固定相場制とは、正確には固定為替相場制度というもので、為替相場に関する制度の1つであり、次の2つの意味を持つ。
本記事では1.と2.の両方を解説する。
1.の概要
定義
独自の自国通貨を発行しつつ、カレンシーボード制を採用したり採用しなかったりして、特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートについて目標値からの変動を目標値の1%以内程度に抑制する制度を固定相場制という。
こうした制度はペッグ制ともいう。ペッグ(peg)とは英語で「釘を打ち付けて固定する」という意味である。
米ドル・旧宗主国通貨・金塊・銀塊・通貨バスケットなどを特定外国通貨と扱う
固定相場制は、特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートを固定する制度である。
「特定の外国通貨」に米ドル(アメリカ合衆国ドル)を当てはめて固定相場制を採用することをドルペッグ制と呼ぶ。アメリカ合衆国は覇権国家であり、米ドルは世界通貨・基軸通貨として国際貿易において盛んに使われているので、固定相場制を採用する国の中にはドルペッグ制を採用する国が多い。1945年から1971年までのブレトンウッズ体制は、アメリカ合衆国以外の諸国がドルペッグ制を採用するものだった。
「特定の外国通貨」に旧宗主国の通貨を当てはめて固定相場制を採用する国がしばしば見られる。
「特定の外国通貨」に金塊を当てはめてカレンシーボード制を採用しつつ固定相場制を採用することを金本位制と呼び、「特定の外国通貨」に銀塊を当てはめてカレンシーボード制を採用しつつ固定相場制を採用することを銀本位制と呼ぶ。特に19世紀以前において、金塊や銀塊は世界通貨として国際貿易において盛んに使われていた。ちなみに、金本位制や銀本位制の時の自国通貨は兌換銀行券(兌換紙幣)と呼ばれる。
「特定の外国通貨」に複数の外国通貨から構成された通貨バスケットという仮想通貨を当てはめて固定相場制を採用する国がしばしば見られる。
変動幅の数字で性質が変わる
「特定外国通貨と自国通貨の名目為替レートについて目標値からの変動を目標値のA%に抑制する」と国家が宣言するとき、Aの数値が小さいほど固定相場制の性質が強く、Aの数値が大きいほど変動相場制の性質が強い。
Aに0という数字を入れることができるのはドル化や通貨同盟のみである。
Aに0を超えて1以下の数字を入れるとペッグ制と呼ばれることが多い。この例として1945年~1971年のブレトンウッズ体制が挙げられる。この体制に参加した先進国は、自国通貨と米ドルの名目為替レートが目標値から変動する量を目標値の上下0.75%まで抑制するように義務づけられた。この体制に参加した発展途上国は、自国通貨と米ドルの名目為替レートが目標値から変動する量を目標値の上下1%まで抑制するように義務づけられた。
Aに1を超えて6以下の数字を入れると「中間的為替相場制の為替バンド制」と呼ばれやすくなる。この例として1979年~1999年のEMS(欧州通貨制度)が挙げられる。ECU(欧州通貨単位)という通貨バスケットを作り、イタリア以外の国は自国通貨とECUの名目為替レートの変動幅が上下2.25%まで許容され、イタリアは自国通貨とECUの名目為替レートの変動幅が上下6%まで許容された。
Aに50とか100といった巨大な数値を入れれば事実上の変動相場制となる。
固定相場制を維持する方法その1 中央銀行が為替介入しない
固定相場制を維持する方法の1つとして、外国為替市場に併設される中央銀行窓口において名目為替レートの目標値に従って特定外国通貨と自国通貨を確実に交換することを中央銀行が保証する方法がある。この方法において、中央銀行は外国為替市場に参加せず、為替介入を行わない。
日本が米ドルを対象とする固定相場制を採用し、中央銀行である日銀がいつでも窓口で100円に対して1ドルを支払うことと1ドルに対して100円を支払うことを保証したとする。
そうした場合でも、日本の外国為替市場では1ドル100円から変化する可能性がある。「輸出して得た1ドルを円に交換したいと思ったが日銀の窓口で行列ができているので待ちきれずに外国為替市場で1ドルを売って円を買う」という業者が現れる可能性があり、そうした業者が増えれば外国為替市場で円買いドル売りと円高ドル安が進む。また、「輸入するため100円をドルに交換したいと思ったが日銀の窓口で行列ができているので待ちきれずに外国為替市場で100円を売ってドルを買う」という業者が現れる可能性があり、そうした業者が増えれば外国為替市場で円売りドル買いと円安ドル高が進む。
