新サイバー犯罪条約とは、国連で2024年に採択され、2025年に署名される予定の条約である。英語での名称は「United Nations Convention against Cybercrime」であり、ハノイで署名される見込みのため、ハノイ条約と呼ばれる可能性がある。
経緯
欧州評議会によって発案され、2001年に署名された旧サイバー犯罪条約に代わるものとして、ロシアや新興諸国、そして中国らによって提案された。その提案をもとに、2019年12月に国連で新サイバー犯罪条約が取りまとめられることが賛成79、反対60の採決で決定した。2025年10月にベトナムで署名式が行われ、その後各国が国内手続として批准して締約国となっていき、40ヶ国目の締約国が生じてから90日後に発効する。
日本は元々、この条約を新設すること自体に反対だったが、採決で決まってしまったため、条約について協議するアドホック委員会の副議長国として条約の起草作業に関わった。日本は起草作業の中で、オタク関係の表現の自由に比較的理解があった岸田政権のもと、創作物を取り締まりの対象外とすることを主張した。一方、ロシアや中国、イスラム圏は創作物も取り締まりの対象とするべきと強く主張し、一時は後述の留保規定の削除にも傾いていた情勢だったが、最終的に留保規定を残すことには成功した。
なお、国際慣行のプロトコル上、副議長国であった日本が近い将来この条約に署名し批准することは避けられないと見られている。そのため、「どのような形で批准するか」が焦点となる。
特徴
サイバー犯罪に対策することを目的として締約することとされているが、問題が多い条約とされている。その一つが、通信の秘密が阻害される可能性があることであり、これに関して多くの国のジャーナリスト団体などから反対の声が上がっている。
また表現の自由に関連して、第14条では架空の、いわゆる非実在青少年を含む18歳未満の「性的行為」(sexual activity)や「性的部位」(sexual parts)を描くこと、発信すること、それらが描写されたものを閲覧・所持することを禁じており、非常に曖昧な条文であることから海外から幼く見られがちな日本のアニメ風の絵柄の作品が規制される恐れがあるとして懸念されている。また、文章や音声も規制対象である。閲覧・所持を禁じていることから、必然的に、ネットに流通するデータのみならず、原本や印刷物などデジタルデータ以外の創作物の所持も禁止となる。
山田太郎をはじめとする表現規制に反対の立場の政治家のバックアップを受けた、外務省の交渉担当者による日本の懸命な交渉の結果、留保規定(条約14条3項)というものが同時に付けられている。これは、批准国が特別に求める場合、その国の国内法の範囲内においては非実在青少年の描写は取り締まりの対象から除外することができるという規定であり、発動するかどうかはその国に個別に委ねられている。日本は留保規定を使うかどうかをまだ決めておらず、そのため、日本は条約の国際的な起草作業時には留保規定の条文を盛り込むことを支持する立場であったにもかかわらず、批准時には留保規定を使わないという展開も当然にあり得る。なぜなら、行政の外務部門主体であった起草時と異なり、批准においては議会を通す必要があり、行政と議会の意向は必ずしも一致しないからである。
今後
現在の国内事情においては、コンテンツの市場価値を守ることなどを意図した外務省の行動に見られるように、留保規定を使うことを推進する一派がいる一方で、新サイバー犯罪条約をまたとない表現規制のチャンスと捉え、これを機に日本のハレンチな漫画を規制し、「浄化」したいと考える超党派ママパパ議員連盟のような勢力も多い。実際に、2025年3月4日には同議連から留保規定を使わずに批准することを求める提言がなされている。非常に熾烈な綱引きが行われており、どちらにも転びかねない状況である。とはいえ、今や日本の現職の国会議員の多くが、AFEEのアンケートで、「(何らかの)国による表現規制は必要」と回答しており、また、カップうどんをすする女性のアニメが性的であるなどと、些細なことで炎上する現在の国内世論もあるため、留保規定なしで批准する可能性が高いといえる。
もしこの条約が留保規定なしで批准された場合、委縮効果も含めて日本のアニメ・漫画・ゲーム・同人創作に限らず、小説・報道・教材・ドラマ・落語・古典芸能・歴史書物/文化財・銅像(※すでに香川県で裸婦像の撤去騒動があった)・人形などの幅広い表現文化に深刻な影響があると見られる。少なくとも少年・少女(または、未成年に見えるもの)を描いた作品の描写には広く影響があるとされ、それらの入浴シーンやヌード、下着表現、露出の多い戦闘服などは「児童ポルノ的表現」として判断され、描写・所持・閲覧することを禁じられるおそれがある。
また、『いちご100%』のような「お色気漫画」は存在自体が許されなくなる可能性があるとの指摘もある。無論男性キャラも例外でなく、未成年の少年との恋愛を描く所謂「おねショタ」作品や、未成年に見えるキャラによる「BL作品」も摘発され、画像データや書籍の所持すら禁止される危険性がある。
そればかりか、アニメ等の戦闘シーンでキャラクターが苦しむ表情や、親子・兄妹での入浴シーン、おしくらまんじゅう等体が触れ合う遊びのシーン、子供が「命乞いをしろ」などと屈辱的な罵倒を受けているシーンなども、絵・文章・音声表現いずれにおいても、国連内推進国の基準で性的であると恣意的に判断された場合には違法となる可能性がある(これは最悪の可能性の想定であるが、本条約は新たな国際共通基準を掲げているため、こういう事態にならないとも言いきれない)。
二次創作作品も同様であり、原作に未成年キャラが登場する少年漫画やアニメ・ゲーム作品などの二次創作においても、「未成年に見えるキャラの性的表現」として摘発の対象となる可能性がある。インターネット上に作品をアップロードするだけで対象となるため、創作者の萎縮を招く懸念がある。
本条約の海外における交渉は一段落しているが、この条約の留保規定の発動の是非という問題の国内における駆け引きは2025年以降に本格化する見通しであり、予断を許さない状況が続いている。
本条約を留保規定なしでそのまま批准し、表現行為が処罰対象になる場合、日本国憲法の「表現の自由・内心の自由・検閲の禁止」に重大な抵触を引き起こす。仮に憲法違反を裁判で争うことになっても、最高裁の判断が出るまで数十年以上を要し、その間に文化・産業は再起不能な損失を被る事が予測される。このとき、私たちに課されるのは、ニコニコや駿河屋などの創作物流通コミュニティ/サイトからの退会、マンガ・アニメ・ゲーム・音楽・小説等の原本やデータなどの全廃棄であり、それを行わないと逮捕される可能性がある。
関連リンク
関連項目
- 思想・表現の自由 -思想・言論統制は、エロ・グロ規制から始まる-(ドミノ理論)
- 表現の自由を守る名言集
- ポリティカル・コレクトネス
- 非実在青少年
- 焚書 -本を焼く者は、やがて人も焼く-(ハインリヒ・ハイネ)
- アシュクロフト対表現の自由連合裁判
- 人権擁護法案
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