孔明の片腕
字は威公。荊州襄陽郡(湖北省襄陽市)の出身。
荊州刺史だった傅羣という人物に仕えたが関羽の下に走り、功曹に取り立てられる。劉備へ使者に赴いた時、軍事や国政を話し合い大いに気に入った劉備によって左将軍府(劉備の幕府)の兵曹掾に、劉備が漢中王になると尚書になった。しかし尚書令の劉巴と仲が悪く弘農太守に左遷される(弘農郡(河南省三門峡市)は魏の領土なので正史の記述ミスか閑職への左遷と思われる)。
劉備の没後、楊儀と仲の良かった諸葛亮は楊儀を参軍に任じて南中攻略に際して軍の事務を司らせる。ついで北伐の時は長史、綏軍将軍として軍の部隊編成や物資管理を任される。仕事をてきぱきとこなす楊儀の才能を諸葛亮は愛した。
しかし楊儀は狭量で自分の才を鼻にかけるところがあり、魏延と仲が悪かった。軍議の場で両者が言い争いになると、魏延が剣を抜き楊儀が涙を流し、決まって費禕が仲裁に入っていた。諸葛亮はこのことに頭を痛めていたが、両者の才能は代えがたいものがあったのでどうすることもできなかった。
庸奴、復能作悪不
234年(建興12年)、諸葛亮が五丈原の戦場で陣没する。楊儀は諸葛亮の遺言を受けて全軍を漢中に撤退させる(「死せる孔明生ける仲達を走らす」のエピソードはこの時)。魏延は撤退の命令に従わず、楊儀が戻れないように桟道を焼き落として楊儀が反逆したと劉禅に上奏する。楊儀も魏延を追いかけ劉禅に魏延が反逆したと上奏、董允や蒋琬は楊儀の上奏を支持した。
楊儀は王平を魏延に当たらせる。王平が「公(諸葛亮)が亡くなりその身も冷たくなっていないのにお前たちは何をしているのか」と魏延の兵士達に呼びかけると兵士達はこぞって投降した。魏延は子や部下数人と漢中に逃げようとするが馬岱がこれを斬った。楊儀は魏延の首を踏みつけ「庸奴、復能作悪不!(バカヤロー、もう一度悪いことができるならしてみやがれ)」と言ったという。魏延の三族は皆殺しになった。
その末路
楊儀は長年の実績、北伐軍を無事撤退させ魏延を討った功から自分が諸葛亮の後継者に任ぜられるものと思っていた。ところが後方に長年いた蒋琬が尚書令、益州刺史と実質的な後継者になったのに対し、楊儀は中軍師という職名だけで実務のない閑職に任命されたのみだった。
諸葛亮は楊儀の才能は愛したがその狭量な性格を問題視しており、生前に自分の後継者として蒋琬を指名していたのだった。
楊儀は自分に経歴も実績も及ばない(と思っていた)蒋琬が諸葛亮の後継者になったのに落胆し、事あるごとに不満の溜め息や舌打ちを漏らしていた。周囲が敬遠する中で費禕だけは彼を気遣い不満を聞いたが、楊儀が「丞相が亡くなった時に魏に降っていればこんな事にはならなかったのに」と言ったのを劉禅に密告してしまう。
楊儀は庶民に落とされ漢嘉郡(四川省雅安市)に流されるが、そこで他人を誹謗する上書を出したため楊儀は逮捕され獄中で自殺した。
楊儀の家族は成都に戻ることを許された。
楊儀には兄がいて(楊慮、字は威方)、徳行で知られていた。地方のみならず中央からの招聘をすべて断り、十七歳で夭折した時「徳行の楊君」と悼まれたという。
楊儀の子孫
楊儀の子孫については、正史三国志では、楊儀が漢嘉郡に流されて自殺した後、妻子は蜀に帰ってきたと、あるのみである。
『三国志演義』では楊儀の子孫は登場しないが、『三国志演義』の続編という設定の明代の演義小説である『三国志後伝』では楊儀の子として、楊龍(ようりゅう)が登場している。楊龍は史実にモデルになった人物がいない、架空の人物のようである。
蜀漢滅亡後、楊龍は劉淵(劉備の孫の設定)とともに成都を脱出するが、劉淵の子とともに途中でとどまり、後に劉淵の配下となる。父という設定の楊儀とは異なり、楊龍は武勇優れた武将であり、特に人格的問題もなく、劉淵のために忠誠をつくし、晋に対する洛陽攻撃の時に負傷して死亡している。
楊龍には、楊継勲(ようけいくん)という子がおり、こちらも武勇優れ、晋に対する長安攻撃に参加して活躍するが、途中から登場しなくなっている。
『三国志後伝』における楊儀の子孫は勇猛な武将であり、楊儀とは人物像が一致しない。楊継勲と名前からして、『楊家将演義』の主人公・楊継業(史実では楊業)を意識した人名であるとも想像できる。
各メディアにおける楊儀
横山三国志
「わしを殺せるものがあるか」「ここにいるぞ」のシーンを用意した立役者。孔明の計略に従っているとはいえ、魏延と真っ向から向き合う楊儀はとても輝いていた
……だが、論功行賞の不満から酒浸りになり、魏延の配下と一緒に魏に降れば云々の発言を召使い経由で費禕に密告される。劉禅は激怒して死罪のところを蒋琬の取りなしで罪一等を減じて流罪を命じ、楊儀はこのことを恥じて自決する。
ニコニコ動画
魏延の評価は常に賛否両論分かれるが、それと比べると楊儀の評価はあまりなされてないのが実情である。
関連項目
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