輸出の勢いが輸入の勢いを上回って純輸出がプラスになって貿易黒字となって外国為替市場で円買いドル売りと円高ドル安が進んで1ドル99円になったとする。その状況であっても日銀の窓口では1ドル100円で交換してくれるのだから、円の価値で比べると日銀の窓口が円安で外国為替市場が円高であり、ドルの価値で比べると外国為替市場がドル安で日銀の窓口がドル高である。あるものを安く仕入れて高値で売りさばけば利益が出るから、裁定業者(利益を追求して動く民間業者)は日銀の窓口で99ドルを売って9900円を買い、外国為替市場で9900円を売って100ドルを買えば、1ドルを儲けることができる。また裁定業者は外国為替市場で9900円を売って100ドルを買い、日銀の窓口で100ドルを売って10000円を買えば、100円を儲けることができる。いずれにせよ裁定業者は日銀の窓口で円買いドル売りをして、外国為替市場で円売りドル買いをする。外国為替市場で裁定業者による円売りドル買いが進むので円安ドル高が進み、1ドル100円に近づいていく。一方で日銀は日銀の窓口で裁定業者に対して円売りドル買いをするので、マネーサプライMの供給を増やし、マネーサプライMの増加量を名目為替レートの目標値で割った分だけ外貨準備高を増やす。
輸出の勢いが輸入の勢いを下回って純輸出がマイナスになって貿易赤字となって外国為替市場で円売りドル買いと円安ドル高が進んで1ドル101円になったとする。その状況であっても日銀の窓口では1ドル100円で交換してくれるのだから、円の価値で比べると外国為替市場が円安で日銀の窓口が円高であり、ドルの価値で比べると日銀の窓口がドル安で外国為替市場がドル高である。あるものを安く仕入れて高値で売りさばけば利益が出るから、裁定業者(利益を追求して動く民間業者)は外国為替市場で100ドルを売って10100円を買い、日銀の窓口で10100円を売って101ドルを買えば、1ドルを儲けることができる。また裁定業者は日銀の窓口で10000円を売って100ドルを買い、外国為替市場で100ドルを売って10100円を買えば、100円を儲けることができる。いずれにせよ裁定業者は外国為替市場で円買いドル売りをして、日銀の窓口で円売りドル買いをする。外国為替市場で裁定業者による円買いドル売りが進むので円高ドル安が進み、1ドル100円に近づいていく。一方で日銀は日銀の窓口で裁定業者に対して円買いドル売りをするので、マネーサプライMの供給を減らし、マネーサプライMの減少量を名目為替レートの目標値で割った分だけ外貨準備高を減らす。
以上のような考え方は、少しややこしいが、経済学の教科書で紹介されている考え方である[1]。
外国為替市場の名目為替レートと中央銀行が保証する名目為替レートが一致しなくなったとき、裁定業者(利益を追求して動く民間業者)が利益を追求する行動をすることで外国為替市場の名目為替レートが中央銀行が保証する名目為替レートへ近づいていく。しかし、裁定業者は「外国為替市場の名目為替レートと中央銀行が保証する名目為替レートのズレが2%ぐらいになってから行動を起こさないと、人件費などの費用を吸収しきれず、損をする」と判断することがある。そういう裁定業者ばかりだと、名目為替レートの変動幅を1%以内に収める固定相場制にすることができない。そのため、固定相場制を確実に実践するためには、外国為替市場の名目為替レートと中央銀行が保証する名目為替レートが一致しなくなったときの行動を裁定業者だけに任せず、政府に任せる必要がある。政府なら人件費などの費用を度外視して行動を起こすことができ、名目為替レートの変動幅を1%以内に収める固定相場制を採用しているときに「外国為替市場の名目為替レートと中央銀行が保証する名目為替レートのズレが2%ぐらいになってから行動を起こさないと、人件費などの費用を吸収しきれず、損をする」と考えることがない。
固定相場制を維持する方法その2 中央銀行が為替介入する
固定相場制を維持する方法の1つとして、中央銀行が外国為替市場に参加して為替介入するというものが考えられる。この方法において、中央銀行は「中央銀行が名目為替レートの目標値に従って特定外国通貨と自国通貨を確実に交換します」と宣言しないし、外国為替市場の隣に中央銀行窓口を創設することも行わない。
日本が米ドルを対象とする固定相場制を採用し、1ドル100円を目標値としてそこからの変動量を目標値の上下1%まで許容したとする。つまり1ドル99円から1ドル101円までの変動を許容したとする。
輸出の勢いが輸入の勢いを上回って純輸出がプラスになって貿易黒字となって外国為替市場で円買いドル売りと円高ドル安が進んで1ドル99円に近づくと、中央銀行である日銀が円売りドル買いの為替介入をして円安ドル高へ誘導し、1ドル100円に戻す。結果として日銀はマネーサプライMの供給を増やして外貨準備高を増やしている。
