ジャマル・ムシアラ(Jamal Musiala, 2003年2月26日 - )とは、ドイツのサッカー選手である。
ドイツ・ブンデスリーガのバイエルン・ミュンヘン所属。サッカードイツ代表。
概要
ドイツ・シュトゥットガルト出身。「バイエルン・ミュンヘンの至宝」「ドイツの神童」といわれる天才アタッカーであり、特徴的なドリブルスタイルから「バンビ」というニックネームで呼ばれている。ドイツとイングランドの国籍を持っており、アンダー世代ではイングランド代表としてプレーしていたが、フル代表は出身地であるドイツを選択。
16歳からバイエルン・ミュンヘンでプレーしており、2020年にクラブ最初年少となる17歳115日でブンデスリーガデビューを果たす。その後、十代にしてバイエルンの主力を担うようになり、クラブの最年少得点記録を塗り替え、常勝軍団にとって欠かせないプレイヤーへと成長。
ドイツ代表には2021年に18歳でデビューし、EURO2020、2022 FIFAワールドカップ、EURO2024に出場。 中央とサイドの両方を高水準でこなす万能型の攻撃的MFで、速さと機敏さを生かした変則的なドリブルが最大の魅力。パスもシュートも上手く、得点力も高い。2022-23シーズンのブンデスリーガでは12ゴール10アシストという好成績を残している。EURO2024では3ゴールを決め、大会得点王の一人になっている。
経歴
生い立ち
2003年2月26日、ドイツのシュトゥットガルトでナイジェリア系イギリス人の父親とポーランド系ドイツ人の母親のもとに生まれる。2歳のとき、母親が社会科学の学士号を取得するためにドイツのブレダという小さな町へ移住。4歳のときにブレダのサッカークラブであるTSVレーナーツでサッカーを始める。当時から2歳上の子と混じっても際立った才能を発揮しており、「踊るようなドリブル」からゴールを量産していた。
7歳となった2010年、母親が修士号取得に向けてサウサンプトン大学に留学することになり、一家はイギリスのサウサンプトンへ移住。そのままサウサンプトンFCのU-7カテゴリーへ入団する。チームには後にイングランド代表となるリヴァーイ・コルウィルが在籍しており、友情を築いている。ここでも高水準のテクニックを披露することで周囲から認められ、年齢よりも上のカテゴリーでプレーするようになると、ビッグクラブのスカウトからも注目を浴びるようになっていた。
2011年、もっとも関心を寄せていた名門チェルシーFCの下部組織に移籍する。このとき母親は修士号取得を終えていたが、息子の才能を潰さないためにもイギリスに残ることを決意し、家族は1年でロンドンへ移り住むことになる。よりレベルの高い環境に身を置いたことで選手としての才能はさらに成長するようになり、傑出した才能を持ちながらも勤勉に練習に取り組み、イングランドの世代別代表にも選出されるほどの選手になっていった。このままチェルシーでプロになることを考えていたが、イギリスのEU離脱の問題から家族がドイツに戻ることを考えていた。
バイエルン・ミュンヘン
16歳となった2019年7月、ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンの下部組織へ移籍する。幼い頃からの憧れのクラブからオファーを受けたことで、ドイツに戻ることに迷いはなかったという。バイエルンのユースではファーストタッチの技術を身につけ、トーマス・ミュラーの後継者として期待を寄せられるようになり、未来の大器としてドイツでも注目されるようになっていた。
2020年6月3日、3.リーガ(3部リーグ)のバイエルン・ミュンヘンⅡの選手としてプロセイン・ミュンスター戦に出場し、プロデビューを飾る。
そして6月20日、ブンデスリーガ第33節SCフライブルク戦で17歳115日でブンデスリーガでデビューを果たし、バイエルンの最年少記録を樹立。バイエルンの神童として世界中から注目されるようになる。
