自虐史観とは、「自国を過度に悪とみなしている歴史観」という意味の造語・レッテル。対義語には「自慰史観」「自由主義史観[1]」などがある。自虐史観は歴史学の用語ではない。
概要
「自虐史観」とは、歴史を専門としない特定の思想を持った論客が、歴史学者らによる学術的歴史研究の成果を「現在の歴史記述は日本の負の歴史を強調することで日本を貶めるものである」と否定する際に用いる造語である。学術的な用語ではないため厳密な基準はなく、何を「自虐史観」と感じるかは論客の勝手であるが、一般には戦後に発展した実証主義的な歴史研究の成果に対して用いられることが多い。
「自虐史観」という概念を用いて戦後の歴史学を批判する論者らからは、しばしば以下のような主張がなされる。
戦後の歴史学を「自虐史観」と批判する論者らによる主張
太平洋戦争が終了すると、戦前の日本を悪とするような歴史観が勃興するようになった。それが自虐史観である。その背景には、天皇を現人神とする戦前の皇国史観があった。当時の政府は歴史学会に圧力をかけ、天皇に対する実証的な研究には規制を加えていた。戦争が終わり皇国史観の圧力が取り除かれると、今度は天皇を一つの政治的な地位と見なす唯物史観が生まれた。唯物史観は『古事記』『日本書紀』を聖書ではなく史料として読み解くなど古代研究を大きく発展させる一方で、戦前の反動で反国家主義的あるいは反天皇主義的な歴史イデオロギーとしての性格を帯び始めた。その中で戦前の日本を過度に悪とみなすものが自虐史観である。そのため自虐史観のことを左翼的歴史観、唯物史観と呼ぶこともあるが、本来的な意味での唯物史観と自虐史観とは全く別のものである。
例えば、自虐史観には以下のようなものがある。
- 戦前の日本は朝鮮半島や中国をはじめアジアの国々を領土的野心から侵略し、たくさんの人々を苦しめた。とりわけ日本が植民地とした朝鮮半島で行われた「強制連行」「創氏改名」「従軍慰安婦」「皇民化教育」などは許しがたい。
- 日本軍は慰安所を設置するために従軍慰安婦にする目的で現地女性を組織的に強制連行した。
- 1937年の南京大虐殺で日本軍により虐殺・放火・殺人・強姦が行われた際、約三十万人もの民間人犠牲者が出た。
- 日本はその行為を英米に咎められ戦争に発展したが、大敗した。侵略者である我が国が原爆を落とされても仕方がない。
このような視点による歴史教育は義務教育の中で恒常的に行われていることもあり、「これでは日本人は自国の歴史と文化、また日本人であることに誇りをもてない」と主張する人もいる。また、海外においては自虐史観は「正しい歴史認識」であり、日本が自虐史観を持つようにと中国、韓国、北朝鮮などアジアの国々や欧米各国からの政治的圧力がないとも言えないのが現状である。
近年では以上のような自虐史観を改めるべく、自由主義史観から近代史を捉えなおした歴史教育を行うための「新しい教科書を作る会」などが発足している。しかしそのような歴史の見直し運動は歴史学者からの反対はもちろん、中国、韓国、北朝鮮、インドネシアなどからも強い反発を受け、深刻な政治問題にまで発展してしまった。
くわえて最近では、歴史認識の見直しや祖先の名誉回復運動の域にも達していない、単なる憂さ晴らしの嫌韓、嫌中ブーム、ヘイトスピーチなども社会問題となっている。
さらに上記のような歴史を否定しようとする過程で、例えば「南京大虐殺はでっちあげだ[2]」とか「慰安婦の強制連行はなかった[3]」といったような急進的な主張が行われることも少なくない。自分が適切でないと考える自虐史観を改めようとするあまりに、このように現在のところ広く認められたものとは言い難い逆方向に適切ではない主張がなされた場合には「歴史修正主義」として非難されることもあるが、何が適切で何が適切でないのかの判断は困難なものであるため、ある主張について「自虐史観である」「歴史修正主義である」とすることは安易なレッテル貼りになってしまう危険もある。
一つの歴史的事象を一義的に正義や悪だと述べるのは不可能である。例えば、一般には侵略行為であったとされる「朝鮮併合」についても、朝鮮半島の社会インフラ等を整備し近代国家としての基礎を作ったという点を重視して肯定的な面が主張される場合もある。太平洋戦争自体の戦争動機についても、外交や経済の失敗により他の選択肢が狭まった状況で選択された戦争であって純粋な野心に基づく侵略というわけではなかったという主張もある。個々人のレベルではさらに多様であり、自虐史観で語られるような残虐な行為を行った日本兵が存在したことも否定できない一方で、太平洋戦争が東南アジアを欧米から解放するための戦いであると信じていた日本兵や、さらには太平洋戦争が終結した後にインドネシア独立戦争に参加して日本軍と敵対した日本兵などもいた。そもそもインドネシアで独立運動が庶民レベルにまで活発化したのは日本軍による過酷な支配に耐えかねてのことであり、このインドネシアの例を引けば、日本の侵略行為がインドネシアの独立運動を後押ししたと見なすことだってできる。
これら正義・悪の両面の要素があった出来事について、戦争に負けて発言力が落ち、日本の「悪」の部分だけが強調された結果が自虐史観であるとも言える。つまり、歴史の基本「歴史は勝者によって書かれる」というわけだ。
関連動画
関連項目
- 陰謀論 / 疑似科学 / 歴史修正主義
- ネット右翼
- レッテル貼り
- 左翼 / GHQ / コミンテルン / 日本教職員組合 ……しばしば「自虐史観の黒幕」などと主張される
- 自虐 / 罪悪感
- 唯物史観 / カール・マルクス …… 本来の意味の唯物史観はこちらを参照
- 歴史
- 戦前
脚注
- *自由主義史観とは教育評論家の藤岡信勝が主張している概念で「国民教育における歴史(history)とは物語(story)であり、史料や先行研究に縛られることなく自由な発想で創造できる」とする主張。政治思想の自由主義とは無関係。
- *1937年の南京で起きたことについては犠牲者数などについて議論があるものの、1937年の日本軍南京入城時に「非戦闘員の殺害や略奪行為等」が行われたことについては日本政府の公式見解として「否定できない」としており、外務省が公表している日中歴史共同研究の資料にも登場している。
- *各地で慰安婦の強制連行が行われたことは日本政府も認めているが、強制連行が軍としての組織的な行動だったのか一部の軍人らによる規律違反だったのかについては議論がある。強制連行は一部の軍人らによる規律違反だった、というのが日本政府の立場である。
- 0
- 0pt