ブルーノ・フェルナンデス(Bruno Miguel Borges Fernandes、1994年9月8日 -)とは、ポルトガル出身のプロサッカー選手である。
イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFC所属。サッカーポルトガル代表。
ポジションはMF(攻撃的MF)。179cm69kg。利き足は右足。
ポルト近郊のマイア出身。マンチェスター・ユナイテッドの絶対的司令塔として全権を司る攻撃的MFであり、多彩な攻撃のアイディアを持った創造性と豊富な運動量を駆使した献身性の両方を併せ持った理想的なトップ下の選手だと評されている。得点、アシストの両方を期待できる選手で、チームに与える影響が非常に大きいのも特徴である。
イタリアでキャリアをスタートさせるという異色のキャリアの持ち主で、2017年に移籍したスポルティングCPで才能が開花。2017-18シーズンには16ゴール20アシストという驚異的な成績を残し、プリメイラ・リーガの最優秀選手に選出。2020年1月にマンチェスター・ユナイテッドに活躍の場を移すと、加入後すぐに攻撃の中心となって低迷する名門の救世主となる。以降はチームの王様として君臨し、2023-24シーズンからはキャプテンに就任。名実ともに赤い悪魔のリーダーとなっている。
各年代のポルトガル代表でプレーした経歴を持ち、フル代表には2017年11月にデビュー。当初はチームになかなかフィットできずにいたが、2023年から2024年にかけての代表戦では9ゴール8アシストという驚異的な数字を残し、代表でもその才能を発揮している。クリスティアーノ・ロナウドやベルナルド・シウバと共にポルトガルが誇るワールドクラスのプレイヤーと言える。
父親は元プロサッカー選手で、母親は熱狂的なFCポルトのファンという絵に描いたようなフットボール一家の次男として生まれ育つ。6歳年上の兄の影響でサッカーに興味を持つようになり、幼少の頃からボールを蹴り始め、ごく自然にボールスキルを養っていた。
7歳のときに地元クラブのFCインフェスタのユースチームへ入団。幼くしてプロサッカー選手になりたいという夢を描いており、そのためにひたすら努力を続けていた。当時からずば抜けた才能もあったようで、すでに名門であるFCポルトからもオファーがかかるほどであった。
2004年に地元のボアヴィスタFCのユースチームへ移籍。周囲からは母がファンであるポルトに入団すると思われていたが、自宅からバスで通うことができるという理由でボアヴィスタを選んだ。当初はなんとセンターバックを務めていたが、パストレイラにローン移籍した2005年に攻撃的MFに転向。ボアヴィスタの下部組織には2012年までの8年間所属しており、ユース年代の大半の期間を過ごしている。
2012年武者修行のために17歳でイタリアへ渡ることを決断し、当時セリエBに所属していたノヴァーラ・カルチョのプリマヴェーラに移籍する。そして、加入からわずか数週間でトップチームに昇格し、セリエBのピッチにも立ち、18歳でプロデビューを果たす。母国を初めて離れて親や恋人とも離れ離れになったことでホームシックにかかり、文化の違うイタリアの環境に適用するのに苦労はしたが、すぐにイタリア語をマスターし、環境にも順応するようになる。すると、シーズン後半戦にはレギュラーを確保するようになり、セリエA昇格は逃したものの、23試合4ゴールというプロ1年目としては上々の成績を残す。
活躍が認められたブルーノは、2013年夏にノヴァーラとの共同保有という形でセリエAのウディネーゼ・カルチョに移籍し、11月3日のインテル・ミラノ戦で途中出場を果たし、トップリーグであるセリエAでのデビューを果たす。12月7日のSSCナポリ戦では、セリエA初ゴールを記録し、出場機会を増やしていく。2014年1月30日にはウディネーゼが保有権を全て買い取り、24試合4得点という成績を残す。当時、チームに在籍していた大エースのアントニオ・ディ・ナターレからも才能を高く買われ、厳しく叱責されることもありながら、ディ・ナターレから多くのことを学んでいる。また、名将フランチェスコ・グイドリン監督の指導によって着実に実力を付けていき、セリエAでの1年目は24試合4得点という成績を残している。
2シーズン目となった2014-15シーズンはトップ下の位置をボローニャから移籍してきたパナディオス・コネと争うことになる。だが、ゴールに直結するプレーの少なさもあって完全にスタメンに定着していたわけではなく、1年目と比べると物足りない結果に終わる。
