本記事では、sm125732の2000万コメントから3000万コメントに至るまで(2011/6/1~2015/10/12)の歴史を紹介する。
自演動画の歴史一覧
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2012年の記録
2013年の記録
2014年の記録
2015年の記録 |
反動、そして回復
2011年6月
2000万コメ達成後の反動で過疎が進み、6月のコメ数は半減。水銀党のコメ禁騒動はサーバー改修が終わったのか6月初旬に止んだが、この間に失った党員も多くペースを上げることができず。
6/18
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6/25
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2011年7月~9月
7月から新規支援者が入るようになり徐々にコメ数が増えていく。釣りタグも引き続き行われ、やや自演有利な状態で推移した。水銀党との差は20万程度。一方で、投稿した動画に100万コメントされることで貰えるニコニコスタンプ(動画投稿・コメントLv4)をねらい、マクロで100万コメを目指す動画が7月から急増。自演のコメラン1位が厳しい状態に。このスタンプ動画急増の背景には、運営がサーバー改修を終えてコメ禁圧力を弱めたことが考えられる。
7/18
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8/26
日間コメントランキング1位。以降約1年半、日間コメラン1位からご無沙汰に。下旬には短期間だったがコメ禁が頻発し、新規支援者も犠牲に。 |
9/3
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9/6〜8
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9/9
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9/27
祭り準備の一環として、支援ツールである「Jien Timer」が支援者によって開発。自演支援者による支援ツール開発はこれが初めてである。機能としてはAitimerとす++を組み合わせたものであり、さらに手打ち支援が特化された。 |
2011年10月
10/1
コメント祭り開催。デイリー10万コメントをめざそうと多くの支援者が支援をする。午前中に毎時5kを連発。理想的なロケットスタートを切り、広告も随時投入される。 14時03分 同時に総コメント数2100万突破。午後からは午前中ほどの勢いは出なかったが、毎時3k程度で推移しコメ数を伸ばしていく。 結果は94,019コメント。このデイリー記録は約4年間破られない記録となった。祭りにより広告額は37,200pt、水銀党との差は26万コメ→35万コメとなった。しかし、この祭りを境にイベントに恵まれず、新規支援者が離脱し再び過疎化が進む。 |
10/20
ニコニコモバイルアプリが改悪。今までのバージョンではチャットができて、投稿もコメ設定して送信と単純であったが、新バージョンではチャットがしにくく、投稿についてはコメ設定した後に投稿ボタンにフォーカスしないと送信できないという面倒なものになった。携帯支援を行う支援者は改悪に憤り、しばらくは旧アプリの使用を行う。 |
過疎との闘い、再び
2011年11月~12月
祭り後の新規支援者離脱が進んだことで、常連支援者も相次いで離脱し、さらに過疎化が進んだ。水銀党のコメ数と同程度まで落ち込み、差は40万程度で拮抗する。常連支援者は11月頃からTwitterへの移行が進み、それぞれTwitterで支援以外の独自活動を行うことも増えた。過疎に対抗する支援者は釣りタグ・大量広告・手動マイリス工作を駆使するが、なかなか支援者は増えず。
11/18
ニコモバが正式に新バージョンに移行し、旧アプリが使用不能に。これにより、携帯支援の利便性が悪くなり動画内でのチャット頻度が減ったが、新機能である「みんなの感想」がチャットルームの役割を果たし、支援者はそこで情報交換を行うことが増えた。「みんなの感想」の新着コメはニコモバTOPの「最新の感想」に掲載されたため、ニコ厨からの苦情も時々来ていた。 |
11/27
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12/12
ニコニコ5周年記念で、ニコニコランキング改変。ランキングデフォルトが将棋盤から24時間毎時更新デイリー総合ランキングとなる。これにより広告でランキングに上げることで自演動画がより目立つ可能性が出てくる。 |
