第四一駆逐隊(だいよんじゅういちくちくたい)とは、
横須賀鎮守府11番目の駆逐隊として昭和13年2月10日編成。朝潮型駆逐艦中期ロットの「山雲」「夏雲」「朝雲」「峯雲」で編成された。翌14年、旧第九駆逐隊(初春型「有明」「夕暮」白露型「白露」「時雨」)が佐世保鎮守府へ異動し、本隊は第5代の第九駆逐隊と改名。臨機調事件の影響を受け艦隊所属は昭和16年度、第四水雷戦隊(旗艦:那珂)。
緒戦のリンガエン上陸作戦において「山雲」が損傷し本隊を除籍。3隻で続くタカラン・バリクパパン・スラバヤ攻略に臨んだ。
ミッドウェー海戦後ソロモンに進出。サボ沖海戦で「夏雲」、スタンモア海戦で「峯雲」を喪失。
「朝雲」単艦となり第五艦隊(旗艦:那智)第一水雷戦隊(旗艦:阿武隈)に異動。同時に吹雪型駆逐艦「白雲」「薄雲」を加える。「朝雲」「薄雲」はケ号作戦(キスカ島撤退作戦)に参加。朝潮型駆逐艦「霞」を加えた後、「朝雲」は第十戦隊(旗艦:矢矧)第十駆逐隊に異動。この時点で初期編成時の艦は本隊を離れた。
陽炎型駆逐艦(戦没後改定で不知火型駆逐艦)「不知火」を編入。「白雲」喪失。第九駆逐隊を解散し、第十八駆逐隊を再建した。
修理で本隊を離れた「山雲」及び第十駆逐隊に転出した「朝雲」は第十戦隊第四駆逐隊に異動。第八駆逐隊で開戦を迎えた同型「満潮」に先代第九駆逐隊(→第27駆逐隊)唯一の生存艦「時雨」はレイテ沖海戦にて「西村艦隊」に部署。「時雨」を残し全艦戦没した。
秋月型駆逐艦「涼月」「冬月」「霜月」「宵月」により編成。ただし、「宵月」就役の遅延と「涼月」の度重なる損傷により4隻が揃って活動したことはない。
昭和19年11月の一連のフィリピン戦役に参戦した「霜月」は駆逐隊司令とともに11月25日戦没。
昭和20年4月の天一号作戦に「涼月」「冬月」が参戦。
昭和20年8月15日、共に天一号作戦に参戦した第十七駆逐隊最後の生き残り、陽炎型駆逐艦「雪風」を編入。
| 1944.3.31 | 秋月型駆逐艦「霜月」竣工(三菱長崎造船所)。11水戦に編入。 6.6 第十戦隊編入、マリアナ沖海戦に参戦 遊撃部隊乙部隊に部署 |
| 5.25 | 秋月型駆逐艦「冬月」竣工(舞鶴工廠)。11水戦に編入。 |
| 7.15 | 「冬月」「霜月」で第三艦隊第十戦隊隷下に第41駆逐隊編成(司令:脇田喜一郎大佐) |
| 7.15- | 「冬月」ろ号輸送作戦。8月中旬、「霜月」「冬月」合流。 |
| 10.12 | 「大淀」護衛中、「冬月」は遠州灘にて米潜「トレパン」雷撃により損傷。呉工廠に入渠。(-11.18) |
| 10.14 | 「霜月」機動部隊本隊に編入。15日、司令駆逐艦を「冬月」から「霜月」に継承 |
| 10.25 | 「霜月」レイテ沖海戦にて小沢艦隊に属す。帰投後11.7まで呉工廠にて整備。 |
| 11.15 | 第二水雷戦隊に編入 解散した第61駆逐隊より「涼月」「若月」を編入(「若月」は既に戦没。45.1.10除籍) |
| 11.23 | 「冬月」「涼月」、「隼鷹」護衛し呉からマニラに護送(11.30マニラ着) |
| 11.24 | 「霜月」、「五十鈴」より31戦隊旗艦を継承、「桃」を随伴し昭南よりブルネイに移動 |
| 11.25 | 米潜「カヴァラ」雷撃により「霜月」戦没。31戦隊司令部、脇田司令、畑野艦長以下総員戦死 (以降、翌年3月まで駆逐隊司令発令なし) |
| 12.3 | 「隼鷹」隊、馬公着。「榛名」合流後帰朝。12.6 佐世保入港直前に米潜ウルフパックの襲撃を受け「隼鷹」中破、「槇」損傷。「涼月」「冬月」は荒天により船体にシワが発生し、呉工廠で修理。(-12.27)以降、瀬戸内海で訓練に従事。 |
| 1945.1.10 | 「若月」「霜月」除籍 |
| 1.31 | 「冬月」大分港外で艦底損傷し呉工廠で修理 |
| 3.1 | 2代駆逐隊司令、吉田正義大佐着任(前任31戦隊43駆司令。開戦時の「風雲」艤装員長) 同時期、作間冬月艦長が後任の43駆司令に、山名霞艦長が後任の冬月艦長に、杉谷涼月艦長(黒潮戦没時艦長)が52駆司令に、平山早霜戦没時艦長が後任の涼月艦長にそれぞれ異動。 |
