敬礼とは、自分より上位の人物に対する礼式である。
諸君は敬礼といえば「軍隊とか警察が並んでピシっとやるもの」という発想に至ることが多いのではないだろうか。
これはいわゆる「挙手注目礼」と言われるもので敬礼の一種に過ぎないが、それが最も有名な「敬礼」であるため、この記事では主に「挙手注目礼」について解説することとする。
概要!∠(`・ω・´)ビシッ
挙手敬礼ないし挙手注目礼というのは、簡単に言ってしまえば上の顔文字にあるような
「右腕を上げ、手をこめかみ付近に当てる」
仕草のことである。赤の広場を行進する赤軍が演壇の方を向いてやっているような、あれである。
これは国家や組織・成り立ちによって様々な方式があり、絶対に正式、というようなものはない。
この仕草が敬礼として扱われるようになった経緯は、軍隊といえば鎧を纏った騎士だった中世に遡るという。
彼らは目の部分にも覆いがついた鉄兜を被っていたが、君主の閲兵を受ける際には顔を見せる必要があった。
無論重い兜を脱ぐわけにはいかず、単に手で覆いを上げるのも格好がつかないため、騎士たちは掌を伸ばして指の先で覆いを引き上げて主君に顔を見せていた。これが挙手敬礼の起源とされている。
ただし、これはあくまで最も有名な定説の一つであり、ほかにも「利き手を見せて戦闘意志のないことを示す」など様々な説が唱えられていること、また組織によって由来が異なることもある、ということを附記しておく。
具体的な方式
日本でもっとも馴染み深いのは、旧日本軍に由来する挙手敬礼だろう。
これは直立不動の姿勢をとり、右腕をまっすぐ右向きに肩の高さまで上げて肘を曲げ、掌が下に向くようにこめかみ付近まで持ってくる姿勢が基本であるが、陸軍と海軍とで、敬礼の形は少し異なる。
大きな違いとしては右手のひらの向きで、陸軍だとやや外に向けるような形をとるが、海軍では前に向けずひらは下にむける。
一方で、かつて海軍の敬礼の特徴として「海軍の敬礼は狭い艦内での挙手敬礼を考慮して脇を閉めて肘を前に出す。これによって狭い艦内でも邪魔にならないようにしている」という説が流布していたが、実際は俗説だったようである。特定の場面でそういった形をとっていたという個々の事例が「海軍の決められた作法だ」と間違って広まってしまったものであったようだ。
海軍での敬礼の作法は
「姿勢を正す」「右手を上げ右臂を右斜めにだす」「右前腕と掌は一直線に保ち肘をまげて左方に出す」「右手指の第三関節部分を帽子の右前部もしくは右縁にあてる」「その姿勢で受礼者もしくは受礼目標を注視する」(大正3年2月10日勅令第15号「海軍礼式令」より)
とあるだけで「脇を閉める」「臂を前に出す」とは教えていないのだ。
また、数多く残されている大日本帝国海軍の提督諸氏や軍人たちの写真を見ても「脇を閉めて臂を前に出す」という敬礼をしている写真はほぼない。一方で「脇を開き」「臂は横、もしくは右斜め前」に出している敬礼をしている海軍軍人の写真は数多くあるのだ。
実際のところ戦間期に「脇を閉め臂を前に突き出す」形の敬礼が海軍内の一部で流行し、それで指導を受けた人々で、後に映画俳優やスタッフに「これが海軍式敬礼だ」と教えてしまったのが、映画やテレビで使われ、それが世間に広まってしまったというのが事実のようだ。
また、一部の情報媒体によっては手首を曲げたりするような所作もあったと紹介してるのもあるが、そのような敬礼はなく、恐らく後述する「答礼」と混同していると思われる
もちろん国によっても敬礼の作法に違いがある。イギリス、フランスなどでは掌を前に向けて見せ、こめかみに当てる方式をとる。これは前項で述べた「利き手を見せる」ことに由来する挙手礼だからである。ポーランドでは人差指と中指だけを伸ばす。
ちなみに、海上自衛隊の挙手敬礼を訓練できるiPhoneアプリが実在exitする。その名も「SALUTE TRAINER」。 なんと海上自衛隊公式である。諸君もやってみよう。関連動画も参照のこと。
もう一つ言えば、有名な某宇宙戦艦アニメで乗員たちがしている、右手を胸にあてて掌を握る敬礼も、似た敬礼がアルゼンチンやアルバニア、インドで使用されていた事がある。(但し掌は握らず水平に伸ばす)
例外として
日本軍においては「右手挙手による敬礼」が定められている。
ただし、何らかの理由で右手を使用できない場合、つまり戦傷で右手を動かせない・失っているような場合には左手での挙手でも問題はない。架空の世界においても、例えばOVA「銀河英雄伝説」では銀河帝国の士官であるコンラート・リンザー大尉が右腕を失い、ジークフリード・キルヒアイス上級大将に対し「義手が間に合いませんので失礼します」と言って左手で挙手敬礼をするシーンがある。
日本軍でも、後に首相にもなる寺内正毅元帥陸軍大将は西南戦争の戦傷で右手が不自由になったため、左手での敬礼をしていた。
…といっても、もちろんそれらは「例外」であり、左手でしてもOKという意味ではない。
「戦死者に対しては左手で敬礼するらしいですよ」というガセネタもあったので注意。
