ボツリヌス菌とは、食中毒を引き起こすボツリヌス毒素を作り出すグラム陽性細菌である。
概要
学名:クロストリジウム・ボツリヌム(Clostridium botulinum)。土の中に芽胞の形で広く存在する。菌は毒性によってAからGの七種類に分類され、人間に対して中毒を起こさせるのはA型、B型、E型、F型。このうちA型とB型が土の中に広く存在し、E型は海底や湖底、沼底などに存在する。
偏性嫌気性であり、空気程度の濃度の酸素に触れた瞬間に死滅する。密閉容器や地中深く、粘土の高い流体中などの空気の触れない環境で繁殖する。生育に向かない環境になると芽胞と呼ばれる耐久性に優れた細胞を作り、再び生育できる環境になるまで休眠する。
レトルトパウチや缶詰などの保存食は封入時に空気を抜くことで微生物の活動を抑え鮮度を保つが、逆に嫌気性微生物が増える原因になる。従って空気を抜くだけでは不十分であり、加熱などで食品をきちんと滅菌・不活化して封入する必要がある。
症状
ボツリヌス菌の出すボツリヌス毒素(ボツリヌストキシン)は神経毒の一種である。中毒症状は嘔吐や下痢など一般的な食中毒のものに加えて、神経のマヒという形で現れ、主に手足の麻痺からはじまる。重症となれば呼吸筋まで麻痺が及び、死に至る。その他、視覚障害、聴覚障害、排尿障害、多汗、喉の渇きなどがみられる。その一方で発熱はほとんどなく、意識もしっかりしている。
ボツリヌス毒素は自然界で最も強力な毒素である。その致死量は成人男性にA型毒素を与えた場合を想定すると、わずか1gで100万人分もの致死量に相当する。ちなみに、ふぐ毒であるテトロドトキシンは1gで50人分、なんとふぐ毒の2万倍の毒性。青酸カリは1gで5人分の致死量と言われればその猛毒性がわかるだろうか。
乳児ボツリヌス症
一般的にボツリヌス菌による食中毒は、空気や消化液に触れ死滅しやすいことからボツリヌス菌そのものよりボツリヌス毒素による中毒が原因となる。しかし、消化器官が未発達な乳児に関しては少々事情が違う。
ハチミツや黒糖にもボツリヌス菌は居るが、通常は食べてから消化される段階で無害化される。ボツリヌス菌による食中毒は主に「ボツリヌス菌が出したボツリヌス毒素が十分貯まった食品を口にしたために起きる中毒」である。しかし、乳児に関しては腸内細菌環境が未成熟であることや消化器そのものが未発達であることから、ボツリヌス菌が消化中に無毒化されないまま小腸に届いてしまうことがある。その結果として腸内でボツリヌス菌が繁殖してしまい、結果としてボツリヌス毒素を出して中毒症状を起こすことになる。特にハチミツを一歳未満の乳児に与えることは禁忌である。オーガニック(自然由来)だから、美味しそうに食べるから、と食べさせる人が少なくない。[1]
予防・対策
ボツリヌス菌の芽胞は熱に非常に強く、A型やB型のボツリヌス菌を無毒化するためには100℃で6時間煮込む必要があるなど、殺菌するのが難しい。しかし、ボツリヌス毒素自体は100℃で1~2分程度過熱することで不活性化させることができる。つまり、ボツリヌス菌が繁殖していても毒素を不活性化できるよう、食べる直前に過熱するのが最も効果的といえる。毒素がなければ前述のとおり菌自体を食べても中毒になる恐れはほぼない(乳児除く)。
また、ソーセージやウインナー、ハムなどで外周が紅いものがあるが、あれは亜硝酸ナトリウムによるボツリヌス菌の繁殖抑制効果を狙ったもの。肉の色素であるヘモグロビン等に反応して、過熱することで鮮やかな赤色になることから、広く使われている。タコさんウインナーのあの赤色といえば思い浮かぶだろうか。
繰り返しになるが、前述の通りハチミツを1歳未満の乳児に与えてはならない。
ボツリヌス菌は酸素が殆んど無い状態でよく繁殖する。真空パックした食品でもしパックが膨らんでいたら菌が繁殖しているのでそのまま捨ててしまうこと。
もし中毒を起こしてしまったら、血清の投与が行われる。血清は中毒症状が出始めてから24時間以内が望ましいが、それを超えても効果があるという症例もあった。ただし、乳児ボツリヌス症では致死率が低いことから、一般的には血清投与はなされない。
医療への応用
ボツリヌス菌が作るボツリヌス毒素は非常に強力な毒素だが、医療の現場でも利用されている。神経毒としての側面から、筋弛緩作用を医療に転用したものが多い。医療用にはA型の毒素がボトックスという名称で用いられ、萎縮性の麻痺や痙攣の治療、斜視の治療や、美容手術としてのシワ取りや輪郭補正といった応用まで行われている。しかし、美容目的でボツリヌス毒を多用しすぎて表情筋が動かなくなった例があるなど、危険な薬物であることには変わりない。
兵器としての研究
ボツリヌス菌はその毒性の強さから生物化学兵器としても研究された。しかし、オウム真理教が実験して失敗したように、ボツリヌス菌をエアロゾル化して散布しても一分間に数%ずつ非活性化していくことや、天候に左右されやすいことから生物兵器としての有用性に疑問が呈されることもある。
1975年の「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」(生物兵器禁止条約)以降は製造も生産も輸出入も、貯蔵すらも国際的に制限されたが、湾岸戦争時にイラクが兵器として保有していたことが知られている。また、自然に広く分布しているため容易に芽胞を入手でき、繁殖自体も簡単なことからテロリストに保有されやすい側面もある。
国内での主な食中毒事例
- 1984年、熊本県で生産された辛子蓮根を食べた36名(1都12県に渡る)がA型に感染し、11名が死亡した。辛子蓮根の製造過程で滅菌処置を怠り、なおかつ真空パックで常温保存したために菌が繁殖したことによる中毒。
- 2006年、宮城県で井戸水が原因とみられる0歳児の乳児ボツリヌス症が発生。飲料水による症例としては国内初。水を汲んだ井戸が何らかの原因で汚染されていたとみられている。
- 2017年、東京都で生後6か月の乳児が離乳食として食べさせられたハチミツによって乳児ボツリヌス症を発症し、死亡した。ハチミツの瓶に書かれていた注意書きを見落としたものとされている。
- 2021年、熊本県で家族4人がボツリヌス症を発症。白米か総菜が原因とみられている。
関連動画
関連商品
関連項目
- 食中毒
- 細菌
- グラム陽性
- 嫌気性
- GTO …ボツリヌス菌だと騙ってかたくり粉をばらまくシーンがある。嘘と事実を織り混ぜた解説をしているので注意。
- 破傷風菌…ボツリヌス菌と同じクロストリジウム属の細菌。ボツリヌス菌と同様に猛毒を産生し、致死率が高い。
脚注
- *2000年10月2日のビッグコミックスピリッツ掲載『美味しんぼ』第469話「はじめての卵」の回で、離乳食として乳児に半熟卵やハチミツを与える話が描かれて問題となった。作者の雁屋哲は「20年前に問題のなかったものが今は危ないものになっていることを見逃したのは私の失策でした」と述べているが、1976年に米国で初めて症例が報告され、日本においても1987年には1歳未満の乳児にハチミツを与えることによる乳児ボツリヌス症が厚生省から警告されていた。そもそも急にハチミツが危険になったのではなく、単に乳児ボツリヌス症という症例が発見・報告されていなかっただけである。
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