輸送艦とは、軍用車輌・装備・燃料・食料などを輸送する艦艇の総称である。
概要
一般に海軍の重要な役割のひとつに商船護衛という目的がある。
現代での有事の際においては民間海運会社のフェリーやコンテナ船、車を運搬するRo-Ro船(後述)などを徴用、あるいはチャーターして兵員・装備・車輌・燃料・食料などを運搬する。
直近の例をあげれば、フォークランド紛争時、当時の英国政府は45隻の商船(コンテナ船、大型フェリー)を徴用。その中には当時の英国の至宝でもあったクイーン・エリザベス2世号の姿まであった。
…とはいうものの、先進国などにおいて海運業はいささか厄介な形態となっており、高額な税金などを回避するため第三国所属の船などにしているため有事の際に、法律上の観点から徴用するには色々と問題があるなどして、自国輸送船の確保というのは実に厄介な問題だったりする。
おまけに一般商船を徴用して船団を組むというのはかなりの面倒事で、速度も運動性も違う多種多様な商船を集めて船団を組むのにWW1・WW2、フォークランド紛争でイギリス海軍がどれだけ苦労したか、そして日本海軍がほとんど無策だったのか、色々な書籍や資料が残っているので興味がある方は調べてほしい。
上記の例でいえば英国はフォークランド紛争時、"STUFT(Ship Taken Up From Trade)"の名のもと、勅令(Order in Council)を発した。内容は要約すると以下の通り。第三国所属船であるか有無を問わず、イギリス旗を掲げているすべての船舶と積み荷を徴用する。これに対しての保障はWW2直前(!)に定められた国防保障省が適用され、徴用された船の民間乗組員には運用海域に応じてボーナス(通常の給与とは別に150%の額)が支払われた。
この英国政府の求めに船会社、英国の船員たちはただちに答え、迅速な勢いで徴用が行なわれることになる。地中海を航行していた客船は乗り組んでいた英国の修学旅行生をイタリアで降ろして駆け付けた(その際、学生たちはイギリス国歌を歌いつつ下船したという逸話がある)。船の徴用に伴う補償は後回しにされ、まず徴用されたのちに話し合うこともあったという。
英国国防省はのちにまとめたレポートの中でかくのごとく述べている。
「軍を支援するため商船を活用する現行の緊急事態対処計画(Contingency Plan)の円滑かつ迅速な実施は、この戦争で大成功を収めた 1 つの点である」
…とまぁ、いささか余談が過ぎたが、英国のように事前準備が無事行われていても様々な困難に襲われるのは免れず、このように民間船運用というのが中々に困難なことも多いため、先進国海軍の一部には独自で少数の輸送艦を運用し、平時における拠点間の物資輸送や小規模な災害派遣などに運用するケースが多々ある。
昨今の流れとして、どこの軍隊も予算不足であり、輸送任務に特化した専門艦を作るのは難しく、多目的用途艦としての動きが出ている。フラットデッキ(飛行甲板)をもって輸送任務+補給任務+揚陸任務もこなそうという流れで統合支援艦(JSS)という艦種が各国で建造されつつある。
有名どころではデンマーク海軍のアブサロン級多目的支援艦があり、輸送艦・揚陸艦・機雷敷設艦・病院船・指揮管制を1隻でまかなうことが可能となっている。
そして、この手の輸送艦のことを語るときにはずせないのはアメリカの事前集積船団だろう。
世界各地に兵力を展開する必要があるアメリカ軍では、陸軍及び海兵隊の車輌などを事前に輸送艦に積んで船団を形成しており、地中海・太平洋・インド洋を遊弋(巡回)、あるいは停泊している。
有事が発生した場合、この事前集積船団が紛争地域に急行しつつ兵員のみが輸送機で本国から送り込まれるという形である。
…溜息が出るのはこの輸送船団の積載している車輌と装備の内容で、Ro-Ro船(港の港湾設備を利用しなくても物資の積み下ろしを行うことができる)輸送船数隻を中核で10隻~16隻程度で一つの船団として編制されており、最小の船団でも戦車が60両ちかく・155mm榴弾砲が30門・兵員輸送車やハマーが計200両・ヘリや固定翼機も50機あまりという陸上自衛隊で考えると1個連隊以上の装備品が搭載された船団が事前に準備されているという。
ちなみに中核の輸送艦である「シュガート」級や「ワトスン」級車両貨物輸送艦はM1など軍用車両を1000両(!)搭載できるだけの規模であるとか。もうね、チートすぎます…。これらの艦艇は基本的に民間船舶の改造、あるいは商船構造でその運用も軍から委託をうけた民間人などで行われている。
※艦名の「シュガート」は、ブラックホーク・ダウンで描かれた「モガディシュの戦闘」で戦死したデルタフォース隊員の名前からとられている。
日本・海上自衛隊の輸送艦事情
日本の海上自衛隊においては名目上輸送艦とされているが実際は揚陸艦を指す「あつみ」・「みうら」・「おおすみ」の各型輸送艦が存在する。「おおすみ」にいたってはウェルドック型揚陸艦として能力をもっている。
とはいえ緊急時には高速で輸送する輸送艦が欲しいが、予算不足でままならない昨今、運休になった民間輸送船を購入する、という報道がされた。有事の際に現行の法律では公示・入札・契約という段取りを踏まねば民間輸送船を利用できないことを考えての処置も視野にいれているのだろう。
(実際、諸外国の海軍、アメリカ海軍でも輸送船など非武装船を民間から常時チャーター・レンタル、あるいは購入することは多い。またアメリカの制度として他国とは一風変わった国防予備船隊と呼ばれる制度のもと長期保存用にプールされて保管されている輸送船などもある)
この民間輸送船、津軽海峡フェリー所属「ナッチャンRera」「ナッチャンWorld」の二隻のウェーブピアサー型双胴船で高速で運行できるメリットがあるので使い勝手が良いのはあきらかで、実際、東日本大震災において北海道の陸自輸送のために チャーターし運用した実績もできた。
この結果を受けてか、従来まで車両乗り入れには船体船尾からの乗り降りしか出来ず、二隻向けの専用岸壁が必要であることを改善するために2011年「ナッチャンworld」船体後部に車両乗り入れ用ランプウェイ(傾斜ハッチ)を取り付けることになった。これにより専用岸壁でなくとも車両の搭載が可能になった。
この改造を受けた「ナッチャンworld」が北海道から九州への部隊輸送訓練にも参加したことは記憶に新しい。この際、90式戦車4両、89式装甲戦闘車10両などを搭載している。
(改造を受けなかった「ナッチャンRera」は台湾の企業へ売却され、台湾-大陸間の定期航路に使われる予定と言われている)
また同様に新日本海フェリー所属の「はくおう」も防衛省がチャーターを行って運用していたが、2014年、この「ナッチャンworld」「はくおう」二隻を保有する民間資金による特別目的会社が設立され、PFI(公的組織が民間会社・施設に運用を委託する)方式により20年間のリース契約を結んでいる。
ただし有事の際に民間船に乗り組んでいるのが民間船員である場合紛争地域に送り込めない、という問題があるため運用については予備自衛官を充てる(あるいは船員を予備自衛官資格とする)方策が検討されているものの、2015年1月、海員組合が反発している報道も報じられている。まだまだ先行きは不透明といえるだろう。
予算不足ということもあるが、最近弾力的な装備調達を行っている自衛隊が、今後どういう動きになるか注目しても良いだろう。
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