ブラッドスポーツ(Blood sport)とは、以下の意味である。
曖昧さ回避
なお、人が体を動かさないのに(または残酷な殺し合いなのに)スポーツと呼ぶ理由については「スポーツ」の記事を参照のこと。
1.の用法
闘牛(牛同士を戦わせる方)や闘鶏・闘犬、クワガタ相撲など、動物同士を戦わせるスポーツのこと。
狩り(スポーツハンティング)やスペイン闘牛(人と牛が戦う方)、鎌倉時代の「犬追物」など、人対動物のスポーツも「ブラッド・スポーツ」と見なされる。
bloodは「流血を伴う」という意味であるが、上記の通り血が流れなくとも、暴力や戦闘を伴うものを含む。
この意味での「ブラッド・スポーツ」は、現在動物虐待として世界的に非難を浴びており、伝統的なものであっても禁止ないし自粛される傾向にある。YouTubeでは、「人間が動物同士の戦いをけしかけたり、強制したりするコンテンツ」をポリシーで禁止している。
競馬など、戦闘ではない方法で競うものも「blood sport」とされることがあり、動物愛護団体などが批判する文脈でそう表現することもある。一方、下記のように英語圏の競馬関係者が自覚的に使う場合もある。
日本語では2.の用法で「ブラッドスポーツ」というが、本来の意味とは全く異なる。英語での会話で「horse racing is a blood sport.」と言ったら「競馬なんて動物虐待だ!」ぐらいの意味になってしまうことがあり、注意が必要である。
実際に、英語の記事では、競走馬のケガに関する記事において以下のように使われている。
On the very first day of my being in the stable area of a race track, I was warned by a senior trainer of two pitfalls that new horsemen could fall into: First of all, these horses are athletes, not pets. Do not get attached to them. Secondly, horse racing is a blood sport. Always has been; always will be.
Every year, horses get hurt, horses get killed. Every year, people get hurt, people can get killed. If you can't accept those realities, tear up your license now and walk away.
...
For the people who continue to protest racing, I well understand your beliefs and can sympathize with your position. But until you have known and taken care of a race horse for a week or a month or whatever, and watched in horror should that horse go down on the race track, never to stand again, try not to judge too harshly those of us who have. Racing is a blood sport. Horsemen would be the first to wish that it wasn't.
私が競馬場の厩舎エリアに所属したまさに第1日目から、先輩の調教師に、新人のホースマンが陥りうる落とし穴について2点注意された。第一に、馬達はアスリートであってペットではない。彼らとなれ合ってはならない。第二に、競馬はblood sportである。今までもそうだったし、これからもずっとそうだ。
毎年、馬は傷つき、命を失う。毎年、人もケガをするし、死ぬこともある。これらの現実を受け入れられないのなら、今すぐライセンスを破り捨てて出て行け。
(中略)
競馬に反対し続ける人の信念もよく分かるし、その姿勢に共感もする。しかし1週間でも1ヶ月でもいいから、あなたが競走馬についてよく知って、世話もして、競走馬が競馬場で二度と立ち上がれないようなケガをしたらと恐怖しながら見守るまでは、私たちの中でそれを経験してきた人たちを無慈悲だと判断しようとしないでほしい。競馬はblood sportである。ホースマンが真っ先に、そうでなければいいのにと思っているのだ。
――'Nothing causes more grief than watching a horse go down on the race track, a trainer says' "courier journal" by M.L. Smith
この「blood sport」は、見ての通り「生き物をケガさせたり死なせたりするようなスポーツ」という意味で(自戒を込めて)使われている。決してポジティブな意味では使われないため、日本の意味で「blood sports」などと言ったら関係者に睨まれることになる。
2.の用法
血統が勝敗を大きく左右するスポーツのこと。繰り返すが和製英語である。
血統が重視されるのは主にアニマルスポーツであり、その中で血統の記録が残り、日本人にとってメジャーなスポーツは競馬ぐらいなので、基本的には競馬のいち側面を指す言葉である。
競馬では、レースに有利な体のつくりや心肺能力、体の頑丈さなどは遺伝の要因が大きく、それにトレーニングという環境の影響が合わさってその馬の得意分野が決まる。これは人間と同じである(環境閾値説)。
競走馬を目指すための最低限の環境は横並びであるため、サラブレッドは人間よりも相対的に遺伝による影響が大きく出る。「そんなわけないだろ、馬主や厩舎によって違うわい」と思うかも知れないが、少なくとも子が競走馬を目指すのに親が野球馬だったので厩舎にバットやグローブしかない、というようなことはない。どこにいようと競走馬の調教用コースは用意されている。
ただし、あるコースの得意/不得意は複数の遺伝子や形質が総合されて決まるもので、親が得意だったレースで子どもが勝てるとは限らないし、全く関係ないところで才能を発揮することもある。それが競馬の「ブラッドスポーツ」としての面白さである。血統に反して短距離専用機だったサクラバクシンオーと、その孫なのに中長距離を得意としたキタサンブラックがその典型例だろう。
また、人間より少ないというだけでトレーニングのやり方という環境も重要である。ミホノブルボンが激しいトレーニングによりスタミナをつけ、血統的に短距離向きとされていたにもかかわらず二冠+菊花賞2着という結果を出したことが典型例である。
そんなわけで、遺伝による影響が大きいとは言っても、「親がこうだったから子もこうであるはずだ」と単純に片付けられる問題ではない。
ブラッドスポーツ?
継ぐべきは王者の血ではない 王者の魂だ!
これとは別に、親子2代で同じレースを制する、または親が勝てなかったレースを子が制するというドラマにロマンを感じる競馬ファンも多い。また、産駒成績がいまいちだった繁殖馬が孫や曾孫の世代で活躍する場合もあり、血統表で過去の名馬を久しぶりに見てそれを感じるファンもいる。
こうなると、遺伝という科学的要素を越えて、子孫へ代々受け継がれるということそのものが一種のドラマといえる。
この意味での「ブラッドスポーツ」という用法は人間にも使われる。特に、親子で同じスポーツを生業とする例が多い競馬の騎手では、親と同じ勝ち方を子が成した、という場合に使われることがある。
直近の例では、親子二代皐月賞・菊花賞・天皇賞(秋)制覇を成した横山典弘・横山武史親子が挙げられる。特に、2021年菊花賞で武史が父と同じ戦法で逃げ切り勝ちした際によく言われた。
当然ながら父と同じ戦法を使えた理由は「父の戦法を研究した」「馬の得意分野と当日のレース展開がちょうどよかった」という環境要因である可能性が高く、父から「菊花賞逃げ切り勝ち筋」や「菊花賞逃げ切り勝ち脳細胞」を遺伝したわけではおそらくない。父の背中を子が追うという浪漫が主な文脈であって、「ブラッド」スポーツというのはあくまで比喩である。
上述の通り、英語で「blood sport」と言った場合、この用法はない。
英語でもbloodに「血統」という意味があるが、blood sportという場合上記の通り「流血を伴う」の方の意味に取られる。この意味で用いる場合はpedigreeを使い、「Pedigree is often considered in horse racing.」などと表現した方がいいだろう。また、親も強かったが子も強かった、という意味ならそれをそのまま英語で言った方がよい。
現在では出版業界でもこのことが周知され始めており、社によってはこの意味で「ブラッドスポーツ」の語は使わないようにしているという。
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関連動画
1.の用法
2.の用法
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関連項目
- スポーツ
- 競馬
- 血 / 血統
- 動物虐待
- 和製英語
- 原義と意味の違う外来語一覧
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