カレンシーボード制(currency board system)とは、経済学の用語である。
カレンシーボード制は、特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートについて目標値からの変動を目標値の1%以内程度に抑制する固定相場制の1つで、自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値以上の数値を名目為替レートの目標値にしつつ、中央銀行が自国通貨を発行するときに名目為替レートの目標値で算出した分だけ特定の外国通貨を準備するよう中央銀行に義務づける制度である。
カレンシーボード制の英語表記はcurrency board systemであるが、これを翻訳すると「通貨発行当局制度」となる。
香港が1983年から2024年現在に至るまで米ドルを対象としたカレンシーボード制を採用している。外国為替市場において米ドルとの固定相場制を採用し、1米ドル=7.8香港ドルを基準として1米ドル=7.75香港ドルから1米ドル=7.85香港ドルまでの変動を許容し上下0.64%までの変動を許容している。そして中央銀行が7.8香港ドルを発行するときは政府当局に1米ドルを外貨準備として預託している。
カレンシーボード制を新たに採用する中央銀行は、自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値を求め、それ以上の数値を名目為替レートの目標値として、固定相場制を維持する。そのようにすれば、その国の人々が手持ちの自国通貨をすべて差し出したとしても、中央銀行が名目為替レートの目標値のとおりに両替することができる。
ゼニーという通貨を発行していて自国通貨発行高が100億ゼニーとなっている中央銀行が1億米ドルの準備高を抱えてから米ドル対象カレンシーボード制を採用するのなら、名目為替レートの目標値を1米ドル=100ゼニー以上にする。
名目為替レートの目標値を1米ドル=120ゼニーにした場合、自国通貨の100億ゼニーをすべて差し出されたとしても、100億÷120=8333万と計算して、8333万米ドルを支払うだけで済み1667万米ドルが中央銀行の手元に残る。
名目為替レートの目標値を1米ドル=100ゼニーにした場合、自国通貨の100億ゼニーをすべて差し出されたとしても、100億÷100=1億と計算して、1億米ドルを支払うことで全額を両替できる。
名目為替レートの目標値を1米ドル=99ゼニーにした場合、自国通貨の100億ゼニーをすべて差し出されたときに、100億÷99=1億101と計算して、1億101米ドルを支払わねばならないが、1億米ドルの準備高しか抱えていないので101米ドルが不足となる。こういう事態を完全に防ぐのがカレンシーボード制である。どこの国も「自国通貨高にして物価が一定の短期において実質為替レートを引き下げて自国民の輸入を助けて国内の物資を増やして国内物価を低く抑えよう」という思惑をある程度持つのだが、カレンシーボード制の国ではそういう思惑を持つことが大きく抑制される。
カレンシーボード制を導入したあと、中央銀行は名目為替レートの目標値に従い、特定外国通貨準備高の増加に応じて自国通貨を発行し、特定外国通貨準備高の減少に応じて自国通貨を回収して消滅させる。
ゼニーという通貨を発行する中央銀行があり、米ドル対象カレンシーボード制を導入して名目為替レートの目標値を1米ドル=100ゼニーにしているとする。その中央銀行は1米ドルを渡されたら100ゼニーを発行するし、100ゼニーを渡されたらその100ゼニーを回収して消滅させつつ1米ドルを支払う。
カレンシーボード制を導入した中央銀行が自国通貨を発行するのは、特定の外国通貨を資産に計上しつつ自国通貨を発行するときのみであり、外国為替市場に併設される中央銀行窓口において自国通貨売り・特定外国通貨買いを行うときのみである。
カレンシーボード制を導入した中央銀行は、市中銀行が発行した負債(金融債)を買い取って市中銀行に対する債権を資産に計上しつつ自国通貨を発行することが許されないし、政府が発行した負債(国債)を買い取って政府に対する債権を資産に計上しつつ自国通貨を発行することが許されないのであり、債権を資産に計上しつつ自国通貨を発行すること全般が許されない。つまり、信用創造や「信用創造によく似た行為」が許されない。
金本位制は、金塊を特定の外国通貨とみなして運営するカレンシーボード制であり、「金塊対象カレンシーボード制」と呼んでもよい。
銀本位制は、銀塊を特定の外国通貨とみなして運営するカレンシーボード制であり、「銀塊対象カレンシーボード制」と呼んでもよい。
2024年現在の香港が採用しているのは米ドル対象カレンシーボード制である。この制度を「米ドル本位制」と呼んでもよい。
すべての固定相場制は、カレンシーボード制の固定相場制とカレンシーボード制を採用しない固定相場制の2種類に分けられる。
本項目では前者をカレンシーボード制と呼び、後者を非カレンシーボード制と呼ぶことにする。
非カレンシーボード制については固定相場制の記事の『カレンシーボード制を採用しない固定相場制』の項目も参考にされたい。
