インドネシア単語

インドネシア
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基礎データ
正式名称 インドネシア共和国
Republic of Indonesia
Republik Indonesia
国旗 インドネシア国旗
国歌 大インドネシア
Indonesia Rayaexit_nicovideo
公用語 インドネシア語
首都 ジャカルタ
面積 1,919,440 km2世界第15位)
人口(’14) 252,164,800人(世界第4位)
通貨 ルピア

インドネシアとは、東南アジアに位置するである。

概要

名称

日本語での正式名称はインドネシア共和国。インドネシア語では Republik Indonesia (レプゥブリッ・インドネスィア)。
インドネシアという現在マレーヨーロッパ人による呼称の一つに由来し、Indosギリシア語で「インド」)+ nesos (同じく「」)+ -ia (同じく女性名詞語尾。地名によく見られる)、つまり「インド方面の」くらいの意味。

民族・宗教・言語

7割をマレー系(半数以上がジャワ人)が占める総人口は3億人に近く、その8割前後がイスラム教徒(スンナ派が大勢)であるため、実は世界最大規模のイスラームである。しかし300以上の少数民族に配慮して教は特に定めておらず、イスラームも世俗義路線(イスラーム法による統治を行わない)を貫いているためか、あまりピンとこないかもしれない。
とはいえインドネシアの建五原則(パンチャシラ。憲法前文)では「唯一神への信仰」が定められており、是として無宗教は許されていない多神教であっても宗等で特定の一柱ばかりを重要視するのが普通であるので、ヒンドゥー教仏教はもちろん道教であっても構わない。合わせて1割未満の少数であるが)。キリスト教徒は残り1割前後で、東部各地で優勢である。他にもシャーマニズム・アニミズム的な伝統宗教も各地に残っているが、前記の原則のために建前で多数イスラーム教徒を名乗っている者も多いらしい。

インドネシア語は隣マレー語系に属し、マラッカ峡一帯で交易用共通として用いられてきたマレー語方言である「マレー語」を国語用に整理して標準化したもの。表記システムマレー語と同じで、互いの言葉で意思の疎通が図れるので、マレー語にちょっと訛りの入った方言程度の認識でも良いだろう。

自然

18,000個以上の大小さまざまな嶼およびその一部からなり、に西から順にリアジャワ島、カリマンタ(ボルネオ中部南部、スラウェシ(セレベス)、ヌサ・テンガラ諸(小スンダ列)、マルク(モルッカ)、パプアニューギニア西部で構成されている。観光地として人気バリ島首都ジャカルタのあるジャワ島のすぐ東。

ケッペンの気候区分によると熱帯に属し、様々な植物動物が見られる。例えばヌサ・テンガラ諸のコモドにはトカゲの現生種では世界最大のコモドドラゴンがいる。

また、環太平洋造山帯が通っているために火山地震が多く、近年も相次ぐ大規模な地震とそれによる津波で甚大な被害が出ている他、ジャワ島東部のシドアルジョでは有物質を含む熱泥など大量の地下噴出物による数年越しの大災害が発生している。

経済・産業

石油・天然ガススズなどの資が豊富。OPEC加盟でもある。

農業などではコメ、パーム油、ゴムなどがつくられている。コメの生産高は世界第3位。

昔から上交通の要衝として大いに発展してきた。

日本との関係

主観的な記事 主観的な見解が含まれる可性があります。

現在、インドネシアとの関係は非常に良好で、インドネシアには多数の日本企業が進出しており(トヨタホンダ松下など)、在留邦人も11,000人ほどいる。

しかし第二次世界大戦中に日本がインドネシアに侵攻し占領、その日本統治時代の傷跡は未だに残っている。当時、インドネシアを統治していたオランダのやり方は英などとべて悪く、オランダ向けの商品作物を強制栽培させて現地人の農業を破壊して飢餓を起こさせたり、インドネシア語の使用を禁ずるなど愚民政策が行われ、これらのオランダ植民地統治でインドネシア人は圧政を強いられていた。

太平洋戦争日本軍東南アジアに侵攻を開始すると、インドネシアにまで日本軍が攻めてくることを恐れたインドネシアのオランダ軍はインドネシア人に対しても日本軍と戦うように命するが、インドネシア人たちは日本軍オランダを追い出して助けてくれると期待して、オランダ軍の命には従わなかった。当時インドネシア人の間では「いつかをまとったたちがから舞い降り、悪しきオランダを追い払ってくれるだろう」という救世主伝説が古くからり継がれており、日本軍のパレンバン攻略作戦で落下部隊をから投下して攻め込んだ際、部隊のパラシュートの色がであったため、彼らは古くからの伝説が本当であったと思い込んで大フィーバーが起きた。日本オランダを追い払ってくれると期待したインドネシア人たちは日本軍攻略作戦において日本軍に全面協し、オランダ軍が日本軍的であるロイヤル・ダッチ・シェル社のパレンバン製油所を爆破するように命したが、インドネシア人たちはそれに従わずに爆破させないように製油所を守り、その後に占領した日本軍提供したほどである。

