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VXとは、猛毒の神経剤である。人類が開発した化学物質のうち、最も毒性の強い物質とされる。
概要
VXは、有機リン化合物の一つで、化学兵器V剤[1]の一種。VXガスとも呼ばれるが、常温では液体で、揮発性も低く、残留性が高い。無味無臭で、噴霧や接触によって呼吸器や皮膚から吸収される。コリンエステラーゼを阻害して神経を興奮させる作用をもつ(後述)。作用機序が同じ化学兵器としてサリンが知られているが、VXはそれと比較してなお毒性が強く、殺傷能力が高い。
1952年、イギリスで合成された。のちにアメリカに情報が提供されると、兵器として大量に生産されたが、実際に使用されることはなかった。1997年の化学兵器禁止条約発効により、現在は保有していないと考えられる。
1994年、日本の宗教団体オウム真理教が合成。同年10月、弁護士の滝本太郎氏の殺害を目的に使用された(殺人未遂)。さらに同年12月、駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂)、会社員VX殺害事件(既遂)、翌年1月、オウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂)で使用された。会社員VX殺害事件で犠牲となった大阪府の会社員は、VXによる初の犠牲者とされる。
2017年2月、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家、金正男氏が、マレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された。マレーシア警察は、同氏殺害にVXが用いられたと公表した。ちなみに、化学兵器禁止条約により、現在192か国でVXを含めた化学兵器の開発、製造、保有そして使用が禁止されているが、北朝鮮はこれを締結していない。
なお、地下鉄サリン事件などの報道のなかで、有機リン系の化学兵器が容易に合成できるという誤解が生まれたようだが、実際には高度な知識、専門技術を必要とする。
毒性
VXは、非可逆性コリンエステラーゼ阻害薬に分類される。副交感神経系や運動神経終末などにあるコリンエステラーゼ(神経伝達物質のアセチルコリンを加水分解する酵素)のエステル部をリン酸化する。これにより酵素活性が失われアセチルコリンが分解されなくなると、神経終末にアセチルコリンが充溢してムスカリン受容体やニコチン受容体が持続的に刺激される。結果として、縮瞳、頭痛、流涙、嘔吐、腹痛、下痢、視覚障害、呼吸困難、徐脈、失禁、意識障害、全身痙攣などの症状を呈し、死に至る。
こうした有機リン系化合物による中毒の治療には、プラリドキシムヨウ化メチル(PAM:パム)とアトロピンの2剤を投与する。PAMは、コリンエステラーゼを再賦活化(酵素の活性を回復)し、アセチルコリンを分解できるようにする。アトロピンは、アセチルコリンのムスカリン受容体への結合を競合的に阻害することで、各症状を緩和する。ただし、有機リン化合物曝露後は、時間の経過とともにエイジング(経時的な不可逆変化)が起き、PAMが徐々に効かなくなる。神経機能に障害が残ることを避ける意味でも、できるだけ早期に投与することが望ましい。なお、映画『ザ・ロック』にはアトロピンを心臓に注射するシーンがあるが、実際は心臓に注射する必要はない。
関連動画
関連項目
- 医学 / 薬学
- 神経
- オウム真理教
- 金正男
- ザ・ロック(映画) - VXが登場する作品。ただし、日本語翻訳版では神経ガスと表現されている。
- NBC兵器 / 化学兵器
- アセチルコリン
- ムスカリン
- ニコチン
- メタミドホス
- プラリドキシム
- 化合物の一覧
- 軍事関連項目一覧
- 医学記事一覧
脚注
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