U-534単語

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U-534とは、第二次世界大戦中にドイツ海軍が建造・運用したIXC/40Uボートである。1942年12月23日工。敗戦直前の1945年5月5日カデカット峡で航空攻撃を受けて沈没

概要

IXC/40とは、1940年に設計された前級IXCの小改良タイプである。

IXCの設計をベースに外径殻を拡大し、同時にバラストタンクも大化させた事で、燃料搭載量が6トン増加、ただでさえ長大な航続距離に更なる磨きが掛かった(IXCの2万370kmから743km増大して2万1113km)。その足の長さはフランスから補給でカナダやケープタウンまで長駆出来るほど。水上速力もIXCから微増しているが、その代償に排水量がやや増加した。

IXC/40160隻が起工、このうち87隻が就役し、残り71隻はXXI型量産優先のため建造中止となる。

増大する敵機の脅威に対抗すべく、ドイツ陸軍機関海軍用に改装した37mm単装機関を装備、更に20mm連装機関2門を後方のウィンターガルテンに搭載し、低飛行する敵機に対して強力な対力を獲得した。戦争後期に就役したIXなので10.5cmを装備していない。右舷推進軸上方には対ソナー用装置のボールドを搭載。これは水素カルシウム化学反応で、大量の泡を作り出し、敵ソナースクリーン上に囮を表示させるというもの。

排水量1144トン、全長76.76m、全幅6.86m、燃料搭載量214トン、連続航行日数84日、安全潜航深度122m、最大速力18.3ノット(水上)/7.3ノット(水中)、急速潜航時35、乗員48名。武装は53.3cm魚雷発射管6門、魚雷22本、SKC/30 37mm単装機関1門、20mm連装機関2門。電測装備として電波探知機、電波探信儀、水中聴音機を装備する。

会いに行けるUボート

1941年4月10日、ホヴァルツヴェルケ=ドイツハンブルク所に発注し、ヤード番号352の仮称が与えられる。1942年2月20日に起工、9月23日に進し、12月23日工した。初代艦長にハーバードノラ中尉が着任し、訓練部隊の第4潜隊群へ編入。バルトで慣熟訓練を行いながらT5音響魚雷テストを実施した。

1943年6月1日、第2潜隊群ザルツヴェーデルに転属。

1944年4月27日キールを出港。翌28日にドイツ占領下ノルウェークリスチャンサンに寄港して燃料補給。4月30日に出港するも、濃霧に阻まれてエーゲルスンに退避。5月1日にエーゲルスンを発ち、ベルゲンへ寄港して機関修理を行い、5月8日に最初の戦闘へと出撃。Uボート大西洋へ抜けるために使うルートであるアイスランドフェロー諸島間の域を通過して北大西洋へ進出した後、グリーンランド南東U-853やU-857とともに気観測任務に就く。北大西洋特有の荒と漏に悩まされながらも任務を遂し、フランス方面に向かう。だが連合軍のノルマンディー上陸により既にフランス方面にも戦火が及んでおり、8月初旬にはブルターニュ半島を南下するアメリカ軍が確認されたため、デーニッツ提督連合軍から遠いラ・パリスボルドーに向かうよう命じた。8月11日、敵機の襲撃を受けたが傷で逃走に成功。安心したのも束の間、8月13日にU-857とU-437ともども2機のハリファックス爆撃機に襲撃される。強対空砲火で反撃して敵機に大損を与え、何とか同日中ボルドーへ入港。

U-534がボルドーに入港した頃、戦況は更に悪化していた。遂にアメリカ軍ブレストロリアンの外部分にまで到達し、デーニッツ提督フランス方面のUボートノルウェーへ脱出するよう命連合軍の上封鎖を突破できる確率を少しでも高めようと、8月14日から24日にかけて造所で急ぎシュノーケルの搭載工事を実施。時間短縮のため固定シュノーケルのみを装備し、シリンダーライナーの一部を交換。試験潜航など望むべくもかった。ちなみにこの時装備したシュノーケルは新品ではなく、自沈処分が決まっているU-178のお下がりであった。8月25日正午ボルドーが占領される寸前に6番Uボートブンカーを出て、U-857とともに15時6分にイルヴェルデ北端に投錨。

8月26日ボルドーを出港し、ノルウェーへの絶望的な逃避行を始める。23時50分、ビスケー湾でシュノーケル潜航を試したが、ぶっつけ本番だった事が祟って排気ガスが艦内に漏れて数人の乗組員が倒れてしまった。10分後、耐え切れなくなって浮上。翌27日午前0時8分、第172飛行隊所属のウェリントン爆撃機に捕捉され、リーライトの照射を受ける。勝負は一だった。ウェリントンから投下された4発の爆弾は後方100mで炸裂、U-534から放たれた対射撃は正確にウェリントン急所を貫いて撃墜する。パイロット6名のうち4名は炎上する機体から脱出、そのうち1名は負傷が原因で死亡した。午前0時10分に再度シュノーケル潜航を行うが、やはり使用に耐えない欠陥品だったため、たびたび浮上を強いられる。8月29日午前0時4分、またシュノーケルが故障したため浮上。バッテリー充電中の午前1時32分にナクスレーダーが両舷より接近する敵機を捕捉したため急速潜航する。結局充電ど出来なかったため、その日は中で停止した。今やビスケー湾は連合軍に制権を握られており、いつ襲撃を受けるか分からない。日中は潜航して過ごし、間のみ浮上する。

