90式戦車(きゅうまるしきせんしゃ)とは、日本陸上自衛隊(JGSDF)の主力戦車である。
概要
冷戦下、ソ連製戦車「T-72」に当時の主力戦車であった「74式戦車」で対抗するにはいささか性能不足であったため、「T-72」を上回る性能を持つ戦車として開発された。
戦車台数に差がある状況の中で、ソ連軍の繰り出すであろうスチームローラー=無停止前進(超越前進)攻撃の先頭にたつT-72をいかに食い止めるか。という命題に陸自が出した答えでもある。
第3世代型戦車としてはほぼ標準的な装備、120mm44口径滑腔砲と複合素材による装甲を備えている。また自動装填装置を備え、乗員3名で運用を可能としているが、乗員がそれまでの4名から3名に減ったことで各搭乗員に対する負担…たとえば、履帯交換作業など人力を要する作業…が増大するという点も指摘されている。
自動装填装置などを導入することで車体のコンパクト化を達成、なおかつ複合装甲により防御力の強化と車重軽減化を達成。すぐれたFCSと自動装填装置により命中率と主砲発射速度で仮想敵であったT-72を優越する・・・これが陸自の出した結論であった。
とはいうものの開発直後はレオパルド2そっくりの形状、従来の74式戦車からは驚くような調達金額(4億→10億!)や50トンという重量や、配備先が北海道の部隊を中心だったこともあり北海道以外使えないという俗説ということもあって評価は驚くほど低かった。俗説についてはFAQも参照してほしい。こういうこともあり当時流行ったフィクション小説では「川底にある石で床に穴があいた」というネタが真剣に受け止められていた…頭の痛い笑える話ではあるが本当である。
評価が変わってきたのもヤキマ演習場で初めてその能力に触れた海外からの逆評価の一面が大きい。実戦経験はないという但し書きがあるものの、アメリカ陸軍兵士向け本による戦車ランキングでは第3位(レオパルド2、M1A2の次)。軍事アナリスト系企業の評価でも再び第3位(M1A2SEP、メルカバの次)。という高い評価を得たことで国内でも90式戦車の再評価が行われた。(自国内の評価が悪かったわりに海外からの評価を得ると一変して手の平をひっくり返すというなんというかありがちな展開ではあるのだが)
以上のように性能は世界各国から見てもトップクラスであると見られているものの、冷戦構造の終結など世界状況の変化のため、北海道に駐屯する師団に優先的に配備され、本州では富士教導団、第1教育隊といった教育・教導を目的とする部隊しか配備が行われていない。そのため数の上でも長らく「74式戦車」のほうが主力であるといえる時期が続いていた。しかし、2020年現在、74式戦車の退役が進んだことで、数の上でも主力であるという状態に至った。
ちなみに、陸上自衛隊は諸外国の戦訓や、より発展した複合素材による装甲技術などを踏まえ、C4Iシステムなどを搭載した新型戦車「10式戦車」を開発、2010年(平成22年度)より調達を開始している。
兵装・機能
主砲
主砲は西側ご用達のラインメタルL44 120mm滑腔砲を砲弾ともどもライセンス生産したものを使用している。
ちなみに開発初期にて国産120mm砲の試作が行われたが、ラインメタル製と比して精度で勝ったものの費用対効果に難があったためこちらは採用されなかった。ただし、自前で主砲を生産できると言う事実はライセンス料の価格交渉にて有利になる材料であったし、国産砲の開発は継続されて結果として10式戦車ではより強力な砲のほぼ完全な国産化が達成されているのでこのときの努力は無駄ではなかった。
また、前述の通り自動装填装置を採用。砲塔後部に国産のベルト型弾倉が存在する。また、車体内にも予備弾がある。
砲弾はAPFSDS弾JM33、HEAT-MP弾JM12A1(共にラインメタル社が開発した砲弾をライセンス生産したもの)、00式演習弾(国内開発)を使用する。[1]
問題点を挙げるなら、JM33はAPFSDSとしては旧式で、貫通力が74式の新型砲弾である93式APFSDSと2,000m内ではほぼ同等。これではT-90はおろかT-72の現行モデルにも火力不足であることは否めない。(だからこそ10式開発の際には火力の強化も重視された)
FCS(射撃統制装置)
砲塔上部には車長潜望鏡と砲手潜望鏡が設けられており、車長潜望鏡は砲塔とは独立して旋回・俯仰し、砲手潜望鏡(砲塔に固定)とは別の場所や目標を捜索・照準できる。砲手潜望鏡には昼間光学系のほかにパッシブ型赤外線センサやレーザー測遠機などが組み込まれている。
潜望鏡からの情報に加えて、砲塔後部にある横風・外気温を取得するセンサ、砲身の微小な歪みを検出するレーザーセンサなど数々の情報をFCSが処理する。
