(有)未来検索ブラジルが運営するあらゆる言葉についての記事を閲覧・編集したり、コメントをしたりするサイトです。

単語記事: スペイン宗教裁判

編集

スペイン宗教裁判スペイン異端審問)とは、

  1. に15世紀以降のイベリアで行われていたキリスト教による異端審問、及び弾圧のこと。
  2. 1をネタにしてモンティ・パイソンが創作したスケッチのこと(スペイン宗教裁判)。

本稿では両方を扱うという無をやってみる。

概要

事の起こりは8世紀頃のイベリア(現在のスペインポルトガルがある半)にまで遡る。

スペイン異端審問

西暦710年、イベリアのほぼ全域を支配してた西ゴート王サラセン帝国ウマイヤに打倒され、以来15世紀までの700年間、半内ではキリスト教からイスラム教に改宗することが流行り、ギリシャからアフリカ北部を経由してアラビア人が多数流入していた。また、欧州側の、いわば半の付け根に位置しているバルセロナ周辺には古くから富裕なユダヤ人(ユダヤ教徒)が多数住みついていた。

打倒直後に北方のキリスト教徒の後押しを受けて始まった「レコンキスタ土回復運動)」は、1031年の後ウマイヤ滅亡に伴って化、1474年に妃イザベル1世(イザベラ1世)がカスティーリャ女王に即位しスペイン王国(またはイスニア)立を宣言したことで最高潮に達した。やがて1482年にイベリア最南端のイスラム教であるグラナダ王を包囲、陥落した事でレコンキスタは終息を見る。

レコンキスタ後に成立したスペイン王国には、グラナダを中心に残るイスラム教徒やバルセロナ周辺のユダヤ教徒、及びカトリックに改宗しながらイスラムユダの生活を続ける改宗者など、政治的に不定な要素が数多く残されていた。これら残存勢を一掃するため、イベリアをカトリックの元に統一させて政情を定させるため、また諾問機関を設置する事による中央集権機関の発も期待して、教皇の承諾の下スペイン王国そのものを対にして行われた異端審問を「スペイン異端審問」、または「スペイン宗教裁判」という。

実際の動機は、審問時のスペインフェルディナン2世が当時貸しであったユダヤ教徒から多額の債務を受けており、宗教裁判というシステムを使えば債務を帳消しにできるという実にしみったれた理由からであった。
キリスト教的にはそのようなことで裁判を開いては威信に傷が付くと考えたが、当時のスペイン人枢機卿ロドリゴ・ルハ(ロドリゴ・ルジア、かのヴァレンティーノチェーザレ・ルジアの)の巧みな弁舌により異端審問が開廷されることになった。
なお、この提案によりルハはスペイン王の後押しを得ることが出来、ローマ教皇に就任した。これが「世俗化した教皇」「堕落した教皇」「史上最悪の教皇」と当時のキリスト教徒に痛批判された人物、アレクサンデル6世である。

しみったれた理由で開催されたので、この裁判期間中は異教徒に対する検閲拷問死刑などが横行し、陰惨な状況を作り出した。特にフェルディナン2世の意図を徹底的に隠すため、ユダヤ人は不意を打って審問され、改宗しないとみるや直ちに火刑に処されたという。
ただしこういった裁判の実情は当時のスペイン、特に上述の理由で無理やり宗教裁判を開廷させたことに対するネガティブキャンペーンによるイメージが強く、実際に捕まった12万人のうち死刑が宣告されたのは2000人程度、残りは警告や誤認逮捕によって釈放されたという。

後にキリスト世界変させた宗教改革が1517年に起きると宗教裁判は弱体化。1808年に「英雄ナポレオン・ボナパルトスペインを支配すると宗教裁判が禁止されたこともあって権の弱体化が急速に進み、1834年に正式に止された。

スペイン宗教裁判

以上の歴史上の流れをモンティ・パイソンと愉快な一行が化したスケッチが「スペイン宗教裁判」である。
スペインでの徹底的な検閲と、自・改宗をしなかった際の苛拷問、さらには当時の理不尽な理由により行われていた異端審問魔女審問そのものをネタにしている。

前半では、スペイン宗教裁判の話をすると地のような3人のキリスト教徒が現れ、「Nobody expects the Spanish Inquisition!!(まさかの時にスペイン宗教裁判)」と叫びつつ、恐怖やら脅迫やら狂信やらのいきあたりばったり的な武器と罪状をひけらかす。
あまりにも適当に裁判を開く審問官と、まるでスコティッシュ訛り(名古屋弁)にしか聞こえない枢機卿Aの罪状読み上げや、「断頭台(Rack)」と間違えて「食器台(Rack)」を取り出す枢機卿Bなど、適当極まる裁判の様子をギャグにした、「Spam」と並びモンティ・パイソンの中でも屈の知名度を誇るスケッチである。

