
いずれも手間暇掛けた大仕事であることが分かる。
サーキットでの車体整備その1
※なぜかその2はアップロードされていない
サーキットでの車体整備その3 エンジンを外す瞬間
サーキットでの車体整備その4 アルミニウムのツインスパーフレームをゴシゴシ洗っている
KALEXとKTMの関係
KALEXとKTMは近所同士の企業なので協力し合っている。
KALEXはドイツ・バイエルン州ボービンゲン。
KTMはオーストリア・オーバーエスターライヒ州マッティヒホーフェン。
同じドイツ語圏であり、直線距離で170kmしか離れておらず、もう完全に隣近所といったところ。
2012年から2014年まではmoto3クラスにて提携した。
KALEXのアルミ・ツインスパーフレームにKTMエンジンを搭載し、「KALEX-KTM」として出場した。
2012年シーズンはルイス・サロムがKALEX-KTMでランキング2位。ヨナス・フォルガーも大活躍した。
2013年シーズンもヨナス・フォルガーがKALEX-KTMで表彰台4回、ランキング5位。
2014年シーズンにホンダとKTMの開発競争が激化し、KALEX-KTMは不振に陥り、
この年をもってKALEXはmoto3から撤退した。
2012~2014年のKALEXとKTMの提携は密接で、KALEXがマッティヒホーフェンのKTMの工場で
試験を行ったこともある。
2017年からはKALEXとKTMがmoto2クラスで競争することになった。
KALEXは下町の町工場のような小規模企業であるがKTMはドゥカティをも上回る規模の大企業であり、
シャーシ製造の経験は圧倒的で、いずれはKTMがmoto2クラスで主導的な立場になると言われている。
はたしてKTMは全力を出してmoto2クラスをKTMワンメイクにするのだろうか。
それとも近所の同胞企業KALEXに温情を感じ、多少は手加減するのであろうか。
2018年以降のmoto2クラスが注目される。
結局、KTMは2019年シーズンをもってmoto2クラスから撤退した。3年間のシーズンでKTMシャシーのユーザーからはチャンピオンを輩出することなく、KALEXの圧勝となった。
本拠地のバイエルン州
ドイツ南部のバイエルン州ボービンゲンにKALEXの本社がある。
バイエルン州はドイツの中でも最も豊かな州であるが、国土の南の端に位置している。
ゆえにドイツの中心になることは少し難しい。州都ミュンヘンがドイツ首都になるのも難しい。
「一番豊かなのに歴史的・地政学理由から首都になる可能性がない」という点で、
アメリカ合衆国のテキサス州やスペインのカタルーニャ州と似ている。
中央からの独立志向も旺盛で、アンケートを採ると独立支持派が結構多いことが分かる。
バイエルン州のお隣のオーストリアとは言語的にも非常に近く、アルプス山脈が近くて
ウィンタースポーツが盛んであることも共通していて、お互いに親近感を感じている。
1516年にバイエルン公国の公爵がビール純粋令を発布し、ビール製造方法を規定した。
これが世界最初の食品関連法とされる。現在でもこれを律儀に守って製造する業者が多い。
「このビールはビール純粋令に従って醸造されています」というラベルを貼って販売するのである。
州都ミュンヘンでは毎年9月~10月にオクトーバーフェストというビール祭りが2週間かけて行われる。
東京ドーム9個分の敷地を借り切ってテントや移動式遊園地を設置し、飲んで食っての大宴会となる。
民族衣装のディアンドルを着たウェイトレスが1リットルのジョッキを何本も持ってくるのが定番の風景。
世界的名門サッカークラブであるバイエルン・ミュンヘンがあり、サッカー熱が高い。
このクラブが優勝するとピッチの上でビールかけが行われる。
一方で2輪モータースポーツは今ひとつ不人気で、バイエルン州アウグスブルグ出身の
ステファン・ブラドルが「僕の地元はバイクレースの人気がないんです」と言っていた。
バイエルン州の州都ミュンヘンには2輪と4輪の両方を製造するBMWの本社があるが、
BMWはあまりMotoGPに乗り気でない。
ドイツ人は総じてコストに厳しく、勝算がないのに高コストのレースに出場するのを避ける傾向がある。
ゆえにBMWも低コストのスーパーバイクにだけ出場して、MotoGPには出場しない方針がある。
関連項目
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