2015-16シーズンは、コネが負傷によって長期欠場となったこともありスタメンに定着。だが、このシーズンのウディネーゼは監督がたびたび交代するほど低迷しており、降格こそ免れたものの、17位という成績に終わっている。ブルーノ自身もアシスト数がチームトップの4アシストを記録したが、アタッカーとしては物足りない数字でシーズンを終えている。また、2015年12月に16歳の頃から交際していた恋人と21歳の若さで入籍し、2年後の1月に長女が誕生している。
2016年8月16日セリエAのUCサンプドリアへの買い取りオプション付き期限付き移籍が決定。背番号は「10」を与えられ、期待の大きさを物語っていた。攻撃的なスタイルを志向するマルコ・ジャンパオロ監督のもと、攻撃の中心としての役割を与えられる。10月2日のセリエA第7節パレルモ戦では、アウト回転をかけた技ありのボレーシュートを決めている。4年間プレーしていたイタリアの地で潜在能力の高さは見せていたものの、所属チームが中堅以下だったこともありカルチョの主役に立つまでには至らず、下積み時代と言えるイタリアでのキャリアを終え、母国ポルトガルへと帰還する。
2017年6月27日ポルトガルの名門スポルティングCPに850万ユーロで移籍。契約期間は5年で1億ユーロの解除条項が付けられていた。背番号は父親が現役時代に付けていたのと同じ「8」を選択。22歳にして母国のトップリーグであるプリメーラ・リーガにデビューすると、移籍後最初の5試合で4得点を記録し、イタリア時代に課題とされていた得点力が開花する。イタリアでは低い位置でゲームメイクに参加することが多かったが、スポルティングではライン間やハーフスペースといったゴールに近い位置でボールに触れるプレースタイルに変えており、ゴールに直結するプレーが増える。9月12日のオリンピアコス戦ではUEFAチャンピオンズリーグ初出場を果たす。トップ下の位置で水を得た魚のように躍動したブルーノは公式戦16得点20アシストという華々しい成績を残し、2017-18シーズンのプリメイラ・リーガ最優秀選手に選ばれている。
何もかもがうまくいったポルトガルでの最初のシーズンだったが、悲しい事件も起きている。2018年5月15日リーグ戦3位に終わり、CL出場権を逃したチームに激怒した過激派サポーター約50人がスポルティングの練習場を襲撃。前代未聞の事件にブルーノも巻き込まれ、負傷を負わされている。
この事件が尾を引き、スポルティングは主力9人が契約解除を申告する異常事態となり、2018-19シーズンは混迷の中でスタートすることとなった。ブルーノも当初は退団を決意していたが、クラブの会長が交代したこともあってチームに残留する。モチベーションを心配する声もあったが、チームの主役となったブルーノは1年目を上回る躍動したプレーを披露。ナニがチームを去った2019年2月からはキャプテンを任される。5月5日のベレネンセスSAD戦では、自身のキャリア初となるハットトリックを達成。5月25日のタッサ・デ・ポルトガル決勝ポルト戦でもゴールを決め、タイトル獲得に貢献。公式戦53試合で33得点18アシストという驚異的な数字を残し、2年連続でプリメイラ・リーガ年間最優秀選手を受賞。
2シーズン続けての大活躍で当然各国のメガクラブの獲得リストに名前が載るようになるが、移籍金がネックとなって折り合いが付かず、2019-20シーズンもスポルティングで開幕を迎える。3シーズン目でも好調を維持し、6試合連続ゴールを記録するなど、前半戦だけで8得点7アシストと活躍。もはやプリメイラ・リーガの器に留まる選手ではなくなっていた。
2020年1月29日夏にも獲得に動いていたイングランド・プレミアリーグの強豪マンチェスター・ユナイテッドFCへの移籍が決まり、ついに世界的なメガクラブでプレーすることになる。契約期間は5年半で、移籍金は5500万ポンド+ボーナス2500万ポンドで日本円にして100億円を超える巨額の契約となった。背番号はかつてポール・スコールズが付けていた「18」。
