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メタンフェタミン(Methamphetamine)とは、強い中枢興奮作用をもつ精神刺激薬、覚醒剤である。N-メチルアンフェタミン、フェニルメチルアミノプロパン[1]とも。商品名はヒロポン®(Philopon®)。
概要
有機化合物 | |
メタンフェタミン | |
基本情報 | |
英名 | Meth |
N-Methyl |
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化学式 | C10H15N |
分子量 | 149.24 |
化合物テンプレート |
メタンフェタミンは、中枢神経を興奮させる作用をもつフェネチルアミン誘導体で、覚醒剤の代名詞的な存在である。その強い精神依存(薬物を渇望し衝動的に求めること)および耐性(連用により効力が低下すること)から、濫用や犯罪に繋がりやすく、現在は覚醒剤取締法で「覚醒剤」に指定され、規制されている(覚醒剤取締法第2条)。そのため、限定的な治療や学術研究を除き、製造や使用が認められていない。しかし、依然として覚醒剤取締法違反の検挙数は毎年15,000件を超えており、問題視されている。
大日本製薬(現在は大日本住友製薬)のヒロポン®(Philopon®)という商品名が知られている。名称は「労働を愛する」を意味するギリシャ語のΦιλόπονος(Philoponus、ピロポノス)に由来し、「疲労をポンと取る」に掛けている。2016年現在、「ヒロポン®錠」と「ヒロポン®注射液」が製造されている。適応はナルコレプシー、各種の昏睡の改善など。
俗にシャブ、エス(S)、スピード(Speed)、アイス(Ice)、メス(Meth)などと呼ばれる。The queen of ice(氷の女王)という異称ももつ、白い結晶性の物質である。
気分の爽快感、疲労感の減少、多弁、不眠などの中枢神経興奮作用、および瞳孔散大、心悸亢進、血圧上昇などの交感神経興奮作用がある。また、メタンフェタミンを使用すると、精神依存が形成されるため、薬物を強く渇望するようになる。連用により耐性が形成されると、同等の効力を得ようと使用量を増やしてしまう。慢性的な使用や、高用量の使用によって、幻覚(幻視や幻聴)、被害妄想などを伴う精神病に進展することもある。
歴史
1885年、薬学者の長井長義によって、植物のマオウ(麻黄)からエフェドリンが抽出された。そして1893年、長井長義と医学者の三浦謹之助が、エフェドリンからメタンフェタミンを合成することに成功した。さらに1919年、薬学者の緒方章が、メタンフェタミンの結晶化に成功した。
1941年から、ヒロポン®の名で大日本製薬から販売されると、工廠の作業員、戦闘員などに支給された。当時は、効果について“心気を爽快にし、疲労を防ぎ、睡魔を払う”とされ、依存性のない薬物として認識されていた。やがて一般にも流通し、酒やタバコの安価な代用品として利用された。その後、副作用が明らかにされ、メタンフェタミン製剤の濫用が問題となると、1951年、覚醒剤取締法が制定された。以降、メタンフェタミンなどの輸入、輸出、製造、所持、譲渡、譲受、使用が規制されることとなったが、現在でも密造や密輸入されたものが流通しており、使用者は後を絶たない。警察庁の「薬物・銃器情勢」によると、2015年の覚醒剤事犯の検挙人員は1万人を超えており、これは薬物事犯全体の実に8割を占める。[2]
機序
通常、私たちの神経細胞は、神経細胞同士で情報をやり取りする場合、ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質を介して行っている。ドーパミンは中枢神経系で、ノルアドレナリンは交感神経系で、それぞれ神経細胞の間にある、20nmほどの隙間(シナプス間隙)に放出される。ある神経細胞からシナプス間隙に放出された神経伝達物質は、別の神経細胞がもつ受容体(物質を受け取るタンパク質)に結合、これにより情報が伝達される。また、シナプス間隙に存在する神経伝達物質は、小胞モノアミントランスポーター(神経伝達物質を回収する機構)を通して神経細胞内に再取り込みされ、シナプス小胞(神経伝達物質を入れておく袋のようなもの)に貯蔵される。
