細山田武史(ほそやまだ たけし、1986年4月29日-)とは、鹿児島県出身の元プロ野球選手(捕手)である。
トヨタ自動車硬式野球部 | |
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細山田武史 | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 鹿児島県出水市 |
生年月日 | 1986年4月29日 |
身長 体重 |
179cm 75kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 右投右打 |
守備位置 | 捕手 |
プロ入り | 2008年ドラフト4位 |
経歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
城西高等学校では1年から正捕手となったが、甲子園大会への出場はなかった。
早稲田大学で1年からベンチ入りして2年秋からレギュラーとして活躍し、3年時は斎藤佑樹ともバッテリーを組んだ。3年春にはベストナインと首位打者を獲得した。4年夏には世界大学野球選手権大会の日本代表に選出されたが、決勝戦ではマスクを被らないまま敗れた。なお父は大学でも野球を続けることに反対していたが、親の死に目に立ち会えなくても帰って来ないことを条件に続けることになった。その父は世界大学野球選手権中に癌で亡くなり、それを知った斎藤は黒シャツを買って破って喪章を作って、チーム全員が喪章を付けて出場した。そういった事情でスタメンを外れたが準決勝の韓国戦で勝利してメダル獲得を確定とすると、メダルを獲ったぞと天に向かって叫んだ。
2009年(1年目)は、相川亮二がFA移籍したことで捕手不足だったこともあり、同じく新人の松本啓二朗、山崎憲晴とともに開幕一軍入りを果たす。
開幕後しばらくはFA移籍してきた馬の控えであったが、その馬が走攻守全てにおいて完璧に劣化していたことが判明すると速攻で正捕手の座を得た。ところがこの年のシーズン打率(177打数で.158)が物語るように、バッティングはプロってレベルじゃねーぞと言えるものであり、シーズン途中から田代富雄が指揮を執るようになると、打撃型捕手である新沼慎二・武山真吾との併用になった。
2011年は正捕手を剥奪された武山に代わってスタメンで出場すると、チームを2年ぶりの5連勝に導き、その5試合の防御率も2点台に収めるなど結果を出した。しかしその一方で、盗塁を全く刺せず走られまくったため、後半戦では強肩の黒羽根利規に実質的に正捕手を奪われてしまった。
2012年は鶴岡一成の加入とルーキー高城俊人の台頭で一軍に居場所を失ったどころか、二軍ですら13試合しか出場できず育成中心の三軍チームに回されるなど、完全に戦力構想外扱いを受ける。契約更改では年俸1700万円から減額制限を大幅に上回る65%ダウンの年俸600万円を提示され、自由契約になることも出来たがこれを呑み残留。
2013年も一軍出場なし、二軍でもわずか6試合の出場に終わり、10月3日に球団から戦力外通告を受けた。
2013年12月12日に福岡ソフトバンクホークスに育成選手として入団した。背番号125。
2014年は専ら三軍で過ごし、二軍で4試合の出場に留まったが、残留した。
2015年、細川亨と山下斐紹が相次いで戦線離脱したため、4月3日に支配下登録された。背番号00。即一軍昇格し、4月18日の千葉ロッテマリーンズ戦で4年ぶりの一軍出場。その後斐紹の復帰で一度抹消されたが、今度は鶴岡慎也が離脱したため再び一軍昇格。6月5日の読売ジャイアンツ戦で移籍後初のスタメンマスクを被り、内海哲也から勝ち越し2点タイムリー二塁打(4年ぶりのヒット・打点)を打ち、さらにダブルスチールで三塁から本盗を決め5年ぶりの盗塁をマークする活躍を見せた。最終的に出場試合数こそ12試合に留まったが、3番手捕手としてシーズンの半分以上を一軍で過ごした。しかしオフに戦力外通告を受ける。
2016年は早大の先輩である佐竹功年の誘いで、トヨタ自動車硬式野球部に加入。第87回都市対抗野球では全試合でマスクを被り、5試合合計で僅か2失点に抑える好リードで、チームを都市対抗初優勝に導いた。
その後は学生野球資格回復研修を受け、2017年2月に適正認定を受けたことで学生野球の指導が可能になった。2021年からはコーチ専任となった。
バッテリーを組んだ投手と心を通い合える捕手を目指した。リードは野村克也も絶賛していた。
ネット上では、「hsymd」もしくは「分身」と呼ばれている。2ch「やる大矢スレ」での人気キャラの一人。
hsymdはローマ字表記の子音部分。
分身はドラフト指名されたときの共同記者会見において、早稲田大学時代に入団当時の横浜監督であった大矢明彦の著書、『大矢明彦的「捕手」論』を読んで参考にしていたと語ったことと、そのすぐ後にキャッチャーは監督の分身と語ったことが由来。
2012年の契約更改以降は、年俸の大幅ダウンのために「食事は松屋か吉野家で節約するしかないかも」とコメントしたため、貧乏&牛丼屋キャラが定着している。
年度 | 球団 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
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2009年 | 横浜 | 88 | 203 | 177 | 9 | 28 | 7 | 0 | 0 | 11 | 0 | 11 | 0 | 13 | 2 | 51 | 4 | .158 | .224 |
2010年 | 19 | 33 | 32 | 1 | 3 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | .094 | .121 | |
2011年 | 84 | 157 | 130 | 5 | 27 | 3 | 0 | 1 | 11 | 0 | 13 | 1 | 8 | 5 | 54 | 1 | .208 | .278 | |
2015年 | ソフトバンク | 12 | 8 | 6 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | .167 | .333 |
NPB:4年 | 203 | 401 | 345 | 17 | 59 | 12 | 0 | 1 | 25 | 2 | 25 | 1 | 23 | 7 | 111 | 5 | .171 | .237 |
機構 | 守備位置 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 捕逸 |
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NPB | 捕手 | 201 | 862 | 75 | 3 | 6 | .997 | 7 |
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最終更新:2024/11/25(月) 04:00
最終更新:2024/11/25(月) 03:00
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