絶望的暴力が支配する時代。
それに抗う少女の物語。
『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』[1] とは、大西巷一による15世紀の中欧を舞台にした歴史漫画作品。
2013年5月より「月刊アクション」創刊号から2019年6月号まで連載された。単行本は全12巻。
また「月刊アクション」2020年1月号より同年5月号まで本編の前日譚となる『赤い瞳のヴィクトルカ 乙女戦争外伝Ⅰ』を連載、同年8月号より2021年6月号まで本編の後日譚となる外伝『乙女戦争 外伝II 火を継ぐ者たち 』が連載された。
ニコニコ静画には約1月遅れでバックナンバー掲載(関連静画参照)され、第1, 2話と最新バックナンバー回が無料で読める。
曖昧さ回避
概要
フス戦争(1419 - 1435)最初期のボヘミア王国西部。12歳の少女シャールカの住む村は、聖ヨハネ騎士団による苛烈なフス派狩りにより、完膚なきまでに蹂躙された。唯一の生存者であるシャールカは当て所も無く街道を彷徨い、ついに行き倒れたところを重武装した一団に救われる。彼らは、数々の奇策と共に近代的銃火器(火縄式マスケット銃など)を欧州史上初めて実戦投入したとして後世に名を馳せることになる傭兵隊長ヤン・ジシュカが率いる、ボヘミア最強の傭兵隊「トロツノフの隻眼巨人(キクロプ、kyklop)隊」であった・・・・・・。
登場人物
フス派陣営
- シャールカ (Šárka)
- 主人公の少女。12歳。村を滅ぼされ寄る辺の無い所をヤン・ジシュカに見出され、ピーシュチャラ(píšťala, 手砲。「笛」の意味もあるが現代では主に「拳銃(ピストル)」を意味する。英語では(ハンド)ゴン (hand)gonne あるいはハンドキャノン hand cannon)を与えられる。
トロツノフの隻眼巨人(キクロプ)隊
- ヤン・ジシュカ (Jan Žižka z Trocnova a Kalicha)
- 元下級貴族で隻眼の傭兵隊長。通称「騎士殺しのジシュカ」。隊員たちからは「オヤジ」と呼び慕われているが、その実は目的のためには手段を択ばない非道の策士。ターボルのフス派を奇策を以て指揮する。
- ヴラスタ (Vlasta)
- ジシュカをクソオヤジと呼び、仲間内からも「化け物」と囁かれるほどの豪胆かつ豪腕の女傭兵。
- フロマドカ (Petr Hromádka/Hromada)
- 隻眼巨人隊に従軍する、ボヘミア西部の町プルゼニ(Pulzeň, ドイツ語名ピルゼン Pilsen)の鍛冶。
- カテジナ (Kateřina Hromádková)
- フロマドカの妻。偉丈夫で頼れるおっかさんタイプの女性。
- カレル (Karel)
- フロマドカに師事する、才能ある若き徒弟。同じ年頃で村を失ったばかりのシャールカを気遣い仲良くなる。
- ロハーチ (Roháč)
- 傭兵。口ヒゲと頬骨の人。あるいはナベの人。
- チャペク (Čapek)
- 痘痕面で三白眼の傭兵。ボヘミア最強の傭兵隊の矜持から、従軍する農民たち(特に女子供)に強く反発する。
ターボル派
- ミクラーシュ (Mikuláš z Husi a Pístného)
- フス派の拠点「山」(ターボル、Tábor[2])を指導する温厚な司祭で、ジシュカとは旧い付き合い。落馬して死亡。
- プロコプ (Prokop Holý/Veliký)
- 坊主頭(ホリー)[3]が特徴的なターボル軍の従軍宣教師。少年少女たちによる聖歌隊「ターボル天使隊」を組織する。後に大プロコプ(プロコプ・ヴェリキー)と呼ばれるほどの傑物なので、今後の活躍に期待したい所。
- ガブリエラ (Gabriela)
- 少し大人びて落ち着いた雰囲気のある少女。文字の読み書きができる。シャールカと仲良くなる。
- ターニャ (Táňa)
- 短い癖っ毛で明るく活動的な少女。シャールカと仲良くなる。なおターニャはタチャーナ(Taťána)の愛称形。
- アネタ (Aneta)
- 少女。
- ラウラ (Laura)
- 「山」の近隣の町でカトリック側に監禁されていた女性たちの一人。以来、カトリック教徒への復讐に燃える。