カレンシーボード制は、「中央銀行による自国通貨の発行は特定の外国通貨を資産に計上するときだけに許可する」という制度であり、名目為替レートの目標値が自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値以上になり続ける制度であり、国内のすべての自国通貨を差し出されたとしても中央銀行がすべて両替に応じられる状態を維持し続ける制度である。このためカレンシーボード制は、投機攻撃が発生する余地が非常に少なく、固定相場制が永続しやすい。
ゼニーを通貨とする国があり、1米ドル=100ゼニーの名目為替レートを目標値とする固定相場制を維持していて、自国通貨発行高が100億ゼニーで特定外国通貨準備高が1億米ドルであるとする。カレンシーボード制を導入するのなら、どんなに状況が変化したとしても「自国通貨発行高が200億ゼニーで特定外国通貨準備高が2億米ドル」といった状態になるばかりであり、名目為替レートの目標値(100)が自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値(100)と等しくなり続け、国内のすべての自国通貨を差し出されたとしても中央銀行がすべて両替に応じられる状態を維持し続ける。
カレンシーボード制の国であっても理論上は投機攻撃が起きる可能性がある。ゼニーを通貨とする国があり、1米ドル=100ゼニーの名目為替レートを目標値とする固定相場制を維持していて、自国通貨発行高が100億ゼニーで特定外国通貨準備高が1億米ドルであるとする。その国の3ヶ月間輸入額が2億米ドルで、3ヶ月間輸出額が200億ゼニーで、3ヶ月間純輸出額がゼロであるとする。この場合は「特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を下回っていて特定外国通貨準備高が不足している」と判断されて国際的投資家による投機攻撃を受けることになる。とはいえ、カレンシーボード制を遵守していれば大抵の場合において特定外国通貨準備高が3ヶ月間輸入額を大きく上回ることになるので、先述のような事態は派生しにくい。
非カレンシーボード制は、「中央銀行による自国通貨の発行は特定の外国通貨を資産に計上するときだけに許可するのではなく自国通貨建て国債を資産に計上するときにも許可する」という制度であり、名目為替レートの目標値が自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値未満になることを許可する制度であり、国内のすべての自国通貨を差し出されたときに中央銀行がすべての両替に応じられない状態となることを許可する政策である。このため投機攻撃が発生する可能性があり、固定相場制が永続しにくい。
ゼニーを通貨とする国があり、1米ドル=100ゼニーの名目為替レートを目標値とする固定相場制を維持していて、自国通貨発行高が100億ゼニーで特定外国通貨準備高が1億米ドルであるとする。カレンシーボード制を導入せず自国通貨建て国債を資産に計上しつつ自国通貨を20億ゼニー発行したのなら「自国通貨発行高が120億ゼニーで特定外国通貨準備高が1億米ドル」といった状態になり、名目為替レートの目標値(100)が自国通貨発行高を特定外国通貨準備高で割った数値(120)よりも下になり、国内のすべての自国通貨を差し出されたときに中央銀行がすべての両替に応じられない状態となる。
投機攻撃(speculative attack)とは、国際的投資家が「あの国は自国通貨発行高が多くて特定外国通貨準備高が少なくて自国通貨の実力が低いのに自国通貨を高値に設定しているので、いずれは自国通貨切り下げの事態になるだろう」と判断して、「これから値下がりするモノを売り払って値上がりするモノを買い込めば得をする」という一般的な原則に従い、外国為替市場において自国通貨売り・特定外国通貨買いをすることである[1]。
国際的投資家による投機攻撃を受けた国は、自国通貨安・特定外国通貨高になり、短期において実質為替レートが上昇して輸入しにくくなり、国内の物資が不足して国内の総供給が減少して国内の物価が上昇する。
投機攻撃を受けた国は、国際的投資家の予測通りに自国通貨切り下げをして以前よりも自国通貨安の名目為替レートの目標値で固定相場制をやりなおすか、国際的資本移動を制限して外国為替市場を部分的に閉鎖して閉鎖経済の国になるか、どちらかを選ぶしかない。
カレンシーボード制には、投機攻撃の可能性を極めて低く押さえ込む効果があり、名目為替レートを厳格に固定して物価が硬直的な短期において実質為替レートを厳格に固定する効果があり、貿易の確実性を高める効果があり、企業経営者の将来に対する見通しの確実性を高める効果があり、国内における在庫投資や設備投資といった投資を増やすという長所がある。
投資が増えると、将来において生産設備などの資本量が増え、将来において国家の供給力が高まる。
カレンシーボード制を採用すると、中央銀行が国債を買い入れて政府の債務を肩代わりすることができなくなり、政府が国債を発行して自国通貨を借り入れることが難しくなる。