後半はさらに適当になり、「(老婆、)お前には3つの罪がある…異端思想、言動、行為、動作。いや4つだ」と後の四天王ネタを見越していたかのようなギャグをかましたり、その後も適当な数え間違いをおかしたり、顔に押し付けて窒息させるためのクッションでわきをつついたりとやりたい放題。

後のゲーム、特に英語を話すイギリスアメリカ発のゲームでは他のパイソンネタと一緒によく引き合いに出される。日本でも、かつては一部のコアゲーマーなどがギャグとして用いるのみだったが、ニコニコ動画トロステネタにされたりして色々有名になった。その結果がこの記事だよ!!

関連動画

まさかの時のスペイン宗教裁判

  

関連商品

関連項目

携帯版URL:
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%AE%97%E6%95%99%E8%A3%81%E5%88%A4
ページ番号: 4304677 リビジョン番号: 1528718
読み:マサカノトキノスペインシュウキョウサイバン
初版作成日: 10/03/10 18:34 ◆ 最終更新日: 12/05/14 10:57
編集内容についての説明/コメント: 削除された関連動画を削除、全体的な文の見直し
記事編集 / 編集履歴を閲覧 /

スペイン宗教裁判について語るスレ

1 : ななしのよっしん :2010/03/11(木) 12:27:19 ID: oOGB2EOcbQ
 | まさかのときのスペイン宗教裁判
 └──v────v─────v────

    ∧ ∧  _丿⌒|_   o=oヽ
    (゚ー゚*)   (゚゚*)   (゚ー゚∪
    ノヽ~ノヽ  ノヽ~ノヽ   ノヽ~ノ゛ヽ,
   ん †  ) ん †  ) ん †  )  
    丿 八 ゝ 丿 八 ゝ  丿 八 ゝ  
    U~U    U~U    U~U 
2 : ななしのよっしん :2010/06/14(月) 18:52:00 ID: JxDqE4VJGd
>>1
かわいいwww
3 : ななしのよっしん :2010/06/14(月) 19:07:02 ID: mp8PXBehGm
>>sm6124791


メル・ブルックスのこれも関連動画になるんじゃないかな?
4 : ななしのよっしん :2010/07/19(月) 19:07:51 ID: RTME+3Oe7P
ちなみに3人の名前は
Ximinez (リーダー)
・Biggles (飛行帽)
Fang (訛ってる人)

豆知識
5 : ななしのよっしん :2011/01/25(火) 12:12:17 ID: YP0QnjNtcF
この回大好きだわw
一回分通しで視るとまた格別。

ところで上の史実記事内、
>当時のスペイン人枢機卿ロドリゴ・ルハの弁舌と「堕落した」と揶揄された教皇アレクサンデル6世の決断により

この二人、同一人物なんだが…。
ロドリゴが時の教皇シクストゥス4世に「決断させて」、その功績によりスペイン王の後押しを受けて後のアレクサンデル6世となった(1492年~)というのが正しい、らしい。
6 : ななしのよっしん :2011/06/24(金) 21:23:08 ID: XWypB7Q7Kl
異端審問は苛かつ理不尽だったが、実際には言われるほど拷問とかはなかったらしい。後述するような対者が全員審問にかけられたとか、全員有罪になったとかでもなかったそうだ。
あと今でいう裁判長・検事・弁護人がいて弁論を行って裁決を出すという、裁判制度としての最低限の形式は保っている。もっとも拠集めなんかでは弁護側の活動が制限されるし、裁判長は予断持ちまくりだけど。
ちなみに「異端」審問なので対は偽装改宗を疑われた元ムスリムやユダヤ教徒、教内異端プロスタントで、そもそも異教徒のムスリムやユダヤ人は対外。ただし異教徒相手には少し後に改宗か追放を選択させる追放令が発令されてるが。
7 : ななしのよっしん :2011/12/19(月) 01:28:30 ID: lzzdJ82Bos
>>sm16136487

これが宗教裁判か
8 : ななしのよっしん :2012/05/14(月) 06:26:39 ID: 3OAd07Qzsk
モズグズとかザルモゥの登場シーン爆笑できる。
ページトップへ戻る