- ヨハナ (Johana)
- ラウラと共に監禁されていた女性。
その他フス派陣営
- ヤン・フス (Jan Hus)
- ボヘミア宗教改革運動の温厚な指導者。物語開始の5年ほど前、公会議で異端者とされ火刑に処されている。
- ヴァルテンベルクのチェニェク (Čeněk z Vartemberka)
- ボヘミア最上級城伯(nejvyšší purkrabí)[4]にしてボヘミア貴族団の代表として、カトリック側との交渉にあたる貴族。物語が始まるまでにも、フス火刑後には火刑に抗議する貴族たちの署名を集めたり、大司教の両種聖餐禁止令に抗議して司祭を誘拐するなどかなりの行動派。
- ヤン・ジェリフスキー (Jan Želivský)
- プラハで活動する急進派の火吹き芸人説教師。彼が指導した下層階級者のデモ行進のクライマックスである第一次プラハ窓外投擲事件(První pražská defenestrace)[5]は、フス戦争の直接の発端となった。
ローマ・カトリック陣営
ローマ教皇
- マルティネス5世 (Martinus Ⅴ)
- ジギスムントが開催したコンスタンツ公会議により選出され、西方教会大分裂が収拾した直後に即位したローマ教皇。失墜したカトリック教会の権威を回復すべく、ボヘミアの異端者たちへの十字軍を提唱する。
- ブランダ・ダ・カスティリオーネ (Branda da Castiglione)
- ローマ枢機卿・教皇特使。皺深い顔に絶えず笑みを浮かべつつ異端者に非情の裁きを下す男で、自ら熟練のドイツ傭兵を雇い入れてフス戦争に介入する。なお史実ではジギスムントとは約20年来の知己の一人である。
- ヤン・イスクラ (Jan Jiskra z Brandýsa)
- スロヴァキア名ヤーン・イスクラ(Ján Jiskra z Brandýsa)。教皇特使に雇われた、モラヴィア(チェコ東部)貴族出身の腕利き傭兵隊長。
神聖ローマ帝国
- ジギスムント (Sigismund von Luxemburg)
- ルクセンブルク朝神聖ローマ帝国皇帝。ハンガリー王ルクセンブルギ・ジグモンド(Luxemburgi Zsigmond)としては、オスマン帝国に対抗するために諸侯連合であるドラゴン騎士団(洪: Sárkány Lovagrend)[6]を結成し盟主となる。フスを火刑台に送った張本人で、その後の彼のボヘミア王位継承もフス戦争の動機の一つとなった。
- バルバラ (Barbara von Cilli)
- スロヴェニア名バルバラ・ツェリスカ(Barbara Celjska)。スロヴェニアの大貴族ツェリェ(Celje, 独名ツィリ)伯家出身の、ジギスムントの皇后。並み居る男たちを前に怯むことを知らず、非常に性愛に奔放[7]だが、情愛は濃やかであり、チャーミングな面も兼ね備える。騎士団設立には彼女の存在が大きかったとされる。
- ヴァーツラフ4世 (Václav IV Lucemburský)
- ジギスムントの異母兄で先々代の神聖ローマ皇帝(ドイツ名ヴェンツェル Wenzel von Luxemburg)だったが、弱腰な施策が帝国諸侯の支持を得られず廃位された経歴を持つ。その後、ボヘミア王としては当初はフス派擁護に回っていたがローマ教皇の干渉によりカトリック寄りに方針転換、それにより発生した第一次プラハ窓外投擲事件にショックを受けて急死したとされる。
ドラゴン騎士団
- ニコラス・フォン・ガラ (Nikolaus Ⅱ von Gara)
- ハンガリー名ガライ・ミクローシュ2世(Garai Miklós Ⅱ)。ハンガリー副王(Nádorispán/Nádor)[8]。ジギスムントとは互いにツェリェ伯家出身の妃姉妹を通じての義兄弟にあたる。
- スティボール・フォン・スティボルツ (Stibor von Stiboric und Beckov)
