ダイナモ作戦とは (ダイナモサクセンとは) [単語記事]

ダイナモ作戦とは、第二次世界大戦中の1940年 5月27日から6月4日にかけて行われたイギリス軍の撤退作戦である。

概要

1939年 9月3日、ドイツ軍によるポーランド侵攻をきっかけに、英仏連合軍はドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が勃発する。ドイツ軍の勢いは留まるところを知らず、開戦から1年も経たないうちに西ヨーロッパを席巻。1940年 5月10日より連合国の一角フランスへの侵攻が始まった。

英仏連合軍は協力してドイツ軍の迎撃を試みるも、ドイツ軍の機甲師団や急降下爆撃機を使った電撃的侵攻、頼りにしていたマジノ線はあっさり迂回され、更にはアメリカに見捨てられるなどの凶報が重なり連戦連敗。もはやフランスの敗北は避けられない事態となった。

5月14日、イギリスのBBC放送は国民に「全長30～100フィートのエンジン付きボートを所有している場合は海軍省に申し出るように」と呼びかけ、続く5月19日には、イギリス遠征軍に対する初の会議が行われてフランスからの撤退手段を講じ始める。新たに首相の座に就いた英国のウィストン・チャーチルは、フランスに取り残された英軍兵士4万5000名を脱出させる脱出計画をイギリス海軍から提示され、それに協力する事を決めた。指揮官としてバートラム・ラムゼー中将が着任。ドーバー城の地下にある発電機室(ダイナモ・ルーム)でチャーチル首相に作戦を説明した事から、撤退作戦は「ダイナモ作戦」と呼ばれるようになった。

まず撤退用として36隻の船舶を徴用。一部には自衛用装備が搭載された。また大規模港湾が使用不能になった時に備え、クオーツと呼ばれる河川用貨物船40隻をも徴用、ルイス機銃1丁を装備させた。護衛にはドーバー司令部指揮下の対潜哨戒部隊や防空巡洋艦カルタッタ、駆逐艦26隻、その他多数の掃海艇を投入。

5月26日 18時57分、ラムゼー提督によってダイナモ作戦が正式に発表。当初は4万5000名の救助が限界とされていたが、徐々に規模が拡大されていき、フランス兵の救助も含まれた。

経過

脱出の地に選ばれたのはフランス北部の港町ダンケルク。ここは未だドイツ軍の支配下に無い拠点であった。既にダンケルクからの脱出は作戦開始前の5月20日時点で行われており、2万7000名の兵が勝手に逃げ出している。ドイツ軍の包囲網が分厚くてダンケルク以外に最早選択肢が無かった事も選出の要因だった。実際ドイツ軍を突破して南部に向かう作戦は完全に失敗、ソンム川付近のアミアンへ逃げようとしたイギリス軍も、スツーカと爆撃機の連携で粉砕されてしまった。

ドーバー海峡を渡れる、あらわる船舶及び軍艦が「ダンケルクへ行け！」と命じられ、現地に急行した結果、合計900隻にも及ぶ膨大な船舶が脱出作戦に投じられた。

5月26日、本国から派遣されてきた無数の輸送船や駆逐艦がダンケルクに接岸、敗残兵の収容を開始する。そして翌27日午前0時15分、海峡横断船モナーズ・クイーンが最初の撤退兵1 312名を載せてドーバー港に帰還して成功を収めた。

当然ドイツ軍がこの好機を見逃すはずがなく空軍機が攻撃に向かった。地上からはゲルト・フォン・ルントシュテット将軍指揮下の機甲師団が凄まじい勢いで進攻していたが、あまりにも性急過ぎる進撃速度に第7機甲師団の歩兵や砲兵が遅れ気味となり、更にフランス北部のアラスにて連合軍の反撃を受けた際、敵戦力に新鋭のマチルダ Ⅱなどが含まれていた事から、連合軍はまだ強力な戦力を有していると判断。ルントシュテット将軍とヒトラー総統は5月24日午後に進軍停止命令を出し、ダンケルクから18km手前で止まった。このため地上部隊はダンケルクに到達せず、外縁部で歩兵部隊が補助的な攻撃を行う程度に留まる。図らずも3日間の猶予を得たイギリス軍は今のうちに強力な防御陣地を造った。

