このミステリーがすごい!とは、毎年12月に宝島社から出版される、ミステリー小説の年間ランキングをメインとしたムック本である。「このミス」とも。
以前の表紙にはギャグ(ジョーク)が盛り込まれていることが多かったが、2007年版頃からはシンプルなイラストになり、さらに2010年版からは猫のキャラクター「ニャームズ」のイラストとなって、2019年版からはニャームズとともにアイドルなどが表紙を飾るようになっている。
2002年からは新人賞として『このミステリーがすごい!』大賞も設立されているが、ムック自体とは直接の関係はない。
概要
1988年12月に発行された「このミステリーがすごい! ミステリー中毒者が選んだベストテン'88」から始まり、30年以上にわたって出版されている人気ムックである。
年間ミステリーランキング企画は、それに先んじて文藝春秋社の週刊誌「週刊文春」が1977年から毎年行っていたが、そちらの投票者が日本推理作家協会会員だったためか、江戸川乱歩賞などの新人賞作品がほぼ無条件で上位に来るなど権威主義的であるという批判があり[1]、「このミス」はそれに対するカウンターとして、「在野の読書家が本当に面白いミステリーを選んでやる」的なコンセプトで始まった企画である。今ではこのミス自体が権威と化してしまっているが……。
2冊目の「'89」は1990年1月に発行された。3冊目はその1年後の1991年1月に発売されたが「'91」となっており、タイトルが一年飛んでいる。月刊誌の号数日付が1~2か月前倒しになるのと同じで、新しさをアピールするための営業的判断だと思われる。1994年版以後は、タイトルに掲げている年の前年の12月に発行されている。
ミステリー&エンターテイメント(広義のミステリー)を対象にした本のランキングをメインの企画にしている。ほかの企画としては作家へのインタビューや、各作家の刊行予定や構想を伺う『私の隠し玉』など(後述)。
ランキングの対象は、タイトルに掲げている年の2年前の11月から前年の10月に出版された作品である(発売日ではなく奥付基準)。つまり2013年12月に発売された「2014年版」は、2012年11月から2013年10月までの作品を対象としたランキングを掲載している。投票の〆切が対象期間の終わりからすぐの11月上旬なので、投票者も最近読んだ作品の方が印象が新しく有利だろうという理屈でか、毎年9月10月にはミステリー系の話題作・注目作が各社から刊行される。刊行が投票〆切ギリギリすぎて誰も〆切までに読めないという本末転倒な目に遭う作品もある。
2021年版から対象期間が変わり、2021年版は前々年11月~前年9月、2022年版からは前々年10月~前年9月が対象となった。なので「2022年版」は2020年10月から2021年9月までの作品が対象となっている。
書評家や読書に関係したグループ(大学のミステリ研究会など)にランキングが依頼されるが、投票の集計によって決まることと対象作が広義のミステリー(謎解き重視の本格に限らず、冒険小説、ハードボイルド、サスペンス、ノワール、クライムノベルなどを含む。これらの要素を含むホラーやSF、時代小説も入ってくる)であることから最終的なランキングには多種多様な作品が入り、1位だから2位だからと画一的に語れるものではない。例えば、2007年度に1位になった短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』では徹底した非人道的な描写が評価されているものの、ミステリーとしてはごくごく薄味(日本推理作家協会賞を受賞した表題作はミステリーだが、それ以外の収録作はミステリーとは言い難い)になっている。
初期は冒険小説・ハードボイルドが非常に強く、当時「新本格」ムーブメントで盛りあがっていた本格ミステリの評価は低めだった(そのため、「このミス」へのカウンターとして『本格ミステリ・ベスト10』が1997年から始まることになる)。冒険小説・ハードボイルドのブームが90年代半ばぐらいで終わった後も、骨太な社会派ミステリーやサスペンスの大作が上位を占める傾向が10年代初めぐらいまで続いた。しかし2015年・2016年版で米澤穂信が連覇したあたりで投票者層の世代交代が進んだのか潮目が変わり、10年代後半以降はかなり本格ミステリが強いランキングに変わってきている。
過去に1位を獲った作品でも現在は忘れられてしまった作品もあれば、刊行当時は20位にも入れなかったのに現在ではオールタイムベストにランクインする作品もある(西澤保彦『七回死んだ男』とか)。
順位は必ずしも作品の優劣を示すものではない。紹介文や投票者のコメントなどを手がかりに好みの本を探し、読書の幅を広げていくのがこの本の正しい使い方……のはず?
