小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話とは、日本の小説である。こんな題名だがライトノベルではない。
概要
1975年刊行の「戦争童話集」に収録された作品の1つ。作者の野坂昭如氏は「火垂るの墓」の原作を手掛けており、そちらの方が有名だろうか。
大東亜戦争末期を舞台に、名も無き超巨大クジラと可憐なメスクジラ(に見える日本海軍の潜水艦)との奇妙な交流を描いたラブ・ストーリー。ここだけ見るとシュールギャグ作品だが、人間の都合で引き起こされた戦争で超巨大クジラが悲惨な末路を辿るという、戦争の恐ろしさを描いた内容となっている。原作は小説だが、1996年と2004年の二度に渡ってアニメ化されており、その際に無名だった巨大クジラにクー助の名が与えられたり、原作には登場しない10代の特攻隊員幸多が新たに登場するなど若干の変更点が見受けられる。2015年7月23日にはリメイク版とも言うべき「戦争童話集 ~忘れてはイケナイ物語り~」が発売。本作はその表紙を飾る中心的作品であった。
戦争当時のソナーは言わば「耳」であり、「水中に何かがいる」というのは音で分かっても、「何がいるのか」までは分からなかった。このためクジラを潜水艦と誤認して爆雷攻撃するケースは史実でも度々確認されており、大西洋ではクジラの潮吹きをドイツ海軍のUボートが出すシュノーケルの煙と誤認し、連合軍が苛烈な爆雷攻撃を加えたり、伊唐(海防艦)がクジラを爆雷で“撃沈”した事もあった。
登場人物
- でかすぎるクジラ
伊豆七島の南南東で漂っていたオスの超巨大クジラ(本作では名前が無い)。原作では身長20m、体重30トンとされ、昭和19年ごろに大人の仲間入りをしたという。純真な性格で人を疑う事をしない。大人のクジラはパートナーとともに世界を巡る旅に出るとの事で、超巨大クジラもパートナー探しをしていたが、どうもクジラ界では小柄なオスの方がモテるらしく、その規格外の巨体によりメスクジラから気味悪がられていた。このためダイエットしようと食事を控えた事もあったが目眩がして長続きしなかったとか。仲間のそばにいると嫌な思いをするので、群れから離れて1匹で行動する。
- クジラのお母さん
回想でのみ登場。超巨大クジラが幼い頃、「人間の船を見つけたら深く潜って、息の続く限り逃げなさい」と教えた。というのも彼女は過去に捕鯨船に追い回され、二度殺されそうになったトラウマがあり、この事から人間を憎んでいる。超巨大クジラにその事を教えたとき涙を浮かべていたという。また「海の中では唯一クジラのみが人間と仲良く出来る知恵があるのだから、もう少し人間が優しければ…」と嘆く一面もあった。
あらすじ(原作)
1945年8月、伊豆七島沖を主人公の超巨大クジラがたゆたっていた。彼はパートナーを探す旅に出ていたのだが、なかなか自分より大きなメスクジラに出会えず、諦め混じりに海を彷徨い続ける。ふと、空を見上げると飛行機が北へ行ったり南へ行ったりしていた(正体は米軍機)。お母さんから人間は恐ろしい存在だと教えられていたので最初は船を見つけると逃げていた。しかし、彼らはクジラを見ても攻撃せず、手を振ったり、語りかけてきたりするだけだったためクジラも警戒を解き、冒険心から船に体当たりするなど迷惑な遊びを行った。
ちなみに戦前は小笠原諸島を拠点に捕鯨が盛んに行われていたが、大東亜戦争開戦と同時に中止、捕鯨母船は軒並み徴用されており、巨大クジラがお母さんと違って、人間の恐ろしさを知らずに生きてこられたのは戦争のおかげと言えよう。
しかし理想のメスクジラとは一向に会えず、誰も自分に構ってくれない寂しさから自殺を考え始める。すると岩陰に隠れていた自分よりも大きなメスクジラを発見。一目惚れした巨大クジラはメスに積極的なアプローチをし、どしんと体をぶつけた。しかしそのメスクジラの正体は大日本帝國海軍の潜水艦であった。長さ30m、重さ50トンと説明されている。
艦内では艦長と機関長が深刻な表情を浮かべて相談していた。その日の正午、玉音放送が流れて戦争が終わったのである。そこへクジラが体当たりしてきたので敵艦の襲撃と勘違いし、爆雷戦用意の号令が下って潜水艦はより深く潜航。相手に嫌われたと思ったクジラは「待って!一緒にお話しよう!」と必死に追いすがる。その際、尾びれや巨躯が潜水艦にぶつかって、また艦内が揺さぶられる。爆雷攻撃にしては妙に静かだったので「潮流に巻き込まれた」と判断。艦長は浮上を命じた。
