エセックス級とは、アメリカ海軍がかつて運用していた通常動力型正規空母である。
概要
本級は1942年から1946年にかけてなんと24隻が完成した(実際に就役したもののみ)。もはや疑う余地はないが、正規空母として世界最多の同型艦が建造された級である。僅かに4年の間に24隻も完成したことから、「隔月正規空母」と言われたりする。ただし、本当に月産ベースで建造していた訳ではなく、複数の造船所で同時に建造していたものが1942年以降、相次いで竣工していっただけであり、1隻あたりの建造には相応の日数を掛けている(後述)。このデカブツを大量に生産できる物資や施設だけでなく、そこに搭載する航空部隊をも準備できるアメリカは人的資源もチートであった。
レプライザル(CV-35)とイオー・ジマ(CV-40)は、起工されたものの就役することなく終わった。さらに6隻の追加が計画されていたが1945年3月起工前にキャンセルされた(CV-50~55)。計画数でみると、32隻ということになる。本級の後継ミッドウェイ級も同時に3隻がキャンセルとなっている。戦争が長引いていたら凄まじい数の機動部隊になっていた事であろう…。
本級は大まかに分けて2種類の船体があり、短船体型(エセックス、イントレピッドなど)と長船体型(タイコンデロガ、ランドルフなど)がある。長船体型はタイコンデロガ級と呼んで区別されることがあるが、ここでは特に分けないで記述する。長船体型といっても、甲板長が短船体型に比べて長いわけではなく、艦首対空機銃を設置するために艦首が長くなっている。ちょうどアイランドの向かいにある左舷エレベーターは先のワスプ(CV-7)で有効な働きを見せたため、本級では標準装備となった。
基準排水量は27100t(改装前)、全長は265m(長船体型が270m)であり、それまでのアメリカ海軍空母としてはレキシントン級に次いで最大である。レシプロ航空機を100機程度搭載することが可能であった。しかし、WW2最後期には既にジェット機が実用化されており、重く、離陸速度が必要なジェット機を運用するには思想の古い艦といえた。そのため、海軍は新型の大型空母を計画すると同時に、本級の改装を急がなければならなかった。
とはいえ、結局大規模改修でも十分ではなかった。そのため、より大きい新型の空母は大型空母(CVB)、本級は対潜空母(CVS)あるいは強襲揚陸艦(LPH)といった使い分けがされた。LPHとなった艦は、一番最初にLPHとなったボクサー(CV-21)に因み、ボクサー級強襲揚陸艦と呼ぶ。
本級の多くはベトナム戦争後の1970年代のうちに老朽化と予算大カットのため退役し、ほとんどがスクラップとして処分された。最後まで現役で残ったのはレキシントン(CV-16)で、練習空母CVT-16として1991年まで活躍した。その前の退役がオリスカニー(CV-34)で1976年なので、レキシントンがいかに長生きだったかが分かる。
ジェット機の台頭と改装
SCB-27
まずジェット機を運用できるようにするに当たり、SCB-27と呼ばれる改造を1947~1955年にかけて行った。時期によって内容が異なり、27Aとか27Cと呼ぶ。オリスカニー(CV-34)のみ、建造途中で本改装が実施された(オリスカニーのみSCB-27と呼びAもCも付かない)。改造の内容は次のとおりである。
この改装にはおおよそ2年ほどかかった。そのため、改装が始まった時点で最新鋭の空母だったミッドウェイ級が長期間戦列を離れることを嫌って、本級のみ実施された。
改装は長期間にわたったため、後期に実施された改装(27C)ではカタパルトのさらなる増強などが行われている。また、次の改装プログラムであるSCB-125(後述)の内容を同時に実施する艦もあった(SCB-27C/125と呼ぶ。CV-16,CV-31,CV-38)。
なお、SCB-27は長船体型/短船体型を区別せず実施されたが、対空機銃が統一して更新されたことにより、両者の差異はなくなった。
SCB-125
1954~1959年にかけて、第2の大規模改装が行われた。ジェット機の発明により空母の運用思想とその手法は劇的な変化を迎えている最中であり、その過程で必要になったものである。