90式戦車では車長潜望鏡・砲手潜望鏡にジャイロを組み込むことで安定化させ、この照準線の向いた方向に砲軸線が追随して動くことで、結果的に砲を安定させる仕組みになっている。しかしこの状態でも走行中に照準線を目標に向け続けるのは難しいので、パッシブ型の赤外線センサを使い、目標をロックオンして自動追尾を行うことで走行間射撃を可能にしている。もし自動追尾中に何らかの原因で照準線と砲軸線の間に許容値を超えるずれが生じた場合は、砲手が撃発スイッチを押しても発砲しない。また、自動装填装置は走行中でも装填できるので、1発撃つごとに停止して次弾装填する必要がなく、走行中に連続して射撃が行えるようになっている。[2]
下の動画では、セットした目標に対して常に主砲を向けている様子を確認できる。
アメリカ・ヤキマ演習場では3kmという遠距離行進間射撃を初弾で命中させることに成功。演習最終日にはアメリカ軍関係者が詰め掛けたという。日本では総合火力演習などで公開される急停止直後の車体がまだ大きく揺れている最中にもかかわらず目標に向かって主砲を発射、命中するシーンなどでその能力を垣間見れることがあるだろう。
装甲
車体前面と砲塔前面にはセラミックと鋼板を重ねた複合装甲を使用、それ以外の車体と砲塔の部分には溶接鋼板が使用されている。開発時の実験結果によれば、前部の複合装甲は120ミリAPFSDS、側面の装甲は35ミリAPDSの直撃に耐える。[3]
90式の複合装甲はハニカム状のセラミックを中心としているらしい。形式としては内装式モジュラー装甲、そして拘束型セラミック装甲に当たるとされている。まず内装式モジュラー装甲とは本体にスペースを設けそこにパッケージングされた複合装甲ブロックを入れると言うもの。そして拘束型セラミック装甲とは、圧縮には非常に強いが引っ張りに非常に弱いセラミックを生かすためにセラミック部分に対し他の装甲で強い圧力を加え、何かあったときの引っ張る力を打ち消すと言うもの。
しかしこの複合装甲、なかなかにヤバイ逸話がある。普通のセラミック装甲は突っ込んできたAPFSDSをセラミックの硬さにより弾を貫通させつつ磨耗させて完全な貫通を防ぐと言われているのだが、90式の場合はガッチガチに固めた装甲ユニットで逆に弾をぶっ壊す、と言うものであるらしい。さらにそれに加え、普通のセラミック装甲では着弾時の衝撃でヒビが入ったり割れてしまうと防御力ががた落ちしてしまうところを、90式の場合は着弾時の衝撃と熱でセラミックが再焼結されヒビなどが再び埋まるいうわけのわからないことになっていると言う。
ちなみに、複合装甲であっても旧来の装甲と同じくなんだかんだいって厚さも重要なのだが、90式は世界の戦車と比しても砲塔の装甲ブロックの厚さがトップレベルに分厚い。[4]
開発時に公開されたという映像では、試作車両に対して「90式戦車」の120mm主砲弾を最大効果距離で砲塔と車体に対して、APFSDSとHEAT弾を前面に10発撃ち込んだものの貫通弾無しで走行に支障がない様子が映し出されているという点からも、装甲の防御能力において必要な能力を満たしていると思われる。
これから推測できる防御力は対APFSDSでRHA換算最低600mm以上、対HEATでRHA換算最低1000mm以上であるとされている。この最低数値、硬い硬いと評判のエイブラムスとどっこいである。
比較的軽量であることから防御が不安視される向きのある90式は実はもの凄く防御に割り振った性能なのである。
足回りと重量
最高時速70kmを誇る。74式で採用されていた油圧サスペンション車体前後の転輪のみであとはトーションバーであり、車体の角度変更も前後上下のみで左右は不可能である。
重量は西側第3世代戦車でももっとも軽量な50t。よく海外ではその形状からドイツ製戦車「レオパルド2」のコピーといわれることも多いが、前面投影面積は「レオパルド2」より一回り小さい。
これは、複合素材による複合装甲とコンパクトなエンジンが可能にしたもので、同一世代のアメリカ製戦車「M1A2」の62.1tやイギリス製戦車「チャレンジャー」の62.5tに比べると10t以上も軽量化されており、同じく複合装甲をもつ「レオパルド2」でさえ55tあり、さらにその改良型の「レオパルド2A5」では60tに達している。フランス製戦車「ルクレルク」にしても56tであることを考えると非常に小型・軽量化されたものといえる。追記すると、ロシア製戦車「T-80」で50t、中国製戦車「98式」で52tある。
開発[5]
61式戦車の開発では鉄道輸送を行うため、車幅は3メートルを超えないという条件で設計されていた。しかし、後継の74式戦車の開発においては鉄道輸送を前提としていては十分な性能のものができないとして鉄道輸送を諦め、道路輸送に切り替えることで車幅の制限を撤去した。当時日本国中を高速自動車道で結ぶ計画が進んでいた為、高速自動車網の路面強度や橋梁の強度も、38トンの74式戦車や、それを搭載したトレーラー(約50トン)の通過に耐えられるように配慮された。
