標準模型(Standard Model)もしくは標準理論とは、現在知られているすべての素粒子と、それらの相互作用を記した理論である。
概要
標準模型の“模型”とは、物事の仕組みを示す'Model'という単語の誤訳である。それでも理化学用語では物事の仕組みを示す言葉として「模型」がしばしば使われている。
標準模型はひとつの理論ではなく、素粒子の種類と相互作用を示す次の4つの理論からなる。
では、現在判明している素粒子とそれらの相互作用を見ていこう。
ボソンとフェルミオン
素粒子には「スピン」という性質がある。直訳すれば「自転」だが、標準模型では素粒子は「大きさゼロの点」ということになっているので、自転という表現はそぐわない。「角運動量を持つ」という言い方をしている。電荷を持つ素粒子はスピンによって磁石としての性質も持っている。光の量子にして電磁気力を司る素粒子である光子ではスピンは波が螺旋を描く「円偏光」という形で表現されている。
スピンは粒子の種類において固有のもので、その値は0/2、1/2、2/2…、と、1/2ごとに飛び飛びになっている。これらのうち分子が奇数のものをフェルミオン、偶数のものをボソンと呼んでいる。
物質を構成する粒子フェルミオン
フェルミオンは電子、クォークといった物質を構成する粒子である。フェルミオンの性質としては「同じ方向、同じ速度、同じスピンの向きの粒子は複数まとまって動くことが出来ない」というものがある。無理に合わせようとしても「パウリの排他原理」という法則によりバラバラになってしまうのだ。なので、フェルミオンからなる存在は同じ場所に数多く詰め込むことができない。よって粒子の大きさがゼロであるにもかかわらず有限の空間を占める = 体積を持つ「物質」を構成するのだ。
ところがもう一つの法則がある。それは「偶数個のフェルミオンが相互作用により一箇所にまとまると傍目からはボソンに見える」というもの。これにより多数の粒子が同じ速度、同じ方向に流れるようになると、粒子の群れはその実体を失って一つの波として振る舞う(コヒーレント化する)ようになる。こうして発生するのが超伝導、超流動、ボース=アインシュタイン凝縮といった現象だ。
フェルミオンは強い相互作用を行う(色荷を持つ)クォークと、強い相互作用を行わないレプトンに分類される。現在判明しているフェルミオンのスピンはすべて1/2である。
三位一体の粒子クォーク
原子核を構成している陽子や中性子を更に構成している素粒子がクォークだ。クォークはその質量や電荷により6種類(フレーバーと呼ばれている)に分類され、さらにこの6種類は2種類ごとのグループ(世代と呼ばれている)に分かれている。
クォークには質量や電荷とは別に「色荷」という性質を持っており、光の三原色にちなんで「赤」、「緑」、「青」と呼ばれている。この「色」は比喩的なもので実際にクォークに色が付いているわけではないし、「色」を直接観測できることはない。「色」によって質量その他の性質が変わることもない。電気にプラスとマイナス、磁石にNとSの二つの極があるように、クォークには3つの極があると考えるとわかりやすい。
クォークには反粒子である反クォークがあり、これには「反赤」、「反緑」、「反青」という「色」がついている。これはいわば光の三原色の「補色」(シアン、マゼンタ、イエロー)に相当する。
色荷は強い相互作用に関わっている。強い相互作用は三原色(赤緑青もしくは反赤反緑反青)または赤と反赤などの「補色同士」がそろって「混ざり合うと白になる」ときに初めて働き、クォーク同士を強く結びつけている。クォークが結びついてできた粒子をハドロンと総称する。クォーク2個の場合は中間子、3個以上をバリオンと呼ぶ。陽子と中性子もバリオンの一種だ。クォークという名前の由来も三原色が揃ってバリオンになるさまをジェイムズ・ジョイスの小説に登場する鳥の鳴き声「クォーク、クォーク、クォーク」になぞらえたものだ。強い相互作用についてはグルーオンの項で詳しく説明する。
アップクォークとダウンクォーク
陽子と中性子を構成しているのがアップクォークとダウンクォークだ。最も質量の小さいクォークで、この2つで第一世代を構成している。存在が予言されたのは1964年。発見されたのは共に1968年。
注)eVとは電子ボルト。素粒子の重さを表す単位で、1eVは約1.78✕10-37Kg。
陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個で構成されている。実は陽子と中性子の質量はアップクォークやダウンクォーク3個分よりはるかに重い(約1GeV)。バリオンの質量の大半は後述の「自発的対称性の破れ」によるものである。