- ハンガリー名シュティボリツィ・シュティボル(Stiborici Stibor)。ポーランドの名門氏族出身のハンガリー軍長(羅: ius indigenatus)、ヴァーフ伯[9]、宮宰。ジギスムントとは辺境伯時代からの知己の一人で、公私ともに良き助言者。またニコラス・フォン・ガラはエステルゴム大司教によるスティボール追い落とし事件(1401)とナポリ派クーデター事件(1403)で共に戦ってくれた盟友。
- ヘルマン・フォン・ツィーリ (Hermann Ⅱ Graf von Cilli, Ortenburg und Seger)
- スロヴェニア名ヘルマン2世ツェリスキ(Herman Ⅱ Celjski)。ツィーリ(ツィリ)伯。皇妃バルバラの父でジギスムントにとっては義父。1396年のニコポリス会戦(ニコポリス十字軍)の最終局面、敗走する王軍の撤退戦に奮闘しジギスムントの命を救い、数々のクーデター事件でも活躍している。
- フィリポ・スコラーリ (Filippo Buondelmonti degli Scolari)
- 別名ロ・スコラーリ、ピッポ・スパーノ(Lo Scolari, Pippo Spano)。ハンガリー名オゾライ・ピポー(Ozorai Pipó, オゾラは居城のあるハンガリー中西部の村)。塩管理庁伯、セヴェリン(対オスマン防衛線)総督。フィレンツェ出身の将軍・戦略家だが、卓越した財務管理でジギスムントの覚えめでたく知己となる。ニコポリス会戦では敢えなく撤退したものの、ナポリ派クーデター事件では主要都市の奪回戦で大活躍。
- ヨハン・フニャディ (Johann Hunyadi)
- ルーマニア名ヨアン(またはヨーン、ヤンツ)・デ・フネドァラ(またはフニャデ) (Ioan/Ion/Iancu de Hunedoara/Huniade)、ハンガリー名フニャディ・ヤーノシュ(Hunyadi János)。おかっぱ頭で綺麗な顔立ちをした、ワラキア貴族の少年。カトリック側陣地に囚われたシャールカにも紳士的だが、割と強引な一面も。
聖ヨハネ騎士団
- ハインリッヒ・フォン・ストラコニツェ (Heinrich von Strakonice)
- 巨漢の隊長。異教徒の女(特に幼女)を犯し殺すのを誇りとする変態だが、武名はかなりのもの。モデルはボヘミア南西部の町ストラコニツェから千人の騎士たちを率いたフラデツのインドジフ(Jindřich z Hradce, インドジフはハインリッヒのチェコ語形。フラデツ Hradec は南部の町)。
ドイツ騎士団
- ヴィルヘルム・フォン・シュヴァルツ (Wilhelm von Schwartz)
- タンネンベルクの戦いで落命した先々代(第26代)の総長ウルリッヒ・フォン・ユンギンゲン(Ulrich von Jungingen)の庶子で、騎士道精神と十字軍の理想下での騎士団再興に燃える若き黒騎士。漆黒の愛馬の名はシュトルム(Sturm, 「嵐」の意)。
- ギュンター (Günter)
- ヴィルヘルムの若さを諌める年配の騎士。
備考
関連静画
- 乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ(バックナンバー) - ニコニコ静画 マンガ(※毎月25日ごろ更新)
- 単行本第1巻発売記念壁紙(跡地)
外部リンク
関連項目
- 漫画アクション
- 大西巷一
- 中世ヨーロッパ史/宗教改革/フス戦争
- ボヘミア/チェコ
- わが祖国(Má Vlast) - ベドジヒ・スメタナの交響詩連作。リブシェの伝説からフス戦争の終結に至るまでのボヘミア史がモチーフ
- おお牧場はみどり - チェコおよびスロバキアの民謡。第5話でラウラが口ずさむ[10]
- グレゴリオ聖歌 - 西方教会の宗教歌。第5話でターボル天使隊が「死者のための祈」(Rekviem, レクイエム)をチェコ語で合唱
- 汝ら神の戦士なり(Ktož Jsú Boží Bojovníci) - フス派の進軍歌。第5話でターボル天使隊が合唱
- サイクロプス/サイクロプス隊
- アーマードバトル
脚注