メタンフェタミンは、その小胞モノアミントランスポーターを標的としており、神経伝達物質の再取り込みを阻害する(回収されなくなる)。さらに、シナプス小胞内のモノアミン類と置き換わることで、神経伝達物質の放出を促進させる(量を増やす)。これらの作用により、シナプス間隙に神経伝達物質が充溢すると、受容体は必要以上に刺激されてしまう。ドーパミンの曝露によって中枢神経が興奮した結果、気分の爽快感、疲労感の減少、多弁、不眠などが引き起こされる。ノルアドレナリンの曝露によって交感神経が興奮すると、瞳孔散大、心悸亢進、血圧上昇などを示す。
また、メタンフェタミンの濫用は脳のドーパミン受容体を減少させるため、ドーパミン神経系の機能が低下する。ドーパミン神経系は脳の機能を活発化させ、快感を生み出し、意欲的な活動を実現する重要な役割を担っている。したがって、メタンフェタミンの濫用はこれらの機能の低下に繋がる。
関連物質
- アンフェタミン
- メタンフェタミンのN-メチル基が水素に置き換わった構造をもつ精神刺激薬。メタンフェタミンと同様に、中枢神経を興奮させる作用を有し、覚醒剤取締法において「覚醒剤」に指定され、規制されている。ただし、メタンフェタミンのほうがN-メチル化によって脂溶性が高まっているため、血液脳関門(血液と脳組織液との間の障壁で、有害物質から脳神経細胞を守る機構)を通過しやすく、中枢興奮作用がより強く現れる。
- エフェドリン
- 生薬のマオウ(麻黄)の主成分で、気管支拡張薬、鎮咳薬として利用されるアルカロイド。交感神経興奮作用を有する。エフェドリンからメタンフェタミンを違法に合成することは可能であるので、10%を超えて含有するものは「覚醒剤原料」として覚醒剤取締法の対象となっている。また、エフェドリンを含む医薬品の販売も、一人1箱までと制限されている。世界アンチ・ドーピング規程において禁止されている物質の一つでもある。
- 3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)
- メタンフェタミンと似た構造をもつ幻覚剤で、エクスタシー(Ecstasy)、モリー(Molly)、E、X、バツ、ペケなどと呼ばれる。向精神薬に関する条約において「向精神薬」に指定されており、日本では麻薬及び向精神薬取締法で「麻薬」に指定され、規制されている。セロトニン神経系に作用し、多幸感や他者への共感(親近感)を生み出す。さらに、脳神経を破壊して記憶障害や幻覚などを引き起こす。
関連動画
この「東方で学ぶ覚せい剤講座【ヒロポン】」では、自衛隊法第116条において「自衛隊の部隊や補給処での覚醒剤の譲渡や所持が認められている」と紹介されているが、誤りである。実際には、自衛隊法第115条の3において「自衛隊の部隊や補給処では医薬品としての覚醒剤原料(≠覚醒剤)の譲渡や所持が認められている」[3]。覚醒剤および覚醒剤原料の定義については覚醒剤取締法の記事を参照。
関連静画
関連リンク
関連項目
- 有機化学
- 医学 / 薬学
- 医薬品
- 大日本住友製薬
- 覚醒剤
- 覚醒剤取締法
- はだしのゲン - 登場人物のムスビがメタンフェタミンにより薬物依存症となる。
- 印南善一 - 漫画『哲也-雀聖と呼ばれた男』の登場人物。メタンフェタミンを常用している。
- 坂口安吾 - 著作『反スタイルの記』などにメタンフェタミン濫用の体験を綴っている。
- ドーパミン
- ノルアドレナリン
- アンフェタミン - 精神刺激薬、覚醒剤。
- メチレンジオキシメタンフェタミン - 催幻覚薬。
- ニコチン - 精神刺激薬。メタンフェタミン同様に精神依存と耐性を形成する。
- コカイン - 精神刺激薬、局所麻酔薬。メタンフェタミンと類似した機序の中枢興奮作用を有する。
- カフェイン - 精神刺激薬。
- リタリン - 精神刺激薬。主成分はメチルフェニデート。
- 化合物の一覧
- 医学記事一覧
脚注
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