12/27
マンネリ防止に祭り開催。この祭りはニコモバ「みんなの感想」で事前に計画され、大量広告を行い20,600ptを投下。ランキング改変効果も加わったのか5日間で23,000再生を稼ぐ。しかし、新規支援者は定着せず、過疎の打開にはならなかった。 |
2012年1月~2月
1/8
チャット化して以来初めてデイリーコメが1,000コメを割る。常連支援者の試験期間と重なりコメ数が大幅ダウン。月間コメ数はチャット化以降初めて10万を切る |
2/16
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2012年3月
200万再生特需もありコメ数上昇。釣りタグも行われ宣伝が進む。
3/4
自演民オフ会。常連支援者中心に5人が集結。今後の自演について話し合った。このオフ会には常連支援者引退の打ち上げ的な要素もあった。 |
3/8~12
sm17187768 |
3/19
21時48分 200万再生(ダブルミリオン)を達成。コメント職人がCAを披露するなど盛り上がった。その後も釣りタグが行われ再生数が上昇するが、一時タグ編集が禁止になることも。 |
3/22
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2012年4月
4/7
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4/8
投稿5周年。5周年に乗じて1週間釣りタグで宣伝。そして5周年をキリがいいと見て2010年支援者を中心に引退する常連が続出。以前は2010年支援者を中心にチャットが行われていたが、彼らの離脱によりチャットの頻度も激減。残った一部の支援者は、過疎に対抗するために奮闘。これにより、コメ数の急激な落ち込みをなんとか防いだ。 |
4/25
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2012年5月
釣りタグが継続して行われたことで、チャットは無かったが新規支援者が定着。古参支援者はここから繁忙シーズンとなったのかコメ数が低迷。
5/1
ニコニコ動画:Zeroがプレミアム会員に公開。あまりの使いにくさ・重さでニコニコ中で大炎上。自演支援者内でも当然大不評となり、多くは原宿verで支援を行う。 |
5/29
チャットの障害となっていたNG共有設定がうp主により無効となる。これで、NGスコアが高い支援者のコメントがコメ欄に表示されるようになった。なおうp主訪問はTwitterを通じて発信され |
5/31
1時28分 総コメント数22,222,222を突破。 |
2012年6月~7月
依然として苦しい状況が続く。とにかくチャットがない状態で全く盛り上がりに欠けていた。新規支援者を獲得するための釣りタグより、現支援者のコメ支援を特化する策を提案する者もいた
6/9
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2012年8月
夏休み・お盆に入り、離脱した支援者の一時的な復帰や、新規支援者訪問もありコメ数が上昇。
8/5
水銀党からマクロによるコメントが勃発し、水銀党のコメ数が急上昇する。2011年12月から党員との差は40万コメで拮抗していたが、これによって急激に差を縮められた。 |
8/28
水銀党に1位の座を奪われ、総合コメントランキング2位転落。水銀党からのマクロコメが止まる。なお、マクロ犯は党員支援者とは無関係なので注意。 |
超暗黒期
2012年9月〜2月
8月からの水銀マクロに嫌気がさしたのか、落ち込みをカバーしていた支援者も離脱。残った支援者は釣りタグの新規支援者稼ぎに奔走。新規支援者は訪れたが、当時の会話の無さか大量コメまでには至らず、コメ数はさらに激減。デイリー1000コメを切る日が多くなった。
9/3
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9/6
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10/17
ニコニコ動画:Qがスタート。Zeroに比べて負荷は軽減されたものの、見にくい動画プレイヤーはほとんど改善されず。依然として支援者は原宿を利用し続ける。 同時にニコニコ動画が日本語版・英語版・中文版に再リニューアルされる。それぞれの版が別々の鯖であったため、それぞれ同時に支援しても拒否にならない仕様であった。この仕様は後に自演に大きな影響を与えることになる。また、この頃からコメ番とコメ数が一致しなくなる。 |