何かと突っ込まれがちな「(`・ω・́)ゝ」のAAだが、春秋の筆法で言えば、陸軍礼式令が「右手で」と書いてしまったためにこのAAがそこかしこで責められているのだと言えよう。右手での敬礼をAAにするならば、 ∠(`・ω・´) …のほうが正しい。
挙手礼をすべき状況
前項と同じく日本軍を例に取ると、挙手礼を行うべきなのは室外で、かつ手が空いている場合である。
室内では基本的には脱帽の上でおじぎをするのだ。格式ある礼法は守らねばならぬ。
室外でも手が空いていなければ、おじぎをするのだ。格式ある規則は守らねばならぬ。
簡潔にまとめるなら「何かを被ってるなら敬礼、被ってないならおじぎ」 と覚えておくと良い。
ただし、日本以外では帽子を被っていようがいまいが挙手敬礼を行うことが多い。
アニメなどで無帽の軍人が敬礼していても、挙手敬礼に関する規則が日本とは違う可能性を考えるべきだろう。
また、室外でかつ多数の上官に出くわした場合は、最上位の人間から階級の高い順に挙手礼を行うべし。
軍艦旗の掲揚時に甲板と艦橋にいる場合は、その場で軍艦旗に対し挙手礼を行うべし。
答礼との違い
良く間違われるのが敬礼を受けた際の上位者の礼も「敬礼」と思われている事がある。所作自体は敬礼とほぼ同じなのだが、これは「答礼」といって「敬礼」とは厳密には分けられている所作である。
そもそも敬礼とは下位の者が上位の者に対して行う所作であるのだから、敬礼を受けた上位者が下位者に対して「敬礼」で返すのはおかしな話である。なので答礼は所作は同じでも簡略化されるのが常である。
映画やドラマで「上位者と下位者がすれ違った際、下位者は直立不動で決められた規定に沿った敬礼を行うが、上位者は直立不動もせず、歩きながら敬礼の所作だけしてすれ違う。」というシーンを見たことがある人も多いのではないだろうか? これが敬礼と答礼の違いでよく見かけるパターンである。
省略できる場合
ここまで書かれていると
「なるほど、偉い人(自分より階級が高い人)には絶対に敬礼しなくちゃいけないんだな」と思うかもしれないが
もちろん例外もある。
第1章 第12条
4 自衛官は、映画館、劇場、飲食店、船車等その他の場所で公衆が雑踏し敬礼を行なうことが困難な場合は、敬礼を省略することができる。
5 自衛官は、次の各号に掲げる場合は、敬礼を行なわないものとする。
(1) 上級者に随従している場合において、当該上級者が敬礼を受けるべきとき
(2) 車両、航空機等の操縦又は自衛鑑その他の船舶の操縦に従事している場合
(3) 勤務、演習、訓練、作業等に従事している場合で、敬礼することがその任務の遂行に支障が
あるとき
4(冒頭):「周囲の通行人や観客の邪魔になり、すっげー変な目で見られました」
5-(2)「ハンドルや操縦桿の操作を誤って大事故を起こしました」「××億円の戦闘機が鉄くずになりました」
5-(3)「動きで敵に発見されて撃たれました、足を滑らせて谷底に落下しました」
5-(3)「災害派遣で救助作業中だったけど、敬礼を優先していたせいで要救助者が死にました」
…というシュールなギャグ漫画のような展開になってしまっては大損害、本末転倒であるため。
5-(1)は整列して移動中など、一番上の人やリーダーが代表して敬礼する感じである。(高階級の人には全員が一度立ち止まって敬礼する場合もある)
ナチス式敬礼
ナチス式敬礼として有名な、右腕をまっすぐ伸ばし高く上げる敬礼も挙手礼のひとつである。
かつて国民社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスがヒトラーに対する敬礼として使用したため「ナチス式敬礼」として広まってしまい、国によっては禁止されることすらあるが、これは本来、古代ローマ帝国でローマ軍団が指揮官に対する敬礼として行っていたものである。共和制の時代から行われていたものであり、古代ローマにとっては完全に巻き添えとしかいいようがない。それはさておき、カルタゴは滅ぼされるべきであると考える次第である。
軍隊以外での挙手敬礼
軍隊以外では、警察や消防のような機関や鉄道・船舶などで挙手礼が行われている。
これらの組織が挙手礼を行う理由としては、みな軍隊同様に(安全確保などの理由で)厳しい命令系統が存在する組織であることや、(旅客鉄道を含め)制服・制帽の着用を義務付けられているため、頭を下げる敬礼が困難であることなどがあげられる。
特に鉄道においては乗務員の交代時や列車の発車時など、車掌や駅員の間の挨拶のために挙手礼が行われていることも多い。挙手ではないが、新幹線や特急などで乗車券確認を行う際、まず車室最前部で脱帽し一礼してから確認作業に入る光景もお馴染みである。
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関連項目
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