アップクォークやダウンクォークからなる中間子をパイ中間子と呼ぶ。フェルミオンであるクォーク二つからなる中間子はボソンとして振る舞い、陽子と中性子を結びつける役割を果たしている。
ストレンジクォーク
アップクォークやダウンクォークと同時期に予言された。第二世代に属する。質量は80〜130MeV。電子の1/3のマイナスの電荷を持つ。これを含むハドロンは他の同程度の質量の粒子よりも寿命が長いという「奇妙な(ストレンジネス)」特徴がある。
注)ハイゼンベルクの不確定性原理により、質量の重い粒子ほど平均寿命は短い。逆に平均寿命から粒子の質量を推定することができる。
チャームクォーク
存在が予言されたのは1974年。発見は1976年。第二世代に属する。電子の2/3倍のプラスの電荷を持ち、質量は約1.3Gev。
ボトムクォーク
1977年に発見された。第三世代に属する。電子の1/3のマイナスの電荷を持ち、質量は約4GeV。第三世代のフェルミオンは粒子と反粒子の極々僅かな違い(CP対称性の破れ)を調べるのに重要な素粒子である。
トップクォーク
最も重いクォーク。質量は170GeV(金原子並み。ヒッグス粒子よりも少し重い)とスーパーヘビー級。電子の2/3倍のプラスの電荷を持つ。発見されたのも最も遅い1995年。ほぼ確実にボトムクォークに崩壊するため、「裸のボトムクォーク」を調べるのに適している。トップクォークは極めて重いため、強い相互作用が働き出す前に弱い相互作用により崩壊するためハドロンを作ることはないと考えられている。
電子の仲間レプトン
レプトンもクォークと同じく六種類のフレーバーを持ち、三世代に分かれている。それぞれの世代は電荷を持つ荷電レプトンと電荷を持たないニュートリノで対を成している。
電子
第一世代荷電レプトン。最も軽い荷電レプトンで、唯一寿命を持たない。質量は9.1×10-31kg
ミューオン
ミュオン、μ粒子とも。第二世代荷電レプトン。質量が電子の約200倍で平均寿命が2.2×10-6秒であることを除けば性質は電子とあまり変わらない。発見されたのは1936年だが、当初は中間子だと思われていた。
τ粒子
タウオン、単にタウとも。第三世代荷電レプトン。質量は陽子の約1.9倍。平均寿命は2.90×10-13秒。質量が大きいためハドロンであるパイ中間子に崩壊することがある。発見は1975年。
ニュートリノ
電荷を持たず、弱い相互作用しかしないため検出は非常に困難である。三世代すべての荷電レプトンと対をなしており、それぞれ電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノという。当初これらは別々の存在であると思われていたが、後にあるニュートリノは別の二つのニュートリノに変化することがわかった(ニュートリノ振動という)。ある粒子が別の粒子に崩壊、あるいは変化するためには弱い相互作用をするだけではなく質量がなければならない。だがヒッグス機構ではニュートリノの質量を説明できない。それぞれのニュートリノの質量を詳しく求めるのが今後の課題である。
相互作用の粒子ボソン
ボソンはフェルミオンと違い、同じ方向、同じ位相で多数揃って飛ぶことができる。例えば光子が同じ方向、同じ位相で揃ったものがレーザーである。
ボソンは相互作用をなす粒子である。ボソンはフェルミオンとは逆に空間の一点に無限に詰め込めるため、その数によって相互作用を表している。これらは大きく分けて二つの粒子間の相互作用を司るゲージ粒子とフェルミオンやウィークボソンと相互作用して質量をもたらすヒッグス粒子とに分かれる。
力を司るゲージ粒子
二つの素粒子はゲージ粒子を交換しあうことで引き合ったり反発しあったりする。これが自然界の4つの相互作用、強い相互作用、弱い相互作用、電磁気力、重力であり、それらを司るゲージ粒子もグルーオン、ウィークボソン、光子、重力子の四種類存在する。
グルーオン:強い相互作用
クォークの間を取り持って強い相互作用を発揮するのがグルーオンである。強い相互作用の「強い」とは電磁気力よりも「強い」という意味だ。他のゲージ粒子との違いとしてはグルーオン自身も色荷を持つこと。クォークの色荷は単色だが、グルーオンの色荷は2色あり全部で8種類存在する。これによりグルーオンも他のグルーオンと相互作用をする。言い換えるとクォーク同士を引っ張るとその間のグルーオンがグルーオンを生み出すことでゴムヒモのように長く連なって伸びていく。そして引っ張れば引っ張るほどグルーオンが増えていくので強い相互作用はゴムヒモの張力のように距離が長いほど大きくなる。ところがこのゴムヒモの張力にも限界があり、10-15mを超えるとブチンと切れてしまう。するとその反動でそれぞれのゴムヒモの切れ端に新たなクォークが発生してそれぞれの色荷は白のままになってしまう。そのため通常の方法ではクォークやグルーオンを単独で取り出すことは出来ない。
