円城塔。全ての可能な文字列にそれは含まれる。
円城塔(以下、円城さん)が生起したのは、2007年に数学者アルフレッド・レフラーがレフラー球の定理を目撃する記念すべき日から実に35年も前のことである。
キャサリンAの報告に依れば、円城さんが生成する文字系列は文脈自由文法の一種[1]に含まれ、これは現在の時間束では一般に「小説」と呼ばれている。しかしながらこれらはトメさん[2]が提唱する自己消失オートマトンの一種「プロトタイプⅠ」であると考えられ、仮に解釈が可能であったとしてもその内容を保持することは巨大知性体でも無い限り困難だろう。生成される文章が「日本文字[3]」という未知の言語であることも困難に拍車を掛ける要因となっている。少なくとも、滅多矢鱈とお目にかかれる文章でないことは間違いない。
円城さんは可読性の他に特殊な性質を備えると広く知られる。
例えばあたなが、紙面でも木簡でも石盤でもPCのモニターでも構わない、円城さんから出力された文字列を目にしたとしよう。文字列はあなたの眼球と自身の間に円城さんを生成する。読まれることで生み出され、ぷかりと宙に浮かぶ円城さんは、眼を介してあなたにハックし、あなたの脳をジャックする。このとき脳内で特殊な反応が起こり、目眩とも酩酊ともいえぬ妙な心持ちになる[5]と読者の意見が一致する。
反応は個人差が勿論生じ、快不快も当然分かれる[6]。中にはあの読後感を再び味わおうと何遍も繰り返して読む者もいる。読むと睡魔が襲ってくるのであれば、ひとまず横になることを勧めたい。
去る2012年1月17日、夜。
円城さんは自ら生成した小説『道化師の蝶』で第146回芥川龍之介賞[7]を受賞する。
受賞者記者会見の様子はニコニコ生放送でネット中継され、人型の円城さんを目撃したと多数報告を受けている。円城さんを架空の存在や自動書記プログラムの一種と見做す一部の学者は唖然とし、コメント欄は視聴者の祝福の声で埋まり、当の本人は受賞の喜びを粛々と述べていた。
ここで特筆すべきなのは、会見中に円城さんの口から極秘計画・通称「Project Itoh[8]」について語られたことだ。中断されていた「Project Itoh」のうちのひとつが実は水面下で進行していたこと、自身が3年前からそれを推し進めてきたこと、そしてそれ[9]はもう少しで実行に移されようとしていること……。
良い夜を持っていた[10]
1【文脈自由文法の一種】
DFAやε-NFAよりも表現力が高いことで知られている。
「まるきり何にも拘束されていないのならば、ものを書くことなどはできないだろうし、そもそも何かを話す気にもなれないだろう。(中略)わたしの筆跡は、わたし自身が真似しやすいようにできている。書かれるものが駄作となったり、多少は見目よいものになったりするはずはないのだ。書くという行為が真実存在しているのなら」
『これはペンです』(新潮社)円城塔。
2【トメさん】
先日無事に定年を迎えられた大学教授。彼女が合計4タイプの自己消失オートマトンを提唱し、それらが鯰文書<*1>の謎を解明したことは記憶に新しい。
そんな記憶はないと反論する方もいると思うが、それは彼女の研究テーマに沿っているし、その記憶がなかったところで実生活に不都合が生じない<*2>。
<*1>
鯰の像などに刻まれた文章<*1-1>のこと。時が経つとともに消滅する。
<*1-1>
筆者はこの記事を執筆するにあたり、どうも円城塔<*1-1-1>の文体を真似ようと試みているようだ。これは実に無謀<*1-1-2>というより他なく、注者として止めるよう進言する<*1-1-3>。
<*1-1-1>
男性の小説家。1972年北海道札幌市生まれ。処女作は『Self-Reference ENGINE』。
よくわからない話を書く小説家である。でも、何故かよくわからないのに面白い。そこがまた円城塔作品の魅力でもある。作品リストについてはWikipediaやはてなキーワードに詳しい。
元複雑系研究者。奥様はホラー小説家の田辺青蛙。
<*1-1-2>
[名・形動]結果に対する深い考えのないこと。また、そのさま。無茶。無鉄砲。(『大辞泉』より)
<*1-1-3>
と言いながら、そちらも円城さんの文体を真似して注を書いているではないか。わたしは兎も角、そちらは猿真似としか言い様がない。(筆者による注)<*1-1-3-1>。
