みんなちがって、みんないい。

1 ななしのよっしん
2008/09/15(月) 18:15:24 ID: 7TwlnRVdsa
大人の事情についてkwsk
2 ななしのよっしん
2008/09/15(月) 22:05:32 ID: hRpM5n63Ak
世の中には、知らない方が良い事も多いですよ。





どうしても知りたければ、
Wikipedia金子みすゞのページを読んで、更に行間にあることも読んで下さい。
3 ななしのよっしん
2008/09/20(土) 16:33:15 ID: cf5iij0PPK
JULA出版局
二次的著作物の著作権って何なの?
4 ななしのよっしん
2008/10/02(木) 10:52:50 ID: 9rJe/yn0tP
たぶん、オリジナルに対しての手書きMADみたいなものじゃないかな。
まず、現代仮名遣いに変更してあること。
生前の発表時にはみすずが作った物を一部変されたりして雑誌に掲載されたりしたので、全に本人の作品と言い難い。
当時、未発表の物もある。

とは、いうものの一次著作権が消滅したんだから、二次著作権いと思うのだが。
5 ななしのよっしん
2008/10/11(土) 12:01:44 ID: hRpM5n63Ak
変されたり、未発表のものは、旧著作権法も根拠にしているのかもしれない。

>第四条 〔同前-死後表著作物〕 著作者の死後発行又は行したる著作物の著作権は発行又は行のときより三十年間継続


6 ななしのよっしん
2008/11/14(金) 01:39:19 ID: dPyyMXlZd+
みんなちがって、みんないい。とは、いわゆる詭弁である。
詳しくは「詭弁のガイドライン」を参照されたし。
7 ななしのよっしん
2008/11/22(土) 12:36:33 ID: fZ0F65FC0w
>>6
その違いに有効利用法があるならば、間違いなくみんないい。
…それを探すのが難しいわけだが、探す価値ぐらいはあるとは思う。
8 ななしのよっしん
2008/11/24(月) 06:34:19 ID: CMYM9r3acH
>>6
理想を捨てれば、近付くこともできなくなる。
何を経験したか知らないが、斜に構えてばかりでは面くもない。
あと、丸投げにするぐらいなら書き込まないでくれよ…。

ま、これは単純に言葉だけを見ての解釈だがね。
の一節として、一つの文章として、いは本質として。幾らでも捉え方はある。それがってもんだと思うんだけどね。
大人になると穿った見方しかできなくなる。子供の頃にどんな気持ちで読んでいたか、思い出せないどころか、想像もつかん。
ちょっと歳のとり方を間違えたかな…。

何にせよ、ここで騒ぐのはやめようや。のんびり、ゆったりと。
9 ななしのよっしん
2008/11/29(土) 22:47:34 ID: 2oNWQyJyUR
仮名遣の変更は著作性がいだろうし、旧法が適用されるんだろうか……。
10 ななしのよっしん
2009/03/07(土) 18:04:07 ID: mqyv85Knwu
確かに色々な人生経験を経て成功者や老人になると結論はここに行き着くことが多いね。伝記やインタビューを見ていると。
だが、その意味を理解するには、同等の人生を経験しないと理なのかもしれない。
11 ななしのよっしん
2009/05/03(日) 19:29:43 ID: Vs6vIXnpHT
小さい頃から個性は大事と教えられ、個性を重視した教育を施され、社会に出た途端協調性の重要性を知らされる今のガキ憐れ
メシが食えるほどの個性以外は社会では価値だよ。より正確に言えば必要とされる個性以外は
趣味にはなり得るから、観的には多少意味があることもあるけどね
12 ななしのよっしん
2009/05/03(日) 19:42:49 ID: PGk+aCcp7p
個性と協調性を対立する概念だと思ってるうちはまだまだ二流
13 ななしのよっしん
2009/05/26(火) 21:51:26 ID: UNUdUi1SvP
今のには「みんなちがって、みんなだめ」としか思えない。
14 ななしのよっしん
2009/06/01(月) 13:57:06 ID: ydxSZTQszW
>>12
11の書き込みにカチンときたのかもしれないけど、
二流って表現じゃなくて論理的に説明しないとゆとりにしか見えないよ?
15 タム
2009/06/10(水) 12:35:11 ID: 0rM0jOtYSk
みんなちがって、みんないい。

