FCポルト(Futebol Clube do Porto)とは、ポルトガル・プリメイラ・リーガに所属するサッカークラブである。
本拠地はポルト。ホームスタジアムはエスタディオ・ド・ドラゴン。
概要
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1893年に創設。リスボンを本拠地とするベンフィカ、スポルティングCPと共にレス・グランデスと呼ばれるポルトガル3強と評される強豪クラブである。これまでプリメイラ・リーガを30回、タッサ・デ・ポルトガルを12回優勝した実績を持つ。UEFAチャンピオンズリーグは1987年と2004年の2度優勝しており、21世紀になってから欧州5大リーグ以外で唯一ビッグイヤーを掲げている。また、ポルトガル勢で唯一クラブ世界一のタイトルを獲得している。また、UEFAヨーロッパリーグでも2003年と2011年の2度優勝している。
リスボンの2チームと比べるとかつてはタイトル争いで劣っていたが、21世紀に入ってからはもっとも多くタイトルを獲得しており、とりわけ国際舞台での実績ではベンフィカとスポルティングCPを上回っている。今や世界的な名将となったジョゼ・モウリーニョが名声を手にしたクラブであり、就任した2002-03シーズンにUEFAカップを2003-2004シーズンにCLを制覇している。
南米からまだ無名の若手を獲得し、育てて他の欧州のクラブへ多額で売却することで多くの収益を得ており、デコ、リカルド・カルヴァーリョ、ラウール・メイレレス、ジョアン・モウチーニョ、ハメス・ロドリゲス、フッキ、ラダメル・ファルカオといった選手を輩出。
ベンフィカ、スポルディングCPとはライバル関係にあり、ベンフィカとの対戦はラ・クラシコと呼ばれている。リーグの優勝回数ベンフィカが最多であるが、1990年以降 はポルトが大きく引き離しており、1990年代と2010年代にリーグ5連覇を達成している。近年ではCLの決勝トーナメントにコンスタントに進出するなど、今やポルトガルを代表する強豪となっている。
日本人選手では中島翔哉が2019年から2022年(二度のレンタル移籍を含む)まで在籍していた。
歴史
1894年にポートワインの輸出業者であるニコラウ・デ・アルメイダがイギリスへ出張した際にサッカーと出会い、クラブの創設を決意。当初のクラブ名はポルトガル語のフトゥボル・クルーベ (Futebol Clube) ではなく、英語のフットボール・クラブ (Foot-ball Club) が用いられていた。こうしてスタートしたFCポルトだったが、初代会長となったニコラウの妻がサッカー嫌いだったという理由で最初の試合を開催してから一時活動を休止してしまう。1906年に新会長ジョゼ・モンテイロ・ダ・コスタによりクラブの活動が再開される。
1922年に創設されたカンピオナート・デ・ポルトガル(タッサ・デ・ポルトガルの前身)に優勝し、クラブとしての初タイトルを獲得。また、1934年に創設されたプリメイラ・リーガでも初代のリーグ王者に輝いている。その後ベンフィカの3連覇を許すが、1938-39シーズンに二度目の優勝を果たし、翌年の1939-1940シーズンにリーグ連覇。
1940年代に入ってからはベンフィカのみならず、スポルティングCPとベレネンセスが台頭したことによってしばらくはタイトル争いから遠ざかり、トップ3に入れない時期が続いていた。1950年代に入って盛り返し、1955-56シーズンに16年ぶりのリーグ優勝に加え、カップ戦でも19年ぶりに優勝し、初の国内ダブルを達成。それでも、1980年代に入るまでは1960年代から1975年あたりまで黄金期を迎えたベンフィカや1950年代前半に黄金期となったスポルティングCPと比べてタイトル争いで後れを取っていることは否めなかった。
1984年にアルトゥール・ジョルジェが監督に就任。フェルナンド・ゴメス、パウロ・フットレ、ラバー・マジェールら強力な攻撃陣を擁したチームは、1984-85シーズンと1985-86シーズンにリーグ連覇を達成。そして、1986-87シーズンのUEFAチャンピオンズカップでは、決勝まで勝ち上がりカールハインツ・ルンメニゲのいるバイエルン・ミュンヘンと対戦。バイエルンに先制されながらも残り15分でマジェールの1ゴール1アシストの活躍で逆転し、クラブ史上初の欧州制覇を成し遂げる。1987年のトヨタカップでは、大雪の国立競技場でCAペニャロールと対戦。延長戦に入り、またもマジェールが巧みなループシュートで決勝ゴールを決め、ポルトガルのチームとしては初のクラブ世界一に輝く。
1990年代にはポルトガル黄金世代であるフェルナンド・コウト、ビトール・バイーア、ジョルジ・コスタ、ルイ・ジョルジらが中心となり、1991-92シーズンと1992-93シーズンを連覇。さらに、1995年から1999年までプリメイラ・リーガ史上初となる5連覇という偉業を成し遂げる。この5連覇の時代にはブラジル人のマリオ・ジャルデウが台頭し、3度得点王に輝く大活躍を見せる。この頃から主力を高額で売却し、南米から新たな戦力を発掘して育てあげる仕組みが確立しており、1990年代は一度も無冠に終わったシーズンが無く、ベンフィカからポルトガルの盟主の座を奪い取ることとなった。