輸出の勢いが輸入の勢いを下回って純輸出がマイナスになって貿易赤字となって外国為替市場で円売りドル買いと円安ドル高が進んで1ドル101円に近づくと、中央銀行である日銀が円買いドル売りの為替介入をして円高ドル安へ誘導し、1ドル100円に戻す。結果として日銀はマネーサプライMの供給を減らして外貨準備高を減らしている。
以上の考え方は、分かりやすい考え方である。
カレンシーボード制を採用するものと、カレンシーボード制を採用しないもの
固定相場制は、カレンシーボード制を採用するものと、カレンシーボード制を採用しないものの2種類に大別できる。IMF(国際通貨基金)は前者をハード・ペッグ制の1つに分類し、後者をソフト・ペッグ制の1つに分類している。
カレンシーボード制を採用する固定相場制は、投機攻撃を受ける可能性が極めて低く、固定相場制の永続性が高く、「真の固定相場制」と呼ばれるにふさわしいものである。この制度についてはカレンシーボード制の記事で解説する。
カレンシーボード制を採用しない固定相場制は、投機攻撃を受けて名目為替レートの目標値を上方に変更して自国通貨の切り下げをする事態になりやすく、固定相場制の永続性が低く、「真の固定相場制」と呼ばれるにふさわしいものではない。この制度については、本記事の中の『カレンシーボード制を採用しない固定相場制』の項目で解説する。
長所その1 投資が増える
固定相場制を採用すると名目為替レートが固定され、物価が硬直的な短期において実質為替レートも固定され、貿易の確実性が高くなり[2]、企業が貿易に関する見通しを立てやすくなり、企業が在庫投資や設備投資といった投資を行いやすくなり、投資が増える。
投資が増えると、将来において資本量が増え[3]、将来において国家の供給力が向上する。資本量が増えると国家の供給力が増えることはコブ=ダグラス生産関数で確認できる。
長所その2 純輸出のプラスの状態が固定されやすい
固定相場制を採用すると名目為替レートが固定され、物価が硬直的な短期において実質為替レートも固定される。すると純輸出のプラスの状態や純輸出のマイナスの状態が続きやすくなる。純輸出のプラスの状態を維持したい国にとってはこうした性質が長所となる。
変動相場制の国においては「変動相場制の自動調整メカニズム」が作用して純輸出のプラスの状態も純輸出のマイナスの状態も固定されにくい。「変動相場制の自動調整メカニズム」というのは、たとえば輸出が増えて輸入が減って純輸出がプラスになったときに外国為替市場において自国通貨買い・外国通貨売りの勢いが増して自国通貨高・外国通貨安になって名目為替レートが下降して物価が硬直的な短期において実質為替レートも下降して輸出が減って輸入が増えて純輸出のプラスを打ち消す作用が働くことをいう。
短所その1 投資が増えやすく過剰投資が増えやすい
固定相場制を採用すると投資が増える。
生産設備が多い先進国において投資を増やすと、有効な投資の余地が少ないのに無理矢理に投資を増やすのだから、過剰投資が増える。
過剰投資が増えると、需要が無いのに需要が有るかのように見せかけて投資家から融資を騙し取る投資詐欺を行う知能犯罪者が増え、不良債権が増え、バブル景気とバブル崩壊が発生し、長期にわたる深刻な不景気が発生する。
短所その2 純輸出のプラスの状態が固定されやすく他国から批判を受けやすい
固定相場制を採用すると純輸出のプラスの状態が固定されやすくなる。
そうなると、「あの国は純輸出のプラスの状態を固定して外国の産業を潰している」と外国から批判されるようになる。純輸出がプラスの状態を固定して輸出を過度に行って他国の産業を潰すことを近隣窮乏化政策(Beggar thy neighbour)とか「失業の輸出」という。
固定相場制がふさわしい発展途上国と、固定相場制がふさわしくない先進国
発展途上国は、国内の生産設備が少なく、国内において有効な投資の余地が多く、過剰投資が発生しにくい。そのため発展途上国は、固定相場制を導入して投資を増やすことが望ましい。
先進国は、国内の生産設備が多く、国内において有効な投資の余地が少なく、過剰投資が発生しやすい。そのため先進国は、固定相場制を導入して投資を増やすことが望ましくない。
発展途上国は、国内の生産設備が少なく、産業の規模が小さく、他国の産業を潰すほどの輸出量を作り出せない。そのため発展途上国は、固定相場制を採用しても「あの国は近隣窮乏化政策を採用している」と批判されにくく、固定相場制を採用しやすい。
先進国は、国内の生産設備が多く、産業の規模が大きく、他国の産業を潰すほどの輸出量を作り出すことができる。そのため先進国は、固定相場制を採用すると「あの国は近隣窮乏化政策を採用している」と批判されやすく、固定相場制を採用しにくい。
