コンテ・ディ・カブール(アズールレーン) 単語

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コンテディカブール

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「この一撃、絶唱にあらず!」

コンテ・ディ・カブール(アズールレーン)とは、コンテ・ディ・カブール戦艦1番艦『コンテ・ディ・カブール』をモチーフとしたアズールレーンKAN-SENである。

多くは語るまい。今日の概要を始めよう

サディア帝国所属の戦艦レアリティはR。CV:清水彩香 イラスト:Alisa

卓越な戦略眼を持ち、戦闘より務全般を得意としている。

のチェザーレとは性格から体格まで色々と正反対であり、お互いツッコミし合いしまくる間柄。 一人称は「小生」。

ーーーー公式Twitter・艦紹介より

イベント『悲せし焔の歌』の交換報酬及びドロップにて先行実装

戦略に優れ、務を得意としている。華奢で何処か幼さが残る容姿をしているが、一人称小生であるなど言動がやや時代がかっており、少々尊大な性格をしている。後輩達の成長を喜ぶ、サディアの栄は既に過去のものと割り切っているなどやや年寄り臭いところがあり、チェザーレからは注意を受けている。

公式紹介にある通り、肉体労働を好む体育会系であるジュリオ・チェザーレとは色々と正反対。ことある毎に皮混じりの言葉で彼女を評している。ただし姉妹仲はそこまで険悪ではない。

ちなみに、台詞にあるレオナルド・ダ・ヴィンチとは末であるコンテ・ディ・カブール級3番艦『レオナルド・ダ・ヴィンチ』のこと。ダ・ヴィンチは第一次大戦時のタラントに停泊中、火爆発を起こし転覆・沈没している。なお、ダ・ヴィンチは浮揚され転覆した状態のままドック入りしたが、結局スクラップとして売却された。

一つ言っておこう。外見で人を判断するのは損するぞ

黄金色の瞳を持ち、グレーを短く切りえている。装は軍服をやや着崩したもので、羽織った一回り大きい上着と活動的ハーフパンツが特徴的。と同様の勲章と飾緒を着用しており、サディア帝国内での地位の高さがえる。

色々と恵まれた体をしているサディア艦の中でも一回り小さい華奢な体格をしている(絵師は異なるがチェザーレの絵とべてみると分かりやすい)。ただし、太ももは大変素晴らしいものを持っている。

水着着せ替え「サンドスカーミッシュ」が実装されている。

コンテ・ディ・カブール(サンド・スカーミッシュ)

シックな色のトップスとイタリアントリコロールを意に取り入れたミニスカートトムスの対おしゃれ遊びの最中でウォーターガンバトルをしながらも、大事なは自分の身の近くにおいておきたい様子。こんなカブール水鉄砲勝負をしたい指揮官は、ぜひショップへいらっしゃいにゃ

知恵と勇気を振り絞る時だ

戦闘開始10後、魚雷弾幕最大Lv.10を展開する(威力は雷装スキルレベル依存)。自身の1回攻撃5後、戦闘終了時まで自身の火力が最大15.0%軽巡に与えるダメージが最大20.0%アップし、雷ステータスが0になる『、流れる記憶

以上のスキルを持つ。しかしカブール価は低レアリティで雷装値を持つことである。実は低レアリティで雷装値を持つ戦艦カブールが初めてであり、雷装値定のハードステージなどで前衛の編成や全体の燃費に余裕を持たせることが出来るのが利点。欠点は副駆逐しか積めないことと対が低い点。出来るなら前衛はこれらの欠点を補える艦を置きたい。

『栄、流れる記憶』はのチェザーレとの共通スキル魚雷弾幕と自己バフの複合効果。バフがかかるタイミング発射後なのて価を発揮するのは2発以降となる。ちなみにバフがかかるタイミングで雷装が0になるが、魚雷弾幕は1回攻撃後は発射されなくなる。

サディアの栄光か・・・確かに輝いていたがな

コンテ・ディ・カブール級の1番艦。コンテ・ディ・カヴールと表記されることも。

艦名の由来はイタリア統一英雄カミッロ・カヴール(通称コンテ・ディ・カヴール、コンテは伯爵、カヴールは爵位名)。日本での知名度はイマイチだが(というか二人の元ネタが有名すぎる)イタリアでは『イタリア統一の三傑』(残り二人はマッツィーニとガリバルディガリバルディ軽巡洋艦ジュゼッペ・ガリバルディの由来でもある)、『イタリア統一のために神が使わした男』などとして人気が高い。

1910年8月10日起工、1911年8月10日、1915年4月就役。第二次大戦時の軍艦・艦艇の中でもイギリスクイーンエリザベス級に並ぶ古である。

第一次大戦には参加こそするもののカブール自身はタラントに配備されたまま交戦することなく終戦1930年後半にフランスダンケルク級への対抗手段の一つとしてジュリオ・チェザーレと共に近代化改修を実施。

第二次大戦中の1940年7月9日のプンタ・スティー戦で初陣を飾るも特にこれといった活躍は出来なかった。

1940年11月11日タラン襲でイギリス飛行隊の雷撃を受け浅瀬に座礁。1941年終わりに浮揚修理が行われるも、修理了前にイタリア連合に降、復帰することなく事実上の終戦を迎える。
1943年9月10日ドイツに捕獲されるも1945年2月15日のトリエス爆撃で大破、放棄される。

1947年スクラップとして売却。

多くても嫌われぬものこそ関連動画というものだ

動画は――小生執事ではないから、指揮官ご自身で投稿していただいて結構。そう、その右手をちょっと動かすだけでいいぞ

これでもサディアの古参だ。根回しから関連静画までそれなりに経験がある。

 

関連項目か?はて、小生そういうのに興味はないね。うん、ないね

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