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概要
統合失調症の原因はハッキリと解明されていないが、脳内のドパミンの過剰分泌が幻覚、幻聴などの陽性症状の原因、セロトニンの過剰分泌が意欲低下、引きこもりなどの陰性症状の原因だという仮説がある。
実際、統合失調症に有効である薬として使われているのはドパミンのD2受容体遮断薬が主で、陰性症状にも効く薬はセロトニンの5-HT2A受容体遮断作用が加えられている。陽性症状のみに効くものを定型抗精神病薬、陰性症状にも効くものを非定型抗精神病薬と呼ぶ。
定型抗精神病薬
フェノチアジン系
精神疾患に効く薬として世界で初めて登場した、革命的な医薬品。それまで人工的にマラリアに感染させる(マラリア発熱療法。なんとノーベル賞を取っている)だの、脳を切り取る(ロボトミー手術。こちらもノーベル賞を取っている)だの、物理的にもショッキングな治療ばかり行われいてた精神医学の世界を一変させた。
きっかけは第二次世界大戦真っ只中の1942年、マラリアの特効薬「キニーネ」の大生産地だったオランダ領ジャワ島を日本が占領したことに遡る。代替薬が無いこともなかったが副作用の多さから実用的でなかったため、キニーネ不足に直面した連合国では抗マラリア薬の開発が急務となっていた。旧日本軍のマラリア感染率は改善したのかって?お察しください。
そこでフランスのローヌ・プーラン社が目をつけたのが合成染料「メチレンブルー」(現在も熱帯魚屋で魚用の薬として売られてる)。マラリア原虫を選択的に染めることから注目され、抗マラリア薬として一定の成果を上げていたこれを基に医薬品を開発することにした。
キニーネの代わりになるような薬が開発できずに失敗作が積み上がっていた1945年、別の会社から抗ヒスタミン薬「ジフェンヒドラミン」が発売され、抗ヒスタミン薬のブームが起こる。そこでローヌ・プーラン社は方針を転換し、メチレンブルーを基にした開発は継続しつつ、抗ヒスタミン作用を持つものを売ろうということになった。
1950年のある日、アンリ・ラボリという医師が会社を訪れ、「中枢抑制作用の強い薬を作ってくれ」と要望を出してきた。彼は戦場での心理的要因と循環性ショックについて研究しており、ローヌ・プーラン社の抗ヒスタミン薬と麻酔で一定の効果が得られたという。開発陣は失敗作の中から「プロマジン」という薬を選び、構造中に塩素(chlorine)を導入することで中枢効果を高めた。これが世界初の精神疾患に効く薬「クロルプロマジン」である。
ラボリの研究は氷で体を冷やしながら薬剤を静注することで擬似的な冬眠状態を作るというものだった。しかし彼の疑似冬眠療法を精神疾患に応用し始めた病院では「麻酔入れてるけど、これクロルプロマジンだけで効かね?」ということが経験的に知られ始め、さらに「氷取り替えるの面倒くさくね?」と氷の取り替えをサボり始めたことから、体温低下ではなく、クロルプロマジンそのものの薬効であることが判明した。
医薬品名 (商品名) |
備考 |
クロルプロマジン (コントミン) |
前述の通り、精神医学に革命を起こした歴史的な薬。陽性症状に対する効果は新しい薬に引けを取らないが副作用が多く、1970年代には長期使用による錐体外路症状が騒がれた。ちなみに発売当時はどうして効くか分かっておらず、1958年の脳内ドパミン発見、1966年のドパミン過剰仮説、1975年のドパミン受容体の発見まで待たねばならなかった。日本では吉富製薬が別製法で開発しており(当時の特許ルールではOKだった)、「こんこんと眠る吉富のアミン」からコントミンと名付けられた。 |
フルフェナジン (フルメジン) |
クロルプロマジンより陽性作用への効果が高く(コントミンの1/50で効く)、即効性が高い。また副作用も軽減されている。 |
レボメプロマジン (レボトミン) |
90年代まではコントミン、セレネースと並んでTOP3だった抗精神病薬。抗精神病薬では最強の睡眠作用を持ち、鎮静薬としても用いられる。 |
様々な受容体に作用するため作用も副作用も多岐にわたり、少し使いづらいきらいがある。代表的なものとして、
- 錐体外路症状(パーキンソン病に似た筋固縮、振戦、無動) - ドパミン不足による。
- 悪性症候群(筋強縮、発汗、発熱) - ドパミン不足による。
- 起立性低血圧 - α1受容体遮断による。
- 口渇、便秘 - 抗コリン作用による。