日本と固定相場制
1945年まで続いた第二次世界大戦によって日本は国土を徹底的に破壊されて生産設備の多くを失っていた。そうした背景もあり、1945年から1960年代ごろまで日本は発展途上国であって固定相場制が望ましい国だった。
1945年から1952年までの日本はGHQによって占領されていた。1949年になって日本はGHQの提唱するドッジラインによって1ドル360円の固定相場制を導入するようになった。
1952年4月28日になってサンフランシスコ平和条約が発効して日本は独立を回復した。その直後の8月13日に日本は国際通貨基金(IMF)へ加盟し、ブレトン・ウッズ体制に参加して1ドル360円の固定相場制を引き続き導入している。
1968年に日本の国民総生産(GNP)が世界2位になったことから、「1970年代の日本は先進国になっていて設備投資の余地が少ない状態になっており、固定相場制が不向きな国になっていた」と考えられる。実際に、1973年2月14日になって日本は変動相場制に移行しており、それからずっと変動相場制を維持し続けている。
1970年以降になって、日本は外国から「純輸出が多すぎて他国の産業を潰している」と批判されるようになった。特に米国から厳しく批判され、繊維や鉄鋼や自動車や半導体などの分野における日米貿易摩擦がたびたび外交の話題となった。
カレンシーボード制を採用しない固定相場制
出現する理由
ある国家に住んでいる人々は、外国企業が生産する商品を特定外国通貨で輸入したいという欲求を持っていて特定外国通貨に対して一定の需要を持っているが、国内企業が生産する商品を自国通貨で購入したいという欲求や政府に対して自国通貨で納税したいという欲求を持っていて自国通貨に対して一定の需要を持っていることがほとんどである。
言い換えると、ある国家に住んでいる人々が中央銀行に対して手持ちの自国通貨をすべて差し出して特定外国通貨との両替を要求するという事態は現実において発生しにくい。
このため、固定相場制を採用する国家は、「自国通貨発行高を名目為替レートの目標値で割って算出した数値Xだけ特定外国通貨準備高を積み上げる必要は無く、Xよりも少ないYだけ特定外国通貨準備高を積んでおけば固定相場制を維持できる」と判断することがあり、カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国に変化していくことがある。Yを計算するときの根拠としては「1年間の輸入で必要とされる特定外国通貨の量がAなのでAをB倍してYを計算してそのYだけ特定外国通貨準備高を積んでおけば固定相場制を維持できる」というものが多い。特に「1年間の輸入額の1/4だけ、言い換えると3ヶ月間の輸入額だけ特定外国通貨準備高を積んでおけば固定相場制を維持できる」というのは1つの常識であるという(資料1、資料2、資料3、資料4)。
何かを欲張ることができる
カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国は、カレンシーボード制を採用する固定相場制の国よりも、何かを欲張ることができる。①特定外国通貨準備高を少なく積むように欲張ったり、②名目為替レートの目標値を低めにして自国通貨を高値にして欲張ったり、③自国通貨発行高を多めにするように欲張ったりする。
以上のことを理解するには例え話を3つほど用意して考察するとよい。1.は①の例え話で、2.は②の例え話で、3.は③の例え話である。
- 日本の自国通貨発行高が100兆円で、日銀の特定外国通貨準備高が1兆ドルで、米ドルを対象とする固定相場制を採用して1ドル100円を名目為替レートの目標値にしたとする。カレンシーボード制を採用するのなら特定外国通貨準備高を1兆ドル以上積み上げる必要があり、もう一切の余裕がない。しかし、「名目為替レートの目標値を1ドル100円に設定したときに3ヶ月間の輸入額が3000億ドルになると想定できるから特定外国通貨準備高は3000億ドルで十分である」と判断したとき、カレンシーボード制を採用せず7000億ドルを何かに使用することが可能になる。たとえば、発展途上国の政府に貸し付けて利子収入を得ることが可能となるし、かつて特定外国通貨準備高建て国債を発行したのであればそうした国債の償還にあてることが可能になる。
- 日本の自国通貨発行高が100兆円で、日銀の特定外国通貨準備高が3000億ドルで、米ドルを対象とする固定相場制を採用したとする。カレンシーボード制を採用するのなら名目為替レートの目標値を1ドル334円以上に設定するしかない。しかし、「名目為替レートの目標値を1ドル100円に設定したときに3ヶ月間の輸入額が3000億ドルになると想定できるから特定外国通貨準備高が3000億ドルあれば1ドル100円の固定相場制を維持できる」と判断したとき、カレンシーボード制を採用せず1ドル100円の名目為替レートの目標値を設定することが可能となる。