9月2日午前2時52分、浮上してみると明るいが出迎えてくれた。久々ゆっくりバッテリー充電を行い、明け前の午前5時45分に潜航した。9月4日午前11時30分と57分、潜航中に爆発音がく。U-534を狙ったものかは不明。9月6日午前2時26分、ようやくビスケー湾の外に出られたと思いきや、午前2時42ンにナクスレーダーが右舷からの反応を探知して潜航退避。午前3時47分に浮上するも、再びナクソスが反応して7分後に潜航退避。バッテリーの残量が少なくなってしまったため1日中で停止した。16時15分、4回の爆発音を探知。9月7日午前1時37分、右舷側から敵機の接近を探知し、急速潜航。午前2時12分に3発の爆雷が投下された。正午に浮上するが、その日は更に11発の爆雷を投下を受けている。

北大西洋に出た後はシュノーケル底的に修理し、何とか使えるレベルにまで改善。イギリスを大きく西へ回して北上していく。イギリス軍はアイスランドフェロー諸島間を厳重に封鎖していたが、シュノーケルのおかげで発見される事く突破。10月24日、61日の航を経てクリスチャンサンに入港。フランスからの脱出に成功した22隻のUボートの1隻となった。翌日クリスチャンサンを出港、10月28日フレンブルクへ回航された後、11月1日に第33潜隊群に転属するとともにフレンブルクを出港し、11月4日にシュテッティンへ回航。造所でシュノーケルの大規模な修理体のオーバーホールを受ける。

ドイツの敗色が濃くなった1945年4月28日、東から押し寄せるソ連軍から退避するべくシュテッティンを脱出。翌29日にキールへ入港する。連合軍との交渉の切り札とするため戦闘Uボートノルウェーへの退避を命じられ、5月1日にU-534もノルウェーに向けて出発。翌日エルシノアに寄港し、5月5日に出港。

最期

1945年5月5日ヒトラー総統自殺後に大統領の座に就いたデーニッツ提督が停戦命を出す。しかしノラウ艦長は停戦に反発。この停戦命が56度線以南で有効になっている事を知り、戦闘継続しようとU-3253、U-3503とともにエルシノアを出港して北上する。

中でイギリス軍のB-24爆撃機2機に発見されて3隻は攻撃を受ける。ちょうどU-534がいるガデカット峡は浅瀬で潜航できず、対で応戦。アンホルト北東でB-24に命中弾を与えて5.6km先に機体が墜落パイロット全員死亡した。だがU-534もしい攻撃を受け、9発の爆雷を回避したが、遂に避け切れす直撃弾を喰らって機関室が浸し、沈没。乗組員52名中49名が脱出に成功して生き残った。このうち5名は魚雷室に閉じ込められていたが、着底したのが浅瀬だった事が幸いして前部魚雷装填ハッチから脱出、深67mからの生還を果たす。ところが17歳線通信士ヨーゼフ・ノイドルファーは浮上後にを損傷して死亡している。

何故ノラウ艦長が降を拒んだのかは明かされておらず、1968年自殺をした事で相は闇に隠された。ただU-534は当時38本しか生産されていない最新のT11音響魚雷を3本保有しており、連合軍の手に渡したくなかったのだと当時の乗組員は回想している。何故U-534がそのような新を持っていたのかは現在でもに包まれている。

戦後

沈没から41年が経過した1986年デンマーク人の沈没ハンターことオーゲ・イェンセンが海底に横たわるU-534の残骸を発見。デンマークメディアナチスが遺した金塊の噂をしきりに流した事で引き揚げる事となり、1993年メディアカーテンリースポンサーとなってU-534は引き揚げられた。しかし艦内には金塊は論、特筆すべき物は何もかった。

もう一度沈める訳にはいかないので1996年イギリスバーケンヘッドに移送。博物館として展示された。2006年2月5日博物館破産閉鎖されたため、2007年6月27日にマージートラベル運輸局がU-534を買い取り、10月に必要な承認を取り付けてウッドサイドフェリー・ターミナルへ移動させる事に。輸送を容易にするのと技術的な問題で2008年2月6日から体をワイヤーカッターで切断。約1ヶかけて5つに輪切りにする。事輸送を終えた後は2つを溶接して4つのブロックに分けた。2009年2月10日より「Uボートストーリー」の名で展示再開。艦内は見学禁止だが中身が見えるよう断面図が向けられている。2021年10月24日、U-534の所有権をリヴァプールのウェスタンアプローチ博物館運営団体に移譲。

かつてのドイツ海軍の栄を後の世に示すU-534は今日も体をって展示されている。

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