日本軍作戦揮した今村均陸軍中将は、そんな協的なインドネシア人たちに感して軍政部を設置した際にインドネシア統治における振予算を大幅に引き上げて資援助を行い、オランダによって流刑にされていた後のインドネシア大統領スカルノらを即時釈放し独立まで提供している。他にもインドネシア人向けに石油の販売価格をオランダ統治時代の半額に割り引き、撤退したオランダ軍から没収したもインドネシア人のための学校を作るなど、インドネシア振のために尽した。他にもオランダ植民地時代は禁止されていたインドネシア語の使用を許可し、大本営から重要防資とされた白木綿の大量供出を要してきた際にもインドネシア人の窮乏を見かねた今村中将は要を拒否して「インドネシア原住民の振こそがインドネシアに必要不可欠である」と説明している。しかしこういったインドネシアへの恩情統治が次第に大本営の怒りを買うようになり、1942年11月には今村中将はインドネシア占領から僅か8かで最前線のパプアニューギニアラバウルに転勤させられてしまい、それ以降は日本軍による苛な統治が始まる。

まず日本語教育底され、インドネシア語を使うことは禁止しなかったがの場での日本語の使用を強要した。そして日本軍の占領地自活のための食糧としてのの徴発が始まり、このせいで現地でのの価格が急上昇して餓死者が出るまでに食糧事情が悪化した。そして武器弾薬の現地製造や日本に供出するための資開発のために労働奉仕に駆り出され、食糧事情も悪化して医療品も不足してきたのも相まってインドネシア人の労務者たちの間で飢餓や疫病が蔓延して多数の死者が出た。特にジャワ島では労務者の徴用が厳しく、当初は400万人、終戦時には1000万人ものジャワ現地人が労務者として強制労働を強いられ、東南アジアの各占領地に27万人の労務者が送り込まれ、5万人しか生きて帰ってこれなかった。死亡率80えていることになる。特に有名なのがビルマタイを結ぶ泰緬鉄道の建設のためにインドネシア人45000人、オランダ人捕虜2700人が徴用されてビルマに送られ、現地でのタコ部屋労働で最終的に20000人しかインドネシアに生きて帰って来なかった。(もっともインドネシアはまだマシな方で、タイ人は数万人、ミャンマー人は18万人、マレーシア人は8万人、中国朝鮮から徴用した現地人も含めて合計50万人が労務者として徴用され、現地での強制労働で飢餓やマラリアコレラが蔓延して多数の死者が出た。生き残った労務者は泰緬鉄道完成後は別の工事現場に送られたため、東南アジア人の正確な死者は未だ不明であり、生きて帰って来たのは半分以下の24万人だけであった)これらの日本軍による労務者の強制徴用は過酷を極め、東南アジア現在歴史教科書でも何ページにも記録が紹介されており、ロームシャ(労務者)という言葉は未だに負の遺産として残っている。

さらに日本軍の統治はインドネシアの経済も破壊してしまう。インドネシアは18000もの々で形成された群国家で各の交通に船が使われたが、その船までも日本軍は徴用したため同士での食糧や物資の流通が出来なくなってしまった。さらに現地通貨軍票の使用を強制、言うまでもなく軍票東南アジアの現地日本軍によって乱発されて猛インフレが起きて、インドネシアも例外ではなく今村中将の退任後から僅か3年で物価は30倍以上にも跳ね上がって貨幣経済が崩壊してしまった。

こうした日本軍の本土最優先の統治によって、日本々を助けてくれると信じたインドネシア人たちは絶望して日本に恨みを抱くようになり、次第に日本軍に非協的になっていく。

しかし第二次世界大戦後、一部の日本兵が復員を拒否してインドネシア独立戦争支援・協したこともあり、日本軍への評価は戦後は一部において回復した。(実際には現地でインドネシア人を虐待したため戦犯にされることを恐れてインドネシアに協したのが実情ではあるが)特に独立戦争当時のインドネシア大統領だったスカルノ氏は日本の活躍を喜び、日本人少女結婚した。この少女は、のちのデヴィ夫人である。また、スカルノ氏とデヴィ夫人靖国神社を参拝し、「A級戦犯と呼ばれる人々は刑罰を受けたことで全て罪を償った。祖国家族の為に死んだ者を弔うのは当然」と述べている。

