照ノ富士春雄(てるのふじ はるお)は、伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士である。第73代横綱。
概要
伊勢ヶ濱部屋 | |
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照ノ富士 春雄 | |
基本情報 | |
出身地 | モンゴル ウランバートル |
本名 | ガントルガ・ガンエルデネ 杉野森正山 |
生年月日 | 1991年11月29日 |
力士情報 | |
所属歴 | 間垣部屋 -伊勢ヶ濱部屋 |
最高位 | 第73代横綱 |
初土俵 | 2011年5月場所 (技量審査場所) |
詳細情報 | 日本相撲協会(外部) |
大相撲力士テンプレート |
1991年11月29日生まれ、モンゴル・ウランバートル出身。愛称はガナ。身長191cm、体重180kg(相撲協会公式発表)の大柄な体格はモンゴル出身者では珍しく、体を生かした力強い右四つの相撲を取る。
遠藤、大砂嵐、逸ノ城といった同世代で「若手のホープ」と呼ばれる力士たちをライバル視している。特に逸ノ城は同じモンゴル出身で鳥取城北高校の後輩に当たるため、特に負けたくないといい、平成の世では珍しい水入りの大熱戦に2場所連続でなったことがある。
来歴
モンゴルにいた頃は柔道に親しんでいたが、横綱白鵬の父親(ブフ=モンゴル相撲の大横綱であり、レスリングの五輪メダリスト。モンゴルの英雄)にその素質を見抜かれて高校相撲の名門、鳥取城北高校に留学することになった。逸ノ城はこの時同じ飛行機で来日した。高校時代は3年生で団体戦レギュラーメンバーに選ばれた。
高校卒業後は大相撲への入門を希望し、若ノ鵬の解雇で2008年8月から外国人力士枠の空いていた間垣部屋に入門。2010年12月の新弟子検査を受検したが、興行ビザの取得が間に合わず直後の1月場所では初土俵を踏めず、時期悪く八百長問題が発覚して3月場所も中止となったため、ようやく初土俵を踏んだのは2011年5月技量審査場所だった。
以降、順調な出世となっていたが、師匠間垣親方が体調不安を理由に2013年3月場所限りで部屋を閉鎖(その後、同年12月に退職)したため、横綱日馬富士らを擁する伊勢ヶ濱部屋に移籍。それまで4人しかいない小部屋所属だったのが横綱を含め20人超の大部屋所属となり稽古場環境が充実したからなのか、移籍後は2場所連続で大勝ちして同年9月場所で十両に昇進。12勝3敗で新十両優勝を果たす。翌年3月場所で入幕すると同年9月場所以降は幕内上位に定着。2015年3月場所では小結を飛び越して関脇に昇進し、13勝2敗で千秋楽まで優勝争いに絡む快進撃をした。続く5月場所は千秋楽まで取り終えて12勝3敗の成績となり、結びの一番の白鵬の勝敗が決まるのを待ったが、兄弟子の日馬富士が見事援護射撃を決めて、涙の初優勝。優勝旗手はその日馬富士が務めて盛大なパレードも行われ、場所直後には大関昇進も決まった。この快進撃から、当時の相撲雑誌では未来の横綱候補として名前が挙がっていた。
しかし、大関昇進後は怪我に泣かされた。昇進2場所目となった2015年9月場所の稀勢の里戦で、優勝争いを展開している最中に膝を負傷した。千秋楽まで強行出場して優勝決定戦まで進出したものの、これ以降は成績が落ち込んだ。
2016年は1月場所で負け越し、初めての角番で迎えた3月場所は8勝7敗で切り抜ける状態となった。5月場所で大関としては史上ワースト記録更新の13連敗(2勝13敗という成績も皆勤した大関としては史上ワーストタイ)をした影響もあり、結局33勝48敗9休で年6場所幕内に在位した力士の中で最も白星が少ないという、同じ大関の稀勢の里(69勝21敗で年間最多勝受賞)とは真逆となる不名誉な記録を作ってしまった。
7月場所では千秋楽に勝ち越して8勝7敗、9月場所は4勝11敗で負け越し、11月場所も8勝7敗と不安定な結果が続いた。