12/29
自演&水銀支援者オフ会開催。古参支援者を中心に集まった。両者が和解する象徴的なイベントとなった。当時の様子を記したブロマガ |
不調がピークとなり、月間33,546コメ。チャット化以降では月間最低の記録となる。しかし諦めずに続けられた釣りタグが功を奏したのか、居ついた新規支援者を中心にチャットが行われ、大量コメまでは至らなかったが徐々に賑わいを取り戻す。 |
2月下旬から新規支援者が定着。彼の奮闘によりコメ数が大幅に増え、月間コメ数は7万台まで回復。この間に水銀党とは、最大23万コメ差となった。 |
奇跡の復活、死闘完結
2013年3月
2月下旬の新規支援者の奮闘で、超暗黒期脱却への期待が高まり、他の支援者も同時にコメ数を増やし始めた。1月からチャット化が進行していたため、支援者達が連携を取りやすくなったこともコメ数上昇の一因と考えられる。
3/16
15日から2300万を目指す新規・古参が集まり、久しぶりに彼らによるチャットが行われる。 0時20分 総コメント数2300万突破(0時44分 日本鯖コメント数2300万突破)また久しぶりにデイリー1万コメを達成する。(2012年8月5日以来) |
2013年4月~6月
4/8
0時、投稿6周年に乗じて事前にメールなどでアポを取っていた古参支援者が集まり、うp主も参上。「5秒毎にコメントしてね」がタグロックされる。2007年〜2013年の支援者が勢ぞろいするというメモリアルな時間となった。この日は14,000コメを記録。 |
6/26
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6/29
新規支援者がデイリー1位&1万超えを目指して、1人1日通してコメント祭り。夜からは常連支援者も続いて支援。1位は逃したものの、デイリー18,000コメを超えた。 |
2013年7月
新規支援者増加や、1位奪還への期待から古参支援者も一時的に復帰。6月29日の祭りを境にデイリー1万コメ超えの日も多くなったため、均衡を破り急速に水銀党に迫る。
7/16
23時59分、ついに水銀党を抜き、総合コメントランキング1位を奪還。2位滞在期間の315日は過去最長。水銀党は皮肉にもローゼン3期放送中の転落であった。 |
7/17
5時、水銀党が再生・コメ・マイリス工作を受け、昼に自演は再度2位転落。この工作は自演への反撃と、ローゼン3期の宣伝が目的と考えられる。 |
7/18
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世代交代、首位独走
2013年8月
2013年下半期には常連支援者の形がほぼ確立し、コメ数が月間20万台まで回復する。
8/2
コメコジキナノサーが1000万コメ達成。自演支援者もキリ番時に駆け付け、何故かナノサーよりも自演の方が歓喜ムードとなっていた。これを機に、ナノサーは中旬からコメ速度を落としにかかった。減速した理由は「自演・水銀と争いたくないから」とのこと。 コメントのタイトルを独占していたナノサーの減速により、自演にタイトル獲得の機運が高まった。そのため新規支援者はタイトル獲得に熱を入れ、さらに支援に邁進。 |
2013年9月
9/12
世代交代後初のキリ番ということで、1週間前から大きな盛り上がりを見せていた。 0時34分 総コメント数2400万突破(0時44分 日本鯖コメント数2400万突破)749日ぶりの日間コメントランキング1位達成(2011年8月26日以来) |
9/20
運営から「ニコニコ動画:原宿の廃止」、「新バージョン ニコニコ動画:GINZAへの完全移行」を12月3日に行うことが予告され、ニコニコ中で批判が殺到する(原宿廃止問題)。 原宿支援に依存していた支援者達は動揺。10月8日にリリース予定のGINZAはQをベースに開発されており、使いづらく負荷の大きい動画プレイヤーになることは予告動画からも明白であったため支援者は大きく落胆。支援者はニコ厨の批判の高まりで原宿廃止が覆ることを期待することに。 |
9/22
129週ぶりの週間コメントランキング1位達成(2011年4月第2週以来)ライバル動画と接戦となったがギリギリ1位を獲得した。 |
9/28
支援者の世代交代が進んで初めてのコメント祭り開催。支援者の多くが1日通して支援を行った。結果は34,446コメ。同日日間コメントランキング1位。 |
2013年10月
祭りの反動や支援者の試験期間もあり上旬はコメ数が落ち込む。また、7月からの大規模なタグ釣りが終わり、再生数が落ち着く。しかし下旬からは支援者が再度復帰しコメ数上昇。
10/8