2000年味の素の現地法人社長逮捕される事件があった。調味料材料イスラームタブーに触れる豚肉が使用されているという噂を当局が調し、製造過程で用いる触媒(直接商材には入らない)が豚由来だったことが判明した為であった。味の素が全商品を回収し触媒を換えることで事件は収束、社長は釈放された。

近年、ジャカルタ首都圏鉄道(KRLジャボタベック)に日本の鉄道会社でになった車両が増えてきている。これは急増する需要に対して、車両を新造出来る予算がつかない状況において規格面でおおむね同一である日本製の車両白羽の矢が立ったためである。先を切ったのは都営6000形である。新の導入により置き換えをされた際に政府開発援助の一環で償で譲渡された。これ以降、JR103系203系東急8000系8500系東京メトロ5000系6000系7000系東葉高速鉄道1000系が入線して、さながら東京鉄道の見本の状況になっている。さらに東京メトロ東西線を走っていた05系の導入も始まり、その後JR205系の大量譲渡が実施されるなど、日本時代に顔を合わせた車両や本来ならば顔を合わせる事があり得ない車両同士が同じ路線を走ると言うカオスな状況となっている。

また、自動車においても数は非常に少ないがインドネシア製の日本において販売されている。トヨタ・タウンエース/ライトエースは数年前にモデルチェンジを行った際にインドネシアで生産・販売される「ダイハツグランマックスベースとしたうえで日本土に合うように仕様を変更、当地より日本へ輸入する形をとった。カタログなどには原産表記は書いていないが、運転席側ドアに存在するコーションプレートにはインドネシアのダイハツで製造された事を示す「PT.ASTRA DAIHATSU MOTORS」の文字や「Made in indonesia」と書かれた部品がそこかしこに存在する。

このように近年のインドネシアの対日感情は戦時中の日本統治による恨みはおおむね解けて親日的になっている。しかし日本統治時代の負の歴史はインドネシアの高等学校歴史教科書で230ページ中15ページ、約6.6も割かれて日本統治時代の日本軍の圧政が紹介されているように、日本過去にインドネシアに行った虐待傷跡は未だに残っているのが現状である。他にも1991年にインドネシアで『ムルデカ』と題する映画開された。これは日本保守制作した映画で、日本軍がインドネシアを独立させた英雄として描かれており、それを見たインドネシア人から大ブーイングが起きて、当時のインドネシア駐日大使アブドルイルサンは『民感情をした』と非難している。

このように現在のインドネシアの対日関係はあくまで現状に過ぎず、日本侵略が許されたわけではない。そのことを忘れてインドネシアが親日だからと日本統治時代を美化するようなことを言いだせば、途端に歴史修正主義の非難を浴びることにになるので注意しておいた方が良いだろう。

その他

観光地としてはバリ島が有名。バリ島世界一イスラーム教徒人口を抱えるインドネシア(全人口の8割前後がイスラーム教徒)の中ではしくヒンドゥー教(独特な発展を遂げたバリ・ヒンドゥー)が多数で、独自の文化が発達している(そのためテロの標的にもされやすいのであるが)。

インドネシア料理は他の東南アジア料理較すると味付けは(編集者主観であるが)マイルドで食べやすい。

地政学的にはマラッカ峡など航路上の要地が多数通ってる場所にあり、海賊がよく出没している。かつては世界海賊犯罪の4割以上がマラッカ峡で発生していた時期もあったものの、近年は際的な取り締まり体制が強化されて減少傾向にはあるようだ。

また多民族国家の常として、民族自立運動やそれに伴うテロ行為がたびたび発生する。有名なものでは、世俗義路線に異を唱える急進イスラーム組織ジェマア・イスラーミーヤによる数々の自爆テロオランダからのインドネシア独立に端を発する自由アチ運動(組織)を中心としたアチ独立運動2004年スマトラ島沖地震による当地の壊滅的被害を契機に和平成立・独立放棄)など。
メラシアカトリックんどを占め、2002年独立を果たした東ティモール国際法上はポルトガルからの約500年来の独立!)はいまだに経済・政局が不安定であるが、有望な油田もあり将来の成長が期待されている。

インドネシアを悩ませている問題は日本と同じく自然災害であり、日本以上に大地震大津波リスクが高く、その割に耐震対策はお座なりにしていたせいで、M6クラスで数千人単位の犠牲者が出ていたりする。そして歴史上、世界を数多くの危機に陥れた(日本でも飢饉という形で影を及ぼしている)大噴火がインドネシアの嶼群で起きているため、世界科学者がアイスランドとともにインドネシアの火山活動の動向を絶えず見っている。