大関陥落から序二段まで~どん底からの復活優勝
2017年の1月場所は4勝11敗で負け越し。3月場所は4度目の角番となり2015年9月以来の2桁勝利をあげるものの、優勝決定戦で稀勢の里に逆転負け。5月場所では11連勝を記録したが、優勝争いをしていた白鵬に敗れ、12勝3敗で優勝に届かなかった。
7月場所は琴奨菊戦で負傷し途中休場する。9月場所は5度目の角番ながら途中休場することになり、14場所務めた大関から陥落。11月場所は初日から連敗して休場した。
2018年の1月場所も途中休場し、幕内では史上初の4場所連続休場。再出場したが1勝もできず、元大関としては4人目となる十両陥落が決まる。十両で迎えた3月場所も負け越し、5月場所も途中休場の後再出場したものの、十両残留の目安である5勝をあげられず、9敗と6休で終え、昭和以降初めて元大関・幕内優勝力士が幕下に陥落することになってしまった。この時期には、膝の故障に加えて、糖尿病、C型肝炎、胆石症を同時に患い内臓もボロボロになってしまっていた。血糖値をコントロールする膵臓と、筋肉の元となるタンパク質の合成および有害物質の解毒を司る肝臓を悪くしたのでは、相撲に必要な体作りすらままならない。照ノ富士はこの頃を振り返って「稽古すればするほど体が悪くなっていった」と語っている。
この間照ノ富士本人は引退も考えたが、師匠を初めとする伊勢ヶ濱部屋一門の応援もあり、復帰を決断。体の状態を戻すため、7月場所・9月場所も全休し三段目に陥落。11月場所、翌2019年1月場所も休場し4場所連続の全休となる。3月場所では三役経験者でも初めてとなる序二段まで番付を落としたが、この場所から復帰し、2017年5月場所以来の勝ち越しを決める。残念ながら優勝決定戦で狼雅に破れ優勝は逃した。この場所の照ノ富士は、筋肉が萎んでいるのは言うに及ばず、肌は荒れてボロボロの上に至るところで毛細血管が切れて内出血を起こしていて、大関時代の姿と比較して痛々しいほどであった。
- 5月場所は三段目49枚目で迎え、6勝1敗。
- 7月場所は幕下59枚目、6勝1敗。5月場所で破れた狼雅にも勝つ。
- 9月場所は幕下27枚目、6勝1敗。千代の国に破れ優勝を逃した。
- 11月場所は幕下10枚目、7戦全勝で優勝。実に10場所ぶりの関取復帰を果たした。大関・幕内・幕内優勝経験者が序二段から関取に復帰するのは史上初。
- 2020年1月場所は十両13枚目、13勝2敗。十両優勝を達成。
- 3月場所は十両3枚目、10勝5敗。ついに幕内復帰。
- 5月場所は中止となったが、7月場所で前頭17枚目と幕尻ながら13勝2敗を上げ幕内最高優勝を獲得した。
など、記録ずくめの優勝となった。9月場所は前頭筆頭まで番付を上げたものの、8勝5敗2休。
11月場所は自身初となる小結に昇進し、2横綱2大関が居ないなか、貴景勝と優勝争いを繰り広げる。千秋楽で貴景勝との直接対決を制し優勝決定戦まで持ち込んだ。優勝決定戦で敗れるも、13勝2敗で技能賞を獲得した。
2021年の成績
2021年1月場所では11勝4敗、3月場所は12勝3敗で3回目の幕内優勝。翌5月場所で悲願の大関復帰を果たした。現行の制度になってから、大関から陥落後に特例(陥落した次の場所で10勝以上なら大関に復帰できる制度)によらず復帰したのは1977年の魁傑以来2人目で、十両以下に陥落してからの大関復帰は史上初である。
大関に復帰して初めて迎えた5月の夏場所では、初日から10連勝と絶好調。しかし11日目の妙義龍戦でまさかの反則負け。14日目の遠藤戦は際どい相撲となり、物言いがついて黒星となるなど終盤に失速してしまう。2敗で迎えた千秋楽では3敗で追う貴景勝に敗れ、決着は優勝決定戦にもつれ込んだ。この決定戦で貴景勝を下し、2場所連続4回目、大関としては自身初の幕内最高優勝を飾った。
