アラホウトク(Ara Hotoku)とは、1985年生まれの日本の競走馬。黒鹿毛の牝馬。
天才に対して兄弟子の意地を見せつけた、1988年の桜花賞馬。
主な勝ち鞍
1988年:桜花賞(GⅠ)、4歳牝馬特別(東)(GⅡ)
父トウショウボーイ、母ビンゴモレロ、母父*デュールという血統。
父は1976年の皐月賞と有馬記念を勝った「天馬」で、ライバルのテンポイント・グリーングラスと三強を形成して「TTG」と呼ばれた名馬。種牡馬としても格安の種付け料で走る産駒を出し数多くの零細牧場を救った救世主で、三冠馬ミスターシービーや華麗なる令嬢ダイイチルビーなどを送り出した。
母は18戦3勝。1歳下の全弟に1979年の皐月賞勝ち馬ビンゴガルーがいる。
母父はアメリカのRound Table産駒で、1963年のブリーダーズフューチュリティSなどの勝ち馬。種牡馬としては主に地方向け種牡馬で、代表産駒は地方出身でサラ系唯一の年度代表馬ヒカリデユールと、上記ビンゴガルーである。
半兄に1986年の目黒記念勝ち馬ビンゴチムール(父*キングオブダービー)、半弟に中央でオープン特別を3勝したメイショウユウシ(父*エブロス)がいる。
1985年3月24日、新冠町のアラキファームで誕生。アラキファームは「アラ」冠名を使用する馬主でもあり、彼女は牝馬ということもあって、そのままアラキファームの所有として走ることとなった。
馬名の「ホウトク」は甲子園常連校としておなじみ、兵庫県の報徳学園高等学校から。牧場の代表が高校野球好きで生産馬の幼名に高校名を用いており、彼女は幼名の「荒報徳」をそのまま競走馬名にしたそうな。ちなみに前述の皐月賞馬ビンゴガルーもアラキファーム産だが、幼名は「荒崇徳」だったそうである。
所属厩舎はカツラノハイセイコなどを管理した、栗東の庄野穂積厩舎。デビューから引退まで河内洋が鞍上を務めた。同厩の同期にシヨノロマンがいる。
※本記事では馬齢表記を当時のもの(数え年、現表記+1歳)で記述する。
仕上がりに時間がかかり、デビューは4歳になってからとなったアラホウトク。1988年1月31日、京都・ダート1200mの新馬戦にてデビュー。2番人気ナムラスタリオンと同オッズの1番人気に支持され、逃げたものの2番手で追ってきたナムラスタリオンに半馬身かわされて2着。
中1週で同条件の折り返し新馬戦に向かうと、単勝1.2倍の支持に応えて9馬身差で圧勝する。
これで桜花賞を目指し、桜花賞と同条件となる3月の初雛賞(400万下)へ。ここも単勝1.7倍の断然人気に支持されると、後のマイルCS勝ち馬パッシングショットを完封し連勝を飾る。
続いてトライアルの4歳牝馬特別(西)(GⅡ)(現:フィリーズレビュー)に向かい、ハイペースで逃げたスカーレットリボンに2馬身半突き放されたものの2着を確保。無事に桜花賞の優先出走権をゲットした。
というわけで迎えた桜花賞(GⅠ)。この年の桜花賞は6番人気まで単勝1桁の混戦ムード。1番人気は前述のスカーレットリボン、2番人気は無傷の3連勝中のスイートローザンヌ、3番人気が重賞2勝で4歳牝馬特別(西)3着のシノクロス。そして4番人気と5番人気が2頭出しの庄野厩舎の2頭だった。
河内洋とアラホウトクは6.9倍の5番人気。もう1頭の4番人気は、河内洋の弟弟子、昨年にデビューして新人最多勝記録を更新した、ピカピカの19歳だった天才・武豊の騎乗するシヨノロマンである。武豊も単勝1桁オッズでのGⅠ出走はこれが初めてのことだった。
レースが始まる。アイノマーチとリキアイノーザンがレースを引っぱり、シヨノロマンが3番手につける。アラホウトクはそんな先行グループを見るように中団の前目につけた。直線に向かい、逃げた2頭の脚色が鈍ると経済コースを通っていたシヨノロマンが内ラチ沿いから抜け出しを図る。武邦彦の息子、若き天才がGⅠ初制覇か!と会場も最高潮に盛り上がった、まさにそのとき。
