Blackadder Chord(ブラックアダーコード)またはイキスギコードとは、根音に増4度(減5度)・短7度・長9度上の音を加えて作られる和音である。あるいは、オーグメントコード(aug)の根音の増4度(減5度)下にベースを置いたオンコード(分数コード)と解釈することもできる。なお、augの対称性から、根音の長2度上または下、あるいは短7度上または下にベースを置いたオンコードと解釈しても同じ構成音になる。
このコードは「分数aug」などの名前でも知られるが、これらの名称はBlackadder Chordと必ずしも同義ではない(詳細は当該記事参照)。本項目では後述するような複数の解釈を全て包括し、かつはっきりと定義づけされた解説が存在する「Blackadder Chord」の名前を積極的に用いることとする。
こんなコード
構成音: C, G♭, B♭, D |
コードネーム表記は「C9-5omit3」となる。解釈違いとして「C9(♯11)omit3,5」や「A♭7-5(9)omit1」と捉えたり、分数コードで「G♭aug/C」や「G♭7(♭13)omit3,5/C」と書くこともできる。
音楽理論サイトのSoundQuestではこのコードに「blk」という表記を与えている(C9-5omit3を指して「Cblk」と表記する)が、小文字の「b」はフラット(♭)の代用表記としても広く使われており、テキスト表記上での区別が煩雑になるという問題を抱えている。これを解決するため、本項目ではBlackadder Chord@wikiによる「@」表記を用いることとする。
以下、実際の楽曲における主な使われ方を、種類ごとに分けて解説していく。なお、コードの解釈に関してはその多様性により分類が複雑になるため、ここでは省略する。興味があればSoundQuestの「Blackadder Chord」の項目およびおふとん氏の「Blackadder Chordの体系的な分析と用法」を参照されたい。
Iaug/♯IV (♯IV@)
| I | % | Iaug/♯IV | % | | IVM7 | #IVm7-5 Iadd9/III | IIm7 | IIm7/V | |
サンボマスター「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」(作曲:山口隆)のサビ。このように、Iaug/♯IV → IVM7 の形で用いられることが多い。
| IVM7 | IIIm7 VIm7 | IIm7 IIm7/V | I | I Iaug/♯IV | (ここからサビ) | IVM7 | Iadd9/III | IIm7 III7 | VIm7 | |
槇原敬之「どんなときも。」(作編曲:槇原敬之)のサビ入り直前に用いられているもの。
Vaug/♭II (♭II@)
| IIIm7 VIm7 | IIm7 V7sus4 | IIIm7 VIm7 | ♭VIM7 | IIm7/V Iaug/♯IV | (ここからBメロ) | IVM7 ♭VII7 | IIIm7 ♯IIdim7 | IIm7 Vaug/♭II | I IIIm7 | |
オーイシマサヨシ「オトモダチフィルム」(多田くんは恋をしないOP、作編曲:大石昌良)のBメロ。4536251進行のV7の代わりに♭VII7、VIm7の代わりに♯IIdim7、そして2回目のV7の代わりとしてVaug/♭IIが用いられている。
IIIaug/♭VII (♭VII@)
坂本真綾「Be mine!」(世界征服~謀略のズヴィズダー~OP、作曲:the band apart、編曲:the band apart・江口亮)のサビや、韓国の女性アイドルグループ・Lovelyzが歌う「SHINING☆STAR」(作編曲:1Take・TAK)のサビに用いられている。
IIaug/♭VI (♭VI@)
合唱曲「いまだよ」(Nコン2017小学校の部課題曲、作曲:信長貴富)の歌い出し7小節目に登場する。(解説未執筆)
VIaug/♭III(♭III@)
(解説未執筆)
VIIaug/IV (IV@)
星野源「うちで踊ろう」(作編曲:星野源)のサビ末尾などに登場する。(解説未執筆)
♯IVaug/I (I@)
星咲花那「わたし色ワンダーランド」(作編曲:石濱翔)のAメロや、OSTER project feat.常盤ゆう「ラブラドライト」(作編曲:OSTER project)の2番終わり間奏、「イリュージョニスタ!」(前述)の曲終わりなどに登場する。(解説未執筆)
