アメリカ合衆国連邦最高裁判所単語

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アメリカ合衆国連邦最高裁判所とは、アメリカ合衆国最高裁判所である。

アメリカ法府の頂点として機している。
 

基礎データ

名称

正式名称はSupreme Court of the United States略称SCOTUS(スコータス)。

英語記事ではSupreme Courtと書かれることが多い。
 

判事の人数

首席判事が1人、陪席判事が8人の合計9人から成る。

合計人数が奇数なので、どのような重要判決でも必ず決着する。9人体制が定まったのは1869年である。
 

判事の任期

終身制であり、本人が辞めると言い出さない限り死ぬまで務め続けることができる。

最高裁判事を大統領が解任することは不可能である。

議会が弾劾することは一応可であるが、下院の過半数の賛成と上院の3分の2の賛成が必要で、極めてハードルが高い。弾劾裁判に掛けられた最高裁判事はサミュエル・チェイスexitだけで、しかも無罪判決が言い渡されている。この裁判以降、「犯罪でも犯さない限り、判事を弾劾すべきでない」というのが通例となった。

最高裁判事は強に身分が保障された状態がずっと続く。
 

所在地

首都ワシントンD.C.の、この場所exitに位置している。外見はこんな感じexitで、ギリシャローマ建築物にそっくりである。
 

権能

違憲立法審査権を持つ

立法審権を持ち、法律大統領などが合か違かを審できる。違と判定された法律大統領は、効となる。

世界で最もく違立法審権を確立した裁判所とされる。1803年のマーベリー対マディソン事件exitの判決文が、違立法審権の確立を与えた(この事件は、1789年に制定された裁判所法の一部が違であると判断したものである)。


余談ながら、アメリカ合衆国裁判所は「付随的違」を採用している。これを簡単に説明すると、Aという法律が可決して施行されるようになっても、すぐには違かどうかを審しないというものである。Aという法律かを罰するなどという形で何かの事件に使われたとき、そうなってからやっと裁判所で合か違かを考える。Aという法律が全く使用されなかったら、永遠に扱いされない。較的にのんびりした制度である。

一方で、ドイツ裁判所では「的違を採用している。こちらは、Aという法律が可決して施行されるようになったらすぐに違かどうかを審する。Aという法律が使用される前に、先手を打って審しようというものである。わりと潔症な制度と言える。

日本裁判所は、アメリカと同じく付随的違」を採用している。
 

国論を二分する問題に首を突っ込み、米国の世相を変える

論を二分するような政治的大問題について最終的な判断をして、アメリカ社会の仕組みを決定する、そういう機を果たしている。

人種差別、人工中絶同性婚銃規制、こういった問題は議会で論議しても一向に決着しない。そのため、連邦最高裁に調停してもらおうとする傾向が強い。

日本裁判所は、政治的な争いから一歩身を引き、中立な立場を維持しようとする傾向が強い。「政治的な対立の収拾は、国会でやってください」という態度をとり続ける。

アメリカ裁判所は全く逆で、政治的な争いの最終決着を付けることをためらわないし、中からそういう役割をこなすことを期待されているのである。

なぜそうなるのかというと、やはりアメリカ人が「話し合ってお互いに譲歩して、玉虫色の決着をする」というのが上手ではないから、ということができるだろう。強くするのは上手なのだが、お互いに顔を立てあうのがあまり上手でないのである。
 

