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サリン(Sarin)とは、有機リン化合物で、化学兵器の一種である。別称はイソプロピルメタンフルオロホスホネート、メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル、GBなど。[1]
概要
サリンとは、毒ガス(神経ガス)の一種である。常温で液体だが、揮発性が高い。毒性と殺傷能力が極めて高く、LD50(半数致死量:投与された動物のうち50%が死亡する量)は経皮投与で28mg/kg(ヒト)。
1902年には合成され存在が知られていたが、当初は毒性について知られていなかった。1938年、第二次世界大戦のさなか、新しい殺虫剤の開発から一転して、強力な神経ガス、とくに有機リン系ガスとして、ドイツで開発された。開発した4名の研究者、シュラーダー(Schrader)、アンブローズ(Ambros)、リッター(Ritter)、リンデ(Linde)の名前から、サリン(Sarin)と名付けられた。
日本の宗教団体オウム真理教が、1994年の松本サリン事件、1995年の地下鉄サリン事件などで使用した。松本サリン事件では、長野県の松本市内の住宅街でサリンが散布され、8人が死亡、660人が負傷した。地下鉄サリン事件では、東京都の帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄)の複数の地下鉄車内でサリンが散布され、13人が死亡、約6,300人が負傷した。こうしたテロ事件の結果、サリンは広く知られるようになった。
なお、上記の事件の報道のなかで、サリンが有機リン系農薬などから容易に合成できるという誤解が生まれたが、実際には高度な知識や専門技術を要する。また、サリンそのものが非常に毒性の強い、揮発性の高い物質であるため、一般人が容易に扱えるものとは言いがたい。
毒性
サリンは呼吸によって肺から吸収されるほか、皮膚からも吸収される。吸収した量によって症状は異なるが、数分のうちに縮瞳、頭痛、流涙、嘔吐、腹痛、下痢などを引き起こし、大量に曝露すると視覚障害、呼吸困難、徐脈、失禁、意識障害、全身痙攣などの症状が現れ、死亡する。
これらは、サリンが副交感神経系や運動神経終末などにあるコリンエステラーゼ(神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素)を非可逆的に阻害するため。すなわち、サリンは非可逆性コリンエステラーゼ阻害薬である。コリンエステラーゼのエステル部をリン酸化し、アセチルコリンの分解を阻害、結果として神経末端にアセチルコリンが充溢し、ムスカリン作用、ニコチン作用が持続的に表れる。有機リン系の農薬も、サリンと同じくコリンエステラーゼ阻害作用をもつが、サリンはこの作用が非常に強い。
こうした有機リン化合物による中毒の解毒には、プラリドキシムヨウ化メチル(PAM:パム)とアトロピンの併用が行われる。PAMは有機リン化合物とコリンエステラーゼの結合を解離させ、コリンエステラーゼを再賦活化(活性化)させる。アトロピンは蓄積したアセチルコリンによるムスカリン作用を軽減、各症状を緩和させる。また、呼吸困難に陥っている場合は、換気と気道吸引が必要。
しかし、有機リン化合物曝露後は、時間の経過とともにエイジング(経時的な不可逆変化)が起こるため、PAMが徐々に効かなくなってしまう。地下鉄サリン事件が発生した当時、首都圏には、大量に発生した被害者全員に十分に行き渡るほどのPAMの在庫がなかったため、西日本の病院や診療所、医薬品卸売販売業の営業所などからPAMがかき集められた。そして、一刻も早く被害者全員に投与するべく、新幹線や航空機を利用した人海戦術のリレーによって東京に輸送された。
関連動画
関連リンク
関連項目
- 有機化学
- 医学 / 薬学
- 神経
- オウム真理教
- NBC兵器 / 化学兵器
- アセチルコリン
- ソラニン - 可逆的なコリンエステラーゼ阻害作用を有するステロイドアルカロイド。
- メタミドホス - 不可逆的なコリンエステラーゼ阻害作用を有する有機リン系農薬。
- VXガス - 不可逆的なコリンエステラーゼ阻害作用を有する化学兵器。
- プラリドキシム
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脚注
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