警察小説とは、警察官や警察組織を題材にした、主にミステリーやハードボイルドに属する小説のこと。
概要
ミステリーの黎明期において、警察官はシャーロック・ホームズのような民間人の名探偵の引き立て役という役回りが多かった。日本においてもそれは同じで、警察官の名探偵が登場するのは主に戦後になってからである。その代表格は鮎川哲也の鬼貫警部&丹那刑事のコンビだろう。
1958年、松本清張が『点と線』で社会派ミステリーの大ブームを巻き起こす。これにより、天才的な素人探偵ではなく、普通の刑事が地道に事件を捜査するタイプの、リアリティを重視した推理小説が中心になっていく。この時代における現代の警察小説に近い作例としては、藤原審爾『新宿警察』シリーズが代表格。またこの時期、エド・マクベインの『87分署シリーズ』が邦訳され人気を博す。
70年代から80年代には西村京太郎の十津川警部シリーズの大ヒットでトラベルミステリーのブームが起こる。またテレビでは刑事ドラマがお茶の間で高い人気を呼んでいた。しかし刑事ドラマの隆盛に対し、推理小説としての警察ものはあくまで「推理小説」という大きなくくりの中に取り込まれ、「警察小説」というジャンルとして認識されることはほとんど無かった。
トラベルミステリー人気と並行して起こった、80年代からの冒険小説・ハードボイルドブームでは、刑事部と公安部の対立を描いた逢坂剛の《百舌》シリーズや、一匹狼のキャリア刑事・鮫島が活躍する大沢在昌の『新宿鮫』シリーズがヒットし、警察組織をよりリアルに描いた作品が増える。90年代以降はそれに加えて、高村薫の合田雄一郎シリーズや、乃南アサの音道貴子シリーズなども登場し、現代の警察小説での定番ネタ(キャリアとノンキャリアの関係とか、警視庁と神奈川県警の不仲とか)はこのあたりで確立された。しかしこの頃も、警察小説はミステリー、ハードボイルドという大きなくくりの中のサブジャンルという位置づけに近かった。
そんな日本の警察小説が「警察小説」というひとつのジャンルとなったのは、1998年の横山秀夫のデビューがきっかけだったと言えるだろう。それまで警察小説のほぼ全てが刑事の捜査活動を描いたものであったのに対し、横山秀夫は管理部門の職員を扱って、警察小説に企業小説のスタイルを導入し、警察組織の特殊性と人間ドラマのぶつかり合いを描いた。これが大ヒットしたことで、「警察小説」がひとつのジャンルとして脚光を浴びる。
00年代半ばには佐々木譲の道警シリーズ、今野敏の『隠蔽捜査』シリーズなどが登場し、ジャンルを牽引。また堂場瞬一などが文庫書き下ろし警察小説というジャンルを開拓する。安定して視聴率のとれる刑事ドラマの増加と合わせて、現在は若者から中高年まで幅広い層に読まれる一大ジャンルとなった。海外を見回しても警察組織ものがこれほど多様化し広範に読まれる傾向は類例がなく、「ガラパゴス的進化を遂げた」とか評されることも。
ともかく、普通の刑事捜査ミステリーから、公安もの、悪徳警官もの、女性刑事もの、科捜研などを舞台にした科学捜査もの、管理部門もの、果ては月村了衛『機龍警察』シリーズのような近未来SFまで、様々な警察小説が日々書かれ続けている。意味を広く取れば、岡っ引きや目明かしが活躍する時代小説の捕物帖も一種の警察小説と言えるだろう[1]。基本的に男性読者の多いジャンルだが、女性刑事ものは男女双方の読者を見込めるためか、特に女性刑事ものには人気シリーズが多い。
大百科に記事のある警察小説
一般的にはあまり「警察小説」というくくりでは語られない作品も、刑事・警察官が主人公のものであれば記載する。
- 隠蔽捜査 (今野敏)
- 加賀恭一郎 (東野圭吾)
- 機龍警察 (月村了衛)
- コップクラフト DRAGNET MIRAGE RELOADED (賀東招二)
- 砂の器 (松本清張)
- 十津川警部シリーズ (西村京太郎)
- 富豪刑事 (筒井康隆)
- 夕暴雨 (今野敏)
大百科に記事のある警察小説作家
警察小説が作品のメインではない作家、警察小説も書いたことがある程度の作家も含む。
- 浅暮三文 (土橋刑事シリーズなど)
- 鮎川哲也 (鬼貫警部シリーズ)
- 大沢在昌 (『新宿鮫』シリーズなど)
- 大山誠一郎 (『赤い博物館』シリーズ)
- 久住四季 (氷膳莉花シリーズ)
- 黒川博行 (大阪府警シリーズなど)
- 今野敏 (『隠蔽捜査』シリーズ、『安積班』シリーズなど)
- 佐々木譲 (道警シリーズ、『制服捜査』、『警官の血』など)
- 高村薫 (合田雄一郎刑事シリーズなど)
- 月村了衛 (『機龍警察』シリーズなど)
- 中山七里 (犬養隼人シリーズなど)
- 西村京太郎 (十津川警部シリーズなど) ※一般にはあまり警察小説とは見なされない
- 似鳥鶏 (『戦力外捜査官』シリーズなど)
- 誉田哲也 (『ジウ』シリーズ、姫川玲子シリーズなど)
- 東野圭吾 (加賀恭一郎シリーズなど) ※こちらもあまり警察小説とは言われないような……
- 松本清張 (『点と線』『砂の器』など)
- 山田正紀 (『おとり捜査官』シリーズなど)
- 横山秀夫 (D県警シリーズ、『臨場』など)
- ピエール・ルメートル (カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズなど)
関連項目
脚注
- *古くから『87分署シリーズ』は日本でも人気があったのに、日本で刑事がチームを組んで捜査する捜査班ものの人気シリーズがなかなか生まれなかったのは、池波正太郎の『鬼平犯科帳』がその需要を満たしてしまっていたから、なんて説もある。
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