- *「乙女戦争」の読み、もしくは副題の「ディーヴチー・ヴァールカ」(Dívčí Válka, ヂーフチー・ヴァールカ)はチェコ語で「乙女たちの戦争」を意味し、一般にはボヘミア王国・プシェミスル朝(9世紀~1306)の伝説的女太祖リブシェ(Libuše)の死後、その伴侶である農夫王プシェミスル(Přemysl Oráč)の暴政に反旗を翻した、元リブシェ付き女官ヴラスタ(Vlasta)やその副官シャールカ(Šárka)を筆頭とした女性たちの壮絶な戦いを描いた短い伝承を指す。
- *ターボルはチェコ南西部の町で、フス戦争当時はフス派最右翼分派・ターボル派の中心的拠点。町の名は『旧約聖書』「士師記」において士師バラクと士師デボラがカナン軍との総力戦を前にイスラエル軍を集結させた場所であり、後代にイエス・キリストが「山上の変容」を遂げた場所であるとの伝承を生んだパレスチナの山にちなむ。
またチェコおよび周辺諸国の言葉では「野営地(キャンプ)」を指す普通名詞として定着した。 - *尤も、坊主は坊主でも史実ではトンスラ(いわゆるザビエルカット)とされている。
- *最上級城伯(ネイヴィッシー・プルクラビー)とはボヘミア独特の称号で、要するに王都プラハ城伯のこと。城内に屋敷を持ち、ボヘミア王に代わってあらゆる都市行政を司る。
- *フス派寄りのボヘミア各地の教会をカトリックに帰順させることで教皇との和解を図ったボヘミア王の政策、それに大いに不満を抱いたフス派市民は1419年7月30日、降雪聖母教会(Kostel Panny Marie Sněžné)での安息日のミサの後にプラハ新市庁舎(Novoměstská radnice)まで行進し、逮捕されたフス派同志の解放を要求した。詳細な経緯は明らかではないが、ジェリフスキーが窓に石を投げ付けたのをきっかけに暴動に発展、市庁舎に侵入したフス派によってドイツ人市長をはじめカトリック派の市参事会員たちは次々と窓から投げ棄てて殺害された。
- *この騎士団の参加者で他に有名なのは、ワラキア侯国の竜侯ヴラド2世(Vlad Ⅱ Dracul)とその息子の小竜侯(あるいは串刺侯)ヴラド3世(Vlad Ⅲ Drăculea/Țepeș)だろう。彼らの二つ名はドラゴン騎士団に由来するが、後世では「悪魔侯」と誤解されるに至った。
- *後に「ドイツのメッサリーナ」と呼ばれる。ワレリア・メッサリーナ(Valeria Messalina)は古代ローマ皇帝クラウディウス皇妃の一人で、最期は皇帝暗殺計画が露見して暗殺される。転じて強欲・残酷・淫奔な悪女の代名詞の一つとして使われる。
- *副王(ナードリスパーン、あるいは単にナードル。スラヴ語の「宮宰」に由来)とは宮廷の内務と財務を取り仕切る最有力貴族に端を発し、やがて全ての自由民を裁く王代理裁判官を兼ね、さらには王宮近傍のペシュト一帯を支配する伯爵にもなった。この物語の時期には広大な領土と相次ぐ戦乱のために宮城を留守にしがちな王の代理をも務めるほどになった。
- *彼の所有する31の城の半分がスロヴァキア最大の河川・ヴァーフ河(スロヴァキア語: Váh)流域にあったことから、自ら「ヴァーフ河の支配者」(同: pán celého Považia)を名乗った。
- *チェコ西部(ボヘミア)版とチェコ東部(モラヴィア)・スロバキア版では歌詞が違い、ラウラが歌っていたのはもちろんボヘミア版の「ああ牧場、広大な牧場」(Aj, Lučka, Lučka Široká, lučka は louka (牧草地)の指小形)のリフレイン前半("Teče voda z hora, čistá je jako já, toči se dokola, okolo javora.")。
歌全体としては、牧草地で泣いている二人の草刈り娘を目ざとく見つけた城主が「一戦交えるから馬を出せ」と家来に命じ、家来が「弾も銃も無いのに?」と返すと城主は「捕まえるのだ、18歳の雌鹿をな」と嘯くというもの。
ちなみに日本語版は、ボヘミア版の歌詞からエロス物語要素を排して牧歌的労働歌風に翻案したアメリカ版「ああ麗しの牧草地」(Ah, Lovely Meadows)を、さらに福音派(日本ホーリネス教会 → 日本イエス・キリスト教団)の牧師・中田羽後が自然賛歌風に翻案したもの。
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