- 日本の自国通貨発行高が100兆円で、日銀の特定外国通貨準備高が1兆ドルで、米ドルを対象とする固定相場制を採用して1ドル100円を名目為替レートの目標値にしたとする。カレンシーボード制を採用するのなら中央銀行が政府の国債を買い入れて自国通貨発行高を増やすことが禁止される。しかし、「中央銀行が政府の国債を買い入れて自国通貨発行高を50兆円増やしたとしても、3ヶ月間の輸入額が1兆ドルになると想定でき、現状の1兆ドルの特定外国通貨準備高があれば固定相場制を維持できる」と判断したとき、カレンシーボード制を採用せず中央銀行による政府の国債の買い入れを50兆円の規模で行うことが可能となる。
特定外国通貨準備高が不足したときに政府や中央銀行がとりがちな行動
カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国において、中央銀行の特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額よりも下回り、いわゆる「外貨が枯渇した」という状態になることがある。
そのとき、その国の政府や中央銀行がとる行動は3つに分かれる。
- 「特定外国通貨建ての国債」を発行して特定外国通貨を発行する国の金融市場で売却したり、特定外国通貨を発行する国の政府やIMF(国際通貨基金)や世界銀行に頼み込んだりして、政府が特定外国通貨を借り入れて、その特定外国通貨を自国中央銀行に注入して中央銀行の特定外国通貨準備高を増やし、中央銀行の特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を上回る状態を作り出す。
- 中央銀行が利上げして国内の投資を減らし、輸入を減らして3ヶ月間輸入額を減らし、中央銀行の特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を上回る状態を作り出す。
- 特定外国通貨と自国通貨の名目為替レートの目標値を上昇させて、物価が一定である短期における実質為替レートを上昇させて、輸入を減らして3ヶ月間輸入額を減らし、中央銀行の特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を上回る状態を作り出す。
1.は中央銀行の特定外国通貨準備高を増やすものであり、2.と3.は輸入を減らして3ヶ月間輸入額を減らすものである。そして、1.と2.と3.は、中央銀行の特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を上回る状態を作り出すことを最終目的としている点で共通している。
1.は1960年代までの日本がしばしば行ってきたことである。1.を行うと当面の間において固定相場制を維持できる。しかし政府が「他国通貨建て国債」というものを抱えることになり、債務不履行の可能性がある危険な負債を抱えることになる。政府が債務不履行となったら政府の信用が無くなるので、1.の手段をもう採用できなくなる。
2.は1960年代までの日本がしばしば行ってきたことである。
2.に近い手段として、政府購入を減らして輸入を減らすという方法や増税して消費を減らして輸入を減らすという方法もあり得るが、そうした方法は国会の議決を得る必要があり、国会が1年で7ヶ月ほどしか開かれないことや国会内で反対意見を封じ込めることに苦労することから考えると、非常に時間が掛かる方法である。一方で中央銀行の金融引き締めによる投資と輸入の削減は、国会の議決が不要であって極めて迅速に実行できるので、特定外貨準備高が底を付きそうになるという切迫した状況に使う手段としてうってつけである。
3.は世界中でよく見られる。
3.はそれまで守っていた名目為替レートの目標値を変更するのだから、固定相場制を放棄したことと実質的に同じである。3.は名目為替レートの目標値が上昇し、自国通貨の価値が下がり、自国通貨安になるので「通貨切り下げ」と呼ばれる。名目為替レートが上昇するということは通貨価値が下がることであるが、そのことについては名目為替レートの記事を参照のこと。