当初、高すぎる移籍金に懐疑的な声も挙がっていたが、加入してすぐにチームにフィット。中盤での創造性が欠如し、直線的で単調な攻撃しか繰り出せずにいたユナイテッドにとってブルーノはまさに救世主となる。2020年2月22日のワトフォード戦で移籍後初ゴールを決めると、ゴール、アシストの両方をコンスタントに記録し、あっという間にチームに欠かせない中心選手となる。新型コロナウィルスによる中断期間を経てからはさらに躍動し、加入してからの13試合をチームは無敗で終える猛追を見せる。ブルーノ加入によって蘇ったユナイテッドは最終節で3位を確定させ、CLへの返り咲きを果たす。移籍してから半年で残した成績はリーグ戦9試合6ゴール5アシストという驚異的なものだった。
2020-21シーズンは、同じトップ下の位置を本職とするドニー・ファン・デ・ベークが加入したが、引き続きユナイテッドのトップ下はブルーノの定位置となっていた。1年目での活躍で他チームからのマークはより厳しくなっていたが、攻撃の中心として大車輪の活躍を見せる。特に11月は4ゴール3アシスト、12月は3ゴール4アシストを記録しており、年明けにはチームを首位に浮上させている。だが、「FCブルーノ・フェルナンデス」と言われるほどブルーノへの依存度が高く代えの利かない存在となっていたため、フル稼働を余儀なくされ、2021年1月あたりから疲労でコンディションが落ち始め、チームも勝ち切れない試合が増えたことで気が付くとマンチェスター・シティの独走を許していた。2シーズン目も18ゴール12アシストという圧倒的な成績を残したもののタイトル獲得は叶わず。EL決勝に敗れた際は、悔し涙を流している。
2021-22シーズン開幕戦のリーズ・ユナイテッド戦では、自身プレミアリーグでは初となるハットトリックを達成。最高のスタートを切る。ところが、夏に加入したクリスティアーノ・ロナウドの守備への貢献度が低いことで負担が増え、これまでのような絶大な存在感を見せられなくなる。するとチームは負けが増え、2021年11月には監督解任という事態に発展する。監督がラルフ・ラングニックに代わってからインサイドハーフで起用されることも増える。ラングニックの柔軟性の無い戦術やチームメイトの不甲斐ない出来に足を引っ張られながらも奮闘するが、低調なチームは6位に終わりCL出場権を逃すことに。
2022-23シーズンからはフアン・マタが退団したことによって空き番号となった「8」に背番号を変更する。新たに監督に就任したエリック・テン・ハグからも絶対的な存在として位置づけられるが、ワールドカップによる中断期間までの14試合では2ゴール1アシストとやや物足りない出来となる。それでもワールドカップ後は、本来のパフォーマンスを発揮するようになり、これまで通り攻撃陣のリーダーとして若いアタッカー陣を牽引。最終的にリーグ戦では8ゴール8アシストまで数字を上げ、ユナイテッドの2シーズンぶりのCL出場権獲得に貢献。また公式戦では13得点15アシストとなり、スポルティング時代から6シーズン連続で二桁得点二桁アシストという脅威の記録を残している。
2023-24シーズンはハリー・マグワイアに代わってキャプテンに就任。しかし、チームはCLではグループステージ最下位で敗退、プレミアリーグでも優勝争いから引き離されるなど低迷。自身も低調なチームメイトに苛立ちを見せる場面が目立ち、リーダーとしての資質を疑う声も出るようになる。その後も不安定な戦いぶりが続くチームの矢面に立たされながらも孤軍奮闘。2024年4月のプレミアリーグでは4試合連続ゴール、そのうち第28節ボーンマス戦で1試合2ゴール、第29節シェフィールド・ユナイテッド戦で2試合連続となる1試合2ゴールに1アシストという大活躍を見せる。5月25日のマンチェスター・シティとのFAカップ決勝ではコビー・メイヌーのゴールをアシスト。キャプテンとして初となるタイトル獲得を果たす。この年、プレミアリーグでは最多となる119のチャンス創出数を記録。これはユナイテッドの選手が1シーズンで記録した最高記録となっている。
