ドル化(dollarization)とは、経済学の用語である。
概要
定義
アメリカ合衆国以外の国において、政府が公式に米ドル(アメリカ合衆国ドル)を通貨に採用したり、民間人が優先的に米ドルでの決済をしたりして、米ドルが通貨として流通する現象のことをいう。
名称
ドル化の英語表記はdollarizationである。これのカタカナ表記として、ダラリゼーション、ドラリゼーション、ダラライゼーション、ドラライゼーション、という4つの表記が存在して表記揺れになっている。
採用国
1903年以降のパナマ、2000年以降のエクアドル、2001年以降のエルサルバドルが採用国の例に挙げられる。
政府がドル化を採用する理由
米国以外の国の政府が米ドルを通貨に採用する理由として、次のものが考えられる。
民間人がドル化を採用する理由
米国以外の国の民間人が優先的に米ドルでの決済をする理由として、次のものが考えられる。
1.に該当するのはハイパーインフレーションが発生している国のほとんどである。
2.に該当するのはパナマである。
ドル化の長所と短所
米ドル対象カレンシーボード制と共通する長所と短所
ドル化と米ドル対象カレンシーボード制は非常によく似た政策である。
両者とも固定相場制の長所を大いに享受できるという長所がある。
両者とも名目為替レートが完全に固定される。ドル化なら自国通貨と外国通貨が全く同一なので名目為替レートが1に固定される。米ドル対象カレンシーボード制なら名目為替レートが当局が指定した数値に固定される。
名目為替レートが完全に固定されているので、物価が硬直的な短期において実質為替レートも固定され、貿易の確実性が増し、企業経営者が経営の見通しをたてやすくなり、企業が在庫投資や設備投資といった投資を行いやすくなり、将来において資本ストックが蓄積されて国家の供給力が増える。
両者とも政府が新規に発行された通貨を入手して政府購入を大量に増やす政策を実行しにくいという短所がある。政府購入を増やせないと、軍事的危機や経済的危機を乗り越えにくくなる。また政府購入を増やせないと、国民に内発的動機付けを掛けづらくなり、国民を仕事好きの性格に変貌させることが難しくなり、ヒステリシス(経済学)が発生しにくくなる。
米ドル対象カレンシーボード制は中央銀行が米ドルを資産に計上したときにだけ自国通貨を発行する制度であって、中央銀行が政府の国債を資産に計上しつつ自国通貨を発行することを禁止する制度であり、中央銀行の通貨発行権を大きく制限する制度であり、政府が通貨発行益(シニョレッジ)を得られなくする制度である。そしてドル化も政府が通貨発行益を全く得られない制度である。
米ドル対象カレンシーボード制と共通しない長所
ドル化と米ドル対象カレンシーボード制は非常によく似た政策であるが、ある部分において異なっている。
ドル化は費用がかからないという長所があり、米ドル対象カレンシーボード制は費用がかかるという短所がある。
ドル化を採用する場合は、外国為替市場や中央銀行を持つ必要が無く、紙幣を印刷する必要が無く、費用を徹底的に削減できる。
米ドル対象カレンシーボード制を実行するには、人員を雇って外国為替市場を機能させ、人員を雇って中央銀行を組織し、人員を雇ったり原材料費などを支払ったりして紙幣を印刷せねばならず、費用が掛かる。
米ドル対象カレンシーボード制と共通しない短所
ドル化と米ドル対象カレンシーボード制は非常によく似た政策であるが、ある部分において異なっている。
ドル化を採用したB国において犯罪者が米ドル紙幣を強奪する犯罪を起こし、そのあとに国境を越えてアメリカ合衆国に侵入してしまえば、強奪した米ドル紙幣を使って優雅に暮らすことができる。また同様に、アメリカ合衆国において犯罪者が米ドル紙幣を強奪する犯罪を起こし、そのあとに国境を越えてドル化を採用したB国に侵入してしまえば、強奪した米ドル紙幣を使って優雅に暮らすことができる。
