テイエムメガトン 単語


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テイエムメガトン

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テイエムメガトン(T.M.Megaton)とは、1994年5月8日生まれの日本競走馬である。鹿毛

な勝ち
1997年ダービーグランプリ(GI)グランシャリオカップ(GⅢ)

概要

*スキャンベップイバン*シーホークという血統。

*スキャンアメリカGIを2勝したで、今は日高スタリオンステーションで供用されその安定感から長らく人気を博した。なお、GI級の勝ちはテイエムメガトンのみである。ゲームウイニングポストシリーズで、作品によっては特性が印に残るポジション種牡馬であったことも有名。

ベップイバンは10戦2勝、その孫には重賞レッドジェニアルのでもある重賞レッドゲートトーエイプリンセスの半天皇賞リキエイカン。その他、モンテホープの子孫にはスズカコバンレイパパレ小岩井農場の繁殖牝馬フロリースカツプにさかのぼる牝系である。

*シーホークフランス要競走を2勝したで、種牡馬として日本輸入された後はウィナーズサークルアイネスフウジンの2頭のダービーを出すなど一定の成果を残した。

小島牧場で生産され、テイエムオペラオーなどテイエム冠で知られる園正繼の所有となった。

戦績

3歳〈旧4歳〉(1997年)

東の鹿戸明厩舎に入厩し、1月ダート1400mの4歳新デビュー芹沢純一上で単勝2.4倍の1番人気に支持されたが結果は7着。同には再びダート1800mの4歳新に出走し、以降しばらく戦となる菊地上に単勝4.9倍の3番人気となり、4馬身差付けて上がり最速で快勝。

2月500万下で芝2000mのつばき賞に出走したが、ここは7番人気10着。

3月ダート1800mの4歳500万下に出走し、2番人気に支持されたが4着。同再びダート1800mの4歳500万下に出走し、3番人気で上がり最速を出したが1着からクビ差の2着と更にクビ差の3着。更に同ダート1800mの4歳500万下をもう1走したが、ここも4番人気5着。

4月ダート1800mの4歳500万下に出走し4番人気でクビ差の2着。同更にダート1800mの4歳500万下に出走し単勝4.1倍の1番人気に支持されたが、ここは先行してハナ差の2着。

5月に単勝3.0倍の2番人気ダート1800mの4歳500万下に出走すると、ここは上がり最速を出し半馬身差で勝利

6月には1000万下えていきなり古との対決となる1600万下ダート1700mの大沼ステークスに出走。単勝25.9倍の8番人気となったが、後方からめに進出して先頭に立つと上がり最速を出してなんと7馬身差の圧勝。続いて芝の函館記念(GⅢ)に参戦したがこれは7番人気で後方のまま14着。

7月には旭川競馬場グランシャリオカップ(GⅢ)に出走すると、ここを同厩舎のマコトムテキ相手に3馬身差で勝利菊地騎手にとっては初の重賞勝利となった。

やや間隔があいて9月に行われるダート1400mのギャラクシーステークス(OP)に出走。単勝4.4倍の1番人気に支持されたが、ここは後方からそのまま8着に終わった。

10月にはユニコーンステークス(GⅢ)に6番人気で出走。タイキシャトル勝利する中、後方からタイキシャトルと同じ上がり最速を出したが5着。

11月には盛岡競馬場ダービーグランプリ(GI)に出走。ファンファーレが終わる前にゲートが開かれてレースが始まるという事(ニコニコ動画に当時の映像が上がっている)もあったが、1番人気に応えて群の後ろからの競馬でフドオーに3馬身差付けて勝利。なお、2番人気岩手代表メイセイオペラはこの時怪明けで10着に終わった。因みにこの時の3着で北海優駿勝ちシャーペンアイルはなんと14歳まで現役であった上にその14歳でも勝ちを挙げている。菊地騎手にとっては当然GI級初制覇…というか後に障害重賞を2勝しているものの、重賞はこの2勝のみであった。

続いて同に、ダービーグランプリに対抗するために生まれたが3年で実質消滅したスーパーダートダービー(GⅡ)に出走したが、ここは2番人気6着に終わった。

12月には以降暫く戦となる武豊上となって東京大賞典(GI)を迎えたが、5番人気で9着に終わった。

それにしても年間17走はなかなかである。

4歳〈旧5歳〉以降(1998年~)

4歳初戦は1月川崎記念(GI)。3番人気に支持されたレースでは、逃げたもののアブクマポーロに捉えられ3馬身差の2着。

3月名古屋大賞典(GⅢ)では2番人気に支持されたが、結果が3着。同ダイオライト記念(GⅡ)では2番人気に支持され、先行から先頭に立ったがアブクマポーロに再び敗れて4馬身差の2着。

4月にはオグリキャップ記念(GⅡ)に出走し、2番人気に支持されたものの結果は4着。

以降2年以上休養に入り、2000年6月プロキオンステークス(GⅢ)で復帰したが、小島貞博上で13番人気16着に終わった。

引退後

京都府カシオペアライディンパークにて乗になった後、福井ホースパークに移動し「テイエムチャンス」として乗生活を送っており、「扱いやすい穏やかな性格」だったとのことだ。2016年にはテイエムメガトンの所在を知った騎手引退後の菊地氏が会いに来たexitとか。

25歳となった2019年10月に亡くなったという情報も存在する。

血統表

*スキャン
1988 鹿毛
Mr. Prospector
1970 鹿毛
Raise a Native Native Dancer
Shenanigans
Gold Digger Nashua
Sequence
Video
1983 鹿毛
Nijinsky Northern Dancer
Flaming Page
Foreseer Round Table
Regal Gleam
ベップイバン
1978 栗毛
FNo.3-l
*シーホーク
1963 芦毛
Herbager Vandale
Flagette
Sea Nymph Free Man
Sea Spray
トーエイプリンセス
1973 青毛
*ネヴァービート Never Say Die
Bride Elect
モンテホープ *ライジングフレーム
サモア

クロスNasrullah 5×5(6.25%)

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