ウィークボソン:弱い相互作用
ウィークボソンはプラスの電荷を持つW+、マイナスの電荷を持つW-、電荷を持たないZの三種類あり、ヒッグス機構により唯一質量と寿命を持つゲージ粒子である。W+、W-は質量が陽子の約80倍、Zが約90倍。寿命が極めて短いので到達距離も極めて小さく、弱い相互作用の名の通り電磁気力よりずっと弱い。1983年にCERNで発見された。
弱い相互作用ほ他の3つの力と少々毛色が異なる。重い素粒子が崩壊してより軽い素粒子になる際に発揮されるのだ。例えば放射性物質のβ崩壊の際は原子核の中の中性子がW-を放出して陽子になり、次いでW-が電子と反電子ニュートリノに崩壊するという二段階のプロセスで進行していく。
弱い相互作用にはもう一つ変わった性質がある。それは「カイラル対称性の破れ」。カイラル対称性とはスピンの向きが他の物理量に影響しないという性質であるが、この力は右回りのスピンとしか反応しないのだ。例えば磁場をかけて原子核のスピンを揃えた状態でβ崩壊を起こすと、発生する電子は磁場に対して必ず右回りとなる。物事の仕組みを表すのに「対称性」は重要な概念だ。その一部が破れてしまうと他の対称性にも影響してしまう。それについても「自発的対称性の破れ」で後述する。
かつて宇宙初期のビッグバン直後は電磁気力と弱い相互作用は電弱相互作用という一つの力だった。ところがビッグバンから10-10秒後にヒッグス粒子が出現したことでウィークボソンが質量を持ってしまい、以降質量を持たない光子による電磁気力が分離してしまったのだった。
光子:電磁気力
光子は光の量子であり、電磁気力のゲージ粒子である。光子は別の光子と干渉する「波」としての性質と、質量を持った粒子と衝突して弾き飛ばす(運動量を持つ)「粒子」としての性質を併せ持っている。光子の反粒子は光子自身である。そのため高エネルギーの光子同士を衝突させると質量を持った粒子と反粒子が発生する(対発生)。 光子の到達距離は無限であるが、相互作用が重力よりもはるかに強いため電磁気力が実際に作用する距離は重力よりもずっと小さい。
光子の質量はゼロということになっているが、実は光子の質量が厳密に測られたことはない。周波数の高い(エネルギーの高い)光子ほどごくわずかに遅くなったり早くなったりする可能性はわずかだがある。今後のガンマ線バーストの観測により判明するかもしれない。
重力子:重力
この重力だけが標準模型の範囲外である。重力子は100年以上前にアインシュタインがその存在を予言し、2016年にようやく存在が確認された空間そのものの波、重力波が量子化したものである。他のゲージ粒子のスピンが1なのに対し、重力子のスピンは2である。重力はその相互作用が極めて弱いため、ブラックホール以外のすべての物質を容易にすり抜けることができる。光の速度とされる299792458m/sは本来この重力波の速度(=すべての事象の最高速度)であり、光速は「重力波にかぎりなく近い速度」である。
質量をもたらすヒッグス粒子
ヒッグス粒子はニュートリノ以外のフェルミオンとウィークボソンに働きかけることで質量を与えている素粒子である。質量は125〜6GeV(質量をもたらすヒッグス粒子にも質量があるわけだが、その質量はヒッグス機構によるものではない)。スピンは0である。普段は粒子としての実体を持たず、真空期待値という一定の値を持ったヒッグス場という形で海のように宇宙のすべてを満たしている。粒子はこのヒッグス場を掻き分けて進もうとすることで抵抗を受け、光速以下でしか動けなくなる。これが慣性質量であり、これをもたらす作用がヒッグス機構である。ヒッグス粒子はヒッグス場にエネルギーを与えて現実世界へと叩きだした存在である。
自発的対称性の破れ 〜物は何故質量を持つのか
実はヒッグス粒子は物質の質量のごく一部しか説明しない。物質の質量の大半は陽子と中性子といったバリオンによるものだが、これに質量を与えているのが南部陽一郎の提唱した「自発的対称性の破れ」である。
1957年に発見されたカイラル対称性の破れはこれまでの理論物理学を根底から覆す大事件であった。これまで粒子の自転と思われていたスピンが右巻きと左巻きの独立した物理量であると判明し、ゲージ対称性との間に齟齬が発生したからである。従来フェルミオンの質量はゲージ理論によりフェルミオンが発生したゲージ粒子を自分自身で受け取ることで発生すると考えられてきた。ところがカイラル対称性の破れを認めてしまう今度はゲージ対称性との間に矛盾が生じてしまい、結果クォークの質量はゼロでなければならなくなってしまうのだ。