- 甲板のアングルド・デッキ化とミラーランディングシステムの導入
- 艦首が閉じた形に変更(エンクローズド・バウ もしくは ハリケーン・バウと呼ぶ)
- エアコンの装備
- 後方エレベーターを右舷側へ移設
- 前方エレベーターの大型化
- フライトコントロール室をアイランド後方に移動
ジェット機を運用するに当たり、離発着時の安全性の確保が重要課題であった。先のSCB-27では、その点は根本的な解決を見ないままとなっていた。本改造はそこに主眼を置いた改造であると言えよう。すなわち、先にイギリスで発明されていたアングルド・デッキ(着艦用の飛行甲板が斜めに設置されているもの)の導入を行うことになる。
米海軍は本改装に先だって、本級の19番艦アンティータム(CV-36)を実験的にアングルド・デッキへ改装していた。1952年12月のことである。アンティータムによる一連の実験は1955年まで続けられ、非常に良好な成果を収めたことから、SCB-125に盛り込まれることとなった。
なお後発のミッドウェイ級3隻も同様にアングルド・デッキ化改装を実施した。また、当初アクシャル・デッキで計画されていたフォレスタル級の1番艦と2番艦を建造途中でアングルド・デッキへ変更させることになった。
SCB-27を最も早く建造段階で実施していたオリスカニー(CV-34)は、本改装を逆に一番最後に実施した。最後故か他と比べてさらなるアップデートが施されており、アルミクラッド材の飛行甲板の導入やカタパルト・アレスティングギアが当時最新のフォレスタル級と同じものに交換されるなどした。これをSCB-125Aと呼ぶ。
上記2つのいずれの改装もされなかった艦は、そのまま廃却されたり、強襲揚陸艦として第2の艦生を歩むことになった。実験に供されたアンティータムは、アングルド・デッキを備えるものの先のSCB-27改修もSCB-125改修もされなかったという、本級の中でも特異な存在だった。
SCB-144
対潜空母CVSとなっていた8隻に対し機器の更新を行う内容で上記2つの改修と比べると小規模なものである。艦首に対潜ソナードームを装着したのがポイント。
戦歴
当時の日本にとっては、太平洋戦争後期の負けムードの中で大活躍した空母である。日本の船と航空機のかなりの数が本級からの艦載機の攻撃により撃破されている。戦艦大和が沈められた坊ノ岬沖海戦でも本級5隻の航空隊が参加している。
そんな中でも、日本側の反撃がなかったわけではない。1番艦エセックス(CV-9)、3番艦イントレピッド(CV-11)、6番艦タイコンデロガ(CV-14)などはいずれも神風特攻隊の攻撃が命中しているし、5番艦フランクリン(CV-13)と9番艦バンカーヒル(CV-17)は戦闘不能にまで追い込まれている…が、結局撃沈されることはなかった。本級の防御力は152mm砲弾と1,000ポンド爆弾くらい抗堪しうるとされている。構造上防御力が高いというわけではないが、優れたダメージコントロール能力を有していた証拠だろう。
だがフランクリンとバンカーヒルは艦体のダメージ蓄積が大きすぎたこともあり、修理完了後一度も現役復帰すること無く廃艦となった。
太平洋戦争が終結すると本級の多くは予備役入りしたが、米ソの緊張感の高まり(冷戦)と朝鮮戦争によりほどなくして復帰、そしてベトナム戦争と、改装を繰り返しながら数々の作戦に参加することになった。そのいずれでも、大きな損害を負うことはなかった。
ベトナム戦争の頃には完全に小型陳腐化していたが、F-8クルセイダー戦闘機やA-4スカイホーク攻撃機と言った高い性能を持ちながらエセックス級でも運用できる傑作機があったおかげで第一線で活躍することも出来た。
戦争以外では、アポロ計画で帰還後のカプセルを回収していたのが有名である。
同型艦
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関連項目
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