アンガーマネジメントとは、怒りの感情と上手に付き合うための心理教育、または心理トレーニングである。
1970年代のアメリカで、認知行動療法をベースに開発された心理療法プログラムである。当初は、DV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者や軽犯罪者のための矯正プログラムとして、あるいはベトナム戦争からの帰還兵が抱える精神的な問題に対処するために用いられていた。その後、時代の変遷とともに一般化し、現在ではビジネス、教育、育児、スポーツ、医療・介護など、幅広い分野で活用されている。
日本においては、2011年に一般社団法人日本アンガーマネジメント協会が設立され、本格的な普及が始まった。近年では、2020年(中小企業は2022年)から施行されたパワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)により、企業におけるハラスメント対策が義務化されたことを背景に、その重要性が一層高まっている。厚生労働省も、パワハラ防止措置の一環として「感情をコントロールする手法についての研修」を推奨しており、アンガーマネジメント研修は、その有効な手段として多くの企業で導入されている。日本アンガーマネジメント協会によると、累計受講者数は188万人を超え、導入企業も3,000社以上にのぼる(2024年時点のデータ)。
アンガーマネジメントの最大の目的は、「怒らないこと」や「怒りを完全に抑え込むこと」ではない。怒りは、喜びや悲しみと同様に人間が持つ自然な感情の一つであり、それ自体をなくすことは不可能であり、不健康でさえある。
アンガーマネジメントが目指すのは、「怒る必要のないことには怒らず、怒る必要のあることには上手に怒れるようになること」である。つまり、怒りの感情に振り回されて衝動的な言動に走るのではなく、怒りを客観的に理解し、適切にコントロール・表現するためのスキルを身につけることを目標とする。
アンガーマネジメントを実践する上で、怒りがどのようにして生まれるのか、そのメカニズムを理解することが不可欠である。
心理学、特にアドラー心理学では、感情は「一次感情」と「二次感情」に分けられる。怒りは「二次感情」に分類され、その背後には必ず「一次感情」と呼ばれる、より根本的な感情が隠れている。一次感情には、不安、悲しみ、悔しさ、苦しさ、寂しさ、失望、心配、恥ずかしさといったネガティブな感情が含まれる。
これらの一次感情が心の中のコップに注がれ、許容量を超えて溢れ出したときに、「怒り」という二次感情として表出する。例えば、部下のミスに激怒した場合、その根底には「期待を裏切られた悲しみ」や「計画が台無しになった不安」といった一次感情が存在している可能性がある。怒りの根本原因である一次感情に気づくことが、感情コントロールの第一歩となる。
怒りが生まれるもう一つの重要な要因は、個人が持つ「コアビリーフ」、すなわち「~するべき」「~であるはず」という信念や価値観である。自分の「べき」という基準と、目の前で起きている現実との間にギャップが生じたとき、人は怒りを感じる。
例えば、「時間は守るべきだ」という価値観を持つ人は、待ち合わせに遅れてくる相手に対して怒りを感じやすい。この「べき」は個人の経験や環境によって形成されるため、人それぞれ異なる。アンガーマネジメントでは、自分自身の「べき」を自覚し、それが絶対的なものではないと理解し、許容範囲(境界線)を広げていくことが求められる。
怒りにはいくつかの特徴的な性質があるとされる。
現代のビジネス環境において、アンガーマネジメントは個人だけでなく組織全体にとって重要なスキルと位置づけられている。
アンガーマネジメントには、衝動・思考・行動の3つの段階をコントロールするための具体的なテクニックが存在する。これらは一度学べば終わりではなく、継続的なトレーニングによって身につくスキルである
怒りのピークは最初の6秒間といわれ、この時間をやり過ごすことが衝動的な言動を防ぐ鍵となる。
怒りの原因となる自分の考え方の癖を修正する。
怒りやすい体質そのものを改善していく。
自分の怒りの傾向を知ることも、アンガーマネジメントの有効なアプローチの一つである。日本アンガーマネジメント協会では、簡単な質問に答えることで、怒りのタイプを6種類の動物キャラクターで診断する無料サービスを提供している。
代表的なタイプには以下のようなものがある。
自分のタイプを知ることで、怒りを感じやすい状況を予測し、事前に対処することが可能になる。
アンガーマネジメントは独学でも実践可能だが、より体系的に学びたい個人や、組織として導入したい企業向けに、様々な講座や資格制度が提供されている。
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会では、以下のような講座を全国各地およびオンラインで開催している。
これらの講座は、会社員、経営者、医療・介護従事者、教師、主婦など、非常に幅広い層に受講されている。また、ユーキャンや大栄などの資格予備校でも講座が開講されており、受講費用は講座内容によって数千円から十数万円と様々である。
アンガーマネジメントは広く普及する一方で、その本質が正しく理解されず、「意味がない」「効果がない」といった批判や誤解も少なくない。これらの批判の多くは、以下のような誤解に基づいている。
最も一般的な誤解は、アンガーマネジメントを「怒りを完全に消し去る」「怒らないようにひたすら我慢する」テクニックだと捉えるものである。しかし前述の通り、怒りは自然な感情であり、無理に抑圧することはかえってストレスを溜め込み、心身の不調につながる可能性がある。アンガーマネジメントの目的は怒りの「撲滅」ではなく「共存」と「適切な対処」である。
「6秒ルール」について、「6秒待っても怒りは消えない、むしろ増幅する」という批判がある。これは、6秒ルールの目的を「怒りを消すこと」だと誤解しているために生じる。このテクニックの真の目的は、怒りの衝動に任せて後悔するような行動を取ることを防ぐための「時間稼ぎ」であり、怒りの感情そのものを消す魔法ではない。
「怒るのは未熟な人間のすることだ」という考えから、アンガーマネジメントを学ぶこと自体を否定的に見る向きもある。また、「部下や子供を指導する上で怒ることは必要だ」「怒らないとなめられる」といった意見もある。アンガーマネジメントは怒りそのものを否定するものではなく、パワハラのような破壊的な怒りではなく、指導や自己主張といった建設的な目的のために「上手に怒る」方法を学ぶことも重要な要素としている。
「研修を受けた上司が、その日のうちに怒鳴っていた」といった経験から、アンガーマネジメントの効果を疑問視する声もある。しかし、アンガーマネジメントは知識をインプットすれば即座に人格が変わるような特効薬ではない。筋力トレーニングのように、日々の意識と実践を繰り返すことで初めて身につくスキルであり、継続的なトレーニングが必要とされる。
「カチンときた時に6秒も待っていたら、相手に言いたい放題言われて反撃の機会を失う」という意見もある。これは、コミュニケーションの目的を「相手を論破し、やり込めること」と捉えている場合に生じやすい。アンガーマネジメントが目指すのは、感情的な言い合いで疲弊することなく、冷静に自分の主張を伝え、建設的な解決を図ることである。
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最終更新:2025/12/07(日) 03:00
最終更新:2025/12/07(日) 02:00
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