同じ宝島社からは派生ムックとして『このライトノベルがすごい!』、『このマンガがすごい!』、『この文庫がすごい!』などが出版されている。
ランキング以外の企画
過去にランクインした作家がエッセイとともに翌年の刊行予定や進捗などを報告する『私の隠し玉』コーナーは、ランキングと並ぶ主要企画。好きな作家の刊行予定をいち早く知ることができる一方、何年も同じ本の刊行予定を載せ続ける作家や、本が出なくなり年に一度このコーナーにエッセイを寄せるのが生存報告になっている作家もいる。また、翻訳ミステリに関しては主要な出版社が刊行予定を告知するスペースがある。
過去の名物企画として、書評家が匿名で参加する「覆面座談会」がある。普段の書評ではなかなか口に出来ないような歯に衣着せぬ意見が飛び交い(特に有名なのが高村薫の「自分はミステリーを書いてきたのではない」発言批判と、茶木則雄や関口苑生といったアンチ新本格派の書評家によるいわゆる「新本格バッシング」)、ここだけ抜き出した本が作られるなど人気コーナーだったが、作家サイドからの強い批判(自著でこのコーナーを「汚物」とまで評した笠井潔とか)も多く、99年版で一度終了。座談会コーナー自体はリニューアルして継続したが、それ以前とはほぼ別物になり、2012年版で消滅した。その後は思いだしたように復活したりしなかったりしている。
また2008年版からは毎年「このミステリーがすごい!」大賞出身作家の書き下ろし短編が掲載されていたが、これも『『このミステリーがすごい! 』大賞作家書き下ろしBOOK』の方に徐々に移行していき、2016年版を最後に終了している。
歴代1位(国内/海外)
他社の似たような企画
同種のミステリー年間ランキング企画に、概要でも触れた「週刊文春」が行っている「週刊文春ミステリー・ベスト10」、探偵小説研究会が原書房から発行している「本格ミステリ・ベスト10」、また早川書房の「ミステリマガジン」が行っている「ミステリが読みたい!」があり、毎年同時期に発表される。
集計期間は「文春」「本ミス」が旧「このミス」と同じ11月~10月、「ミス読み」が現「このミス」と同じ10月~9月。
概要でも触れた通り、「週刊文春」のランキングはミステリー年間ランキング企画の嚆矢である。当初は日本推理作家協会会員に対するアンケートで、徐々に書評家・書店員などに投票者枠を拡大していった。組織票問題が起こったことで2006年から推理作家協会会員へのアンケートを取りやめたため、近年の結果はだいたいこのミスと似たような形になり、このミスと週刊文春の1位両取りもよくあること。強いていえば書店員票が多い文春の方が、ややミーハーな(既に売れている作品が比較的強い)結果になる。
2008年から始まった「ミステリが読みたい!」は集計期間が1ヶ月異なるため、毎年10月に出た作品は他のランキングと年度が異なる年にランクインする(たとえば2018年版で「このミス」「週刊文春」「本ミス」の三冠を達成した『屍人荘の殺人』は2017年10月刊だったため、「ミス読み」では2019年版の2位になった)。この集計期間の違いで大きく結果に差が出たこともあり、2008年10月末に出た連城三紀彦『造花の蜜』は、「このミス」「週刊文春」では刊行が〆切ギリギリすぎてランクインすらしなかったが、「ミス読み」では翌年の1位を獲得した。
2021年版から「このミス」の集計期間が「ミス読み」と同じになったため、今後は10月刊の作品は「文春」「本ミス」ではその年の年末、「このミス」「ミス読み」では翌年の年末のランキングに集計される形となる。
「本格ミステリ・ベスト10」は対象を広義のミステリーではなく本格ミステリに限っているため、このミスなどとは大きく傾向の異なる結果がよく出る。このミスの上位作品を読んで「これはミステリーじゃねえだろ!」とお思いの方は、こちらのランクイン作品を読むのをオススメしたい。まあこっちはこっちでマニア向けの先鋭的な作品が上位に入ることが多いが。
「このミス」「週刊文春」「本格ベスト10」「ミス読み」の四冠(全て1位)は、国内では米澤穂信『黒牢城』(2021年)と青崎有吾『地雷グリコ』(2024年)が達成している。
「ミス読み」を除いた三冠は、東野圭吾『容疑者Xの献身』(2005年)と今村昌弘『屍人荘の殺人』(2017年)が達成。また「本ミス」を除いた三冠は米澤穂信が2014年に『満願』、2015年に『王とサーカス』、2023年に『可燃物』で三度達成、2020年には辻真先が『たかが殺人じゃないか』で達成している。
海外では、アンソニー・ホロヴィッツが2018年の『カササギ殺人事件』、2019年の『メインテーマは殺人』、2020年の『その裁きは死』で四冠完全制覇を3年連続で達成した。
関連動画
関連項目
脚注
- *実際のところは権威主義というよりは構造的な問題だったと思われる。日本推理作家協会は基本的に小説家が中心の作家団体であり、小説家で年間の新刊ミステリーを網羅的に読んでいる者はほとんどいない(忙しくてそんな暇はないから)。結果、出版社から送られてくるなどして比較的目を通している者が多い新人賞作品が強くなるという構図。
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