エルサルバドル単語

エルサルバドル
基礎データ
正式名称 エルサルバドル共和
Republic of El Salvador
Republica de El Salvador
国旗 募集中
国歌 エルサルバドル共和国国歌exit_nicovideo
公用語 スペイン語
首都 サンサルバドル
面積 21,040 k世界第149位)
人口(’16) 634.5万人(世界105位)
通貨 ドル (USD)

エルサルバドル(El Salvador)とは、中央アメリカである。西側をグアテマラ、北から東側にかけてはホンジュラスに囲まれていて、中々の中では一カリブに面していない。

いさかいが絶えなかったとはいえエルサルバルとすると誤りになる。

概要

正式名称はエルサルバドル共和英語:Republic of El Salvador; スペイン語:Republica de El Salvador)。名前はスペイン語で「El」は英語での「The」にあたる冠詞で「Salvador」が「救世主」を意味する。漢字での表記は「救世主」。マジですか…。爾瓦多という表記もある。)

歴史・詳しい概要などはWikipediaの記事exitにまかせておく。

民の九割がメスティーソ(人とラテンアメリカ先住民との混血である人々)で、カトリックプロスタントに信仰されている。

土は九州の半分、四国より一回り大きい程度の広さで、そこに四国の約1.7倍の人々がひしめきあっており、人口密度は南北アメリカ大陸に属する々の中で一番の高さとなっている。

太平洋火山帯に含まれる土であるため、火山の噴火や大地震にしばしば襲われている。中と言うとハリケーンが襲来するイメージだがカリブに面していない立地のおかげか基本的には被はあまり受けないらしい。

サッカーの試合結果をめぐってホンジュラスと戦争 (本物の) をしたこともある(後述)、バトルドーム顔負けのエキサイティングな国家。左傾化する中南の例に漏れず、2009年には左政党 (元左翼ゲリラ組織) のファラブンド・マルティ民族解放戦線による政権が成立した。

首都はサンサルバドル(スペイン語San Salvador)。名前はスペイン語で「San」が英語での「Saint」、いわゆる人と呼ばれる人の頭につけて「フランシスコ」といった使い方がされる言葉。サルバドルは先述の通りなので「救世主」という意味になる。当然のことながらコロブスが発見して命名した西インドのサンサルバドルとはが同じなだけで関係はい。

治安の悪さが有名で、殺人事件の発生率は年度ごとに順位が多少上下するもののトップ5に君臨している。また隣のホンジュラスもトップ5の常連で、日本人がフラリと自分探しに訪れるには危険が危ない地域と言えよう。ちなみにヨハネスブルグガイドラインコピペネタで有名な南アフリカの2~2.5倍ぐらいの数値を例年叩き出している。

かつては開発の進んだ工業であったがサッカー戦争(後述)以降、内戦が続き貧困へと転落してしまった。その貧困から麻薬がはびこり、民の半分がマフィアに属しているとまで言われるほどである。多数の民がアメリカへ出稼ぎに行っては送するという形になっていたが、同時多発テロ以降、アメリカ移民への締め付けが増したことから移民に出られず社会問題となっているらしい。

サッカー戦争

1969年7月14日から19日にかけてエルサルバドルとホンジュラスの間で行なわれた戦争

世界史上、レシプロ機同士の最後の戦闘が行なわれた戦争としても知られている。

ホンジュラス内のエルサルバドル移民外退去を命じられた事に端を発しており、サッカーそのものは火蓋が切られた要因でしかない。

が高まっていた両であったが、メキシコワールドカップ予選でエルサルバドル代表が勝利し、ホンジュラス内に残っていたエルサルバドル移民が襲撃されたことにあわせて、両が戦闘へと崩れこんだ。

戦争自体は5日間で停戦、8月3日には撤兵が了した。エルサルバドルはホンジュラスとの関係が悪化したことにより市場を失った事に加え、移民たちが戻って来たことで元々高かった失業率がさらに悪化。内戦へ転がり落ちていくことになる。

なおワールドカップ予選でホンジュラス代表を破ったエルサルバドル代表は、ハイチ代表との予選最終ラウンドも突破しワールドカップ初出場を果たした。1970年ワールドカップ本大会では予選グループリーグを、地元メキシコソビエト連邦ベルギー相手に3戦全敗で姿を消した。(メキシコソ連が決勝トーナメント進出、それぞれトーナメント1回戦で敗れベスト8という結果となっている。)

日本・ニコニコ動画との関係

外務省く伝統的に友好関係。

意外にも第二次大戦後、日本企業が初めて海外へと進出したである。1950年代に朝鮮戦争により綿相場が暴騰したことにより、1955年羽紡績という会社がまだ日本大使館が設立されていなかったエルサルバドルにをつけて進出。1966年羽紡績が現在の東洋紡である東洋紡績と合併したのに併せて設立されたユサ社は、現在ではエルサルバドル最大の民間企業へと発展している。この海外進出を担った羽紡績の三郎氏の尽を讃えてサンサルバドル内にサブローヒラ公園が建設され、現在市民の憩いの場となっているそうだ。

ニコニコ動画ではサッカー関係や先述のマフィアの暴れっぷりを映した動画若干ある程度である。

関連動画

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関連項目

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スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%89%E3%83%AB

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エルサルバドル

1 ななしのよっしん
2010/08/07(土) 21:34:19 ID: vMwFJyWRBe
エロサルバトル
2 ななしのよっしん
2010/09/04(土) 14:00:48 ID: 3J1hLlAd7G
なぜ作ったし
まぁ確かに初見で「バトル」言ってしまうけどw
3 ななしのよっしん
2011/12/27(火) 02:22:56 ID: oMDKTptWXK
昔は工業だったらしいね・・・・。
4 ななしのよっしん
2012/08/14(火) 19:59:48 ID: 4ubDl3L3ki
関連項目www