| 4.7 | 坊ノ岬沖海戦 「冬月」中破「涼月」大破するも両艦とも佐世保に帰還 (冬月は霞を救助自沈処理) |
| 4.20 | 第二水雷戦隊解隊 第31戦隊に編入 |
| 5.20 | 竣工した「宵月」を編入 |
| 5.25 | 竣工した「夏月」を編入 41駆は第七艦隊に編入され、関門海峡・対馬海峡方面の哨戒に従事 |
| 6.5 | 対馬海峡部隊合流のため回航中「宵月」接雷、呉に引き返し修理。 6.29呉空襲に際し長10糎連装高角砲8門にて対空戦闘。 |
| 7.5 | 「涼月」予備艦に指定され41駆から除籍(11.20 駆逐艦籍より除籍) |
| 8.15 | 「終戦の詔勅」公示 解散した第17駆逐隊より不知火型駆逐艦「雪風」を編入 この時点で「冬月」門司港 「宵月」呉軍港 「涼月」相浦 「雪風」宮津港 に所在 |
| 8.20 | 「冬月」門司から呉への回航を命じられるも、門司港で触雷、航行不能となる。 9.20 第四予備艦指定、11.20 除籍。 |
| 8.26 | 「雪風」を第一予備艦に指定。12.1 特別輸送艦指定。旧舞鶴工廠にて武装撤去。46年12月末までに15回の復員輸で13000人以上の内地帰還に従事。12.30 特別保管艦指定。 |
| 10.5 | 「夏月」除籍。特別輸送艦として復員業務に従事。 |
| 46.2.25 | 「冬月」特別輸送艦に指定、門司港にて工作艦として掃海部隊の支援任務に従事。 |
| 47.7.3 | 「雪風」上海着、6日中華民国に引き渡され「丹陽」と命名。中華民国海軍旗艦。65年12月退役、69年夏に台風で損傷、71年末までに解体。 |
| 8.25 | 「夏月」浦賀にて賠償艦としてイギリスに引き渡され、直ちに浦賀船渠に売却。 9.3 特別輸送艦指定解除 9.10-48.3.1 解体完了 |
| 8.29 | 「宵月」青島にて中華民国に引き渡され「汾陽」と命名。49年基隆に回航され係留練習艦となる。浦賀船渠から技師を招いて機関修理を試みるも63年に除籍解体。 |
| 48.5.31 | 「冬月」「涼月」佐世保に回航され、旧佐世保工廠にて解体完了。「柳」とともに北九州市若松区若松港の防波堤として設置。(→「軍艦防波堤」) |
※文中、駆逐艦の艦長は本来「○○駆逐艦長」であるが、「○○艦長」と略して表記。 ( )は兼務。
艦名・駆逐隊の*は1941.12.8を基準日とする「先代」の艦・駆逐隊を示す。
開戦(1941.12.8)時所属 在任中戦死 終戦時所属
| 司令/発令日 | 職位 | 職歴 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 脇田喜一郎 (48期・鹿児島) 1944/9/25 -11/25 |
少佐 | 栂艦長→夕月(望月)艦長→村雨艤装員長/艦長→朝潮(荒潮・大潮)艦長 |
| 中佐 | 吹雪艦長→朝雲艦長→雪風艦長→21水雷隊司令→佐世保防備隊兼佐世保潜水艦基地隊副長→22駆司令→1駆司令 | ||
| 大佐 | 1駆司令(沼風艦長)→21駆司令→41駆司令(44.11.25霜月にて戦死,少将) | ||
| 2 | 吉田正義 (50期・山口) 1945/3/1 |
少佐 | 春風艦長→初春艦長→野風艦長→江風艦長→荒潮艦長 |
| 中佐 | 風雲艤装員長/艦長→大湊警備部参謀兼津軽要港部参謀 | ||
| 大佐 | 43駆司令→41駆司令→予備役 (第二復員省)鳳翔艦長 | ||
| 終戦後 | 所属艦の帝国海軍駆逐艦籍からの除籍に伴い解隊 | ||
| 艦名 | 型式 | 原所属 | (譲渡先) | 喪失(除籍*)日 | 喪失した海戦/状況 戦後処理 |
|---|---|---|---|---|---|
| 涼月 | 秋月型駆逐艦 | 第61駆逐隊 | --- | (1945.11.20) 1948年頃 |