最高裁判事の任命の流れ

最高裁判事が退任したり他界したりして、定員にきが発生したら、大統領が後任の最高裁判事の補を名し、書類を上院へ送付する。

上院司法委員会exit聴会を開き、補者に対して質問攻めをして、補者の適性を見定める。

上院法委員会が人事案を承認する。そのあと、上院会議で採決が行われ、正式に承認される。

1975年以降で、大統領名から上院の承認までの期間についての記録は、次の通り。
 

大統領名が上院に届いた日 上院の承認 名から承認までの日数
ジョン・ポール・スティーブンスexit 1975年11月28日 1975年12月17日 19日
サンドラ・デイ・オコナーexit 1981年8月19日 1981年9月21日 33日
アントニン・スカリアexit 1986年6月24日 1986年9月17日 85日
アンソニー・ケネディexit 1987年11月30日 1988年2月3日 65日
デイヴィッド・スーターexit 1990年7月25日 1990年10月2日 69日
クラレンス・トーマスexit 1991年7月8日 1991年10月15日 99日
ルース・ギンズバーグexit 1993年6月22日 1993年8月3日 42日
スティーヴン・ブライヤーexit 1994年5月17日 1994年7月29日 73日
ジョン・ロバーツexit 2005年7月29日 2005年9月29日 62日
サミュエル・アリートexit 2005年11月10日 2006年1月31日 82日
ソニア・ソトマイヨールexit 2009年6月1日 2009年8月6日 66日
エレナ・ケイガンexit 2010年5月10日 2010年8月5日 87日
ニール・ゴーサッチexit 2017年2月1日 2017年4月7日 65日
ブレット・カヴァノーexit 2018年7月10日 2018年10月6日 88日
エイミー・バレットexit 2020年9月29日 2020年10月26日 27日
ケタンジ・ブラウン・ジャクソンexit 2022年2月28日 2022年4月7日 38日



アメリカ合衆国上院このページexitを参考に作成した。そのページは「大統領名を記した書類が上院に届いた日」が記録されている。Wikipediaで書かれている「大統領名した日」とは数日のズレがある場合がある。

※日付計算はこのサイトexitを利用した。

ジョンロバーツは、サンドラ・デイ・オコナー判事の後任として名され、2005年7月29日名の書類が上院へ届いた。ところが2005年9月3日ウィリアムレンキスト判事が他界したので、ブッシュ大統領はいったんジョンロバーツの名を取り下げ、ウィリアムレンキスト判事の後任としてジョンロバーツを再び名し、2005年9月6日に書類が上院へ届いた。ゆえにジョンロバーツは2回名されたことになる。この資料では「2005年7月29日ジョンロバーツの名の書類が上院へ届いた」と扱うことにした。

1975年以降において、名から承認までの日数の最短記録ジョンポールスティーブンスの19日。2番手はエイミーバレットの27日。

1975年以降において、名から承認までの日数の均値は、62.5日である。
 

最高裁判事の任命が政争の一部になる

1970年代までは最高裁判事の任命が政治話題になることが少なく、大統領上院もさほどの時間を掛けずに最高裁判事を任命していた。

1981年に誕生した共和党ロナルド・レーガン政権から、最高裁判事の任命を政治的に利用する流れが始まった。当時の連邦最高裁リベラルの数が多く、判決もリベラル寄りのものが多かった。そこでロナルド・レーガン大統領は「法の保守化」を最高裁判事に保守を送り込み始めた。

レーガン政権から最高裁判事の任命についてかなり時間を掛けるようになった。民主党大統領リベラルの判事を送り込もうとすると共和党上院議員が必死抵抗をするし、共和党大統領保守の判事を名すると上院民主党があらゆる手段を使って妨する。

先述のように、連邦最高裁が与える社会は大きい。そして最高裁判事は身分を保障されていて、いったん就任したら数十年は職務を続けることができる。

大統領の任期は最長でも8年なのに対し、最高裁判事は20年から30年は務め続けることができる。

上院における最高裁判事の承認論議は、大統領選挙に匹敵するような重要度を持つようになった。
 

ボーキング(Borking)

上院における最高裁判事の承認論議が長引いて政争になることをボーキング(Borkingという。

1987年保守ルイス・パウエルexit引退するとき、ロナルド・レーガン大統領ロバート・ボークexit名しようとしたが、当時上院の多数を占めていた民主党が猛反対し、ボーク名は撤回された。

ロバートボークの名がそのまま動詞となり、オックスフォード英語辞典exitにも掲載されるようになった。

的なボーキングが起こったのは2018年7月から10月までで、ブレット・カヴァノー名に反対する民主党が手段を尽くして抵抗デモ隊も議事堂を取り囲む騒ぎになった(記事exit)。
 