2024-25シーズンも開幕からチームは低迷し、苦難のシーズンとなる。そんな中、2024年9月29日のプレミアリーグ第6節トッテナム戦の前半42分に一発退場となる。後にこの判定をリーグ側が誤審と認めたことで出場停止処分を免れるが、10月3日のELリーグフェーズ第2節ポルト戦で公式戦2試合連続で退場となってしまう。不振のチームの中で自身も数字に残るプレーが見せられず、批判が集まり、またもキャプテンとしての適性を疑問視する声も出るようになる。しかし、エリック・テン・ハグ監督が解任となった後の11月3日、プレミアリーグ第10節チェルシーFC戦でシーズン初ゴールをマーク。続く11月10日の第11節レスター・シティ戦では1ゴール1アシストを含む3ゴール全てに絡む大活躍を見せる。ルベン・アモリム監督就任後も深刻な不振に苦しむチームの中、攻撃の絶対的な支柱として孤軍奮闘。2025年3月9日の第28節アーセナル戦では芸術的なFKを決める。3月13日のELラウンド16 2ndレグのレアル・ソシエダ戦では2本のPKを含むハットトリックの大活躍で勝利をもたらす。最終的にプレミアリーグ15位で欧州のカップ戦出場も果たせなかった最悪のシーズンとなったユナイテッドにおいて公式戦15ゴール16アシストという数字を残し、チームにとっての唯一の希望となった。
2012年にポルトガルU-19代表に選出されたのを皮切りに、各年代別のポルトガル代表としてプレーしている。2016年8月に開催されたリオデジャネイロ・オリンピックにU-23ポルトガル代表として出場しており、準々決勝でドイツに敗れるまでの全4試合にスタメンとして起用されている。
2017年6月にポーランドで開催されたU-21欧州選手権には背番号10を付け、キャプテンマークを巻いて出場。しかし、チームはグループリーグで敗退となっている。
2017年8月28日追加招集という形で初めてポルトガル代表に選出され、11月10日のサウジアラビアとの親善試合でフル代表としてデビューを飾る。その後、スポルティングで才能が開花したこともあって代表にも定着するようになり、2018年FIFAワールドカップのメンバーにも選出される。直前のテストマッチとなったアルジェリア戦において代表初ゴールをマーク。
2018年6月にロシアで開催された2018 FIFAワールドカップではグループステージ初戦となったスペイン戦でスタメンに抜擢されるも、結果を残すことができず後半23分に交代させられている。第2節のモロッコ戦からはスタメンを外れ、後半25分に途中出場をしているがそれを最後に出場機会は訪れず、初めてのワールドカップは2試合のみの出場で終わった。
ワールドカップ後も、ジョアン・モウチーニョやベルナルド・シウバらと中盤のポジションを争うことになる。2019年6月におこなわれたUEFAネーションズリーグの準決勝と決勝ではいずれもスタメンで起用され、自身代表での初タイトルを獲得。それまで代表での背番号は16が多かったが、2019年後半あたりから11と付けることが多くなる。
2021年6月に開催されたEURO2020に出場するが、シーズンをフル稼働で戦った影響もあってユナイテッドで見せるような躍動したプレーは見られず、グループステージ第3節のフランス戦以降はスタメンを外されてしまう。結局調子のあがらないまま、チームはラウンド16のベルギー戦で敗退し、期待通りのプレーを見せられないまま大会を去ることになる。
2022年3月29日、2022 FIFAワールドカップ 欧州予選プレーオフ決勝の北マケドニア戦では、2ゴールの活躍を見せ、ポルトガルの6大会連続でのワールドカップ出場に貢献する。2度目の出場となった本大会ではベルナルド・シウバと共にゲームメイクの中心となり、グループステージ第2戦のウルグアイ戦では2ゴールの活躍を見せ、勝利に貢献。初のMOMにも選出されている。ラウンド16のスイス戦ではCKからペペの決勝トーナメント最年長ゴールをアシスト。大会を通して2ゴール3アシストと攻撃の中心として活躍したが、チームは準々決勝のモロッコ戦で敗れベスト8敗退となり、大会の主役にはなれなかった。
2024年6月にドイツで開催されたEURO2024ではグループステージ第2節トルコ戦ではクリスティアーノ・ロナウドのアシストからチームの3点目を決めている。ノックアウトステージに入ってからは調子が落ち、準々決勝のフランス戦では0-0の後半31分に交代となり、試合はPK戦の末にポルトガルが敗れている。
| シーズン | 国 | クラブ | リーグ | 試合 | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2012-13 | ノヴァーラ | セリエB | 23 | 4 | |
| 2013-14 | ウディネーゼ | セリエA | 24 | 4 | |
| 2014-15 | ウディネーゼ | セリエA | 31 | 3 | |
| 2015-16 | ウディネーゼ | セリエA | 31 | 3 | |