って、言ってる本人がああ言う終わり方じゃなぁ~
死んでからもづるにされるあたり・・・

16 ななしのよっしん
2009/06/16(火) 18:08:59 ID: vlPLGLQRmB
まあ、作詞行為自体を厨二とみなす人間もいるくらいだから
良さが分かる人には分かるし、良さが分からん人には一生分からんでしょう
17 ななしのよっしん
2009/06/18(木) 08:27:42 ID: 0+FR4yCRHb
>>12
お前自身の書き込みが個性と協調性は対立する概念だということを雄弁に物語ってるよwww
個性=このがいいものだと個人的に思うこと
協調性=このがいいものだと思う人に共感する
それを二流と言い捨てるだけの三流が何言ってんだかwww
18 ななしのよっしん
2009/06/18(木) 14:17:43 ID: ZBLrohxrD+
違っていること自体はいいことだと思うけど、
違っている個々の要素がいいとは思いにくいなあ・・・

今や個性(自由)という名の「儘」が横行しているだけで、
協調性を持った個性や人格、和を考えたうえでの自由なんて、
日頃からきちんと意識して生きてないと理もいいとこだよ。

否、は別にそういうの気にしないけどさ。
自業自得で苦しんで愚痴って泣いて喚くが多すぎるもんでね…
俗っぽい連中が⑨のひとつ覚えの如く叫ぶ「個性」「自由」には、
つい(笑)をつけたくなってしまうのさ。
まだまだ生きた長さが足りないねえ・・・精進せねば。
19 ななしのよっしん
2009/06/28(日) 21:33:39 ID: n2Y80pU5B3
>>17
んな事言ったら>>12を否定してるお前は四流になるぜ……。
12は一回もお前さんが言ってるような事を否定していし、文にすらしてない。
具体例やどこがどう二流なのかも挙げないで言い逃げ的な事をした12が良いとは言えい。が勝手な妄想して否定してる時点で四流以下だぜ。

何かに対する感じ方に一流も二流も有ったもんじゃないとは思うがな。あえて皮的な意味合いで使わせてもらった。
発言をする時は考えるべきだが、その人の好きなようにインスピレーション働かせればいいよ。ただし先行しすぎた妄想は控えめにな。
駄文サーセン
20 ななしのよっしん
2009/06/30(火) 13:38:26 ID: IIS9Zitdo0
>>個性と協調性
まず、「自由」と「儘」は違うという事を理解する所から始めないといけませんね。
個性と協調性は相反するものではありません。「適材適所」が良い例ではないでしょうか?

>>11
>小さい頃から個性は大事と教えられ、個性を重視した教育を施され、社会に出た途端協調性の重要性を知らされる今のガキ憐れ
「個性を伸ばす」というのは「それぞれの個人が持ちうる長所を引き出し育てる事」であって、「他人からの干渉を受けない・受け付けない」「自分勝手に行動させる事」ではない。
教育現場、庭が個性について勘違いしている為に起こっている悲劇だと思います。


『この世の中に全く同じ人間は存在しない。あなたはあなた以外の何者でもない』
21 ななしのよっしん
2009/08/02(日) 16:37:45 ID: UTSxj/A0ay
「今のガキ憐れ」がもう少しほんわかな表現なら...
22 ななしのよっしん
2009/10/05(月) 21:40:41 ID: WIafWdZNWf
こんなサイトマジなってどうするの
23 ななしのよっしん
2009/11/21(土) 16:25:16 ID: 0zoXaX0lPv
試験でもスポーツでも点数制、ポイント制にしたら順位や勝ち負けが付くのは当たり前。幼い頃、若い頃はそれも自身の可性ややる気を引き出すためには必要だろう。
でもある程度の基準(レベル)まで技術や精が達したら、そういった競争原理とは違う生き方が存在することを知り、他者との(優劣を付けることを的とした)較の虚しさを感じ、そこから逸脱した地をすようになる。
武術、(のような)芸者、職人芸術、研究者等に本当の意味で向いてるのはこういうタイプの人だろうね。
24 ななしのよっしん
2009/11/21(土) 16:34:14 ID: 0zoXaX0lPv
数学者と哲学者、どっちが頭がいいなんて言わないでしょ?
言ってたらセンスがない人だと思われるよ。
ゴッホとセザンヌと、どっちが絵が上手なんて言わないでしょ?
ああ、この人は芸術というものが分かってないんだなと思われますよ。
でも絵画教室なんかに行って上達ではなく下達している人達は、
さんはさんよりうまい」といったことに終始してしまうわけだ。
もちろんどこへ行っても、何をしても、それを活かせるかどうかは本人の心持ちやものの考え方次第だと思うけどね。
25 ななしのよっしん
2009/11/21(土) 16:41:23 ID: 0zoXaX0lPv
ついでに以下サッカー岡田武史監督教育論についての語録