♯Iaug/V (V@)
(解説未執筆)
♯Ⅵaug/Ⅲ(Ⅲ@)
「映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」劇中BGM「21世紀を手に入れろ」(作編曲:浜口史郎)の0:50付近に登場する。
本曲ではこのコードのあとに実は半音上に転調しているが(F#m→Gm)、コードを不安定にしてから一音だけのユニゾンを鳴らすことで緊張感の解消を狙う使い方をしていると思われる。
2半音ずつ下降進行するもの
| IIm7 | IIIm7 | IV ♯IVdim7 | ♯Vdim | (N.C.) | | VIm IIIm IV V/II | IIIaug/♯VI IIaug/♯V Iaug/♯IV III7 | (以下サビ) | VIm | I | IV | III | |
「Guilty Eyes Fever」(ラブライブ!サンシャイン!!より、作曲:本多友紀、編曲:酒井拓也)の2番サビ入り直前。後述するようにBlackadder Chordという命名のきっかけになった。
| IVM7 IVmM7 | IIIm7 ♯IIdim7 | | IIm7 Vaug/♭II | I IIIaug/♭VII IIaug/♭VI Iaug/♭V | | IVM7 IVmM7 | IIIm7-5 VI7 | IIm7 V | I | |
「シュガーコート・ドリーム」(私に天使が舞い降りた!より、作曲・編曲:5u5h1)のイントロ。特筆すべき点として、ベースは2半音ずつ下降しているが、上に乗っているaugコード部分は2半音ずつ上昇していることが挙げられる。このボイシングを忠実に「Iaug/♭VII IIaug/♭VI IIIaug/♭V」などと表記すると3つとも違うコードのように見えるが、augの対称性からいずれもBlackadder Chordに該当することがわかる。
完全4度ずつ上昇(=完全5度ずつ下降)するもの
| ♯Iaug/V ♯IVaug/I VIIaug/IV IIIaug/♭VII | | VIaug/♭III IIaug/♭VI Vaug/♭II Iaug/♭V | | IVM7 | % | IIIaug/♭VII | % | | IIIm7 | ... |
桃鈴ねね・赤井はあと・尾丸ポルカ「さぷらいずぱらだいす!」(作曲・編曲:Tansa)の2番終わり間奏末尾。上記同様augの対称性から、ベースは4度進行しているが上に乗っているaugコード部分は半音上昇している。AZKi・尾丸ポルカ「キミだけのプリンセス」(ADV「ガラス姫と鏡の従者」OP、作曲・編曲:Tansa)の2番Aメロ入り直前にも同様の進行が用いられている。
C7→F7→B♭7→E♭7→A♭7→D♭7→G♭7 →B7→E7→A7→D7→G7→C7 ※いずれもomit5 |
|
C@→F@→B♭@→E♭@→A♭@→D♭@→G♭@ →B@→E@→A@→D@→G@→C@ |
ちなみにドミナント7thコードを4度進行させると、上に載っているトライトーンは半音下降することがわかる(マツケん先生のドラクエ楽曲解説動画に詳細な解説がある)。つまり、裏コードにおけるトライトーンの対称性とixgコードにおけるaugの対称性には類似点があるといえよう。
命名までの経緯
「Blackadder Chord」という名前は、音楽理論を扱うYouTubeチャンネル「Ongaku Concept」を運営するJoshua Taipaleが名付け、2017年5月29日に投稿した解説動画で公表したものである。
日本のゲーム音楽やアニメ音楽が好きなTaipaleは、ラブライブ!サンシャイン!!の楽曲「Guilty Eyes Fever」(作曲:本多友紀、編曲:酒井拓也)を聞いていた際に、聞き慣れないコードに出会う。構成音を書き起こしたものの解釈ができずにしばらく放置していたが、他の曲にも同じコードが登場したため、Twitterで「このコードに見覚えがあるか」とジャズファンに尋ねたものの返答が得られなかった。
このコードになにか名前をつけられないかと考えていたところ、Ongaku Conceptのdiscordに参加しているTerryが「Blackadder」(黒蛇)という名前を提案、Taipaleが「クールに聞こえるから」それを採用したと動画中で語られている。Terryがなぜこの名前を提案したのかは語られていないので不明。