若造に、弟弟子に、そうやすやすとクラシックタイトルを獲らせてなるものかと、外に持ち出して猛然と追い込んできたのが、兄弟子・河内洋とアラホウトク! 並ぶ間もなくシヨノロマンを一気に差し切り、1と3/4馬身差をつけてゴール板へと飛び込んでいった。
天才の初GⅠの夢を蹴散らして、兄弟子の意地を見せ付ける勝利。勝ちタイム1:34.8は、1975年、あのテスコガビーの伝説の大差圧勝で記録されたレコードを0秒1更新した。アラキファームは馬主としてはこれがGⅠどころか重賞初制覇。庄野厩舎は40年ぶり史上2例目となる同厩舎桜花賞ワンツーを決めたのだった。
続いてアラホウトクはシヨノロマンと一緒に4歳牝馬特別(東)(GⅡ)(現:フローラステークス)へ向かい、ともに中団待機から今度はアラホウトクの方が先に押し上げていってシヨノロマンを寄せ付けず連勝。再びワンツーを決める。
しかし単枠指定で単勝2.2倍の1番人気に支持された優駿牝馬(GⅠ)で直線伸びず7着に沈むと、秋は牡馬相手の神戸新聞杯(GⅡ)で単枠指定の単勝1.9倍に支持されたが見せ場なく5着。ローズステークス(GⅡ)でも1番人気ながらシヨノロマンに完敗の6着に敗れ、エリザベス女王杯(GⅠ)ではシヨノロマンに次ぐ2番人気に支持されたが、シヨノロマンの夢を伏兵ミヤマポピーが打ち砕くハナ差の接戦から4馬身以上離された4着。
当時は牝馬限定の古馬の大レースは存在しなかった時代。牧場所有の馬ということもあり、このエリ女を最後に現役引退、故郷のアラキファームで繁殖入りすることになった。通算10戦4勝 [4-2-0-4]。
引退後は繁殖牝馬として8頭の仔を産み、第7仔オースミコンドル(父*コマンダーインチーフ)は1999年ラジオたんぱ杯3歳Sで2着、翌年のプリンシパルS2着で東京優駿出走(9着)を果たした。
1998年3月12日、*フォーティナイナーとの種付け中に背骨を骨折し14歳で死亡。5頭の牝馬が繁殖入りして牝系の血を現在まで繋いでおり、2014年にはアラホウトクを3代母に持つエキマエが兵庫チャンピオンシップ(JpnⅡ)を勝利している。
| トウショウボーイ 1973 鹿毛 |
*テスコボーイ 1963 黒鹿毛 |
Princely Gift | Nasrullah |
| Blue Gem | |||
| Suncourt | Hyperion | ||
| Inquisition | |||
| *ソシアルバターフライ 1957 鹿毛 |
Your Host | Alibhai | |
| Boudoir | |||
| Wisteria | Easton | ||
| Blue Cyprus | |||
| ビンゴモレロ 1975 黒鹿毛 FNo.4-l |
*デュール 1961 黒鹿毛 |
Round Table | Princequillo |
| Knights Daughter | |||
| Lea Moon | Nasrullah | ||
| Lea Lark | |||
| フラワースウイース 1966 鹿毛 |
*パーソロン | Milesian | |
| Paleo | |||
| *トリーテイ | Pipe of Peace | ||
| No Risk |
クロス:Nasrullah 4×4(12.50%)、Hyperion 4×5(9.38%)
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最終更新:2025/12/05(金) 16:00
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