ニコニコ動画:GINZAがリリース。支援者はGINZA初支援を行うが、使いづらく見にくい動画プレイヤーは相変わらずであった。また、コメ欄表示バグ(霧現象:コメント更新ごとにコメ欄のコメントが非表示になる現象)が頻発し支援者内で不満が続出した。 ニコ厨からも連日激しい批判が集まっていたが、支援者は日が経つにつれ原宿廃止が覆りそうにないと分かりGINZAの適応を目指す。 |
2013年11月
11月初旬に党員とともにマクロ攻撃を受け、コメ数が急増する。11月は支援者が独自に祭りを行うなど10月に比べて好調に推移。
2013年12月
12/1
はてなブロガーにより自演動画の特集記事 |
12/3
12時 ニコニコ原宿が廃止され、ニコニコGINZAに移行した。 しかし11月にはほとんどの支援者がGINZAに移行・適応していたため、コメ数の落ち込みを防いだ。また、某動画で紹介されていた「ブラウザ設定を変更してGINZAを原宿っぽくする」方法や、「UserAgent偽装で原宿プレーヤーに戻す」方法で支援する者もいた。 また、「ニコる」が支援者内でも話題となり、自演にコメしたニコ厨のコメントを片っ端からニコり、自演をアピールする作戦も練られた。 |
12/17
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12/25
14時頃、2500万に向けてコメントが集まる中、一つのコメントが何重にも表示されるバグ(コメント重複バグ)が発生。尋常ではない重さとなり、コメント投稿に苦しむ支援者が続出。 |
12/27
12時13分、日本鯖コメント数2500万突破。なお、このバグの影響は達成後も続き、フィードバックで運営に問い合わせる支援者も相次ぐ。しかし正月休みなのか運営はこの期間に全く対応せず支援者の不満が増大することに。このバグの原因は、自演が属するコメントサーバーのエラーの可能性が高い。 |
過疎期
2014年1月
重複バグ、環境変化による支援者離脱、25M特需の反動で、2013年下半期からの好調ムードが終了。
1/9
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2014年2月~3月
25,252,525コメントの後はイベントに恵まれず、環境変化もあり離脱する支援者が続出。離脱者増加でチャットの頻度も減少し、コメ数も低迷する。これにより、月間10万前半台に停滞。特に当時の支援者が、タグ釣り・広告などの再生数増加策に関する知識があまりなかったため再生数は低調。支援者の流入が起きず苦しい状況が続いた。
2/3
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2/14
総コメント数25252525達成。(16日 日本鯖コメ数25252525達成)中旬から復帰する支援者により一時勢いを盛り返す。 |
3/15
常連支援者の繁忙期に差し掛かかり、2月よりもコメ数が低迷する。日間670コメ。2013年2月4日以来の3桁コメ(2019年現在最後の3桁コメ日) |
2014年4月~7月
4月から復帰する支援者が増え始める。3月から一転してチャットも活発化しコメ数はやや増加。しかしイベントに恵まれなかったことや、2013年に比べ支援者は不定期に訪れていたため、コメ数は15万台で停滞を続けた。
4/8
初旬には、冬に離脱した支援者の一部が復帰し始める。チャットも再び活発化するが、コメ数は停滞を続けた。投稿7周年で支援者が集まり12,052コメを記録。 |
5月上旬
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5月下旬
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6月上旬
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6/7
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6/28
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中旬には、久しぶりの支援者記念動画の投稿。コメ数はそれ程伸びなかったが2600万コメントへの期待もあり、チャットはさらに活発化。 |
海外鯖活躍、コメ数倍増
2014年8月
海外鯖との併用支援が支援者内で本格化する。これを機にコメント数が月間20万台まで増加する。当時は英鯖のみとの併用(2鯖)が主だった。海外鯖併用は串支援と同じく5秒投稿制限を超えてコメントすることが可能であった。