3.を政府や中央銀行が実行する前に、国際的投資家が3.になることを予想しつつ「これから値下がりするモノを売り払って値上がりするモノを買い込めば得をする」という一般的な原則に従って自国通貨売り・特定外国通貨買いをするという投機攻撃(speculative attack)を行うので、中央銀行の特定外国通貨準備高がさらに減る。それによって政府や中央銀行が3.を行う必要性がさらに高まっていく。このときの国際的投資家の行動は、自らの予想がそうした予想通りの事態を生み出す原因となっているのだから、「自己実現的(self-fulfilling)」と呼ばれる。国際的投資家による投機攻撃が生み出す通貨危機を自己実現的通貨危機(self-fulfilling currency crisis)といい、英語版Wikipediaに記事が作られるほどの概念になっている(記事)。
日本政府による米ドルの借り入れ
ブレトンウッズ体制の時代の日本政府は、アメリカ合衆国政府や世界銀行から米ドルをしばしば借り入れていた。これは、カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国において政府が特定外国通貨を借り入れることの典型例である。
1946年から1951年までの日本政府はアメリカ合衆国の軍事予算からガリオア資金とエロア資金を受け取っていた。この両資金の総額は約18億米ドルだった。当初は「アメリカ合衆国による無償援助」という触れ込みだったが、1948年1月になってアメリカ合衆国の態度が急変し、日本政府に対して返済を要求した。交渉の末、日本政府が返済するのは約5億米ドルになった。つまり、1946年から1951年までの日本政府は約13億米ドルを無償で受け取り約5億米ドルを借り入れていた。
1953年から1966年までの日本政府は世界銀行(世銀)から合計で8億6,300万米ドルを借り入れた(記事)。ちなみにこの当時の世界銀行はアメリカ合衆国政府が多額の出資をしていた。
こうした米ドルの借り入れは日本の固定相場制を維持するために行われた。当時の日本企業は大規模工場やダムや新幹線や高速道路を建設しており、その建築資材を輸入するときに大量の円売りドル買いをしていた。それが発生しても日銀の特定外国通貨準備高が枯渇せず日銀が固定相場制を維持できるようにするため、日本政府が米ドルを借り入れて、その米ドルを日銀に渡して日銀の特定外貨準備高を増やし、日銀が円買いドル売りを十分に行えるようにした。
国際収支の天井
ブレトンウッズ体制の時代の日本において、国際収支の天井という現象がしばしば発生していた。これは、カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国において中央銀行が利上げして投資と輸入を減らすことの典型例である。
ブレトンウッズ体制の時代の日本は、1ドル360円を目標とする固定相場制を維持していて、上下1%までの変動が認められていた。つまり1ドル356円40銭から1ドル363円60銭までの変動が許されていた。
好景気が続いて投資が拡大し、建設の材料などの輸入が増えると円売りドル買いが進む。それに対抗して日銀も円買いドル売りをして特定外国通貨準備高を減らす。
その状態が続いて日銀の特定外貨準備高が底を付きそうになったら、日銀が利上げして金融引き締めをして、投資を減らして無理矢理に好景気を終わらせて輸入を縮小させていた。このように特定外貨準備高の減少を抑制するために好景気を止めることを国際収支の天井といった(資料)。1954年から1957年までの神武景気も1958年から1961年までの岩戸景気も国際収支の天井によって終了した。
日本は1970年代頃になると国際収支の天井にさほど悩まされなくなった。1968年に日本の国民総生産(GNP)が世界2位になったことから、「1970年代の日本は先進国になって設備投資の余地が少なくなっていた」と考えられる。設備投資の余地が少ないということは投資による大規模な輸入が行われにくいということであり、国際収支の天井の原因が小さくなったということである。
特定外国通貨の返済方法
カレンシーボード制を採用しない固定相場制の国において、政府が特定外国通貨を借り入れて中央銀行にそれを渡して中央銀行の特定外国通貨準備高を増やしたとする。
そのあとの返済計画としては、輸入と輸出を同じだけ減らし、より少ない金額の特定外国通貨準備高でも固定相場制を維持できる状態を作り出し、中央銀行が政府に渡すことができる特定外国通貨の量を増やすというものがある。さらには輸入を減らしつつ輸出を増やし、中央銀行が政府に渡すことができる特定外国通貨の量をより効率的に増やすというものがある。
以上のことを理解するには例え話をするとよい。
日本の自国通貨発行高が100兆円で、日銀の特定外国通貨準備高が2000億ドルで、米ドルを対象とする固定相場制を採用して1ドル100円を名目為替レートの目標値にしたとする。
1ドル100円にしたときの3ヶ月間輸入額が3000億米ドルと予測できたので、日本政府は1000億米ドルをアメリカ合衆国政府から借り、日銀の特定外国通貨準備高を3000億米ドルに増やした。