地上部隊が止まった事でダンケルクへの本格的な攻撃は空軍機のみで行われた。だが、ドイツ空軍も連戦に次ぐ連戦で疲労しており、また南イングランドから飛来するイギリス軍機とも交戦しなければならなかったので、決して楽な落ち武者狩りではなかった。

5月27日の夜明け、西ドイツやオランダ、付近の飛行場から出撃してきた第1及び第4爆撃航空団のスツーカがダンケルクに到達。逃げ惑う敗残兵を容赦なく爆撃する。後続の第54爆撃航空団もそれに加わり、英兵は散々に打ちのめされた。ラムゼー提督は参加中の防空巡洋艦1隻、駆逐艦9隻、掃海艇8隻などに、「救助作業中の漁船や連絡船を支援せよ」と命じたが、その努力はむなしく終わった。防空の役割を担っていたイギリス空軍の支援は散発的であり、一気呵成に襲い来るドイツ空軍を止める力にはならなかった。

ドイツ空軍の猛攻で豪華な仏海峡連絡船コート・ダジュールと貨物汽船アデンが撃沈。防空を担うはずのイギリス空軍の支援は散発的であり、一気呵成に襲い来るドイツ軍機を止められなかったのだ。しょっぱい支援しかよこさない空軍にラムゼー提督は愚痴をこぼした。今回の爆撃でダンケルク港の施設が破壊されたため東の海岸が敗残兵の集結地点となった。

同日朝、フランス軍がダンケルクの郊外 8kmの地点まで後退した事で、ドーバーからダンケルクに直通するZ航路がドイツ軍砲兵部隊の射程距離に入ってしまい、掃海が済んでいない北回りのX航路か、東へ大きく迂回するY航路しか取れなくなった。連合軍を震撼させる凶報はまだ続く。フランスの隣国ベルギーがドイツ軍に降伏し、ダンケルクに通じる進軍路が追加されたのである。街は慌ただしくなった。正午頃になると、ドイツ空軍の猛爆に耐えかねた避難船が続々と港湾から逃亡してしまい、夕刻までに救助できたのは7669名に留まった。

爆撃に吹き飛ぶ英仏兵を天が哀れんだのか、5月28日は灰色の雲に覆われて視界が悪化。それでもドイツ空軍はオステンドとニューポールトを空襲するも、ダンケルクには殆ど爆弾が落ちず平穏な一日となり、この日だけで1万7804名が救出された。

翌29日は悪天候となり、雨と低い雲のせいでドイツ空軍はスツーカの出撃回数を大幅に減らさなければならなくなった。イギリス軍にとってこの二日間は安息の時だった。この隙を突いてイギリス海軍はトロール漁船、刺し網漁船、はしけ、個人所有のモーターヨットやランチまで徴用、予備役の海軍将兵や持ち主が操船した。ベルギー降伏に伴い、ラムゼー提督は本国艦隊の駆逐艦全てをダイナモ作戦に振り分けるよう要請、西方接近路管区とポーツマス管区の駆逐艦が護衛に加入した。荒天にも助けられて撤退のペースは徐々に上がり始めた。

14時以降になるとスツーカが飛来し、イギリスの大型客船5隻が撃沈されたものの、この日は4万7310名が救出された。

5月30日はすっかり晴れ上がり再びスツーカが大挙して襲来。新型のJu88が、英兵を収容していた輸送船クラン・マッカリスター(6900トン)を撃沈。この船はダイナモ作戦に参加した中では最大級の船であった。

17時過ぎ、スツーカの三個航空団が一斉に攻撃を行い、英駆逐艦グレナードとトロール船3隻が沈没し、輸送船クレステッド・イーグル、英駆逐艦ジャガー、仏駆逐艦ミストラルが大破。兵員に死傷者が続出した。この大損害で収容作業は一時麻痺し、そこへ更なる爆撃が加えられて鉄道連絡船ロリーナとノンマルニアが撃沈、加えて「ダンケルク港が使用不能になった」という誤報が発せられ、同地に向かっていた船団が別の場所へ行ってしまうなど大混乱が生じた。

ドイツ軍はスツーカだけでなく魚雷艇やUボートも繰り返し出撃させて攻撃。新鋭の駆逐艦だったグラフトンはU-62に、ウェイクフルは魚雷艇S-30に、そして仏駆逐艦シロッコは魚雷艇とスツーカの攻撃で葬り去られた。損害に驚いたイギリス海軍は慌てて新型駆逐艦6隻を戦場から引き上げさせる。