多くの物理学者がこの問題に頭を抱えていたが、1960年代に南部陽一郎は「自発的対称性の破れ」を提唱してこの問題を解決した。
南部は超伝導を説明する「BCS理論」にこの問題のヒントがあると考えた。BCS理論では、同じ電荷同士で反発するはずのフェルミオンである電子が超低温条件で結びついて「クーパー対」というボソンになることで超伝導が発生するとしていた。そして光子が超伝導体内部に入ると質量を持ったボソンであるクーパー対を次々と破壊することで光子はあたかも質量を持ったかのように振る舞い、やがてエネルギーを失った光子はクーパー対に捕獲され停止してしまう(故に超伝導体内部には磁場も入り込めない=完全反磁性)ことが知られていた。
南部はビッグバン直後にクォークでも似たことが起きたと考えた。ビッグバン直後の超高温状態の宇宙では、空間からクォークと、逆向きのスピンを持った反クォークが発生し、直後に互いに衝突して対消滅するということを繰り返していた。ところが宇宙がある温度以下になるとそれまで成立していたパリティ対称性が不安定になり、クォークは双子の兄弟である逆向きのスピンを持つ反クォークではなく、同じ向きのスピンの反クォークと結びつくようになってしまった。結びついた二つのクォークは対消滅することができずにボソンとなって空間の中に無数につめ込まれ、ハドロンを構成したごく一部を除いてマクロの世界から見えなくなってしまった。
こうして宇宙は無数の見えないクォーク対で埋め尽くされたが、この中をハドロンが通過するとその持つ強い相互作用によって一時的に元のクォークと反クォークに引き剥がされる。これによりハドロンは元のクォークとは別に質量を獲得するようになった。
これにより素粒子の質量は従来の「元から存在していた」性質ではない「後になって外から与えられた」性質であるという方向へと大変革が起こる。そしてそれは後のヒッグス機構の予言へとつながっていくのだった。
標準模型の限界
先述したとおり、標準模型は重力に関しては説明することが出来ず、ヒッグス機構もニュートリノやヒッグス粒子自身の質量を説明することが出来ない。それどころか素粒子の質量に違いがある理由も説明できない。また電磁気力と弱い相互作用を統一することができたが、電弱相互作用と強い相互作用を統一するには至っていない。その点まだ不完全な理論である。
電弱相互作用と強い相互作用を統一する試みが大統一理論である。まだ未完成の理論であるが、この理論が予測する現象に「陽子崩壊」がある。一見安定な粒子である陽子も極めて長期的に見れば中の3つのクォークがもつれてバラバラになってしまう可能性があるという。ニュートリノ検出で有名な日本の実験装置カミオカンデの本来の役目はこの陽子崩壊を検出することであった。だが陽子崩壊は検出することは出来ず、ニュートリノの方で有名になってしまった。後継機のスーパーカミオカンデでも検出することは出来なかったので大統一理論の前提は少々狂ってしまった。
そこで大統一理論を補完する新たな概念が登場した「超対称性」である。これは「ボソンとフェルミオンはビッグバン直後においては両者の区別ができなかった」という概念である。これによりすべての素粒子にはスピンが1/2だけずれた(ボソンにはフェルミオンの、フェルミオンにはボソンの)「影の相棒」超対称性粒子がいるということになった。今の宇宙を探しても超対称性粒子が見つからないのは「超対称性が破れた」ことで、粒子よりも超対称性粒子のほうがはるかに重くなってしまってすぐに崩壊してしまったことにしよう(ただし軽い超対称性粒子は現在まで生き残っている可能性はある。その中でも電荷を持たない超対称性粒子はいわゆる「暗黒物質」の有力候補である)。
現在、国際宇宙ステーションに積まれた観測装置が超対称性粒子が崩壊した際に発生したと思われる素粒子を検出している。またCERNの巨大加速器LHCは超対称性粒子を実際に創りだそうとしているが未だに見つかっていない(最も軽い超対称性粒子はヒッグス粒子よりも軽いとされているのだが)。
さて、大統一理論よりも更に先、重力をも含めた「万物の理論(Theory of Everything)」となると、これはもはや神の領域である。この分野で最も有名なのはすべての素粒子は振動するひもからなっているという「超弦理論」であるが、これは「万物の理論」候補の中の最有力でしか無く、ほかにも「ループ量子重力理論」などの複数の「万物の理論」候補が存在することを覚えてほしい。ただ、これらの理論を実験で証明することは今の人類の技術ではまず不可能である。
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