2020-21シーズンはバイエルンⅡの選手として開幕を迎えるが、ハンジ・フリック監督によってすぐにトップチームに招集される。2020年9月16日、ブンデスリーガ開幕戦のシャルケ04戦でブンデスリーガ初ゴールを決める。17歳205日でのゴールはロケ・サンタクルスを抜いてのバイエルンでの最年少記録となった。その後も途中出場中心ながらトップチームでコンスタントに出場機会を与えられ、11月3日のレッドブル・ザルツブルク戦でUEFAチャンピオンズリーグデビューを果たし、12月1日のアトレティコ・マドリード戦でCL初スタメンを飾る。12月6日のブンデスリーガ第10節RBライプツィヒ戦では前半25分に投入されると、わずか5分後にゴールを決める。その後もチームに流れを引き寄せるパフォーマンスを披露し、ムシアラの出世試合とも言われている。この活躍が認められ、チーム内の序列も上がり、スタメンで起用される機会も増えていた。2021年2月23日のCLラウンド16 SSラツィオ戦でCL初ゴールを記録。2021年3月5日にはバイエルンと正式にプロ契約を締結し、5年契約を結ぶ。実質1年目のシーズンにして公式戦37試合に出場し、7ゴール1アシストという成績を残している。
2021-22シーズンにはすでにチームの中心選手にまでなっていた。2021年8月25日のDFBポカール ブレーマーSV戦で2ゴールを決め、8月28日ブンデスリーガ第3節ヘルタ・ベルリン戦でリーグ戦初ゴールを決める。二列目であれば中でも外でもこなせることから複雑なシステムの可変を扱うユリアン・ナーゲルスマン監督から重宝され、肉体的にも精神的にもさらに成長。12月8日のCLではFCバルセロナ相手にゴールを決める。シーズン半ばにはヨシュア・キミッヒ、レオン・ゴレツカといった中盤のキープレイヤーが揃って負傷離脱するチームの危機に奮闘。2022年4月23日、ボルシア・ドルトムントとのデア・クラシカーでは試合を決めるゴールを決め、バイエルンの10連覇を確定させる。
2022-23シーズンは得点力が大幅にアップし、ロベルト・レヴァンドフスキが抜けたチームにあって貴重な得点源となる。弱冠19歳にして王者の攻撃陣を牽引する働きを見せ、前半戦だけでリーグ戦9ゴール7アシストという圧倒的なスタッツを残す。チームが不振に陥った後半戦はややペースが落ちてしまうが、2位で迎えた2023年5月23日、ブンデスリーガ最終節1.FCケルン戦で同点で迎えた試合終了間際に劇的な決勝ゴールを決め、バイエルンを大逆転でのリーグ11連覇に導く。最終的に12ゴール10アシストと申し分ないスタッツを記録し、もはやブンデスリーガの顔と言える存在にまでになっていた。
2023-24シーズンは開幕直後のトレーニング中に負傷し、序盤戦を欠場する。2023年10月9日ブンデスリーガ第9節ダルムシュタット戦でシーズン初ゴールを含める2ゴールを決める。この年、チームは連続優勝記録がついに途絶え、2024年4月には筋肉系の怪我によって再び離脱し、CL準決勝を含めて一足早くシーズン終了となる。それでもリーグ戦2年連続二桁得点に達し、公式戦12ゴール6アシストとハリー・ケインに次ぐチーム2位のスタッツを残す。
イングランド世代別代表
ナイジェリア出身の父親とドイツ人の母親の間にドイツで生まれ、幼い頃にイギリスに移り10代でドイツに戻った。このため、ユースレベルではイングランドとドイツ両方の代表を経験している。ちなみに、父親のルーツであるナイジェリア代表としてプレーする資格も有していた。
2016年にU-15イングランド代表としてプレーし、2018年にはU-16ドイツ代表に選出されプレーしている。2019年にはU-17イングランド代表に選出され、このとき同年代のジュード・ベリンガムとチームメイトとなり、代表合宿でルームメイトにもなっている。
2020年11月、飛び級でU-21イングランド代表に初めて選出される。11月13日のUEFA U-21欧州選手権2021予選のアンドラ戦で途中出場しデビューすると、同じく11月17日のアルバニア戦で初スタメンを飾り、初ゴールを決める。この頃はこのままフル代表もイングランドを選ぶことが有力視されていた。
ドイツ代表
2021年2月24日、ドイツ代表としてプレーしたい希望を表明する。これを受け、3月にヨアヒム・レーヴ監督から初めてフル代表に招集され、3月25日の2022 FIFAワールドカップ欧州予選アイスランド戦で後半34分に途中出場し、18歳でドイツ代表デビューを果たす。2021年6月からのEURO2020本大会のメンバーにもチーム最年少で選出される。グループリーグ第3節のハンガリー戦で途中出場し初出場を果たすと、バイエルンのチームメイトであるレオン・ゴレツカの同点ゴールをアシスト。ドイツのグループリーグ突破に貢献する。ラウンド16のイングランド戦では試合終了間際に出場したが、チームはこの試合で敗退している。
EURO2020後はバイエルンでの恩師でもあるハンジ・フリックが監督に就任し、常連メンバーとして名を連ねるようになる。2021年10月18日、2022 FIFAワールドカップ予選の北マケドニア戦で代表初ゴールを記録。18歳227日でのゴールはドイツ史上2番目に若い記録となった。その後、バイエルンでの活躍もあって代表でも中心選手として扱われるようになっていく。