鯖の数が限られているため串支援ほど多く打つことはできなかったが、設定の容易さや安定した接続により、常連支援者を中心に受け入れられた。これにより、常連支援者の打つコメ数が倍増。
8/2
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8/4
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8/6
海外鯖との併用支援が支援者内で本格化。しかし、この頃からタグ荒らしが付きまとったことで、支援者はタグ編集への関心がさらに薄れることになり、再生数は停滞を続けた。新規支援者はほとんど訪れなくなった。 |
8/16
水銀党との差が200万を超える。2014年から水銀党はコメ数が2桁の日々が続き自演を抜く力はなく、約5年に及ぶ自演と銀様の戦いは自演側の勝利でほぼ決定的となった。 |
2014年9月
この頃から、プレミアム会員につき毎月500ptチケット支給のサービスが始まるこの動画にもチケットで宣伝する人が増え、広告額が徐々に増えていった。中旬、久しぶりにうp主が参上。なぜか「5秒毎にコメントしてね」のタグロックを外して帰ってしまう。
2014年10月~11月
11/14
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2014年12月
12/4
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12/14
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2015年1月
3鯖の普及で1日1万コメ打つことが容易となり、一部支援者は頻繁に爆上げを図りコメ数を伸ばした。
1/11
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1/18
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1/28
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2015年2月
2/1
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2/7
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2/15
第2回3鯖の嵐作戦。前回よりも多くの支援者が本腰を入れて24時間支援を行う。一時は10万コメ/日を超える勢いを見せるも、結果は歴代2位(※当時)の86,273コメ/日を記録。3鯖の使用により一人一万コメを打つ支援者も多く、最高で3万打つ支援者もいた。 |
2/20
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2015年3月
上旬にコメ鯖メンテナンスが行われ、チャットの障害となっていた霧現象が無くなった。
3/9
1時28分 総コメント数2800万突破。2700万〜2800万コメまでの所要日数が84日と、2000万達成以降初めて所要日数が100日を切った。同日、連続1万コメ記録が30日で途切れる。 |
2015年4月〜5月
3000万コメントへの準備
2015年6月
上旬から元支援者の復帰により、彼による自演コミュでの放送が頻繁に行われるようになる。このコミュを通じて支援者同士で3000万コメに向けてのアピール策について会話が交わされた。アピール策として、タグ釣り・広告・支援者紹介動画などが提案されるなど、支援者内で3000万コメに向けての準備が進むことになった。
2015年7月
コミュ放送をきっかけに、初旬から支援者達がTwitterでやり取りすることが増える。
7/14
ニコニコ初の3000万コメントまで、あと100万と迫った。同日、日間コメントランキング1位。29M特需やコミュを介して新規支援者が来訪したことで、月間コメント数は279,659コメと春からの停滞を打破。 |
2015年8月
8/17
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2015年9月
9月上旬にマリオメーカー問題が勃発。(ゲーム実況ランキング制圧騒動)マリオメーカー動画がランキングを制圧したことで、ニコニコ中で大きな騒ぎとなった。
大規模広告、歓喜の3000万コメント達成
2015年10月
詳細は「3000万コメント達成までのtwitter内での様子」に掲載。