主な島と都市

ジャワ島

世界最大の人口を持ったで、その人口は1.2億と日本全人口に匹敵する。そして全体の人口密度も1000人近い。西部は山がちであり、最大標高は3,676m。なお、歴史上いろんなに占領された歴史があり、イスラムポルトガルオランダ日本と支配され続けてきた。北西にジャカルタ西部バンドン、東端にスラバヤ、北部にスマラン、中央部にスラカルタマランといった都市があり、その他ジョグジャカルタが有名。

スマトラ島

インドネシア最大ので、これ一つで日本の全土より広い。マレー半島の間には東西交通の船の要衝といわれたマラッカ峡がある。古くはヒンドゥーと仏教により国家ったものの、13世紀末からイスラムが進出した。かつてはそこまで人が住んでいなかったため、インドネシア政府導で、民を約200万人ほど移住させた経歴を持つ。なお、北西端は独立運動で知られたアチェ州があったが、スマトラ島沖地震で壊滅的打撃を受けたために、それを期に和解した。メダン、パレンバン、プカンバル、バンダールランプンという大きな都市がある。将来的にジャワ島とをで結ぶ計画があるらしいが、現大統領はそれを棚上げしてしまったため、開発は頓挫した。なお、ジャワ島の間にあるスンダ峡は数多くの海底火山があり、美しい自然を作り上げた一方で、ときに歴史に名を残すような大噴火を起こしたりもしている。

カリマンタン島(ボルネオ島)

ボルネオともいい、マレーシアブルネイ側はボルネオ、インドネシア側はカリマンタと呼んでいる(つまり、信濃川千曲川のような関係)。世界で3番めに巨大なであり、面積日本国の約2倍近く。東西に両が置かれ、北側はマレーシア(一部ブルネイ)、南側はインドネシアとなっている。熱帯重な動植物の宝庫であるとともに、鉱産資が豊富で、そのため開発と保護に揺れている。ポンティアナック、バンジャルマシン、サマリンダという中心都市があるが、人口100万以上の大都市はない。また、ボルネオ側と較すると自然が厳しいため、コタキバルのような世界的なリゾート地も少ない一方で、油田が多く発見されており、今後の発展が期待されている。

バリ島・ロンボク島

ジャワ島スマトは知らなくても、このは知られているというぐらい、観光地として有名な。元々はバリ・ヒンドゥーの拠点だったが、イスラム移民流入によってテロも多発している。しかし、歴史的な踊りと音楽、史跡や美しいが多くの人を惹きつけ、デンパサルを中心に数多くの観光客が訪れ、特にオーストラリア人と日本人観光が多い。ロンボクはその東側にあるであり、バリが治安悪くなったので、その代わりに開発が進み、一躍観光となった所である。だが、地震が頻発しており、観光客も被害を受けたりしている。

スラウェシ島・ハルマヘラ島

通称「ラージK」と「スモールK」で、その名の通り、アルファベット文字のKにの形状が似ていることから名付けられた。東インドネシアの中心地であり、見たは辺鄙な場所だが、価値の高い香辛料が採れたため何度もこの土地をめぐって戦争が起きている。なお、ハルヘラ火山が多い自然で、ムスリムが多く住む。また、このの最北端にはメナドというリゾート都市があり、日系人が多く住み、日本と信じているなどやたら日本への憧れが強い。

リアウ諸島

シンガポールに近い位置にある嶼群で、シンガポールとの玄関口であるバタムリゾート地として名高いビンタンなどがある。中でもバタム自由貿易地域となっており、電子、機械、造船など数多くの産業が爛熟し、人口も100万人をえている(面積横浜市ぐらい)。なお、余談だがバタムの中心地はナゴといい、名古屋市とは関係ではないらしいが、名の由来は不明。

ニューギニア島

世界で2番めに大きいであり、その広さは日本の2倍以上。東経141度線より東側がオセアニアパプア・ニューギニア、西側がインドネシア領となっている。パプアという言い方やインドネシアではイリアという言い方もある。その過酷な自然とまるで乏しい資から、歴史上価値を持たれなかったであり、単純に植民地義の犠牲者。一方で、あまり侵略もされなかった(できなかった)ために、大自然と動植物の宝庫で原住民が多く暮らしていたりもするが、インドネシア側はジャワ人が多く入植をした。