<*1-1-3-1>
わたしは円城塔文体で記された円城塔の記事に円城塔風の注を付けるメタでセルフでリファレンシャルな使命を遂行しているのであって、猿真似とは全くの心外である。その上、外野ならまだしも内野からケチを付けられる筋はない。即刻撤回せよ<*1-1-3-1-1>。
<*1-1-3-1-1>
さてこそ、ここまでの注やその他のやり取りは円城さんの作品の丸パクリパロディである<*1-1-3-1-1-1>。あなたのマリアナ海溝より深い慈悲とオールトの雲以上の寛容さを以ってして赦して頂ければと、伏して請い願い奉る次第で御座居ます(筆者による注)。
<*1-1-3-1-1-1>
詳しくは『烏有此譚』PP.56-58注25を参照。すいません。
<*2>
例えば、マカロニペンギンは二つの卵を産み、大きいほうだけが孵化するという情報を手に入れたところで人生が劇的に好転する人は少ない。そういった情報にこれは属する。
マカロニペンギンの件は『魔方陣グルグル』(スクウェアエニックス)衛藤ヒロユキを参照。
3【日本文字】
現在までに120億字ほどが見付かっている謎の文字群のこと。漢字、漢漢字、漢漢漢字、平仮名、片仮名、平片仮名、片平仮名……と大まかなカテゴリに分けることは可能だが、これはあくまで暫定的なもので、今後の研究如何によっては抜本的な見直しもありうる。
近年、日本文字は主にひらがな・カタカナ・漢字の三種類の文字からなる「日本語」であるという新説が生まれ、学者たちを震撼させている。とは謂うものの、それぞれの文字種が変わる規則性がそもそも発見されていないため疑問の声も多い。
4【被読】
[名・自他サ変]物事が読まれること、読み出されること<*1>。そして、今わたしがあなたにされていること。
<*1>
造語だ<*1-1>。勿論。
<*1-1>
造語ではあるものの、検索をかけるとちらほらヒットするし、「被書空間」という題の小説には対義語が入っていることだし、ここはひとつ大目に見てもらえないだろうか。
尚、先に挙げた小説は『戦闘妖精・雪風解析マニュアル』及び神林長平『敵は海賊・短篇版』に収録<*1-1-1>。どちらも早川書房から刊行。
<*1-1-1>
こういった情報こそ脚注で済ませる事柄ではないかとの声が聞こえる。その通りです。汗顔の至りです。こうなると脚注の脚注が欲しいが、あったらあったで困ってしまう。
5【妙な心持ちになる】
これを指して「よくわからない」という。
6【快不快も当然分かれる】
よくわからないから面白いと感じる人もいれば、つまらないと感じる人もいる。逆もまた然り。こういったむつかしい事柄はトラルファマドール的観点で捉えれば「そういうものだ」の一言で済む。
7【第146回芥川龍之介賞】
この回は円城塔『道化師の蝶』と田中慎弥『共喰い』(五十音順)が同時受賞。
『共喰い』に比べると『道化師の蝶』は随分と選考に時間が掛かったようで、ここらでその経緯について一席打つのも吝かでない。しかし、そんなことを言ったが最期、権力者(あるいはその取り巻き)の逆鱗に触れ大炎上などという事態は御免被りたい。意気地のないわたしをどうか許して頂きたい。こちらからは「芥川賞」「道化師の蝶」「怒って」「退席」で検索してくれと言うのが精一杯である。
8【Project Itoh】
小説家・伊藤計劃。詳しくは該当記事を参照。
円城塔とは同時期にデビューし、お互いを認め合う仲<*1>。
<*1>
有り体に謂えば「いっそ自分たちで『伊藤計劃×円城塔本』を書きませんか」と自らをネタにして冗談を言い合うくらいの仲。リバーシブルはどうなのか。それは注者の知るところでない。
二人の初めての共同作業について知りたい方は『ディファレンス・エンジン』(ハヤカワ文庫SF)ウィリアム・ギブスン、ブルース・スターリング、黒丸尚訳の解説文<*1-1>を参照されたし。
<*1-1>
『伊藤計劃記録』(早川書房)伊藤計劃、早川書房編集部編にも収録。
9【それ】
題を『屍者の帝国』という。伊藤計劃が遺した30枚の原稿をもとに書き継ぐ長篇小説。発売日2012年8月24日。
プロジェクトは続く。
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