| 2016-17 | サンプドリア(loan) | セリエA | 33 | 5 | |
| 2017-18 | スポルティングCP | プリメイラ・リーガ | 33 | 11 | |
| 2018-19 | スポルティングCP | プリメイラ・リーガ | 33 | 20 | |
| 2019-20 | スポルティングCP | プリメイラ・リーガ | 17 | 8 | |
| マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 14 | 8 | ||
| 2020-21 | マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 37 | 18 | |
| 2021-22 | マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 36 | 10 | |
| 2022-23 | マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 37 | 8 | |
| 2023-24 | マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 35 | 10 | |
| 2024-25 | マンチェスター・ユナイテッド | プレミアリーグ | 36 | 8 |
主なポジションは4-2-3-1のトップ下もしくは4-1-2-3のインサイドハーフで、常に周囲を確認できる視野の広さと長短問わずに正確なパスを繰り出すことで試合をコントロールする司令塔。現代のトップ下に求められる能力を全て兼ね備えている選手と言われている。
ライン間でボールを引き出したり、前線の選手の動きに合わせてスペースに飛び出して受け手となってゴールを狙ったり、サイドへ流れたり、低い位置まで下がってビルドアップをサポートしたりと、必要な局面において柔軟に気の利いたプレーができる選手である。ピッチでそのときにおこなわれている事象に応じて自分が何をしなければいけないかを瞬時に判断できる頭脳の持ち主であり、プレー選択を間違うこともほぼ無い。ゴール、アシスト両方を毎年二桁記録できるのも、状況に応じて受け手にも出し手にもなれるからである。ポジショニングも的確なため、オフ・ザ・ボールにおいてもチームに貢献することができる。
キックの正確さはセットプレーで武器になっており、フリーキックでは直接ゴールを狙うことも、味方に合わせたボールを蹴ることもできる。相手を出し抜くサインプレーも得意としており、コーナーキックからのアシストも多い。PKの成功率も高く、マンチェスター・ユナイテッドに加入まもない時期からキッカーを任されている。
守備面では、前線の守備者としての技術は高く、持ち前の視野の広さとインテリジェンスの高さ、ポジショニングセンスによって相手のパスコースを切りながら寄せていく技術に長けている。一方でフィジカルがそこまで高いわけではないため、デュエルが求められる場面での強度は低い。また、チームメイトの不甲斐ないプレーに必要以上に苛立つ場面が見られ、その苛立ちやミスやラフプレーに繋がることも。
落ち着いた性格であるが、持ち前のリーダーシップで精神面でもチームを引っ張ることができるタイプであり、若かりし頃のイタリア時代のチームメイトからもリーダーシップを称賛されている。
高校時代の16歳のときから交際している女性と2015年12月に21歳で結婚。恋に落ちたブルーノは、何度もアタックを繰り返し、ついに振り向いてもらうことができたというロマンティックなエピソードを持っている。2017年には長女が誕生。
多くの海外選手同様に体にタトゥーを入れており、スポルティングで背負っていた背番号であり、父親が選手時代につけていた番号「8」と名前のアルファベットの「F」の文字が刻まれている。
名門マンチェスター・ユナイテッドに加入後、驚くべき適応力を見せており、ユナイテッドでの練習初日にはアーロン・ワン=ビサカに対して、攻撃面でより良いプレーをするためのアドバイスを行っていた。
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最終更新:2025/12/10(水) 11:00
最終更新:2025/12/10(水) 11:00
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