ブラックステアマウンテン(Blackstairmountain)は、2005年アイルランド生まれの競走馬である。鹿毛の騸馬。
2013年の中山グランドジャンプを制し、2025年現在同レース最後の海外調教馬による同競走勝利を記録していることで特に有名。馬名はアイルランドにあるブラックステアーズ山地ならびにそれを構成する山の一つであるブラックステアーズ山からと思われる。
父は重賞勝ちは無いものの7戦4勝、種牡馬としては2001年のアベイ・ド・ロンシャン賞を勝ったImperial Beautyも出しているImperial Ballet、母は7代母にMumtaz Mahalがいる7戦1勝のSixhills、母父は3戦1勝ながら1993年のインターナショナルSで2着に入っているSabrehillという血統。本馬のはとこには1998年のカドラン賞を勝ったInvermarkがいる。アイルランドの障害競馬における名伯楽、ウィリー・マリンズ調教師によって管理された。
なお、英愛の障害競走であるナショナルハントは10月から翌4月までがメインシーズンとなっているため、本記事のセクションもそれに則る。
ナショナルハントでは障害競走のほか、距離や斤量に慣れるために「ナショナルハントフラットレース」という平地競走が開催されている。本馬のデビュー戦もこのナショナルハントフラットレース、通称「バンパー」で、4歳を迎えた2009年1月11日にレパーズタウン競馬場の16ハロン戦でデビューしたが、ここでは26馬身差の6着と大敗を喫した。翌月に出走したサーリス競馬場の16ハロンのバンパーで勝ち上がり、6月までに5戦して2勝2着1回の成績だった。
2009-10シーズンまでの間のオフシーズンにはナショナルハントの主催ではない通常の平地のメイドンで2戦し、それぞれ2着・1着だった。この2戦はクオリファイドライダー(アマチュア騎手)限定戦だったためか斤量も重く、1戦目は154ポンド(≒69.9kg)、2戦目は166ポンド(≒75.3kg)を背負っていた。
ナショナルハントの障害競走は障害の難度が低く距離も短めの「ハードル」と、障害の難度が高く距離も長い「スティープルチェイス(チェイス)」の2種類に大別される。後にチェイスで活躍する馬でも最初にハードルを使うことは少なくなく、本馬もハードルから障害を走り始めることになった。なお、ここまでの平地競走ではマリンズ師の息子であるアマチュア騎手のパトリック騎手が騎乗していたが、このシーズンから障害競走を走り始めるにあたり、ルビー・ウォルシュ騎手が新しい主戦となった。
2010年1月31日にパンチェスタウン競馬場の16ハロンのメイドンハードルで障害初戦を迎え、5馬身差で勝利した。続けてチェルトナムフェスティバルで開催されるノーヴィス(前シーズンまでに同カテゴリーで1勝もしていない馬)のGI・シュプリームノーヴィスハードル(17ハロン)に出走したが、先行するも伸びを欠き10着と大敗した。
続くラスバリー&グレンビュースタッズノーヴィスハードル(GII・16ハロン)で2着の後、ポール・タウネンド騎手が騎乗したパンチェスタウン競馬場のチャンピオンノーヴィスハードル(GI・16ハロン)を勝利して障害における重賞・GI初勝利を収めた。2009-10シーズンは4戦2勝だった。
2010-11シーズンは、2010年11月5日のダウンロイヤル競馬場[1]のWKDコアハードル(GII・16ハロン)から始動した。しかし道中から徐々にポジションを落としていき、結局勝ったGimli's Rockから31馬身差をつけられた5着(完走した馬の中では最下位)と大敗を喫した。
その後も年明けの20ハロンの一般競走では単勝1.8倍の支持を受けながら最終障害で飛越に失敗し2着、チェルトナムフェスティバルのヴィンセント・オブライエンカウンティハードル(GIII・17ハロン)は7着、4月のストロベリーハードル(GII・20ハロン)は2着と連敗が続き、5月のパンチェスタウンチャンピオンハードル(GI・16ハロン)に至ってはGI5連勝中のHurricane Flyに全く歯が立たず6頭立ての6着と大敗した。
5戦未勝利に終わっただけでなく重賞でも大敗が続いたためか、翌シーズンはチェイスに転向することになった。