2022年11月に開催された2022 FIFAワールドカップ カタール大会ではドイツの神童として注目されていた。グループリーグ初戦の日本戦ではスタメンとしてワールドカップデビューを果たし、高いポテンシャルを発揮するも決定機を決めきれず。自身が交代した後にチームは逆転負けを喫する。第2戦のスペイン戦ではニクラス・フュルクルクの同点ゴールをアシスト。結局3試合全てにスタメンで出場したが、チームは日本戦の逆転負けが響き、まさかのグループリーグ敗退に終わる。
2024年6月、自国開催となったEURO2024に背番号10を背負って出場。開幕戦となったスコットランド戦ではチームの2点目を決めるなど高いパフォーマンスを見せ、この試合のMOMに選出される。続くハンガリー戦でも2試合連続となるゴールを決め、ドイツのグループリーグ突破を決定づける。ラウンド16のデンマーク戦では大会3点目となるゴールを決め、ドイツの攻撃の中心として躍動。準々決勝のスペイン戦も120分を戦い抜くが、チームは敗退となる。大会通算3ゴールで得点王の一人となり、ドイツ勢で唯一大会公式のベストイレブンに選出される。
個人成績
シーズン | 国 | クラブ | リーグ | 試合 | 得点 |
---|---|---|---|---|---|
2019-20 | バイエルン・ミュンヘンⅡ | 3.リーガ | 8 | 2 | |
バイエルン・ミュンヘン | ブンデスリーガ | 1 | 0 | ||
2020-21 | バイエルン・ミュンヘンⅡ | 3.リーガ | 2 | 0 | |
バイエルン・ミュンヘン | ブンデスリーガ | 26 | 6 | ||
2021-22 | バイエルン・ミュンヘン | ブンデスリーガ | 30 | 5 | |
2022-23 | バイエルン・ミュンヘン | ブンデスリーガ | 33 | 12 | |
2023-24 | バイエルン・ミュンヘン | ブンデスリーガ | 24 | 10 |
個人タイトル
プレースタイル
両ウイング、中盤センターと二列目の攻撃的なポジションを高水準でこなせる万能型のMF。バイエルンではトップ下や左右のウイングで起用されることが多いが、よりゴールに近い位置でプレーさせたほうがより相手に脅威を与える。中央でもサイドでも相手のライン間でパスを仕掛けるスタイルのアタッカーである。
特徴は柔らかいボールタッチと独特なドリブル。ボールを受けると細かいステップで前を向きゴールに向かってプレーするのが得意で、簡単に前を向けるためおのずとプレーの選択肢が増えている。相手のプレッシャーに対してはフィジカルよりもボールコントロールのうまさで剥がすタイプ。ドリブルはリオネル・メッシやネイマールと正反対で足から少し離れた位置でドリブルをし、そのうえで相手より自分が先に触れる位置でボールをコントロールするので取られそうに見えて取られない。間合いとボールの置き位置のコントロールで勝負する足にボールが吸い付いたような独特のドリブルであり、1人目を抜くのに全力を使っていないので2人目、3人目と奪いにきても余裕をもって対応ができるメリットがある。
テクニックに加え、スピードと敏捷性も高水準で持ち合わせており、守備の切り替わった際のプレスバックにも生かされている。
まだ若いこともあり、線が細く、強度の高いフィジカルバトルになると潰されたり、試合から消えることも多い。また、ドリブルからのシュートやミドルシュートは得意としているが、ゴールし近距離からのイージーなシュートを外すことが多い。
人物・エピソード
- バイエルンでデビューさせたハンジ・フリックは「彼は適切なスペースを選ぶ素晴らしい目と感覚を持っている。ボールを扱うことに非常に自信があり、ライン間でのプレーも上手い。」と評している。
- イギリスに住んでいた頃は、ロンドン・ニューモールデンの小学校、クロイドンのウィットギフト中学校に通っていた。
- オフの日はNBAを観戦しており、ゴールデンステート・ウォリアーズのファンであると語っている。
- 憧れの選手としてリオネル・メッシ、ネイマール、ロナウジーニョの名前を挙げている。
- 好きな食べ物はマウルタッシェン(ラビオリ風のシュヴァーベン地方の郷土料理)。
関連項目
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