湯浅政明 単語

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湯浅政明とは、日本アニメーション演出アニメーターニットの一人である。

経歴

1965年3月16日生まれ。福岡県出身。

九州産業大学芸術学部を卒業後の1987年ドラえもんちびまる子ちゃん監督である芝山努が設立した亜細亜堂に入社。アニメーターとしてキャリアスタートさせる。

湯浅政明が最初に頭を現したのは1990年スタートした『ちびまる子ちゃん』。そこで、最初のED(歌:おどるポンポコリン)の絵コンテ作画を担当したことである。その後フリーランスとなった湯浅名前が本格的に世間のに留まったのは1992年スタートの『クレヨンしんちゃん』である。

初代監督本郷みつる作画監督として湯浅を起用。劇場版では設定デザインクライマックスシーンの原画を担当。業界に大きく名をとどろかせることになる。

2001年には初監督作品『マインド・ゲーム』で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。その他にも第59回毎日映画コンクール信郎賞、2005年モントリオール・ファンタジア映画祭 アニメーション部門最優秀賞、さらにはパリ・KINOTAYO映画祭大賞を受賞した。

ケモノヅメカイバオリジナル作品を多く作っていたが、2010年に初めての小説作品『四畳半神話大系』を監督。さらにこの作品が二度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞してしまった。

なお、この部門で2回大賞受賞したのは、宮崎駿細田守原恵一、そして湯浅政明の四人だけである。

2014年には4年ぶりのノイタミナで「ピンポン THE ANIMATION」の監督し、全話絵コンテという偉業を成し遂げた。

また、2017年の3本監督作『夜明け告げるルーのうた』ではとうとうアニメカン映画祭のアヌシーアニメーション映画祭長編クリスタル賞を受賞。
この賞を過去日本人で獲ったのは宮崎駿(『紅の豚』)、高畑勲(『平成狸合戦ぽんぽこ』)だけで、日本人受賞者は実に22年ぶり3人かつ非ジブリ監督が受賞したのは初めてのこと。但し、その評価とは裏映画そのものは内で大コケしてしまった。
しかし、この受賞の功績を認められ、今度は個人で文化庁長官表芸術部門)の被表者に選ばれている。
同時表者には前年高い評価を得た『この世界の片隅に』(アヌシー員賞受賞)の片淵須直監督も選ばれており、長官を囲んでの写真も撮されている。
理由は『日本アニメーション監督希望を与えたという功績』という、からのものすごい付きであった。

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