しかし編集者がどのような考えに立って編集しているかを公開することは、それなりに意味があるとも思うため、あえて晒してみる。
ただし、未整理であり、正確ではない部分もあると思われるので、その点はご容赦を。
言葉の定義に関するメモ
→「やおい」という言葉は男×男の恋愛ものの住み分けに使用するには不向き。
ニコニコ動画では、特に男性同士のカップリングものが一般の目から隠してうpされているが、女性同士のカップリングものに関しては男女のカップリングと同様に普通にうpされていることが多く見られる。
ニコニコ動画で、動画を一般の目から隠したい場合
- うp主ができる対策
→検索避け(ピリオドやスラッシュを言葉の間に入れる、カテゴリタグや一般向けの動画と共通するタグを外すなど)、宣伝を許可しない設定にする、新着動画に載らなくなるまでしばらく非表示、 - 視聴者ができる対策
→sageコマンドでコメントする(新プレイヤーでは使用不可能。旧プレイヤーか海外版でコメントするしかない)、他の目的で検索したときにヒットしそうな言葉は検索避けする、一般向けの場などで動画について触れない、マイリスしない、公開マイリスしない
腐向けジャンルについて個人的メモ
十ン年前(筆者が同人界の端っこで活動していた頃)
昔は、そもそもオタクということ自体もひた隠しにしている人がほとんどであり、規模も小さく、まさに知る人ぞ知るジャンルだったため、一般の目に触れないようにしなければいけないという危機感を持った人だけで構成されていた。危機感のない人は身内で淘汰。
オンラインのみでの活動は不可能であり、オフラインと平行していたため、マナー違反者として爪弾きにされると活動継続が困難であった。
基本は不文律。
つまり「そんなの常識」。
自分でジャンル内に知り合いを作って聞くか、自力で調べるか分かるまでROMらなければローカルマナーが分からない。
不親切極まりないゆえに、同好の士ですら辿りつきにくく、外部の人間が入り込む可能性はゼロに近かった。
現在でも、こういったアングラ並みに厳しい腐向けジャンルもある。
筆者が同人を離れていた期間
ネットの普及、商業での展開が大きくなるに伴い、それまでと状況が変化してくる。(ここは渦中にいなかったため推測も含む)
オタクということをそれほどひた隠しにしなくても良い世間状況に次第に変化し、また、BL系作品が書店の棚に並ぶようになる(以前は並んだとしても非常に数が少なかったため、R18や青年向けコミックのように、他と一線を画した状態ではなく、通常のコミックと並べて置かれていてもさほど目立たなかった。しかし数が増えたにも関わらず書店の対応は以前と同様である)。
ネットでも、それらの作品が手軽に購入可能となってくる。
やおいや腐向けと言った、内輪のみで使用していた自虐的名称も、一般の人が知るところとなる。
こういった文化を考察する書籍なども出版されはじめる。
現在
現在は、R18などと同様、検索避けをし、トップなどに注意書き、場合によってはパスワード制、くらいの対策を講じているサイトがほとんどである。以前ほどの厳しさはあまり見られない。数も劇的に増加。
また、オンラインのみでの活動も十分可能であるため、以前のようにマナー違反者をオフラインで爪弾きにすることによって活動不能に追い込むことはできなくなっている。匿名性も強くなり、個人の特定は困難。
一般の目に触れることが多くなったために、強い嫌悪感を抱いた人々の発生。
その中のマナー違反にマナー違反で対抗するタイプの人々は、場の状況をさらに悪化させている。
基本は不文律であり、一般の流入を防ぐため明文化など不要、知りたければ自力で何とかしろ、という人たち
不文律なんて知らない、書店にも普通に置いてあるジャンルなのになぜ隠れるの?、という人たち
ここの齟齬をなくすため、ある程度までのマナーの明文化と呼びかけは必要になってきていると思われる。
ある程度=腐向けやBLなどの最低限の用語説明、ニコニコにおける隠しタグの意義(この認識が薄いために大百科で単語登録をされてしまっている隠しタグがある)、マナー動画への誘導など。ただし、無自覚な荒らしには効かないこともある。
カップリングを妄想することによる二次創作について
ある作品のキャラクター同士を、公式であれ非公式であれカップルとして描く(=カップリングをする)、という行為は二次創作では一般的に行われていることである。
むしろ、非公式であるカップリングの方が、二次創作では主流になることも多い。
これは、そもそも公式ではやれないからこそ非公式でやる、ということが、二次創作のひとつの意義であることから、当然の流れと言えよう。
男女であれ、男男であれ、女女であれ、性転換であれ。
非公式カップリングをするのに必要なものは何か。
それは、要するにただの妄想をすることである。
このキャラクターたちの間に存在するものが何か、描写されていないところで何をしているのか、ということを、作者の意図しない範囲にまで拡大解釈をすることである。
この行為を意図的に、または条件反射的にするからこそ、非公式カップリングの二次創作作品は生まれる。
こういったことについては、よく様々な意見が交わされる。