90式も当初は74式の重量を大きく超えないことを目標にしていたが、結局重量は50トンとなってしまい、車幅も74式を超えたことにより、路上輸送が非常に難しくなった。実際三菱重工では完成してテストを済ませた90式を一旦車体と砲塔に分離し、北海道に新しく作った組立工場に運び、再度組み立てて部隊に納入している。
俗説について
- 50tという重さから北海道以外では使えない。橋も渡れない
- 50tという重さからよく言われていた話だがまったくもってそういうことはない。国内におけるトレーラーの最大積載量は50tであることを考えてみてほしい。50t+トレーラーの車重を考えると70t近い車両が通っても(一応は)問題がないのだ。まぁ法令上色々と制限があるのと実際そんな積載物が通れるルートは限られているのは確かでもあるのだが。
また後述するように国内で多く運用される40t積載が可能なトレーラーは車重を考えれば50tを軽々と超える。50tの90式戦車が走ったからといってあまり問題は生じないことは明らかである。
…確かにこんな重量物が通れるのは国内主要国道が基本となるが、トレーラーが路地を走れないからといってトレーラーが使えないというのは暴論に過ぎるだろうということも理解していただけないだろうか。
ちなみに2010年4月に公開された政府の資料によると、90式戦車で主要国道に架けられた橋のうち渡れるのは65%であるという。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shin-ampobouei2010/dai5/siryou1.pdf
橋では渡れない場合においても、(例によって数は少ないが)架橋車両で橋を渡せば済むし、戦車は少々の川ならば平気で渡れることを忘れているともいえるだろう。しかるべき準備(排煙装置などを延長するなど)を施せば車体全部が川の中に入っても渡河することは可能なのだ。 - 無論、橋梁や地形、道路の構造などで50tの車両が通行できない場所もあるし、戦車の運用に支障が発生する場所も存在するが、そうであればそれは仮想敵が上陸したとしても戦車が使えない場所となりえる。
90式が通行不可能な場所 は侵攻して来た敵の戦車も通行不可能 なのである(逆に90式が通行可能 なのに侵攻して来た敵の戦車が通行不可能 な場所もありえる。これは計り知れないメリットである)。
以上の点を踏まえると、せいぜい国内運用に一部の制限がある。という程度であるともいえるのでないだろうか。
ちなみに国内でも海外でも戦車はよほどの場合を除き、移動する場合は船やトランスポーターと呼ばれる大型トレーラーで移動するのが相場である(北海道の第7師団が駐屯する東千歳市街地は路面をアスファルトではなくコンクリート舗装にしている道路があり、駐屯地から訓練地まで自走して移動するケースもあるほか、第5旅団が履帯(キャタピラ)にゴムをはめて普通の国道を走ったケースもある)。
自衛隊でも「90式戦車」の移送には特大型運搬車というトレーラーに乗せて移動することになっている。ただしこれまた数が少ないのも事実で移動の制限がある一つの理由となっているのだが。ちなみに法令上、移動する時間も制限されるほか、別の車両による先導など様々な制限もあるとか。
ちなみに「74式戦車」などの移送に使用される最大積載量40tの73式特大型セミトレーラー(民間トレーラーもこのサイズが多い)で「90式戦車」を移送する際は、砲塔と車体を分離すれば移動が可能であり、「90式戦車」はこの分離が容易であるといわれていることも書いておきたい。- 車両一両あたりの価格が非常に高いため配備数が少ない
- 配備当初の価格は11億。ちなみに今は量産効果などもあって平成19年度予算では1両あたり8億程度(Wikipediaより)。これを高いと読むか低いと読むかは海外の戦車1両あたりの調達費用を見てみるといい。
「チャレンジャー2」や「ルクレルク」は10億。「レオパルド2」はドイツ国内で7億、海外輸出向けは10億。「M1A2」はアメリカ国内で7億、サウジアラビア輸出向けで10億以上の足元を見られたようなボッタクリ価格といわれている。さらに「M1A2SEP」については改造にあたって5億以上が必要とされる[6]ほか、一部の軍事評論家が言うように安易に海外の車両を調達したとしても価格上のメリットは生じないし、また前述したサイズと重量の問題があることを忘れてはいけない。
最新の情報では、オーストラリア向けM1A1が中古価格にもかかわらず9億円以上!(オーバーホール費用含む)という情報があることを考えると90式が特別高価なわけではない。 - 配備されてから一度も改良を受けていない