前日の地獄っぷりとは対照的に5月31日は雨と霧に支配され、スツーカは飛んでこなかった。その間にイギリス軍は大型車両を沈めて仮設桟橋を急造。小型舟艇への乗船能率を上げている。またフランスやベルギーの船舶も応援に駆けつけるようになった。

6月1日、天候が回復するや否やスツーカが大挙襲来。イギリス空軍が手薄な時間を突いて突撃し、海岸線にびっしりと並べられた小型船に投弾、午前7時20分、掃海艇スキップジャックが最初の犠牲者となる。轟沈に近かったため生存者は少なかった。次に駆逐艦キースが狙われ、回避に成功したところまでは良かったが、別の船の横っ腹に衝突、舵が故障して動けなくなったところに爆撃を受けてあえなく大破。座乗していたウェーターウォーカー提督は別の艦に避難したがキースは失われた。

駆逐艦パシリクは艦尾に命中弾を喰らって乗員8名が戦死、ドーバー海峡を渡って何とか退却しようとしたが、途中で力尽きて雷撃処分された。小型砲艦モスキートも直撃弾を受けて炎上、放棄されたあとに沈没している。他にも英駆逐艦ハヴァント、仏駆逐艦フォードロヤン、輸送船スコチアが爆撃で撃沈。16時にはドーバーへ向かうフランスの小船団がスツーカの編隊に捕捉され、デニス・パパン、ムウセイヨン、テベヌスが撃沈。他にも様々な船舶が損傷しており最早何度目か分からない大損害が発生した。

6月2日深夜、ダンケルク海岸堡に残っていたイギリス遠征軍部隊から「撤退完了」との報告が入った。だがラムゼー提督はまだ逃げ遅れている将兵がいると考えて作戦を続行。翌3日午前10時25分、参加中の全艦艇に最終撤退作戦が下命され、その夜にダンケルク港から一斉撤退を実施、使用した港湾には廃棄する大型船を沈めて閉塞した。一方、ドイツ軍の進攻を防ぐため、しんがりとなっていたフランス軍二個師団は見捨てられる形となり、大部分が投降している。

6月4日14時23分、イギリス海軍は作戦の終了を発表した。

その後

イギリスは6月1日の空戦だけでスツーカ78機以上を撃墜したと発表。チャーチル首相も「救出作戦中の勝利だ」と祝辞を送った。しかし実際は29機であり(半数が対空砲の戦果)、対するイギリス空軍は31機を失っていた。

作戦終了後の6月4日、イギリスのメディアは「大失敗が大成功になった」とダイナモ作戦の結果を誇らしげに喧伝、相次ぐ敗北で消沈していたイギリス国民を大いに盛り上げ、和平派を一掃して徹底抗戦へと世論を導いた。ところがチャーチル首相は「撤退しても戦争には勝てない」と釘を刺し、しっかりと現実を見据えていたという。

全参加艦艇中、イギリス海軍は駆逐艦6隻と輸送船8隻を喪失、駆逐艦20隻と輸送船9隻が行動不能に陥った。民間の小型船舶を含むと撃沈数は200隻以上を数えた。空軍も被害甚大で、177機と90名のパイロットを喪失(ドイツ空軍は132機喪失)。フランス海軍は駆逐艦4隻や掃海艇30隻など計60隻を喪失するなどまさに大損害だった。

今や昼間はスツーカの天下である。進退窮まったイギリスは夜間にこそこそと撤退する方針に変更、日没後はスツーカを出撃させられなかったため、ドイツ空軍は思い切って戦略を転換。ダンケルクを捨て置き、南部に残っているフランス軍陣地の攻撃へと向かった。

攻撃の手が無くなった事で救出作戦は進み、最終的に33万8226名の兵が救助された。ただし身軽にするため重火器の類は放置され、戦車数百輌、火砲 800門、2ポンド砲 500門、ブレン機関銃 8000丁、対戦車ライフル 350丁、小銃9万丁(30万丁とも)、自動車12万台が置いてかれた。この出費は致命的だったようで、イギリス本土には戦車と火砲がそれぞれ500しか残っておらず、やむなくイギリスはアメリカに泣きつき、武器の供与をして貰っている。またダイナモ作戦は包囲突破が目的だったので、イギリス本土に脱した後に再びフランスへ送られた兵士もいる。