10月初旬、支援者達はマリオメーカー問題に目をつけ、大量広告の原因はニコニ広告割引券と特定。これを通じて大量広告を行いランキング上位に躍り出ることで、3000万コメントのアピールにつながると考えた。この計画はコミュ放送・Twitterを通じて議論され、達成時期・広告額について綿密な打ち合わせが続いた。
打ち合わせの結果、今月18日達成予定に。投下金額は支援者募金を加え4万円程度。広告投下日時は10日19時となった。また、キリ番間近でランキングにあげたほうがよりニコ厨が3000万を意識しやすいと考え、10日19時までに2990万に合わせることに決定した。
10/10
3000万達成の調整のため、久しぶりに朝から大量支援。18時には2990万を超える。 18時から割引券と福引きキャンペーンを利用した大量広告を始め、99,900ptを投下。19時に総合毎時1位にランクインし、ニコ厨からのコメントが急増。多くのニコ厨に3000万目前をアピールすることに成功し、20時には毎時約7000再生を記録。20時毎時総合7位。なおもニコ厨が殺到し続け、大量広告は予想以上の成果を上げた。 結果的に10日は再生数24,273(総合73位) コメ数37,837 マイリス数112を記録し、総合ポイント74,231(24位)。再生数は4年半前の最高記録を上回った。 |
10/11
昨日からの宣伝効果が続き、朝から多くのニコ厨が集う。9時に28,000ptを投下、10時毎時総合3位。10時には76,000ptを投下、11時毎時総合1位。これにより24時間総合10位以内にランクインしたのか、さらにニコ厨が殺到する。 昼にも立て続けに広告を入れ続け、毎時ランキングは12時7位、13時7位、14時9位。昼間は24時間総合10位以内にもランクインし続け、再生数も爆発的に増えた。19時から、24時間総合ポイントから昨日の約10万pt分が剥落し、再生数の伸びがやや落ちる。 12日0時から再び広告を入れ、1時毎時7位、3時12位、4時9位と再び順位を上げる。結果、再生数47,965(総合30位) コメ数32,903 マイリス数149を記録。総合ポイント123,020(8位)に。デイリー総合10位以内は初で、デイリー再生数では過去最高位・過去最高ポイントとなった。 週間ニコニコランキング#440 10月第2週に95位にランクイン。週間ニコラン140位以内でのランクインは約5年ぶり。大量広告の予想以上の成果で、当初18日と思われていた3000万コメント達成日が明日か明後日の可能性が高くなり、支援者の間で達成日についての話し合いが行われた。 |
10/12
話し合いの結果、三連休中での達成を目指すため朝から支援する支援者が現れる。広告も入れ続け、毎時ランクでは5時4位、8時6位、9時9位、11時9位、12時9位を記録。24時間総合でも20位以内に居続ける。
3000万達成日は再生数40,663(総合43位) コメ数47,971 マイリス数128を記録。総合ポイント183,098(6位)達成。福引きキャンペーンがこの日で一旦終了。数年間もランキングに上がっていなかったことで主に古参ニコ厨の注目を集め、新参ニコ厨にも強烈な印象を与えた。またマリオメーカー問題などでニコニコランキングが注目を集めていた時期でもあり、自演動画をタイミングよく上げることにも成功した。 |
10/23
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10/27~
3000万記念動画を支援者同士で広告。2万円を60%割引券を使って計5万pt投下。 28日に1万再生を記録するなど、大々的に知れ渡る。ニコニコ週刊ランキングのピックアップにも掲載。その後、記念動画は「話題の動画」に載り、広告効果が過ぎた後も約2千再生/日される。ニコニコ運営が独自に選ぶ「話題の動画」に載ったことは、運営からの公認を意味していた。 |
関連項目
- 自分でうpした動画に自分でコメントしまくってみる
- 自演動画の歴史(0〜1000万コメ)
- 自演動画の歴史(1000万〜2000万コメ)
- 自演動画の歴史(2000万〜3000万コメ)
- 自演動画の歴史(3000万〜4000万コメ)
- 自演動画の歴史(4000万〜5000万コメ)
- 自演動画の歴史(5000万~7000万コメ)
- 自演動画の歴史(7000万~9900万コメ)
- 自演動画の歴史(一億達成〜現在)
- seki
- 5秒毎にコメントしてね
- 燃え尽き症候群
- 自演動画のQ&A
- 200万再生
- 100万コメントから各ポイント毎の所要日数について
- 『自分でうpした動画に自分でコメントしまくってみる』の記録
- 自演動画の支援者一覧
- 2
- 700pt