チェイスに転向して再始動することになった本馬は2011年12月8日のクロンメル競馬場の17ハロンのビギナーズチェイス(チェイスのノーヴィスの一般競走)でシーズン初戦を迎え、3馬身差で勝利した。
続くレーシングポストノーヴィスチェイス(GI・17ハロン)ではドリンモアノーヴィスチェイス(GI)を31馬身差で圧勝していたBog Warriorに次ぐ2番人気に支持された。しかしBog Warriorが第4障害で落馬する展開となり、最終障害で先頭に立った本馬が2馬身1/4差で勝利した。
しかし年が明けると、1月のアークルノーヴィスチェイス(GI・17ハロン)は後方から伸びず29馬身差の5着。2月の一般競走を馬場を嫌ってスクラッチしたことで更に歯車が狂ったのか、チェルトナムフェスティバルのアークルチャレンジトロフィー(GI・16ハロン)は後に短距離チェイス路線のスーパースターに出世するSprinter Sacreから36馬身差の5着、4月のパンチェスタウンノーヴィスチェイス(GI・16ハロン)はレーシングポストノーヴィスチェイスで4着に破ったLucky Williamの1馬身半差2着と3連敗を喫した。2011-12シーズンは5戦2勝だった。
チェイスでも相手のレベルが上がると安定しなくなったためか、しばらく下級競走を行き来することになった。2012年はシーズン開幕後にベルーズタウンというマイナーな競馬場のクオリファイドライダー限定の平地競走で2戦2勝、障害では3戦未勝利だった。
2013年1月6日にハードル16ハロンの一般競走を勝ったところで、この年の中山グランドジャンプを目標にすることが発表された。3月にレパーズタウン競馬場の18ハロンの一般競走で2着となった後、中山グランドジャンプを目指してウォルシュ騎手とともに来日した。
中山グランドジャンプの前哨戦としてペガサスジャンプS(3350m)に出走し、3番人気に支持されたが、馬場に不慣れだったためかバンケットの勾配に苦労したのかはたまたその両方か、後方から全く伸びずにリキアイクロフネの9着と大敗を喫した。
それでも中山グランドジャンプには出走したが、単勝26.4倍の8番人気と人気を落とすことになった。しかしバンケットを苦にせず先行した本馬は最終障害の飛越で先頭に立ち、そのまま追ってくるリキアイクロフネ・シゲルジュウヤクを凌いで優勝した。中山グランドジャンプを勝った海外馬はKarasi以来6年ぶり3頭目、オセアニア以外からの遠征馬としては初だった。
このレースの後は出走が無く引退し、アイルランドで余生を過ごしていたが、2025年12月9日に死亡したことが報じられた。20歳没。
| Imperial Ballet 1989 鹿毛 |
Sadler's Wells 1981 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic |
| Natalma | |||
| Fairy Bridge | Bold Reason | ||
| Special | |||
| Amaranda 1975 鹿毛 |
Bold Lad (IRE) | Bold Ruler | |
| Barn Pride | |||
| Favoletta | *ボールドリック Baldric |
||
| Violetta | |||
| Sixhills 1999 鹿毛 FNo.9-c |
Sabrehill 1990 栗毛 |
Diesis | Sharpen Up |
| Doubly Sure | |||
| Gypsy Talk | Alleged | ||
| Mazaca | |||
| Moidart 1990 鹿毛 |
Electric | Blakeney | |
| Christiana | |||
| Mary Park | Charlottown | ||
| Margaret Ann | |||
| 競走馬の4代血統表 | |||
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最終更新:2026/01/22(木) 07:00
最終更新:2026/01/22(木) 06:00
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