STAP細胞(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells:刺激惹起性多能性獲得細胞)とは、幻の細胞である。
概要
2014年に理化学研究所の研究者がNature誌に2本の論文で発表した万能細胞で、ES細胞やiPS細胞よりもメリットが多い細胞として注目されたが、論文の正当性についていくつかの疑問が浮かび上がり、Nature誌・理化学研究所・ハーバード大学医学大学院がそれぞれこの件に関して調査を進めた結果、Nature誌は論文を撤回した。
その後も検証が続き、最終的に理化学研究所はSTAP細胞を再現できなかったことを発表、残されていたSTAP細胞はES細胞由来の可能性が高いと結論し、STAP細胞の存在を否定した。
論文の不正が判明した後も他の研究者によってSTAP細胞の再現が試みられたが、いずれも成功していない。
経過
2014年1月30日、英国の科学誌『Nature』電子版において、理化学研究所(日本)・ハーバード大学(米国)の研究チームが合同で、以下の内容の論文を発表した。
- 化学的、物理的な外的刺激をマウスの体細胞に与えて、初期胚のような未分化の状態へと戻すことが可能である。このようにして作り出した万能細胞を「STAP細胞」と呼ぶ。
- STAP細胞は従来の幹細胞生成で必要な核移植・遺伝子の組み込み・タンパク質の注入といった細胞内部への操作は不要で、体細胞に化学的・物理的な刺激を外から加えるだけという簡単な手法で作ることができる。
- STAP細胞の分化能力は、ES細胞やiPS細胞のそれを上回るもので、胎盤や羊膜への分化も可能である。
報道
以上の内容は生物学の常識を覆す大発見であり、世界中で報道され、当然日本でも大きくとりあげれらた。
特に日本においては、研究内容の革新性に加えて、論文の筆頭著者である小保方晴子研究ユニットリーダーが若干30歳の女性であることも大きくフィーチャーされた。「理系女子」を略したリケジョという言葉が使われ、白衣の代わりに割烹着を着る、研究室の壁紙を替えたり飾り付けたりするなど、小保方氏本人に対する報道も加熱。ノーベル賞を期待する声もあがりはじめた。
疑惑そして結論
しかし早くも2月5日には、海外の研究者たちによる論文検証コミュニティ「PubPeer」が、論文に使われている画像について、データの偽装加工が行われているのではないかという指摘を行う。
その後、国内外の主にネット上の有志たちによってSTAP論文にいくつもの不審な点が存在することが暴かれるようになる。内容が多すぎるので外部サイトを参照のこと。
また、「簡単」とされているにも関わらず他所での追試がまったく成功していないことも疑惑に拍車をかけた。
これらの疑惑に対し、理研や共同研究者は「単純なミス」「追試の成功には時間がかかる」などの弁明を行い、またより詳細な実験手順を公開するなどしていたが、論文捏造疑惑の重大性は大きくなるばかりであった。
3月10日、ついに共同研究者の一人である若山照彦山梨大学教授が、「研究が信用できなくなってきた」「データの再検証が必要」として論文の撤回を提案。同14日には理研が中間発表を行い、4つの点について研究不正の疑いがあることを認め、論文取り下げの方向で動くことを発表した。
3月25日、STAP細胞の存在根拠であった若山氏が山梨大学にて保存していたマウス細胞のサンプルについて、外部の機関で精密に検査した結果、この細胞は主にES細胞に発現する遺伝子の性質を示したため、小保方氏らが主張していたSTAP細胞が発生したものとは違う系統のマウス由来の細胞であったことが判明し、日本分子生物学会理事長である東北大学の大隅典子教授らが従前から主張していたSTAP細胞=ES細胞という図式に該当し、実験存在の否定・論文捏造の可能性がさらに高まった。
4月1日、理研は調査委員会による最終報告書を公開した。論文に使われた画像に加工が施されていた点について「改竄」、別の論文の画像が流用されていた件について「捏造」と判断、研究は不正であったと認め、さらに不正行為は基本的に小保方一人の手によって行われたと発表した。
ところが同日、小保方氏は弁護士を通じてこの発表に真っ向から反論する。研究不正とされた2点については「悪意のない間違い」であり、不服申立てをするとコメント。また、論文の不適切な部分を全て訂正した訂正論文を3月9日にネイチャーに提出しているとのこと。しかしこれは理研の説明とは食い違う部分がある。
論文疑惑が巻き起こって以来、マスコミの前に姿を現さなかった小保方氏は、4月9日になって記者会見を開いた。「STAP細胞はあります」「作成は200回以上成功した」等の主張を行い、時に涙をこぼしながらコメントする姿はテレビ等で大々的に報道され、ネット上でも賛否入り乱れる話題となる。続いて16日には小保方氏の指導を担当していた笹井芳樹も会見を行い、STAP細胞の実在を主張する(ただし論文撤回には同意)。
5月6日、理研の調査委員会はこれらの不服申立てに対し、調査結果は妥当であるとして再調査を却下。研究不正は確定した。同日、関係者に対する処分を検討する懲罰委員会が設置される。
なお、小保方氏については過去の論文にさかのぼって検証が行われ、複数の論文剽窃・捏造疑惑が発覚し、理研や出身校の早稲田大学を巻き込んでのスキャンダルに発展している。
さらに指導を行った笹井芳樹氏も8月に自殺するなど、日本の科学研究の信頼を揺るがす大事件へと発展した。
STAP細胞論文については、ハーバード大学の共同研究者、チャールズ・バカンティが取り下げに反対しており、独自のSTAP細胞作成法を公開するなどしていた。
しかし9月にバカンティ自らが「簡単に作製できるというのは間違いだった」と論文の一部の誤りを認めた。一方で共同研究を行ったハーバード大学のジョージ・デイリー博士からは、実際の再現実験を行っても一度も成功しなかったと明らかにしている。
理研では4月に検証チームを結成してSTAP細胞の再現を試みた。また、小保方氏にも7月から11月にかけて再現実験を別で行わせたが、いずれもSTAP細胞を再現することはできず、検証は打ち切られた。
2014年12月26日、外部識者による調査委員会が最終報告をまとめ、STAP細胞も、そこから作られたものもすべて、「既存の細胞であるES細胞の混入に由来する、あるいはそれで説明ができる」と結論づけた。ES細胞は2005年に別の研究者が作ったもので、なぜそのES細胞が使われたのかは判明していない。[1]
関連動画
関連リンク
Nature Letter & Article (STAP細胞の原著論文、Open accessで読むことができる)
- Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency
Haruko Obokata, Yoshiki Sasai, Hitoshi Niwa, Mitsutaka Kadota, Munazah Andrabi, Nozomu Takata, Mikiko Tokoro, Yukari Terashita, Shigenobu Yonemura, Charles A. Vacanti & Teruhiko Wakayama - Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency
Haruko Obokata, Teruhiko Wakayama, Yoshiki Sasai, Koji Kojima, Martin P. Vacanti, Hitoshi Niwa, Masayuki Yamato & Charles A. Vacanti
- STAP細胞作製に関する実験手技解説の発表について(理化学研究所 2014年3月5日)
- Protocol for generating STAP cells from mature somatic cells (BWH Center for Tissue Engineering & Regenerative Medicine)
- STAP再現実験をより明解にするための1つの提案(Knoepfler Lab Stem Cell Blog)
- 研究論文(STAP細胞)に関する取組み、情報等について(独立行政法人理化学研究所)
- Papers on ‘stress-induced’ stem cells are retracted(nature.com)
- STAP細胞に関する研究論文の取り下げについて(独立行政法人理化学研究所)
関連項目
脚注
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