坊ノ岬沖海戦にて大破 1948年5月頃装備品撤去、若松港軍艦防波堤に |
| 霜月 | 第41駆逐隊 (初期所属) |
--- | 1944.11.25 (1945.1.10) |
※建造中「秋月」修理のため艦首部分を移植 輸送任務中、米潜「カヴァラ」雷撃により戦没 |
|
| 冬月 | --- | (1945.11.20) 1948年頃 |
45.8.20 回航中接雷 9.20 第四予備艦指定 46.2.25- 門司にて特別輸送艦(工作艦)として掃海隊支援業務に従事。48年5月頃装備品撤去、若松港軍艦防波堤に |
||
| 宵月 | 第41駆逐隊 (追加編入) |
(中華民国) | (1945.10.5) 1963年 |
呉軍港空襲にて対空戦闘に従事。復員輸送後台湾にて「汾陽」と改名。63年に除籍解体。 | |
| 夏月 | (イギリス) | (1945.10.5) 1948.3.1 |
大きな戦闘に参加せず、復員輸送業務に従事。47.8.25浦賀で英譲渡後浦賀船渠に売却。解体。 | ||
| 雪風 | 陽炎型駆逐艦 | 第16駆逐隊 第17駆逐隊 |
(中華民国) | [1947.7.6] 1971.12.31 |
復員輸送後中華民国に引き渡され「丹陽」と命名。69年頃台風で損傷し解体。 |
*「雪風」のみ譲渡日[ ]。他は帝国海軍駆逐艦籍からの除籍日( )
|
||||||||||||
| 氏名 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 艤装員長 | 赤澤次壽雄 中佐 | 1942.9.10 | 千鳥艇長-旗風艦長-秋風(太刀風)艦長-沖風(春風)艦長-鳥羽艦長-朧艦長-不知火艦長-涼月艤装員長/艦長-10駆司令(44.6.8風雲戦没時戦死,少将) |
| 初代 | 1942.12.29 | ||
| 2代 | 瀬尾昇 中佐 | 1944.1.10 | 若竹艦長-蓮艦長-兵学校教官(監事)-朝凪艦長-時雨艦長-涼月艦長(44.1.16損傷時戦死,大佐) |
| 1944.1.16-7.7 艦長発令なし | |||
| 3代(兼) | 天野重隆 大佐 | 1944.7.7 | 疾風艦長-有明艤装員長/艦長-綾波艦長-水雷学校副官-陽炎艦長-13駆司令-第1水雷隊司令-第1掃海隊司令-21駆司令-10駆司令-61駆司令(涼月艦長,44.7.7-10)(44.10.25 初月戦没時戦死,少将) |
| 4代 | 杉谷長秀 中佐 | 1944.7.10 | 初雁艇長-横須賀防備隊分隊長-足柄水雷長-三日月艦長-白露艦長-海風艦長-黒潮艦長(戦没)-清水商船学校服務-涼月艦長-52駆司令 (戦後)長鯨艦長 |
| 5代 | 平山敏夫 中佐 | 1945.3.10 -45.5.18 |
波風艦長-水無月艦長-大波艤装員長/白雲艦長-秋霜艤装員長/艦長-早霜艦長(戦没)-涼月艦長- (戦後)冬月艦長 |
|
||||||||
| 氏名 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 艤装員長 | 畑野健二 少佐 | 1944.3.5 | 睦月艦長-萩風艦長(/清波艤装員長)-霜月艤装員長/艦長(44.11.25戦没時戦死) |
| 初代 | 1944.3.31 |
|
||||||||
| 氏名 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 艤装員長 | (臨)横田保輝 中佐 | 1944.4.21 | 呉潜水艦基地隊水雷長-太刀風艦長-冬月臨時艤装員長-浦風艦長(44.11.21戦没時戦死,中佐) |
| 作間英邇 中佐 | 1944.5.5 | 鴻艇長-弥生(夕月)艦長-睦月艦長-菊月艦長-綾波艦長(戦没)-玉波艤装員長/艦長-冬月艤装員長/艦長-43駆司令 (戦後)鳳翔艦長 | |
| 初代 | 1944.5.25 | ||