エースのジャルデウが去り、不調に陥っていた2002年1月にジョゼ・モウリーニョが監督に就任。デコ、パウロ・フェレイラ、リカルド・カルヴァーリョ、マニシェらを中心に前年まで低迷していたチームは快進撃を続け、2002-03シーズンはリーグとタッサ・デ・ポルトガルの国内二冠に加え、ポルトガルのチームとしては初となるUEFAカップの三冠を達成。さらに2003-04シーズンでも圧倒的な強さでプリメイラ・リーガを制すると、UEFAチャンピオンズリーグでも快進撃を見せ決勝進出。決勝では、ASモナコとの4大リーグ以外の対戦が実現するが、デコの活躍によって3-0と快勝。17年ぶり2度目となる欧州制覇を成し遂げる。この偉業達成によって国際的に注目されるようになったモウリーニョとデコら主力はシーズン終了後に国外に引き抜かれるが、2004年のトヨタカップでオンセ・カルダスを下し、二度目のクラブ世界一の座を手にしている。
2003年には現在のホームスタジアムであるエスタディオ・ド・ドラゴンが完成。ルチョことルイス・ゴンサレス、リサンドロ・ロペス、リカルド・クアレスマらを中心に2006年から2009年までリーグ戦4連覇、2009年から2011年までタッサ・デ・ポルトガル3連覇を果たす。2007-08シーズンは過去の審判への買収が発覚し、勝ち点6を剥奪される処分を受けたが、それでも他のチームの追随を許さない圧倒的な強さでリーグを制覇している。
2010-11シーズンはかつてモウリーニョの下で働いていた当時33歳のアンドレ・ビラス・ボアスが監督に就任。ラダメル・ファルカオ、フッキ、ハメス・ロドリゲスというワールドクラスの攻撃陣を擁し、27勝3分け、2位のベンフィカと21ポイント (7勝差) もの大差をつける圧倒的な記録を残し無敗優勝を達成。また、UEFAヨーロッパリーグでは決勝のSCブラガとの同国対決をファルカオのゴールで制し、8シーズンぶり2度目の優勝を飾る。この年、タッサ・デ・ポルトガルも優勝しており、モウリーニョ時代の2003年以来の三冠を達成。ビラス・ボアスはかつてのモウリーニョと同じようにチェルシーFCに引き抜かれ、ファルカオも移籍するが、ハメス、フッキ、ジョアン・モウチーニョ、ファルカオの後釜となったジャクソン・マルティネスの活躍で2013年までリーグ3連覇を果たす。
しかし、高騰する移籍金によるマネーゲームに抗えず、フッキ、ハメスら主力が次々と移籍したことでチーム力は徐々に低下。2014-15シーズンのCLでベスト8まで進出したが、国内では復調してきたベンフィカのリーグ戦4連覇を許してしまい、4シーズン連続で無冠に終わる。
2017年にクラブOBであるセルジオ・コンセイソンが監督に就任。緩んでいたチームの規律を引き締め、守備の意識を強めたソリッドなチームを作ると、2017-18シーズンに5年ぶりのリーグ優勝を果たす。さらに2019-20シーズンと2021-22シーズンはリーグとタッサ・デ・ポルトガルの国内二冠を達成。2022-23シーズンはCLでは5シーズンぶりに決勝トーナメントに進出。国内では初のカップ戦二冠を果たしたが、国内リーグではあと一歩で優勝を逃す。
タイトル
国内タイトル
- プリメイラ・リーガ 30回
1934-35, 1938-39, 1939-40, 1955-56, 1958-59, 1977-78, 1978-79, 1984-85, 1985-86, 1987-88, 1989-90, 1991-92, 1992-93, 1994-95, 1995-96, 1996-97, 1997-98, 1998-99, 2002-03, 2003-04, 2005-06, 2006-07, 2007-08, 2008-09, 2010-11, 2011-12, 2012-13, 2017-18, 2019-20, 2021-22 - タッサ・デ・ポルトガル 22回
1921-22, 1924-25, 1931-32, 1936-37, 1955-56, 1957-58, 1967-68, 1976-77, 1983-84, 1987-88, 1990-91, 1993-94, 1997-98, 1999-2000, 2000-01, 2002-03, 2005-06, 2008-09, 2009-10, 2010-11, 2019-20, 2022-23 - タッサ・ダ・リーガ 1回
2022-23 - スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ 22回