そのあとに日本の輸入と輸出が同じように減り、日銀の特定外国通貨準備高が3000億米ドルを維持しつつ、3ヶ月間輸入額が1800億米ドルにまで下がったとする。日銀の特定外国通貨準備高が3000億米ドルで、固定相場制の維持に必要とされる特定外国通貨準備高が1800億米ドルなので、1200億米ドルの余裕ができた。このため日銀は1200億米ドルを日本政府に渡し、日本政府は1200億米ドルをアメリカ合衆国への返済に使った。1000億米ドルの元金に少々の利子が付いたが、余裕をもって返済できた。
この例え話において、日本の輸入と輸出が同じように減っているだけで中央銀行の特定外国通貨準備高の余裕が生じて政府による特定外国通貨の返済の余地が発生している。仮に、日本の輸入が減りつつ輸出が増えているのなら、中央銀行の特定外国通貨準備高の余裕がさらに効率よく生じることになる。
日本は世界銀行からの米ドル建て融資を1990年7月までに完済している。1970年代以降の日本は生産設備の充実した先進国になっていて投資とそれに伴う輸入が減っていて、日本銀行が積み立てるべき特定外国通貨準備高が徐々に減っていた。さらに生産設備が順調に稼働して輸出が増えていて、日銀が持つ特定外国通貨準備高も増えていた。そのため、日銀から日本政府に渡すことのできる米ドルの量が十分であり、日本政府による世界銀行への返済が順調に行われた。
世界銀行やアメリカ合衆国からの米ドル建て融資をいつまで経っても返済できず債務不履行(デフォルト)になる国は世界中で見られる。米ドルを借りて中央銀行の特定外国通貨準備高を増やして固定相場制を維持し、投資を増やしたとしても、投資によって作り出した生産設備がすぐ壊れるような代物であるのなら、いつまで経っても「生産設備の充実した先進国」になれず、「生産設備が充実せず投資と輸入の量が多い発展途上国」のままであり、3ヶ月間輸入額が大きいままになる。また、生産設備が稼働して輸出を伸ばすという現象も起こらず、中央銀行の特定外国通貨準備高も増えない。それらの要因により、中央銀行から政府に渡すことのできる米ドルの量が少ないままであり、政府による世界銀行やアメリカ合衆国への返済が順調に行われないままになる。
2.の概要
定義
特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートについて目標値からの変動を目標値の1%以内程度に抑制する制度のすべてを固定相場制という。
ペッグ制(狭義の固定相場制)だけでなく通貨同盟やドル化を含む。
名目為替レートの目標値からの変動幅に着目する区分
すでに述べたように「特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートについて目標値からの変動幅が目標値の1%以内ならペッグ制(狭義の固定相場制)、1%を超えるなら中間的為替相場制の為替バンド制」と憶えておいてよい。
通貨同盟とドル化は特定の外国通貨と自国通貨が同一のものとなって名目為替レートの目標値が1になり、名目為替レートのそこからの変動が目標値の0%になり続ける。
以上のことをまとめると次のようになる。
ドル化 | 通貨同盟 | ペッグ制(狭義の固定相場制) | 中間的為替相場制の為替バンド制 | |
特定外国通貨と自国通貨の名目為替レートの目標値からの変動幅 | 0% | 1%以内 | 1%を超える |
固定相場制の永続性や通貨発行益に着目する区分
中間的為替相場制の為替バンド制でカレンシーボード制を採用する例は見られない。
ペッグ制(狭義の固定相場制)はカレンシーボード制を採用しないものとカレンシーボード制を採用するものがある。
カレンシーボード制を採用しないペッグ制の国では、中央銀行による自国通貨建て国債の買い取りが許可される。そのため政府が自国通貨建て国債を発行して自国通貨を借り入れることが容易であり、政府が通貨発行益を得やすく、政府が政府購入を増やしやすいのであり、そうした性質が長所になる。一方で固定相場制の永続性を得にくく投資を増やしにくいのであり、そうした点が短所になる。
カレンシーボード制を採用するペッグ制は、固定相場制の永続性を得やすく投資を増やしやすいという長所があり、政府が通貨発行益を得られず政府購入を増やしにくいという短所がある。そしてこうした長所と短所は、ドル化や通貨同盟も持っている。
政府が通貨発行益を得て政府購入を増やすことができるようになると、国家の軍事的危機や経済的危機を乗り越えやすくなる。
