ナインティナインとは、岡村隆史と矢部浩之による日本のお笑いコンビである。通称「ナイナイ」「99」。吉本興業所属。
1990年結成。元々同じ高校のサッカー部で先輩と後輩の関係だった二人だったが、矢部が岡村を誘ってNSC(吉本芸能学院)に入ったことをきっかけに結成した。同じ高校のサッカー部には矢部の兄である矢部美幸が所属しており、彼らより一足先にNSCに入学していた。
コンビ名の由来は、今まで「NSCの大阪9期生同士だったから」と公表していたが、実際にはブレイクダンスの大技「1990(ナインティナインティー)」を「99(ナインティナイン)」と勘違いしてそこから命名していたことが近年明らかになった。
ちなみに、今でこそNSC9期生の代表格として知られる彼らだが、実は授業料未納で一度退学処分となっていたりする。
当時の吉本若手芸人ユニット「吉本印天然素材」に参加し、早くから売れていた。そのまま東京に進出し、結成数年でラジオでは「ナインティナインのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)、テレビでは「めちゃ²イケてるッ!」(フジテレビ)や「ぐるぐるナインティナイン」(日本テレビ)などの代表番組を立ち上げ全国的人気を得た。
コンビでの活動の一方、岡村は「無問題」などの映画出演、矢部はピンでサッカー番組「やべっちFC」(テレビ番組)の司会など、個人での活動も行っている。「めちゃイケ」「ナイナイのANN(第一期)」の終了後はソロ活動をさらに活発化させており、岡村単独で「チコちゃんに叱られる!」(NHK)に出演し人気を得ている。
以前笑福亭鶴瓶とウッチャンナンチャンの番組『いろもん』にダウンタウンがゲストとして出演した際、このことを指摘された浜田は「ナイナイの若手時代にダウンタウンの松本人志が著書『松本』で「ナイナイは俺達のパクリ。チンカスだ!」と痛烈に批判したことが原因」と語った。その後、結局ナイナイの岡村が松本に対して心の扉を閉ざしてしまったために、疎遠になってしまったと言われている。ある日、松本が岡村と居酒屋で偶然会い食事に誘ったが、緊張のあまり岡村は途中で退席してしまうということがあった。
ちなみに、松本は「あの本はゴーストライターが書いた」とボケるなど、ナイナイに対して敵対意識は無い模様である。しかし、 一方、ダウンタウンの浜田とは少ないながらも共演経験もあり、そこまで疎遠な関係でもないようである。
あくまでテレビでの共演がほとんど無いだけであり、テレビ局なので偶然会った際はちゃんとお互い挨拶をしているので、不仲というわけではない(ラジオでの岡村談)。97年の27時間テレビを最後にナイナイ・ダウンタウンの共演は無かったが、2011年5月に14年ぶりの共演が実現した。
2019年に起こった宮迫博之・田村亮らお笑い芸人が反社会組織のパーティーに出演していたのが発覚したのを端に発する吉本興業闇営業騒動では、松本人志が岡村隆史と直で連絡を取っていることが松本の口より明かされている。
とんねるずとナイナイは共演が多く仲が良い事が知られている。
そもそもナイナイの二人が仲良くなったきっかけが矢部が岡村に「夕やけニャンニャン」(フジテレビ)の話をしたことであることに分かるように、彼らの中高生時代に最初の絶頂期を迎えたとんねるずに多大な影響を受けており尊敬している。
ナイナイは「とんねるずのみなさんのおかげです」(フジテレビ)に「芸能人ねるとん大会」「仮面ノリダー(復活版)」など頻繁に出演した経験があり、逆に矢島美容室のプロモーションでとんねるず達が「ナインティナインのオールナイトニッポン」に乱入するなど交流が多い。近年でもとんねるずが錦野旦に仕掛けたドッキリのひとつ「温泉の底が突然抜けたら巨大滑り台」というものを、SMAPの中居正広に仕掛けたりしている。
岡村は明石家さんまに苦手意識があるという(険悪な仲というわけではない)。これは、ナイナイがさんまと初共演した際に、岡村がダダすべりしてしまったせいである。それがトラウマとなり、岡村はそれ以来さんまと共演するときは緊張してしまい、「スベらないように」丁寧に立ち振る舞うようになり、大きな笑いが取れなくなってしまったという。さんまは、そんな岡村を「さんまアレルギー」と評している。
また、岡村はさんまから頻繁にダメ出しをされている。ナイナイの若手時代、共演した番組の収録後に岡村宅へさんまから「今日の点数は××点」と良かった点・悪かった点の両方を指摘する電話がかかって来たことがあったという。
一方の矢部はあまりそういう指摘をされなかったので、さんまにあまり愛されていないのではないかと直談判したことがある。
ナインティナインは東京に上京してすぐに、タモリと「笑っていいとも!」(フジテレビ)や「ジャングルTV タモリの法則」(毎日放送)で共演していた関係から、タモリから非常に可愛がられていた。そんなナインティナインは、タモリのことを「東京のお父さん」と評している。
しかし、岡村の人見知りな性格を、度々タモリから「お前は暗い」と指摘されている。
ある日、岡村がタモリの楽屋を訪れ、真剣な顔で「あなた方ベテランがいつまでも第一線に居るから上が詰まっている。早く死んでくれませんかね」と告白したことがある。これを聞いたタモリは「お前達を全力で潰してやる!」と返した。もちろん、お互いに仲が良いから出た本音のトークである。
鶴瓶の暴走モードを「悪瓶」と呼ぶようになったのはナイナイがきっかけである。
ある日、たまたま「めちゃイケ」の収録でナイナイの楽屋が鶴瓶の隣になった。その時に鶴瓶が「めちゃイケ」の弁当であるカレーを勝手に食べてしまい、ナイナイがそれを問いただすと鶴瓶が「いくら出せばいいんや?」と金で解決しようとした。それを見たナイナイが「この人は本物の悪人だ」と思い、自身の番組「ナインティナインのオールナイトニッポン」で『悪い人の夢』としてコーナー化したのがきっかけで「悪瓶」が広まった。
デビューして20年以来共演が全く無く不仲説が囁かれていたが、2012年6月23日のめちゃイケにて濱口優ややべっち寿司に出演していた宮川大輔によって無理やりながらもテレビ初共演を果たす。また同レギュラーである加藤浩次にも同様である。ジュニア曰く「岡村とプライベートで少し揉めた後に釈明をする機会がないまま20年経ってしまった」と言われている。ちなみに岡村はNSCの9期生、ジュニアはNSCの8期生と芸歴だけ見ればジュニアの方が先輩であるが岡村の方が3つ年上と少々複雑な関係でもあった。この放送以降ナイナイとジュニアの共演する機会が増加している。
ちなみに兄の千原せいじに関しては過去に共演する機会が多少あり、ジュニアと比べると不仲説は騒がれていない。
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掲示板
50 ななしのよっしん
2023/06/22(木) 21:09:59 ID: vIdKAUApF6
30代後半くらいになって芸能人の不仲とかそんなんに興味持つやつはパイプ役がいたとかそういう気持ち悪い言葉使うんだな
そういう人は家族と同僚としかかかわらずにひっそり暮らしてほしい
51 ななしのよっしん
2024/01/30(火) 06:08:39 ID: vi7MMHTz+G
52 ななしのよっさん
2024/03/29(金) 14:20:53 ID: 09od/YJcrG
矢部が岡村を叱った時から仲良くなったってエピソード好き
矢部も過ぎるTVみたいな番組を関西でやってほしい
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最終更新:2025/03/05(水) 21:00
最終更新:2025/03/05(水) 21:00
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