そのため、国債を発行して金融市場を通じて家計から資金を借り入れて政府購入をすることから、租税で家計から資金を徴発して政府購入をすることへ移行していくのだが、そうなるとクラウディングアウトが減少し、実質利子率が下落し、投資が増加する。あるいは、国債を発行して金融市場を通じて家計から資金を借り入れて減税をすることから、租税で家計から資金を徴発して減税をすることへ移行していくのだが、そうなるとやはりクラウディングアウトが減少し、実質利子率が下落し、投資が増加する。以上のことはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目で確認できる。
投資が増えると、将来において生産設備などの資本量が増え、将来において国家の供給力が高まる。
カレンシーボード制には、投機攻撃の可能性を極めて低く押さえ込む効果があり、名目為替レートを厳格に固定して物価が硬直的な短期において実質為替レートを厳格に固定する効果がある。
このためカレンシーボード制の国において純輸出がプラスの状態や純輸出がマイナスの状態が固定されやすい。純輸出がプラスになりやすくて外需で稼ぐことのできる国にとってそうした性質は長所となる。
カレンシーボード制を採用すると、固定相場制の永続性が高まって貿易の確実性が高まり投資が増える。また、カレンシーボード制を採用すると政府が国債を発行して金融市場を通じて家計からお金を借り入れることが抑制されてクラウディングアウトが減り投資が増える。
こうした投資の増加は、生産設備が少なくて有効な投資の余地が多くて過剰投資が発生しにくい発展途上国なら大いに歓迎すべきことであるが、生産設備が多くて有効な投資の余地が少なくて過剰投資が発生しやすい先進国ならあまり歓迎できないことである。
過剰投資とは投資が多くなりすぎる現象のことであり、危険な現象である。過剰投資になると、需要が無いのに需要が有るかのように見せかけて投資家から融資を騙し取る投資詐欺を行う知能犯罪者が増え、不良債権が増え、バブル景気とバブル崩壊の両方を作り出し、強烈な負の需要ショックを作り出し、長期にわたる深刻な不景気を発生させ、将来世代を大きく苦しめる。
生産設備が少なくて有効な投資の余地が多い発展途上国ならカレンシーボード制を採用しやすい。しかし、生産設備が多くて有効な投資の余地が少ない先進国ならカレンシーボード制を採用しにくい。
カレンシーボード制には、投機攻撃の可能性を極めて低く押さえ込む効果があり、名目為替レートを厳格に固定して物価が硬直的な短期において実質為替レートを厳格に固定する効果がある。このためカレンシーボード制の国において純輸出がプラスの状態や純輸出がマイナスの状態が固定されやすい。
先進国は生産設備が多くて生産の規模が大きく、他国の産業を潰すほどの輸出量を作り出しやすい。そういう国で純輸出がプラスの状態を固定すると、他国から「近隣窮乏化政策を実行しており周辺国の産業を潰している」と厳しく批判されることが多い。
生産設備が少なくて他国の産業を潰すほどの輸出量を作り出せない発展途上国ならカレンシーボード制を採用しやすい。しかし、生産設備が多くて他国の産業を潰すほどの輸出量を作り出せてしまう先進国ならカレンシーボード制を採用しにくい。
カレンシーボード制は、危機への対応力が弱く、軍事的危機や経済的危機が発生したときに無用の長物とされやすい制度である。
カレンシーボード制の国は、中央銀行が国債を買い入れて政府の債務を肩代わりすることができず、政府が国債を発行して自国通貨を借り入れることが難しく、政府が自国通貨を自由に入手することができず、政府が政府購入を一気に増やすことが難しい。カレンシーボード制の国は、政府が通貨発行益(シニョレッジ)を得られない。
軍事的危機になると政府は政府購入を増やして軍備を充実させる必要に迫られるが、カレンシーボード制の国ではそれが不可能になる。
経済的危機になると政府が破産しそうな銀行に公的資金を注入して国有化したり[2]、中央銀行が最後の貸し手になって破産しそうな銀行に自国通貨を貸し出したりする必要があるが、カレンシーボード制の国ではそれが不可能になる。
軍事的危機や経済的危機が発生すると、カレンシーボード制を中止して非カレンシーボード制に移行する国が続出する。
第一次世界大戦や第二次世界大戦といった軍事的危機が発生したとき、多くの国が金本位制というカレンシーボード制を中止し、中央銀行が金塊の準備高にかかわらず自由に自国通貨を発行できるように制度を変更し、兌換銀行券から不換銀行券へ自国通貨の形態を切り替えていった。
アルゼンチンは1990年代に米ドルを対象にしたカレンシーボード制を導入したが、2002年の経済危機を経験してからカレンシーボード制を中止した。
米ドルを対象とするカレンシーボード制と、ドル化は、自国を米ドルの影響下に組み入れるという点でよく似ている。
ただし、両者には大きな違いがある。簡単に言うと、米ドル対象カレンシーボード制は独自の自国通貨を発行せねばならず費用がかかるという短所があるが国境を越える犯罪を防ぐことができるという長所があり、ドル化は独自の自国通貨を発行せずに済んで費用がかからないという長所があるが国境を越える犯罪を防ぐことが難しいという短所がある。詳しくはドル化の記事を参照のこと。
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最終更新:2025/12/05(金) 22:00
最終更新:2025/12/05(金) 21:00
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