アメリカ合衆国やドル化を採用したB国においてクレジットカードやデビットカードを徹底的に普及させて現金通貨の扱いを徹底的に減らせば上記のような事態が起こりにくい。しかし、ドル化を採用するような国は経済が混乱していてクレジットカードやデビットカードの普及がなかなか進んでいないのが実情である。
アメリカ合衆国の警察とドル化を採用したB国の警察が情報共有をして連携していれば上記のような事態が起こりにくい。しかし、ドル化を採用するような国は経済が混乱していて警察官に支払う給料すら満足に支払えず警察の能力が落ちているというのが実情である。
一方で、米ドル対象カレンシーボード制は国境を越えた犯罪が起きにくいという長所がある。
米ドル対象カレンシーボード制を採用してゼニーという通貨を発行するC国において犯罪者がゼニー紙幣を強奪する犯罪を起こしたとする。そのあとに国境を越えてアメリカ合衆国に侵入しても、強奪したゼニー紙幣を使って優雅に暮らすことができない。国境を越える前にゼニー紙幣を米ドル紙幣に両替せねばならないが、「両替をするときに警察にバレるかもしれない」と恐怖して、なかなか両替をすることができない。このため、いつまでたっても犯罪者はC国の中に滞在し続けることになり、C国の警察におびえながら暮らすことになる。
米ドル対象カレンシーボード制のこうした長所は、軍票の長所と共通している。軍票は軍隊が占領地で使用する代理紙幣であり、本国の通貨とは異なる紙幣である。占領地において軍隊が奇襲されて大量の軍票を強奪されたとしても、その軍票を本国通貨に両替することが難しい。そして軍票は本国で流通していないので、軍票を使って本国でテロ活動をすることができない。つまり軍票は国境を越えたテロ活動が起きにくいという長所がある。詳しくは軍票の記事を参照のこと。
まとめ
以上のことをまとめると次のようになる。
ドル化 | 米ドル対象カレンシーボード制 | |
共通する長所 | 固定相場制の長所を享受できる。短期において実質為替レートが固定され、企業が経営の見通しを立てやすくなり、企業が投資しやすくなり、将来において資本ストックが蓄積され、国家の供給力が増える。 | |
共通する短所 | 政府が通貨発行益(シニョレッジ)を得られず、政府購入を大幅に増やせなくなる。危機が発生しても対応できなくなる。国民に内発的動機付けを掛けづらく、国民を仕事好きの性格に変貌させることが難しく、ヒステリシス(経済学)を発生させづらくなる。 | |
費用 | 費用がかからず、安上がりである。 | 外国為替市場や中央銀行を維持せねばならず、紙幣を印刷せねばならず、費用がかかる。 |
国境を越えた犯罪が起きやすいかどうか | 国境を越えた犯罪が起きやすい。アメリカ合衆国とドル化国の国境を越えるときに両替せずに済むので犯罪者にとって有利である。 | 国境を越えた犯罪が起きにくい。アメリカ合衆国と米ドル対象カレンシーボード制国の国境を越えるときに両替せねばならないが両替が難しく、犯罪者は犯罪を犯した国に滞在し続ける運命にある。 |
かつての日本の宋銭化・明銭化
鎌倉時代から室町時代後期までの日本は、自国通貨を発行せず、中国王朝が発行する銅銭をそのまま日本の通貨として採用していた。宋王朝が発行する宋銭や明王朝が発行する明銭が渡来銭としてそのまま日本の通貨になっていた。
このことをドル化にならって表現すると「宋銭化」「明銭化」となる。
室町時代後期の安土桃山時代になると中央政府の豊臣政権が久々に自国通貨を発行するようになり、天正通宝などの金貨や銀貨を鋳造した。
江戸時代の1670年に幕府が古銭通用禁令を出し、渡来銭を自国通貨として使うことを公式に禁止した。
関連項目
脚注
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