| 2代 | 山名寛雄 中佐 | 1945.3.1 | 沖風艦長-朧艦長(戦没)-大潮(不知火/霞/初春)艦長-霞(不知火/初春)艦長-霞艦長(43.5.20兼務解消)-冬月艦長 (戦後)生野艦長・神津艦長 |
| 1945.9.21-1946.3.1 駆逐艦長/艦長発令なし | |||
| 3代 | 山根灌 (少佐) | 1946.3.1 | 初春水雷長-第5駆潜艇長-伊21水雷長-呂57艦長-伊122艦長-伊156艦長-(第二復員官/第二復員事務官) |
| 4代 | 玉井吉秋 (大佐) | 1946.4.16 | 五十鈴通信長-… (第二復員事務官) |
| 5代 | 平山敏夫 (中佐) | 1946.4.26 | (第二復員事務官) 経歴は[涼月]5代艦長参照 |
| 6代 | 由川周吉 (大佐) | 1946.5.12 | 子日艤装員/水雷長-夕月艦長-夕立艦長-軍令部参謀-… -46.12.23 (第二復員事務官/復員事務官) 本務:博多上陸地連絡所長→博多運行部長 |
|
||||||||
| 氏名 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 艤装員長 | 中尾小太郎 中佐 | 1944.12.5 | 刈萱艦長-波風艦長-海風艦長-秋霜艦長-宵月艤装員長/艦長-第33突撃隊副長 |
| 初代 | 1945.1.31 | ||
| 2代 | 荒木政臣 中佐 | 1945.2.10 | 熱海艦長-磯波艦長-旗風艦長-野分艦長-潮艦長-宵月艦長 (戦後)第二復員官-第二復員事務官-復員事務官で宵月艦長 |
| 3代 | 谷口俊雄 (大佐) | 1947.2.10 | 天龍航海長-大井航海長-… 復員事務官 -第9号輸送艦長 |
| 1947.5.10-5.12 艦長発令なし | |||
| 4代 | 前田一郎 (大尉) | 1947.5.12 | 楡乗員 -8.30 復員事務官 |
|
||||||||
| 氏名 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 艤装員長 | 西野繁 中佐 | 1945.2.15 | 第17号掃海艇長-朝凪艦長-高雄警備府副長(参謀)-時雨艦長(戦没)-夏月艤装員長/艦長 |
| 初代 | 1945.4.8 | ||
| 1946.12.28-1947.8.5 艦長発令なし | |||
| 2代 | 松下寛 (大尉) | 1947.8.5 | 伊37潜水雷長-水雷学校甲種学生-伊372潜艤装員長/艦長-夏月艦長-(自衛隊) |
|
||||||||||||
| 氏名( )終戦時階級 | 着任日 | 略歴・備考 | |
|---|---|---|---|
| 5代まで(所属前)歴代艦長 → 「第17駆逐隊(第3代)」記事参照 | |||
| 6代 | 古要桂次 中佐 | 1945.5.10 | 若竹艦長-春風艦長-沼風艦長-第22砲艦隊司令(保津艦長)-雪風艦長 |
| 7代 | 橋本以行 中佐 | 1945.11.20 | 呂31潜(伊152潜)艦長-伊158潜艦長-呂44潜艤装員長/艦長-伊58潜艤装員長/艦長-雪風艦長(GHQ出頭命令により着任できず) 第二復員官 |
| 8代 | 佐藤精七 少佐 | 1945.11.27 | 時雨砲術長-榛名砲術長-酒匂副長代理-雪風艦長(第二復員官/第二復員事務官) |
| 9代 | 高田敏夫 (少佐) | 1946.10.26 | 陽炎水雷長(戦没)-能代水雷長-梨艤装員長/艦長-雪風艦長 |
| 1947.1.25- 6.1 艦長発令なし | |||
| 10代(臨) | 東日出夫 (中佐) | 1947.6.1 | 叢雲艦長-親潮艦長(戦没)-花月艤装員長/艦長(雪風艦長) |
掲示板
急上昇ワード改
最終更新:2026/01/21(水) 18:00
最終更新:2026/01/21(水) 18:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。