7月の名古屋場所を綱取りとして迎え、初日には先場所敗れた遠藤にも勝ち白星を重ね続ける。休場明けの白鵬と並んで14日目まで全勝を続け、横綱昇進をほぼ確実にする。千秋楽は2012年の横綱・白鵬と大関・日馬富士以来9年ぶりとなる全勝同士の相星決戦に。この一番で白鵬に小手投げで敗れ優勝は逃したものの、横綱昇進に向けた臨時理事会の開催と横綱審議委員会への諮問が決まり、21日に臨時理事会の満場一致で第73代横綱への昇進が決定した。モンゴル出身力士では5人目の横綱昇進で、大関陥落経験のある横綱は三重ノ海以来2人目(もちろん序二段陥落からの横綱昇進は初)となり、平成生まれ初・令和最初の第73代横綱が誕生した。
8月に日本国籍を取得。日本名は師匠である伊勢ヶ浜親方の姓をもらい、「杉野森正山」とした。24日には明治神宮で奉納土俵入りを行った。(相撲協会公式チャンネルで配信)
横綱土俵入りは不知火型を選択。一人横綱として迎えた9月場所で13勝2敗をあげ、稀勢の里以来9人目となる新横綱優勝を果たした。白鵬がこの場所限りで引退したため、11月場所からは東横綱となった。
11月場所は土俵際まで攻められることも何度かあったものの、冷静な取り口で13日目まで全勝。14日目に1敗で追う阿炎に勝ったため、この時点で2場所連続の優勝を決めた。千秋楽では貴景勝に勝って自身初の全勝優勝を達成した。(平成生れの力士による初の全勝優勝)新横綱からの2場所連続優勝は大鵬以来59年ぶりとなった。
2022年の成績
新横綱からここまで2場所連続で幕内優勝を果たし、1月場所で優勝すれば1918年~19年の栃木山[1]以来103年ぶりとなる、新横綱からの三連覇が期待されていた。序盤はこれまで通り安定感のある相撲で5連勝としたが、6日目の玉鷲戦で初黒星を喫する。1敗に後退し、全勝で勝ち越した御嶽海を追う展開に。照ノ富士はその後も1敗を守り、御嶽海が10日目に敗れたことで追いつく。しかし12日目の明生戦では肩透かしで土俵の外に飛び出す格好で敗れ、横綱昇進以降初めて同じ力士に2敗を喫した。この日は御嶽海と照ノ富士がともに敗れたため、御嶽海に勝った阿炎と3人の力士が10勝2敗で並ぶことになった。この日の取組で膝への影響があったのか、これ以降はやや速攻相撲を取るようになる。14日目には優勝を争う阿炎に押し出しで敗れ3敗に後退する。この日敗れた際も足を気にする素振りを見せていた。(実際は12日目の取り組みでかかとを負傷していたという)
11勝3敗で迎えた千秋楽は、12勝2敗で先頭に立つ御嶽海との直接対決に。御嶽海には先場所まで7場所連続で勝利していた照ノ富士だったが、まわしを取る前に中に入られると土俵際での粘りも全くなく寄り切られ、御嶽海の本割での優勝を許した。(照ノ富士が勝てば阿炎を加えた優勝決定三つ巴戦になるはずだった)
平成25年から横綱昇進までの番付推移
詳細
超会議場所トーナメント戦の成績
ニコニコ超会議で行われた大相撲春巡業のワンデイトーナメント大会の結果をここに記す。
大相撲超会議場所
ニコニコ超会議3で開催された。当時の番付は西前頭10枚目(2014年3月場所)。新入幕の場所だったため、当然ながらまだ上位力士と本場所で対戦したことはない。
回 | 勝敗 | 決まり手 | 対戦相手 |
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1回戦 | シード | ||
2回戦 | ○ | 寄り倒し | 西前頭3枚目 高安 |
3回戦 | ○ | 寄り切り | 新横綱 鶴竜 |
準々決勝 | ● | 寄り切り | 東大関2 稀勢の里 |
準決勝 | |||
決勝 |
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関連項目
脚注
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