固定相場の永続性が増えると、名目為替レートが固定されるために物価が硬直的な短期において実質為替レートも固定され、貿易の確実性が高くなり、企業が経営の見通しを立てやすくなり、企業が在庫投資や設備投資といった投資を行いやすくなり、将来において資本量を増やしやすくなり、将来において国家の供給力を高めやすくなる。
以上のことをまとめると次のようになる。
ドル化 | 通貨同盟 | カレンシーボード制を採用するペッグ制 | カレンシーボード制を採用しないペッグ制や、中間的為替相場制の為替バンド制 | |
固定相場制が永続して投資が増える | ○ | ○ | × | |
政府が通貨発行益を得て政府購入を増やして国家の危機に対応する | × | × | ○ |
政府の費用削減や国境を越える犯罪を防止できるかどうかに着目する区分
ドル化と通貨同盟は、独自の自国通貨を発行せずに済むので政府の費用が少なくなるという長所があり、A国でお金を強奪した犯罪者がB国に侵入して優雅に暮らすことができ国境を越えた犯罪が容易になるという短所がある。
カレンシーボード制を採用するペッグ制や、カレンシーボード制を採用しないペッグ制や、中間的為替相場制の為替バンド制は、A国でお金を強奪した犯罪者がB国に侵入して優雅に暮らすことを行いにくく国境を越えた犯罪が難しいという長所があり、独自の通貨を発行することになるので政府の費用が多くなるという短所がある。
ドル化や通貨同盟を採用してそれぞれの国で流通する通貨が同じであると、「A国で通貨Xを強奪した犯罪者がB国に侵入して通貨Xを使いながら優雅に暮らす」ということが可能になり、国境を越えた犯罪が容易になる。
ドル化や通貨同盟を採用せずにそれぞれの国で流通する通貨が異なっているとする。通貨A’が流通するA国で通貨A’を強奪した犯罪者は、通貨B’が流通するB国で通貨A’を使うことができない。そして、犯罪者は「銀行で通貨A’と通貨B’を両替すると警察にバレるかもしれない」と恐怖するためなかなか両替できず、結局、A国に残留してA国の警察におびえながら暮らし続けることになる。このため国境を越えた犯罪が抑制される。
以上のことをまとめつつ、前項目の表をさらに追記すると次のようになる。
ドル化 | 通貨同盟 | カレンシーボード制を採用するペッグ制 | カレンシーボード制を採用しないペッグ制や、中間的為替相場制の為替バンド制 | |
固定相場制が永続して投資が増える | ○ | ○ | × | |
政府が通貨発行益を得て政府購入を増やして国家の危機に対応する | × | × | ○ | |
独自の自国通貨を発行せず政府の費用が少ないままになる | ○ | × | × | |
国境を越えた犯罪を抑制する | × | ○ | ○ |
国際金融のトリレンマ
国際金融のトリレンマに従うと、広義の固定相場制を採用する国は2種類になる。すなわち、閉鎖経済の国と、固定相場制を採用する小国開放経済の国である。
前者と後者の違いはキャリートレードを封じ込めるための手段である。キャリートレードは自国と外国の実質利子率の差を利用して儲ける行為のことで、低金利国で通貨を借りてその通貨を両替して高金利国に持ち込んで高金利国で国債を購入するのが代表例である。キャリートレードを放置すると為替の変動が起こりやすくなり、固定相場制を維持するのが難しくなる。
閉鎖経済の国は、国際的資本移動を制限してキャリートレードを押さえこむ。
固定相場制を採用する小国開放経済の国は、国際的資本移動の自由化を維持する。そうした上で自国の実質利子率を「世界共通実質利子率と自国固有のリスクプレミアムの合計値」に合わせ、キャリートレードの発生を大きく押さえ込む。
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』375~376ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』389ページに次の記述がある。・・・1970年代初めに各国が固定為替レートのブレトンウッズ体制を放棄してから、実質為替レートも名目為替レートも、いずれも人々が予想した以上に変動した(現在もそうである)。一部の経済学者は、この変動を国際的投資家の非合理で攪乱的な投機行動のせいだとしている。企業の経営者たちは、このような変動性は国際的な経済取引の不確実性を高めるので有害だとしばしば主張している。・・・
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』の179ページや385ページで「投資が減ることにより将来の資本ストックが減る」と指摘されている。これにより、投資が増えると将来の資本ストックが増えることが理解できる。
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