ナールとは、日本の写植書体である。1970年に中村征宏によってデザインされ、1972年、写研から写植書体としてリリースされた。タショニム・コードはNAR。
これは何の書体か?という問いには、ただ一つの言葉で説明できる。
「道路標識に使われている書体だ」、と。
1969年に発表された”新書体”「タイポス」やそれを発表したグループタイポは、日本の書体デザインに多大なる影響を与えた。その波を受け、写植最大手の写研は新書体の発掘を目的として1970年に「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」の第一回を開催した。
看板屋、テレビテロップ書き、版下製作を経て写植書体と出会い、多分に漏れず「タイポス」に大いに影響を受けていた中村征宏は、看板屋で学んだ字形、テレビテロップなどで培った丸ゴシック書きの感覚などを下敷きに「細丸ゴシック」176字を整理して製図し、応募した。この書体の特徴は、次のようなものである。
左:活字に由来する従来型の丸ゴシック(秀英丸ゴシックL) 右:ナール(石井賞応募版。『タイポグラフィ年鑑1969』p36より引用) |
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いずれも従来の書体とは一線を画する特徴で、これは各審査員から非常に高い評価を受け、栄ある第一回石井賞の第1位に輝いた(この審査員の中にはグループタイポの桑山弥三郎らも含まれていた)。
この作品は、中村および写研所属設計士らによって試行錯誤が重ねられ、数千字種に拡大して写植書体化、1972年「ナール」(NAR)と名付けられてリリースされた。名前の由来は、中村の「な」と、丸ゴシックを表す「アール」からであった。
「ナール」はタイポスに続いて多大なる影響をたちまちのうちにグラフィックデザイン界にもたらし、看板、広告、書籍、雑誌、漫画、パッケージ、テレビテロップなど、媒体を全く問わずにこの細い書体が溢れかえった。何を組んでもさまになるので、あるデザイン事務所ではナール禁止令が出るほどだったという。
なぜここまでヒットしたのだろうか。実は、現代でこそ、”フトコロが広い=モダンスタイルの和文サンセリフ丸ゴシック書体”という存在はある程度ありふれた存在になっているが、この特徴を持つ書体はナール以前には存在しなかったのである。そもそも、丸ゴシック体という書体自体が、あまり表に出る機会の少ない地味な立場にいた。それを一気に表舞台へと引き上げたのが「ナール」であった。出始めた当時は「丸ゴシック」に分類することすら憚られ、タイポスと同様の完全なる新書体として扱われていたほどである。
以降の「石井賞」への応募はモダンな表情のものが大幅に増え、数々の名書体が誕生した。他タイプファウンドリーでさえ、ナールの成功を受けてフトコロの広いモダンな書体を大量に開発していった。単純にモダン系丸ゴシックに限定しても、現在までにモリサワ「じゅん」「新丸ゴ」、リョービイマジクス「シリウス」、フォントワークス「スーラ」、キヤノン「丸ゴシック体-Ca」、ピーアンドアイ「カーサ」、SCREEN「ヒラギノ丸ゴシック」などに多分な影響がみられる。また、中国など他の漢字圏の書体デザインにさえ逆輸入され、大きな影響を与えた。
1973年には中太「ナールD」(DNAR)がリリース、以降ウェイトファミリーの拡充が行われた。初代・無印「ナール」は細すぎてツブれているなどの意見があり、少しして「ナールL」(LNAR)という、極細でない「細」ウェイトで再リリースされた(この際、少し字形が変更されている)。その後、M、DB、E、H、Uといったウェイト展開のほか、アウトラインのO、影付きアウトラインのOS、影付きのSHといった装飾書体、「き」などが切り離された「幼児用かな」などもリリースされた。それまでのウェイト展開では太さによって機微な違いが見られたりしたものであったが、ナールでは一定の統一がみられた。このようにシステマティックにデザインを統一しての大規模なファミリー展開も類を見ず、初であった。
また、ナールの成功を受け中村と共に写研で開発された極太角ゴシック体「ゴナ」もまた、大ヒットを遂げた。ゴナとともに新たなる定番書体として定着したナールは、テレビテロップで見ない日がないほどとなり、道路標識、鉄道などの制定書体となるなどし、本邦で目にしない日はないという程にまで広がっていった。テレビ番組では、NHKの「紅白歌合戦」が1981年から2003年に渡り、のべ22年歌詞テロップの表示に使用することとなっている。
静岡県浜松市天竜区月への距離を示す道路案内標識。 和文にナールD、欧文にHelveticaが使用される。 |
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2000年代に入り、DTPへの移行が進む中、写研がDTP向けのオープンなデジタルフォントの売り出しを行わなかったことで、徐々にナールの出番は減っていった。ギリギリまで写植書体を使用し続けていた阪急電鉄は2010年にイワタ「イワタUD丸ゴシック」に変更。長い間写植が定着していた漫画のセリフでの使用も2010年代には全滅。あんなにも沢山のところに使われていたナールは、いつの間にか道路標識の中にしか見られないほどに減少してしまった。ある方面からは、ノスタルジーの象徴の一つとしてみられるようにさえなっている。
しかし、決して古くなったということではないことは、道路標識が違和感なく受け入れられていることからも明らかである。現代の視点からしても、ナールは現代の紙面使用に耐え得る丸ゴシック有数のモダンさと強靭さを持っている。大阪の看板屋・サインズシュウの上林修は、自身の書き字がナールに強い影響を受けていることを公言している。
2021年、写研はデジタルフォントの開発・リリースをついに発表した。発表にある2024年より以降、この書体が再び現代の現場に立ち返ってきたときに世の紙面がどのような表情を見せるのか、見ものである。
掲示板
5 ななしのよっしん
2023/02/03(金) 15:19:47 ID: rm3lvpNaWi
>>3-4 じっさい、写研でも〇〇ールはナール以来めっちゃ出てて、イクール、エツール、ルリール、ヨシール、ノリール、ウメール、ゴカール、ミンカールとある。
6 ななしのよっしん
2023/03/22(水) 17:16:35 ID: nQiUA0YZLi
7 ななしのよっしん
2023/03/22(水) 17:19:25 ID: nQiUA0YZLi
ごめん写研ってとこ見逃してた(元となったロゴラインは写研に供給されたけど派生のロゴアールとロゴカットはデジタルになってから)
あと写研以外だとラインGアールとかもあるね
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最終更新:2025/02/08(土) 02:00
最終更新:2025/02/08(土) 02:00
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