- これも一部正確であり一部不正確である。「90式戦車」が配備されたのは西側第3世代戦車でも後発で、90年代に配備がスタートしている。「90式戦車」「ルクレルク」以前は80年代配備で、その段階で10年近い差が生じていることを忘れてはいけないだろう。事実、単体の性能ならば世界的に見てもいまだ第一線級の性能を有している。また、近年の戦闘の情報化にあわせ、10式戦車ほど高度ではないものの戦車連隊指揮統制システム(T-ReCs)と呼ばれるC4I用のシステムの試験を行ったりしている。
ただ、「90式戦車」が前述したようにサイズが小さいために新たな装備を付け加えるだけのスペースも、すべてを入れ替えるだけの予算も費やしたとしてもそのメリットが少ないと考えることもできるだろう。
アメリカでは「M1A2」の改良型である「M1A2SEP」へと改装するにあたって、元車両に対して5~6億程度の改造費を必要[7]とすることを考えると、「90式戦車」を改良する予算を割くより、配備数で主力的位置にある「74式戦車」の代替である「10式戦車」を開発したほうが(国内戦車開発技術の維持や発展のためにも)良いと防衛省が判断したとも考えられる。またその背後には前述したトランスポーターなどの戦車運用のための周辺車両を更新しなくても良いという利点があるのも理解してほしい。 - 日本で戦車は不要じゃないか。そもそも国内で戦車が必要になる状況というのは…
- よく見受けられる意見だが重要な点が抜けている。
万が一日本に敵対する勢力が占領などを目的とした場合、濃密な海・空の防御を突破してなお、すくなくとも「90式戦車」より同等、あるいはそれ以上の性能を持つ戦車を「90式戦車」と同数、あるいはそれ以上上陸させないと「90式戦車」の餌食になってしまうだろう。
つまり、それだけ相手に対して上陸に要する負担、「90式戦車」を越える戦車開発や対抗装備、実際に戦車を運搬する船舶などの準備、ひいてはそれを日本に上陸させるための海・空の装備の準備を強いているということを忘れないでほしい。これが防衛としての陸上兵力の意義の一つ、抑止力効果でもある。
つまるところ「90式戦車」とは敵に回すと厄介で、味方にいると頼もしく、ただそこにいるだけでも日本に敵対する勢力にとっては疎ましい存在であるともいえるだろう。
関連動画
関連静画
関連コミュニティ
関連項目
脚注
- *「90式戦車のメカニズム」 一戸崇雄 月刊グランドパワー2006年4月号
- *「イラストで読む防衛技術の基礎知識 第21回 90式戦車の走行間射撃」中富逸郎 防衛技術ジャーナル1997.3
- *「月刊丸別冊 陸上自衛隊の戦車」潮書房 2011 p.165
- *90式が最薄部約60cm、最厚部80cm、M1エイブラムスが推定50~70cm、レオパルド2が公式で60cm。ちなみに10式は100cmほどと推定されている。
- *「日本の軍事システム 自衛隊装備の問題点」 江畑謙介 講談社 2001 pp.123-130
- *日本の財務当局が「改良」「改造」 に関わる予算を出し渋り「新規調達」 に甘く「減耗補充」 に激甘な傾向にある(そのうえ「世界で初めて実現した技術」とか「世界水準を超える画期的技術」等といった枕詞に弱い、というかそういう言葉をつけておかないと「今まで調達してきたもので我慢して」と言われる)のに比べ、アメリカの連邦財務当局は「新規生産に」対する予算の執行に渋いわりに、「改良」「改造」で大事に使います!というポーズにほいほい予算を与える傾向にあることも知っておいたほうがいいかもしれない。こと国有財産については「モッタイナイ」 精神はアメリカ人のほうが高いんだネ。不思議!
- *ナショナルジオグラフィックスの番組内の説明を信じるならば「取り替えられる部品はすべて取り替え。生産メーカーのライン維持のために取り替えなくてもいいところも取替え。分解できるところはすべて漏れなく分解。お掃除できるところはすべてお掃除(意訳)」という「そこまでするんだったら新規生産すればいいんじゃね?」という徹底的なオーバーホール伴っている。それでもメリットとして考えられなくも無い利点を上げれば、新規生産よりは早く作業を終えられているような気がしないでもないという点があるかもしれないようなそうでもないような。
どうも技術者や技能者の能力維持が重視されている気がしないでもない。ちなみに生産工場と生産設備は現在でも維持管理されており、少数生産なら部品が整いしだい直ちに、全力生産ならば一ヶ月ほどの準備期間もってM1の生産再開が可能である(現有M1のオーバーホール作業は生産工場の片隅で慎ましやかに行われている)。
やっぱり、新規生産したほうがよくね?
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