コート・パッキング(court-packing)

最高裁判事の定員を増やすことをコート・パッキング(court-packingという。

packとは「詰め込む」という意味で、court-packingは「裁判所に人を詰め込む」という意味になる。

最高裁判事の定員が9名となったのは1869年のことであり、それ以来ずっと9人体制が続いている。しかし、そのことは合衆憲法に明記されているわけではなく、法律に基づいているだけである。ゆえに、ある政党大統領職を確保して上院下院の両方で過半数を得るか、上院下院をそれぞれ3分の2以上確保して大統領の拒否権をさらに否定できるようにすれば、最高裁の定員を9人よりも多い数字に増やすことが可である。

2020年10月26日エイミー・バレット判事exit最高裁判事に就任し、保守6人・リベラル3人となり、リベラル民主党にとっては悪夢のような事態となった。このため、民主党支持者の一部に、コート・パッキングする人が出現するようになった。2020年11月3日大統領選挙上院選挙下院選挙のすべてで勝利すれば、コート・パッキングが可となる。ただし、長年の伝統を否定することに反対する民主党支持者もおり、なおかつ、アメリカ合衆国議会政治には党議拘束がない。ゆえに、民主党2020年11月3日選挙で大勝しても、コート・パッキングが実現するかどうかは不透明である。
 

現在の最高裁判事

 

名前 思想傾向 任命した大統領 生年 2022年4月年齢 性別 Wiki
クラレンス・トーマスexit 保守 ブッシュ 1948年 73歳 wikiexit
サミュエル・アリートexit 保守 ブッシュ(子) 1950年 72 wikiexit
ソニア・ソトマイヨールexit リベラル オバマ 1954年 67歳 wikiexit
ジョン・ロバーツexit 保守 ブッシュ(子) 1955年 67歳 wikiexit
エレナ・ケイガンexit リベラル オバマ 1960年 61歳 wikiexit
ブレット・カヴァノーexit 保守 トランプ 1965年 57歳 wikiexit
ニール・ゴーサッチexit 保守 トランプ 1967年 54歳 wikiexit
ケタンジ・ブラウン・ジャクソンexit リベラル バイデン 1970年 51歳 wikiexit
エイミー・バレットexit 保守 トランプ 1972年 50歳 wikiexit

 
保守が6人、リベラルが3人で、保守が大優勢となっている。

2018年7月31日に退官したアンソニー・ケネディexitはいわゆる中間の判事で、判決のたびに保守寄りになったりリベラル寄りになったりしていた。アンソニーケネディ在任時は保守4・リベラル4・中間1であった。

アンソニーケネディの代わりとして2018年10月6日に就任したのがブレット・カヴァノーで、ここから保守5・リベラル4となり、保守大優勢の時代に突入することになった。

2018年11月6日に行われた中間選挙共和党上院の多数を維持し、少なくともその後2年間は、保守の判事を最高裁に送り込む体制が整った。

2020年11月3日大統領選挙まであと1ヶ半となった9月18日に、リベラルルース・ギンズバーグexit最高裁判事が87歳で他界した。9月26日ドナルド・トランプ大統領エイミーバレットを後任に名し、9月29日に書類が上院に届き、10月22日上院法委員会が人事案を可決し、10月26日上院会議で人事案を承認した。これで保守6・リベラル3となった。
 

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アメリカ合衆国連邦最高裁判所

1 ななしのよっしん
2020/12/22(火) 18:27:28 ID: /RniMc89M1
Qアノンによると中国共産党に買収された模様
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2 ななしのよっしん
2023/07/01(土) 14:26:07 ID: ihG8RYkt64
中絶といい、アファーマティアクションといい、あからさまに共和党への振り戻しがやばい
立て続けに政治的なイシューに介在してるってことは今度民主党系の判事が大多数になった時に、同じように介入されるってことになるんだが
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3 ななしのよっしん
2024/04/15(月) 22:25:04 ID: nnbaQUdIEw
トランプ保守化させた最高裁大統領選挙に大きなを与えてるな
トランプに不利な方向に
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