1981, 1983, 1984, 1986, 1990, 1991, 1993, 1994, 1996, 1998, 1999, 2001, 2003, 2004, 2006, 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2018, 2020
国際タイトル
- UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ 2回
1986-87, 2003-04 - UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ 2回
2002-03, 2010-11 - UEFAスーパーカップ 1回
1987 - インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ) 2回
1987, 2004
現在所属している選手
背番号 | Pos. | 国籍 | 選手名 | 生年月日 | 加入年 | 前所属 |
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- | 監督 | セルジオ・コンセイソン | 1974.11.15 | 2017 | ナント | |
2 | DF | ファビオ・カルドーゾ | 1994.4.19 | 2021 | サンタ・クララ | |
3 | DF | ペペ(C) | 1983.2.26 | 2019 | ベシクタシュ | |
5 | DF | イバン・マルカノ | 1987.6.23 | 2019 | ローマ | |
6 | MF | ステファン・ユースタキオ | 1996.12.21 | 2022 | パソス・デ・フェレイラ | |
8 | MF | マルコ・グルイッチ | 1996.4.13 | 2020 | ヘルタ・ベルリン | |
9 | FW | メフディ・タレミ | 1992.7.18 | 2019 | リオ・アヴェ | |
10 | FW | フランシスコ・コンセイソン | 2002.12.14 | 2023 | アヤックス | |
11 | FW | ペペー | 1997.2.24 | 2021 | グレミオ | |
12 | DF | ザイドゥ・サヌジ | 1997.6.13 | 2020 | サンタ・クララ | |
13 | FW | ガレーノ | 1997.10.22 | 2022 | ブラガ | |
14 | GK | クラウディオ・ラモス | 1991.11.16 | 2020 | ポルトB | |
15 | DF | ホルヘ・サンチェス | 1997.12.10 | 2023 | アヤックス | |
16 | MF | ニコ・ゴンサレス | 2002.1.3 | 2023 | バレンシア | |
17 | MF | イバン・ハイメ | 2000.9.26 | 2023 | ファマリカン | |
18 | DF | ヴェンデウ | 1993.7.20 | 2021 | レヴァークーゼン | |
19 | FW | ダニー・ローダー | 2000.8.28 | 2021 | ポルトB | |
20 | MF | アンドレ・フランコ | 1998.4.13 | 2022 | エストリル | |
22 | MF | アラン・バレラ | 2001.7.4 | 2023 | ボカ・ジュニアーズ | |
23 | DF | ジョアン・マリオ | 2000.1.3 | 2020 | ポルトB | |
28 | MF | ロマーリオ・バロ | 2000.1.25 | 2019 | カーザ・ピア | |
29 | FW | トニ・マルティネス | 1997.6.30 | 2020 | ファマリカン | |
30 | FW | エヴァニウソン | 1999.6.10 | 2020 | フルミネンセ | |
31 | DF | オタヴィオ | 2002.4.21 | 2024 | ファマリカン | |
55 | DF | ジョアン・メンデス | 2000.4.13 | 2022 | ポルトB | |
70 | FW | ゴンサロ・ボルジェス | 2001.3.29 | 2021 | ポルトB | |
71 | GK | フランシスコ・メイラ | 2001.5.19 | 2020 | ポルトB | |
87 | MF | ベルナルド・フォーリャ | 2002.3.23 | 2021 | ポルトB | |
91 | GK | ゴンサロ・リベイロ | 2006.1.15 | 2022 | ポルトB | |
94 | GK | サムエウ・ポルトゥガウ | 2001.6.30 | 2019 | ポルティモネンセ | |
97 | DF | ゼ・ペドロ | 1997.6.6 | 2021 | ポルトB | |
99 | GK | ディオゴ・コスタ | 1999.9.19 | 2021 | ポルトB |
過去に所属したおもな選手
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