ティモール島

ロンボクの更に東に位置する、スンダ列に位置するの東側が東ティモールとして独立したことで知られる。小さなだが、檀のとも呼ばれ、その香木をめぐって数多くの国家が支配、占領してきた歴史を持つ。その檀加工が経済を支えているが、インドネシアが納める西ティモールは所得が低いため人口流出が著しい。

フローレス島

ロンボクティモールの間にある小スンダ列。インドネシアではしく、カトリック教徒が多いことで知られる。3つの火山を持つクリムトゥ山やマウメレ、リウンなどのダイビングスポットがあり、観光客にも人気がある。このフローレスの西側にあるのがコモドオオトカゲで有名なコモドである。

スンバワ島

ロンボクフローレスの間に位置する火山。とりわけ、有史史上の大噴火を起こしたタンボラ山が知られ、それまで4000m以上あった標高が現在2800mとなってしまっている。イスラム教徒が多い。競走馬産地として知られ、特に世界でもしい少年競馬が行われているが、色々と倫理的な問題も提起されている。また、沿は波が高く、フローレスとともにサーフポイントが多い。

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インドネシア

244 ななしのよっしん
2020/04/19(日) 02:09:54 ID: scEF4FHP5E
インドネシア国旗
インドネシア国旗
タイトル:インドネシア国旗
Twitterで紹介する

245 ななしのよっしん
2020/04/19(日) 03:48:31 ID: Cmb8aLIxye
親日反日々には興味ないが、流石に高速鉄道の件で
ボーリング調を丸ごと中国に横流しにしたのと
トップ自らインドネシアコロナウイルス拡散したのは日本人
というデマを広めまくった件に関しては
日本政府日本人はもっとブチキレても良いと思うぞ
246 ななしのよっしん
2020/04/19(日) 17:14:08 ID: vLFUZtQbcE
ムン君はメンツの為に死ぬ戦いしかしないからネトウヨとは同レベ・・もとい互の闘いになるんだけど
中国は実益の為にメンツとか然と捨てるから、ネトウヨが挑んでも結局ATMにしかなれん
全くどんな経緯で外交が鍛えられたのやら(ブリカスのせい
247 ななしのよっしん
2020/04/27(月) 23:30:22 ID: greS93fNiy
何気に本格的ですね

大人子供も怖がって外に出ない」幽霊作戦で住民の外出抑制に成功した村(インドネシア
https://sp.mbga.jp/_news_item?sublayout=topic_headline_nikkan&id=5544196&_from=news_topic_hl&gid=15&pid=35exit

外出制限を守らない違反者は、幽霊が出ると評判の廃墟に隔離措置(インドネシアジャワ島
http://karapaia.com/archives/52290236.htmlexit
248 ななしのよっしん
2020/05/09(土) 18:42:22 ID: jrTuTvSDSM
何気に今後の列強補だと思う。
これはASEAN全体なんだけど、ここ10年くらいでアメリカ追い抜いて
中国に次ぐくらいまでには経済成長するんじゃないかと
249 ななしのよっしん
2020/05/28(木) 00:42:30 ID: FRYgR847qr
>>248
土が大きい
・資が豊富
・人口が多い
マラッカ峡が内に存在

これだけ好条件そろって発展しないわけがないんだよな・・・
懸念点と言えば各地の独立運動ジャワ島の一極集中だけど
産業の分散化ならマラッカ峡のあるスマトにある程度分散させる事は可なんだよね
250 ななしのよっしん
2020/05/31(日) 21:10:34 ID: 2T4mLTVDoZ
予想通りの展開だったな?
全額前払い+違約として倍額+中国排除ができるなら受けようか?
251 ななしのよっしん
2020/05/31(日) 21:47:16 ID: l6ZOfkA36q
開業予定年2019年、修正:2024年 日本の円借款により進められていたジャカルタMRT南北線事業を棚上にし、際入札という形で日本中国一騎打ちとなった。
額・工期・費用負担等で日本が盛り返したため、規格を「中速鉄道」に切り替えたと思ったらリニ企業相の訪中を経て中国が受注。

      ふ ざ け る な 。

https://hosyusokuhou.jp/archives/48879414.htmlexit
252 ななしのよっしん
2020/06/01(月) 09:47:48 ID: 21Pyl/0VEk
残念な話ではあるけど、インドネシア中国に取り込まれた反日と思ったほうがいいだろうね。
253 ななしのよっしん
2020/06/03(水) 05:53:50 ID: b7jq85h5cR
いや中国の表面的な条件のおいしさに釣られただけで反日って訳じゃないだろ
東南アジア的軽薄さがモロに出た事例だな

そもそも日本に泣きついている時点で頼られているわけで

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