浮上して動かない潜水艦を「病気で調子が悪い」と思ったクジラはよく効く海草を運んできた。よく分からないクジラに付きまとわれ、困惑する艦長と機関長。そこで機関長は全員分の遺書をあのクジラの尾びれに括り付ける事を提案。そうすれば、いつしか捕鯨された時に人間の手に渡るかもしれないと……。防水加工を施した遺書を集めて乗組員の一人がクジラの尾びれにくくった。それはリボンのようにも見え、クジラはメスからのプレゼントに大喜びした。
それから2日後、潜水艦は出発。クジラも後を追いかける。しばらく航行したのち、待ち伏せのため潜水艦は再び潜航し、動かなくなった。だが、その周囲にはアメリカ軍の駆潜艇が集まりだしていた。出港した時にレーダーで発見されていたのである。爆雷攻撃を受け、クジラは驚きのあまり逃げ出してしまう。そんな中、クジラはふと考える。自分には勿体無いほど美しいメスを放っておける訳がないと。ここで逃げては、もう二度とあんなに可愛いメスと巡り会える事は無いだろうと。奮起したクジラは、勇気を振り絞って潜水艦の元へ向かい、そして爆雷から潜水艦を守って下半身を吹き飛ばされる。瀕死の重傷を負うクジラ。それでも愛しのメスを守ろうと近寄ろうとするが、そこへ3発の爆雷が投下され、20mの巨躯は粉々に吹き飛んでしまった。
3時間後、駆潜艇は撤退。命からがら助かった潜水艦が恐る恐る浮上してみると海は真っ赤に染まっていた。周辺にはクジラの残骸が漂っており、これを潜水艦の残骸と勘違いして敵は去っていったのだった。あのクジラに助けられた事を悟った艦長一同は静かに敬礼して死を悼む。「せっかくクジラが助けてくれた命だ、これ以上無駄な殺し合いはすべきではない」と艦長は戦意を失った。
あらすじ(アニメ版)
大東亜戦争も末期に入った1945年。地上の阿鼻叫喚な地獄とは対照的に海の中は平和だった。そんな中、ひときわ大きなクジラがいた。
彼は伴侶のメスクジラを探すため、南にある虹の海へ向かう途上だったが、クジラ界では小柄なオスがモテるらしく、大柄の彼は全然モテなかったという。その一方で彼はとても優しく純真な心を持っていた。ある日、特攻機から海に転落してサメに囲まれている10代の特攻隊員・幸多を、でかすぎるクジラが助ける。幸多はでかいクジラに「クー助」と名付け、教官に救助されていった。
でかすぎるクジラことクー助は目的地の虹の海へ辿り着く。しかし集まったクジラを敵艦と勘違いしたアメリカ艦隊から爆雷攻撃を受け、目の前で仲間たちが惨殺されてしまう。辛くも生き残ったクー助は自分と同じように生き残っている仲間を探し、あてもなく彷徨っていると、彼の前に小さな潜水艦が現れた。その潜水艦にはかつて命を救った幸多が乗っていたのである。潜水艦とされているが見た目はどう見ても蛟龍である。クー助はその潜水艦を美少女なメスクジラに見えたらしく一目惚れ。巨体でじゃれ合ってくるクー助により艦内が揺さぶられ、各所が浸水するなどの被害が起きたため、敵艦から攻撃を受けたと思った潜水艦は魚雷を発射するが、岩盤に命中して落石が発生してしまう。だが、落石からクー助は身を呈して潜水艦を守り、ここで乗員たちは相手がクジラである事を知った。幸多の提案で全員分の遺書をクー助の尾びれに付ける。意中の女の子から贈り物をもらった(と思っている)クー助は喜んだ。
そこへアメリカ軍の駆逐艦が接近。潜水艦は急速潜航するも、既に魚雷を使い果たしていて耐えるしかない状態。そうとは知らずにクー助は無邪気に潜水艦とじゃれ合う。その音を探知され、米駆逐艦が爆雷が投射、危険に気付いたクー助は潜水艦に覆いかぶさり――次の瞬間、爆雷が炸裂してクー助の体はバラバラに吹っ飛んでしまった…。クー助の肉片を潜水艦の残骸と判断した敵艦は撃沈を確信して去っていった。
間もなく日本は降伏。純真なクー助は戦争に巻き込まれ、その命を散らしたのだった。
関連項目
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