等を強調するあまり、小学校運動会で順位をつけない、とかね。
運動でも勉強でも、には差がある。これは当たり前です。
だから等にすべきは、「機会」 の方なのです。
みんな同じだぞ、と教えておいて入試大人社会では明らかにそうではない。
それが今の教育を、建前だけのキレイ事にしている。 
足が遅い子は、他の面で頑ろうと思うでしょう。
それを、みんな同じだよと言い続けるから、自分だけのや個性を深く探することなしに成長してしまう。
そして、大きくなって傷ついていく。

ヘタでもサッカーが大好きな少年がいる。
でもヘタだから試合には出られない。
彼は、どうしたら自分がチームに貢献できるか、必死に考えます。
つまり、人間の価値を決めるモノサシは決してひとつではなく、多様にあるわけです。
試合に出なくても彼がサッカーとつながる方法は、いっぱいある。
そうして仲間にもまれながら成長していけば、強くしっかりした人間が育つでしょう。
インタビュー教育論を展開して、2001年
26 ななしのよっしん
2009/11/26(木) 11:09:05 ID: R/YfcE/3Uk
「多様性」や「個性」っていい言葉だけし大切だと思うけど、
暗に「色々な人間がいていいからの行為は許される」とか「これはの個性だから好きにさせろ」とか悪い意味での自己肯定をするために使う人間がけっこういるから手放しに同意はされ難くなってしまってるんだろう。
27 ななしのよっしん
2009/12/14(月) 05:19:49 ID: cpuTNJwdy2
中国武術世界には「達人に大人中国語読みだとターレン)はおらず」という格言があってだね・・・
ここでいう「大人」は身体の大きい人、の強い人、といった意味。つまりそういった人はあまり努しなくても(考えなくても)技が相手に通用するのでそれ以上の技の追求をしなくなるが、身体の小さな人(の弱い人)はなんとかして技を効かせようと必死で修練や開発に取り組む、その結果「大人」よりもはるかに高い地に至る、というのが大意。
これは単に努量の違いという意味だけではなく、「大人」が任せに動けば技が効いたように「見える」ため、技が「出来た」と勘違いしてしまうのに対し、そうでない人は自分の技の不全性を否応なく意識させられるため、より精度の高い技法をめることが出来るということ。
実際の闘いの場において総合的な意味での「」が高い方が有利なのはもちろんだが、こと稽古においては身体が大きいことは必ずしもメリットになるとは限らず、小さい方が有利な場合もある。この辺は実際に武術武道(特に関節を極める・相手を崩すといった技を修練する系列のもの)を稽古したことがある人は納得できるんじゃないかな。
身長200cmの人と150cmの人は同じものを見ても見る世界が全く違う。視点が違うのだから当たり前だけど、じゃあ200cmの人は150cmの人よりもより多くの視点から多くのものが見えるから有利か、と言うと、150cmの人は200cmの人が気付かないことに気付くことが出来ることがあるから、一概には言えない。
そう言えば松岡修造の番組でも、「体が小さい事を言い訳にして逃げちゃいけない」、「小さい事は君の武器だ」といった「熱言」があったね。
28 ななしのよっしん
2009/12/14(月) 05:24:12 ID: cpuTNJwdy2
27だが、「達人に大人なし(し)」の表記の方が日本語だと有名かも・・・
細かいことだけど気になったので修正、スマソ
29 ななしのよっしん
2010/01/29(金) 14:11:50 ID: 5cm3H8Ag3i
長文が多すぎてが痛い
30 ななしのよっしん
2010/03/10(水) 03:38:25 ID: 4mZGQ7ij+G
創価統一教会在日も、みんな違ってみんないい