作者の許容範囲なら良い、非公式は非公式なんだからもっとひっそりやるべき、いやむしろ二次だからこそ何でもアリなんじゃないか、男女ならいいが同性のカップリングはダメ、などなど。
だが、基本的には二次創作には何でもアリ、というのがほとんどの人の意見ではないだろうか。
もちろん、無法地帯という意味ではなく、発想の自由という意味においてである。
よく、いくら二次でもこのカップリングはありえない、などと言う意見があるが、どんなカップリングであれ、非公式であることには変わりはない。
作者の意図しない描かれ方・とらえ方であることにおいては、非公式である限り同じなのである。
さて、なぜこういった妄想をすることができるのだろうか。
思うに、恋人として描かれていないキャラクター同士をカップルにして妄想するのは、現実世界で恋人同士でもない人間の仲をただならぬ関係ではないかと邪推したり、妄想したりするのと、さして変わりがないのではないだろうか。
少なくとも、そのときに使われる能力は同じなのではないだろうか。
二次元と三次元は違う、という意見もあるかもしれない。
しかし、どちらもそういった想像・妄想ができない人間からすれば「なんでそういう発想に?」という考えであることには変わりがない。
つまり、異性が二人で話しているのを見るとすぐに恋仲ではないかと噂する女子高生も、ある美人女優が自分の恋人だったらこんなことをするのにと夢見るおっさんも、非公式カップリングで二次創作をする人々と同様の視点・思考回路を持っていると言えるのではないか。
そういった想像・妄想をすることの是非を言っているのではないし、これらの行為は少しも悪いことではない。
妄想したり、それを好む人間たちでこっそり共有するだけなら、誰にも何ら迷惑がかからないことだからである。
ただ、なぜそんなことができるのかが、できない人間にはまったく分からない。
これは二次元だろうが三次元だろうがある特定の分野に対してだけだろうが、同じである。
よく「あなたの萌えは誰かの萎え、あなたの萎えは誰かの萌え」という言葉が二次創作の界隈で言われているが、これは二次創作以外の場でも心にとめておくべきことなのである。
カップリングするときの二つの傾向について
二次創作においてカップリングするときに、男女で妄想する方向性に違いがある、というのはあるかもしれない。
むろん、あくまで全体的なものであって、例外も多く存在している。
しかし、全体の傾向として、男性は自分の存在を主張・投影することを好み、女性は自分を埋没・消去することを好む、と言えるのではないだろうか。
これは、男性向け恋愛シミュレーションゲームの主人公が、どこまでも無個性でプレイヤーを投影しやすいものであるのに対し、女性向けのものは主人公がきちんと個性を持っていたり、場合によっては攻略対象が男性キャラなのにも関わらず主人公も男性だったりすることなどからも、うかがえる。
つまり、二次創作におけるカップリングの基本は、男性は自分とお気に入りのキャラのカップリングであり、女性はキャラクター同士のカップリングなのである。
いわゆる腐向け作品を嫌悪する男性の感覚や、エロゲ展開を嫌悪する女性の感覚は、これらに起因するものである可能性が高い。
こういった嫌悪感は、理屈ではなく、感覚の違いからきているため、冷静な判断ができない人が多くなってしまうのであろう。
無意識に好き嫌いと善悪を混同していることは、意外と多い。
二次創作を楽しむときは、自分が嫌悪感を抱くものだからといって、他人もそうとは限らないということを、肝に銘じておいた方がいいであろう。
また、こういった感覚の違いは、重大な齟齬を生む場合も多い。
筆者が経験した中で言えば、同性のカップリングものが好きであることをとある男性の友人に話したところ、「3Pが好きなの?」と聞かれ、全面的に否定した、ということがあった。
当時はなぜそのような発想になるか全く分からなかったため、かなり困惑させられたものである。
今考えると、筆者はキャラ同士のカップリングということで話していたのだが、その男性の友人からすれば、基本が自分×キャラであったためそういう発想になったのであろう。
さて、これらの傾向の違いは、あくまで全体の傾向であって、男性だから、女性だから、といって必ずその発想になる訳ではないことにも注意したい。
男性でもキャラ同士のカップリングを好む人はいるし、女性でも自分とキャラとのカップリングを好む人もいる。
重要なのは、この2つの考え方が存在し、カップリングものの傾向をそれぞれ形成している、ということである。
この2つの発想をそれぞれ認め合い、無用な誹謗中傷をなくし、住み分けを進めていくことは必要なことだと思われる。
どちらの考えも二次創作を生み出す原動力となるものであり、優劣の問題でもなければ、善悪の問題でもないからである。
あからさまに嫌悪感を示したり、誹謗中傷をする前に、まずこの発想の違いを思い出して冷静になってから、そのうえで判断を下すようにしたい。
また、ネットでの匿名性を利用した自作自演行為は、悪質であるものほどかなり大きい規模で行なわれるということにも注意するべきである。
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