ところで、このコードはアニソンを数多く手がけるとある作曲家がよく用いることで以前から知られていた。それ以外にも、日本のポップスでは確認できるだけで1970年代から用いられてきたコードであり、名前は知らなくても得体の知れないものとして聞き覚えがある人も多いと思われる。例えば1977年発売のアルバムに収録された山下達郎の「Candy」に用いられている。この曲は山下曰く「コード進行への興味のために作ったような曲」であり、「休憩時間に細野さんがサビのコードをピアノで弾いて確かめていたのが、妙にうれしかったのを今でも覚えています」[1]というエピソードが存在する。
そのため、Taipaleが日本の音楽ファンに上記の質問をしていれば、すぐに回答が得られていた可能性が大いに考えられる。余談だが、本記事作成直前(2018年8月12日午前1時ごろ)に「"blackadder chord"」でGoogle検索し、日本語のページだけを表示しようとしたところ、検索結果が実質0件であった(前述の動画を高評価したYouTubeユーザーのページが唯一ヒット)。日本の音楽シーンはガラパゴスな進化を遂げていると言われることもあるが、日本で長らく親しまれてきたコードが海外で分析され、その名前が日本に紹介されるのが1年以上遅れたのは皮肉な結果と言えよう。
なお、前述の解説動画には「1980年代のR&Bやゴスペルソングには普通に用いられている」というコメントが投稿されている。特に日本でしか使われなかったコードというわけではないようだ(よく考えれば当然であるが)。さらに数百年単位で遡り、クラシック音楽の歴史を紐解けば、(狙ったものではなく偶成的なものが多いとはいえ)いくつも使用例を確認することが可能である。
しかし、だからといって「Blackadder Chordに特筆するような新規性はない」と一蹴するのは、音楽の可能性を狭めてしまう思考に他ならない。Blackadder Chordを巡る様々なムーブメントが起こったという事実を切り捨てることになる。
これらの経緯により日本で爆発的に紹介されたことからか、特にIaug/♯IVを指して「Japanese Augmented 6th」(日本の増六)という名称の提案もなされている。クラシック音楽の文脈では度数堆積にとどまらず文脈に応じて名前をつける文化が存在し、例えばポップス音楽における裏コードに類するものとして「イタリアの増六」「フランスの増六」「ドイツの増六」の3種類が挙げられる(類するだけであり相違点も多い)。Blackadder Chordにもそれらとの類似性が見出されたのであろう。
Blackadder Chordを用いている曲の一覧
- Guilty Eyes Fever/Guilty Kiss(ラブライブ!サンシャイン!!より、作曲:本多友紀、編曲:酒井拓也)
- ラブラドライト/OSTER project feat.常盤ゆう(作編曲:OSTER project)
- CANDY LOVE/竹達彩奈(作編曲:小林俊太郎)
- リズムとメロディの為のバラッド/竹達彩奈(作曲:沖井礼二、編曲:New Old Stock)
- わんだふるワールド/竹達彩奈(作編曲:小林俊太郎)
- クローバー♣かくめーしょん/とりぷる♣ふぃーりんぐ(三者三葉OP、作曲:おぐらあすか、編曲:manzo)
- おはよう、またあした/放課後ティータイム(映画 けいおん!より、作編曲:百石元)
その他、Blackadder Chordの例としてよく取り上げられるものを列挙する。(加筆希望!)
- プラチナ/坂本真綾(カードキャプターさくら第3期OP、作編曲:菅野よう子)
- More One Night/チト・ユーリ(少女終末旅行ED、作曲:emon(Tes.)・ヒゲドライバー、編曲:emon(Tes.))
- Everything/MISIA(作曲:松本俊明、編曲:冨田恵一)
関連項目
外部リンク
- Blackadder Chord - SoundQuest
- Blackadder Chordの体系的な分析と用法 - おふとん
- Blackadder Chord@wiki
- blackadderコード収集(Google スプレッドシート) - 有志により収集された使用曲の一覧
脚注
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