- 高プロラクチン血症(乳汁分泌や月経不順など) - D2受容体遮断による。
- 遅発性ジスキネジア(顔面の不随意運動) - ドパミン神経の機能亢進による。休薬で悪化。
- SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群。低ナトリウム血症、高張尿を主徴とする。)
などが挙げられる。
ブチロフェノン系
フェノチアジン系よりD2受容体遮断作用が強く、副作用が弱い。
医薬品名 (商品名) |
備考 |
ハロペリドール (セレネース) |
リスペリドンが登場するまで世界中で使われていたベストセラー。ヨーロッパでは好評を得たが、精神病を薬で治すことを良しとしない、治るはずがないという立場の精神分析医たち(60~70年代のアメリカでは幅を利かせていた)の反発にあい、アメリカでは認可を得るのに苦労した。なおアメリカは80年代から主流が生物学的精神医学(精神疾患を脳の病気として捉える)にコロッと変わってしまった。 |
ブロムペリドール (インプロメン) |
ハロペリドールと似た作用を持っている、弟のような薬。ハロペリドールよりも作用の発現が早く、副作用が小さい。1999年まで日本での売り上げトップだった。 |
スピペロン (スピロピタン) |
非常に強力なD2受容体遮断作用を持つが、強力が故に調整が難しく、処方されることは稀。大きな力を持つことは必ずしも役に立つわけではないのだ。 |
ベンズアミド系
医薬品名 (商品名) |
備考 |
スルピリド (ドグマチール) |
低用量で消化性潰瘍に、高用量でうつ病、統合失調症に効果を示す(血液脳関門という脳のバリア機構に阻まれ、移行性があまり良くない)。高用量を要するため、血液脳関門が存在しない脳下垂体のD2受容体遮断による高プロラクチン血症(乳汁分泌、月経不順など)の副作用が出やすい。 |
非定型抗精神病薬
D2受容体遮断作用に加えて5-HT2A受容体遮断作用も持ち、陽性症状、陰性症状の両方に効く。錐体外路症状の副作用が軽減されている。
SDA
SDAはセロトニン・ドパミン・アンタゴニスト(遮断薬)の略。高プロラクチン血症が出やすい傾向にある。
医薬品名 (商品名) |
備考 |
リスペリドン (リスパダール) |
非常にメジャーな非定型抗精神病薬。ハロペリドールの錐体外路症状が出やすいという欠点を補う形で開発された。 |
パリペリドン (インヴェガ) |
リスペリドンの活性代謝物を持続的に効くようにした薬。半減期が長いため一日一回の服用で効果を示す。商品名はInvigorate(活気づける)+夏の大三角形の一つ、こと座のベガから。 |
ペロスピロン (ルーラン) |
抗不安薬のタンドスピロンを基に作られた日本生まれのSDA。世界展開していないため臨床データが少なくいまいちマイナーだが、高プロラクチン血症は軽減されている。 |
MARTA
MARTAはMulti-Acting Receptor Targeted Antipsychotics=多元受容体標的化抗精神病薬の略。セロトニン、ドパミンだけでなく、他の多くの受容体にも作用して双極性障害などへの効果を示す。血糖値が上がりやすいため糖尿病患者には禁忌。
医薬品名 (商品名) |
備考 |
オランザピン (ジプレキサ) |
リスペリドンと人気を二分する非定型抗精神病薬。定型抗精神病薬からの切り替えで副作用が生じにくく、増量も容易なので使いやすい。 |
クエチアピン (セロクエル) |
錐体外路症状が出にくい一方、作用発現が遅い。高プロラクチン血症が軽減されている。 |
DSS
DSSはドーパミン・システム・スタビライザーの略。ドパミンの受容体を遮断するのではなく、受容体に結合してやんわり作動させることで、ドパミンの結合を阻止しつつ、ドパミン欠乏による錐体外路症状も抑制している。
医薬品名 (商品名) |
備考 |
アリピプラゾール (エビリファイ) |
即効性では他に劣るが、その特性から副作用の少なさでは抜きん出ている。双極性障害やうつ病の治療にも用いられる。お笑い芸人・ハウス加賀谷の復帰のきっかけになった。 |
ブレクスピプラゾール (レキサルティ) |
DSSではなくSDAM(セロトニン・ドーパミン・アクティビティ・モジュレーター)という別の名目で販売されているが同系統の薬剤。アメリカではうつ病の治療にも用いられる。 |
関連項目
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