リズンスター(Risen Star)とは、1985年生まれのアメリカ合衆国の競走馬・種牡馬である。
父Secretariat、母Ribbon、母父His Majestyという血統で、1982年のケンタッキーダービー馬ガトデルソルなどを生産したケンタッキー州のストーンファーム(本馬の1年後に*サンデーサイレンスも生産する)で生産された。
父セクレタリアトは説明不要の三冠馬、母父ヒズマジェスティも活躍種牡馬だったが、母リボンの牝系はムムタズビガム(ナスルーラの母)→ムムタズマハルに遡るものの、その中でも活躍馬に乏しいラインであった。
本馬は2歳時にフロリダ州のトレーニングセールに出品され、ルイジアナ州の事業家2人に購入されて両者の共同所有馬となった。そのうちの一人であるルイ・ルーセル3世氏が調教師を兼業しており、本馬の調教も彼が行った。
2歳9月にルイジアナ州でデビューしたリズンスターだったが、当初は重賞にも出走しておらず、殆ど目立たなかった。唯一のトピックはスポートオブキングスフューチュリティというレースでホープフルSの3着馬サクセスエクスプレス(この年BCジュヴェナイルを勝つことになる)の15馬身差2着に敗れたことぐらいで、残りはデビュー戦のミンストレルSというステークス競走と一般競走を1勝ずつの3戦2勝で終えた。
3歳に入って年明けの3戦を3戦2勝とした後、ルイジアナダービー(GIII)で重賞初出走を迎え、これを勝利した。このタイミングで陣営は初めての他州遠征を決定し、ケンタッキー州キーンランド競馬場のレキシントンS(GII)に出走。ここには前年の最優秀2歳牡馬*フォーティナイナーが出走してきたが、これをアタマ差で撃破するという金星を挙げ、一躍ケンタッキーダービーの有力馬に名乗りを上げた。
ケンタッキーダービーでは、*フォーティナイナーや同馬をフロリダダービーで破った*ブライアンズタイム、サンタアニタダービーを圧勝した牝馬ウイニングカラーズ、7戦無敗のプライヴェートタームズなどが出走し、全部で17頭立てとなった。三冠競走全てで手綱を執ることとなるエディ・デラフーセイ騎手と初コンビを組んだ本馬はハナを叩いて逃げるウイニングカラーズと2番手に控えた*フォーティナイナーを見ながら中団に付けたが、内に入れる隙が無いまま3~4コーナーで馬群が一斉に動いたために始終外を回されるという大きなロスを蒙り、*フォーティナイナーとのクビ差の接戦をモノにしたウイニングカラーズから3馬身差の3着に敗戦した。
続くプリークネスSでは、年によってはケンタッキーダービー組が殆ど出走しないのも珍しくない中、出走9頭中7頭がケンタッキーダービー組という組み合わせとなった。レースは*フォーティナイナーがウイニングカラーズに競りかけていく展開となり、リズンスターは3角付近からインコースを上がっていってオーバーペースとなった両馬を早々に交わすと、後方から差してきた*ブライアンズタイムを2着に、差し返そうとするウイニングカラーズを3着に破って勝利を収めた。
プリークネスSのレース後に右前脚の繋靱帯を痛めてしまったが、それでもルーセル師は本馬をベルモントSに向かわせた。ここでは*フォーティナイナーなどが回避したこともあって前走から更に少なく6頭立てとなり、リズンスターと*ブライアンズタイムが1番人気タイ、ウイニングカラーズが3番人気となった。レースではまたもウイニングカラーズが逃げたが、3角手前で射程圏に入れて同馬を早々に交わすとそのままグングングングン伸び続け、最終的に勝ち時計2分26秒4・2着との着差14馬身3/4という無茶苦茶なパフォーマンスを叩き出して圧勝した。
勝ち時計2分26秒4は当時2位で2021年現在でも4位、着差は当時から2021年に至るまで5位を維持し続けている上、後者の上位記録はカウントフリート(1943年に25馬身差)、マンノウォー(1920年に20馬身差)、ハノーヴァー(1887年に15馬身差)といった古の時代の名馬ばかりであり、戦後に限れば着差は2位である。親父が勝ち時計2分24秒0・2着との着差31馬身という常識外れにも程があるパフォーマンスをやったせいでリズンスターの勝ち方ですらインパクトが薄くなってる感はあるが。
しかし、この圧勝劇の反動が回ってきたのかレース後に右前脚のダメージが洒落にならなくなり、1400万ドル(当時のレートで約22億4000万円)というシンジケートを組まれて引退することになった。通算11戦8勝2着2回3着1回(GI2勝)、3歳時は8戦6勝の成績で、この年のエクリプス賞最優秀3歳牡馬を受賞した。
シンジケートの権利の50%を保有するケンタッキー州のウォルマック国際ファームで種牡馬入りしたリズンスターだったが、種牡馬としては不振に終わった。唯一のGI馬であったスタースタンダードが現役中に蹄葉炎で死亡する不運もあり直系は繋がらず、1998年3月に疝痛を起こし13歳で早世した。
持込馬として日本で走ってローズSを勝ったスターバレリーナの産駒からアンドゥオールとグランパドドゥ、孫世代からパドトロワとロゴタイプと重賞馬が出ており、今後はこういった方面で血統を残していくかもしれない。
| Secretariat 1970 栗毛 |
Bold Ruler 1954 黒鹿毛 |
Nasrullah | Nearco |
| Mumtaz Begum | |||
| Miss Disco | Discovery | ||
| Outdone | |||
| Somethingroyal 1952 鹿毛 |
Princequillo | Prince Rose | |
| Cosquilla | |||
| Imperatrice | Caruso | ||
| Cinquuepace | |||
| Ribbon 1977 鹿毛 FNo.9-c |
His Majesty 1968 鹿毛 |
Ribot | Tenerani |
| Romanella | |||
| Flower Bowl | Alibhai | ||
| Flower Bed | |||
| Break Through 1970 鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to | |
| Nothirdchance | |||
| Quaheri | Olympia | ||
| Bibibeg | |||
| 競走馬の4代血統表 | |||
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最終更新:2025/12/30(火) 00:00
最終更新:2025/12/29(月) 23:00
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